信州の伝統野菜の誇りと思いをつなぐ CATVオンラインシンポジウム2022
信州大学×長野県ケーブルテレビ協議会 2020年度共同事業 信州の伝統野菜映像アーカイブスプロジェクト&リモートシンポジウム
2022年3月9日、信州大学は長野県ケーブルテレビ協議会との連携協定に基づく取り組みとして2年目となる「リモートシンポジウム2022~信州の伝統野菜への誇りと思いをつなぐ~」を開催しました(後援:長野県)。「信州の伝統野菜を映像で残す映像アーカイブスプロジェクト」の一環で、長野県内のCATV局による今年度制作映像8本を紹介しながら、伝統野菜の保存・継承の現状と課題について信州大学学術研究院(農学系)の松島憲一教授を中心に栽培農家や関係者と話し合うシンポジウムです。
昨年度に続き2回目の今回は、料理研究家の横山タカ子先生を交え、昨年度よりさらにグレードアップ。伊那ケーブルテレビジョン(伊那市)のスタジオをメイン会場に、映像制作を担った須坂・松本・飯田のCATV3局のスタジオを中継でつなぎ、映像コンテンツに出演した生産者の皆さんとともに、“食・調理”の視点も交えながら伝統野菜の魅力を存分に語り合いました。
・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第133号(2022.5.31発行)より
長野県の北から南のCATVスタジオを光回線で繋いで
伊那市のメインスタジオには、信州伝統野菜認定委員会の座長も務める松島憲一教授と、長野の郷土食や保存食に深い造詣があり、同じく信州伝統野菜認定委員を務める料理研究家・横山タカ子さんのお二人が解説者として参加。伝統野菜の保存に大きな役割を持つ農産物直売所のネットワークづくりを進める産直新聞社の代表 毛賀澤明宏氏と、信大卒業生でもある伊那ケーブルテレビジョンの平山直子アナウンサーの2人が司会進行を担当しました。
中継先の3スタジオには、「小布施丸なす」(小布施町)、「羽淵(はぶち)キウリ」(塩尻市)、「下栗芋」(飯田市)の生産者の方々にお集りいただきました。本年度新たに制作した映像コンテンツは8本。
植物遺伝育種学が専門の松島教授の監修の下、地域の実情に詳しい県内ケーブルテレビ局が、伝統野菜の栽培方法や歴史、食べ方やその地の暮らしぶりなどを映像として残し、さらにその映像を通して、信州大学は伝統野菜にまつわるエビデンスを提供する…信州大学と長野県ケーブルテレビ協議会との連携協定に基づくユニークな共同事業2年目の取り組みとなりました。
伝統野菜の原種保存のため「種採り」の重要性を強調
松本スタジオには、「羽淵キウリ」を10年ほど前から栽培している広田真一さんが参加。羽淵キウリは、年間に70㎏~80㎏しか収穫されないとても貴重なキュウリで、塩尻市奈良井の羽淵地区から様々なご縁で現在は塩尻市贄川で栽培されています。広田さんからは「普通のキュウリでは物足りなくなるぐらい香りがいいので、生で食べてほしい」とおすすめの食べ方も紹介されました。テレビ松本ケーブルビジョンの中島梓穂アナウンサーが栽培の苦労について質問すると、広田さんからは「他の種と交配すると困るので、山の麓の自分だけの畑で育てている。猿などの獣の被害は出るが仕方がない」とお話しされました。メインスタジオの松島教授はそれを受けて、「他の花粉が受粉すると、元に戻すのに何十年とかかってしまうし、それでも完全には戻らない。他の品種と混ざらないところで、大切に種採りしていくことが、どの伝統野菜でも大切だ」と伝統野菜の保存のポイントを解説しました。
伝統野菜の食べ方や調理法も語り継ぐ文化
須坂スタジオには「小布施丸なす」の7軒ある生産者の内のお一人である関悦子さんが参加。小布施丸なすが、同町の栗ガ丘小学校の給食でも食べられているということが映像コンテンツの中で紹介され、横山先生が「給食に伝統野菜を使うことで、子供たちが味を覚え、いつか地元に帰るきっかけをつくれる」と、給食に提供する意義を指摘。須坂市のケーブルテレビGoolightの須田由理アナウンサーが「給食で印象に残ることは?」の質問に、関さんは、「子供たちに美味しかったとお手紙をもらうと嬉しさがこみ上げてきました。やってきてよかったなぁと思いました」と答えました。
飯田スタジオからは、飯田市上村下栗地区の最大傾斜地が38度という斜面で栽培されるじゃが芋、「下栗芋」をレポート。映像の中で、長野県選択無形民俗文化財となった“エゴマ味噌の芋田楽”の食べ方が紹介されると、メインスタジオの横山先生が、「用途拡大のために伝統野菜を使ったメニューをたくさん作らせていただいたが、地元の方が食べている食べ方がベスト。昔から作ってきたものは、その特質を十分に活かしている」と指摘。平山アナウンサーも「昔からの食べ方も保存するべき〝伝統野菜〟の1つの構成要素ですよね」と続けました。それを受けて飯田ケーブルテレビの久保田淳子アナウンサーが「エゴマ味噌の芋田楽は下栗の自慢の一つですよね」と水を向けると、生産者の「下栗里の会」会長、野牧武さんは「多くの方が下栗芋のおいしさを知っているので、それを励みに頑張っていきたい」と語りました。
松島教授からは、下栗芋がウイルス病になり収量が落ち込んだ際に、当時農学部教授であった大井美知男現工学部特任教授が、下栗の住民の皆さんと共に、ウイルス感染のない茎頂部分を用いた培養技術を使って感染のない下栗芋苗を栽培し、収量を上げた歴史も紹介され、伝統野菜の保全において信州大学が果たしてきた役割も浮き彫りになりました。
希少性だけでなく、地域の誇れる文化としての伝統野菜
最後に松島教授は「信州の伝統野菜の認定には、文化の基盤になっているかどうかを大事に選定しています。地域の人々がその伝統野菜を文化として大切にして、“おいしい”と日々食べているからこそ、外の地域の人も食べたくなると考えています」と信州伝統野菜認定委員会の基本姿勢を解説。司会の毛賀澤氏の「伝統的な素材を使った昔ながらの食べ方が、今日では新しいインパクトを持ち、伝統野菜の栽培・販売の収益性の拡大に役立つのではないか」という問いかけに対して、横山先生は「日本では海外式の食べ方が蔓延していますが、SDGsの時代になり、日本の伝統野菜の食べ方、その根底にある昔ながらの『一汁三菜』という先人の食の思想に注目が集まるのではないかと思っています」と答えたのが印象的でした。
信州の伝統野菜を次世代に継承するために、その種を守りつつ栽培する皆さんと、それを〝食べて支える皆さん″との連携がますます必要になることを、現在16本になった伝統野菜アーカイブの映像群と今回のシンポジウムで明確に指し示すことができました。
今回のシンポジウムの模様は、2022年4月11日から5月末にかけて、長野県ケーブルテレビ協議会加盟各局で放送されました。シンポジウム全編(90分)ほか、映像アーカイブ16本すべてをWEB配信しています。下記のURLよりご覧いただけますので、ぜひご視聴ください。
信大動画チャンネル
https://www.shinshu-u.ac.jp/guidance/media/movie/2022/04/catv2022.html
信州の伝統野菜 映像アーカイブス 2021年~2022年発表 全16作品
① ぼたごしょう(信濃町)
昭和初期から上水内郡信濃町で栽培されており、標高600m~800mの涼しい土地が栽培に適している。ピーマンのような外見で果肉は肉厚。とうがらしのような辛さもありながらグルタミン酸や糖度が高い品種で、豊かな甘みやうまみが特徴。果実が大きいために枝が倒れやすく、栽培ではフラワーネットなどで誘引するなどの工夫が必要だ。旬は8月半ば~9月。郷土料理の「やたら」や味噌漬け、佃煮など様々な料理に多用される。
② 野沢菜(野沢温泉村)
発祥は、野沢温泉村にある健命寺の八代目住職がなにわの伝統野菜“天王寺蕪”の種を持ち込んで栽培したことが始まりというのが通説。信州の伝統野菜の中で最も知名度が高く、県内外で栽培されているが、信州の伝統野菜として認定されているのは野沢温泉村で自家採種して栽培されるものに限定されている。全国に知られる野沢菜漬けは、昔ながらの製法では発酵期間によって見た目、味わいに変化が起こり、いずれも美味。現在は発酵食品としての健康効果も注目されている。
③ 山口大根(上田市山口地区)
400年以上前から栽培されていたと伝わる、上田市山口地区で栽培されている大根で、フラスコのような形、硬い肉質が特徴。現在は「山口大根の会」の約30名の有志が栽培を続けている。メンバーは特に種の採種に力を入れており、採種用の大根の選別、採種用の畑の管理などに数々の工夫を施している。山口大根を残すため、会員の高齢化などの課題を抱えながらも、継続して栽培に取り組んでいる。
④ 保平蕪(松本市奈川地区)
松本市奈川地区の標高1200mの高原で栽培されている。色は非常に美しい濃紅色で、円錐型の根と琵琶型の葉が特徴。かつては生産面積が激減し絶滅の危機もあったが、現在は数名の生産者が栽培。種採りも他の種と混ざらないよう細心の注意を払って行っている。後継者不足は深刻だが、観光客などに向け収穫ツアーなどを開催しながら認知向上を図っている。甘酢漬けが一般的だが、干し蕪のエゴマ和えなど昔ながらの食べ方も見直されている。
⑤ 乙事赤うり(諏訪郡富士見町乙事地域)
栽培は明治からという富士見町乙事地域の食卓に欠かせない伝統野菜で、地域の数十軒の農家が栽培している。うりという名前はついているがキュウリで、長さは15㎝~20㎝、幅が10㎝ほどもある太めで赤褐色のキュウリ。食べ方は、若採りの青いものを食べるのではなく、熟れてから食べるという本州では珍しいもの。果肉はカリカリとして食感や歯ざわりも良く、シンプルに醤油や味噌と和えるものが美味とされる。
⑥ 羽広菜(伊那市)
江戸時代の古書にも記述が残されている伝統野菜で、伊那市西箕輪羽広地区で栽培されている。“菜”と付くが蕪の仲間で、元々蕪より葉を食べていたため、羽広菜という名前となったとされる。野沢菜・稲核菜と並ぶ長野県の“三大漬け菜”であるが、近年では葉よりも蕪の部分が主力。羽広菜は蕪の部分が大きく立派で、上は紫色、下は白色の円錐型をしている。粕漬けなどが広く販売され好評で、地元の人たちが自信をもって育てている。
⑦ 芦島蕪・吉野蕪(上松町芦島地区・上松町吉野地区と田口地区)
吉野蕪は細長い形で外側は紅色で中は白色。ピリッとした辛みが美味しく甘酢漬けなどで食べられている。一方、芦島蕪は非常に大きく、丸っぽい円錐型。鮮やかな紅色で、さくさくした歯触りが魅力。芦島蕪の生産者は現在2軒のみだが、約10年かけて種の選別を行い、現在の生産状況になったという。現在は女性農業者が参加して蕪の加工開発、販売を行うことで、地域の活性化に一役買っている。
⑧ ていざなす(天龍村神原地区)
県最南端にある下伊那郡天龍村で約130年前から栽培されている。種を取り寄せた田井澤久吉の名字にちなんで「たいざわなす」と呼ばれたものが「ていざなす」へとなまって今に至るというのが通説。重さ650gにもなる巨大ナスで、加熱すると、とろけるような食感が魅力であり、“ナス界のフォアグラ”とも呼ばれている。ブランド化を目指して2007年に「天龍村ていざなす生産組合」が設立。ブランドづくりで地域が活気づく好例となっている。
⑨ 三岳黒瀬蕪(木曽町三岳)
幻の蕪と呼ばれた木曽町三岳の三岳黒瀬蕪は、短円錐型で緻密な肉質が特徴。茎はすんき漬け、蕪は甘酢漬けが一般的だが、漬け物にしても歯ごたえや蕪の持つ本来の辛みがしっかりと残る。幻と呼ばれた所以は、63年前の牧尾ダム建設に伴い、栽培地であった黒瀬集落が水底に沈んだため。その後40年間人知れず種継ぎが行われてきたものを現加工施設の組合長が復活させた。現在は三岳の特産品で、地域の伝統野菜として認知されるようになってきた。
⑩ 芝平なんばん(伊那市高遠町)
15㎝ほどと大振りな唐辛子で下向きに実をつける。赤く熟す直前が一番辛いが、辛みだけでなく旨みも強い。もともとは高遠町芝平地区にて栽培されていたが、昭和36年の三六災害の影響もあり、昭和53年に集落が高遠町上山田地区へ集団移転したことで絶滅の危機に。しかし「非常に美味しい」ことから、一軒の農家が自家用で栽培していたことがその窮地を救った。現在は加工の一部を障がい者事業所へ依頼しており、伊那市の農福連携の一環ともなっている。
⑪ ねずみ大根(坂城町)
坂城町特産のぽってりした形の辛味大根で、1804年の文献に栽培記録や江戸時代に長崎県から薬用として伝来したという記録が残っている。ただ辛いだけでなく、ほのかな甘みも感じることから、地元では味を「あまもっくら」と表現。搾り汁を浸けダレにした「おしぼりうどん」が人気で、毎年の収穫時期には“ねずみ大根祭り”が開かれ、県内外から多くの人が訪れる。現在は、様々な団体が連携して、多くの加工食品も生み出されている。
⑫ 小布施丸なす(小布施町)
丸いけれど完全な球体ではなく、どちらかというと巾着型。ほのかに感じる甘い風味が特長で、肉質は締まって硬く煮崩れしにくいため、様々な料理に活用できる。明治時代から栽培されている品種で、大正時代には北信地方で広く栽培されていたが、現在の生産農家は7軒。実が大きく重量もあるため、間隔を空けて植えるだけでなく、支柱を立てるなど栽培にも工夫が必要だ。学校給食でも食べられており、子供たちにも大人気。
⑬ 羽淵キウリ(塩尻市)
ずんぐりむっくりした形が特徴で、熟れる前から黄色がかっていることから、“キュウリ”ではなく、“キウリ”と名付けられた伝統野菜。100年ほど前から塩尻市奈良井羽淵地区で栽培されてきたが、住人がいなくなったため現在は贄川にて栽培。生産者は種採りにも細心の注意を払っており、他のキュウリ品種が栽培されていない山の麓で育てられている。地元の小学校の授業でも栽培し、給食で食べることで、育て、食べるまでの学びを子供たちに受け継ぐ教材にもなっている。
⑭ 下栗芋(飯田市)
標高800~1100m、最大38度という急傾斜地にある飯田市上村下栗地区で栽培されるじゃが芋。江戸時代から作られ続けている。直径4㎝ほどの大きさで、でんぷん質で肉質は硬く緻密。茹でても煮崩れしないことから、丸ごと食べる「エゴマ味噌の芋田楽」が有名だ。急傾斜地のためほとんどが手作業による栽
培。そのため生産者の高齢化が問題となっており、現在は地域外の人に畑を提供し、栽培してもらう取り組みも行われている。
⑮ 上野大根(諏訪市)
諏訪市豊田上野区の山間部で栽培されるこの大根は、きれいな円筒型で長さは23~25㎝。たくあん漬けのために“井桁組”で1週間~10日ほど天日干しにすることで、甘みが引き出され、特有の食感が生まれる。ほとんどがたくあん漬けとして毎年春に販売されるが、予約販売は2日間で完売するほどの人気だ。1778年には馬11頭を連ねて納入されたという記述も残っているほど歴史も長いが、現在は上野大根だけで品種改良された“諏訪湖姫”が主流。
⑯ 坂井芋(飯山市)
飯山市木島地区の河川敷周辺で栽培されるこの里芋は、多湿と砂交じりの土壌が生んだ伝統野菜。形はらっきょうのようにくびれて肉質は柔らかく、きめ細いためモッチリとした食感が魅力。地元では冠婚葬祭で欠かせない郷土料理「煮っころがし」で使われる。江戸時代、水害の絶えなかったこの地で、安定して作れる作物を探したのが坂井芋の始まりとされる。現在は「木島里芋研究会」が栽培。普及活動にも積極的に取り組んでいる。
信州大学×長野県CATVリモートシンポジウム2022 ~信州の伝統野菜への誇りと思い~
信州の伝統野菜映像アーカイブス2022年制作を振り返り、県内各地区の関係者に出演いただき、県下4スタジオを結んでのシンポジウムを開催。この様子は番組収録され、県下CATV各局でも放送されました。