信州大学 伝統対談Vol.6 学びとは何か、スポーツとは何か。特別レポート
「深く考え、学ぶ」ことの意味を、大学で、そして世界で知ることができた。
学長と語る伝統対談Vol.6のメインゲストは、教育学部の卒業生で、世界で活躍するスピードスケート選手の小平奈緒さん。この冬、日本中を感動させた圧巻の滑りはまだ記憶に新しいところです。その小平さんが、4月4日の入学式に合わせて信州大学を訪問。新入生に熱いメッセージを届けた後、一緒に競技に取り組むコーチの結城教授とともに濱田学長とご対談いただきました。小平さんが、幼少の頃からオリンピックの表彰台へとつながる道のりの中で大切にしてきたもの、それは、深く考え、学び、挑戦し続ける姿勢でした。(2018年4月収録)
(司会・コーディネーター藤島淳さん)
・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第111号(2018.5.31発行)より
信州大学長
濱田州博(はまだ くにひろ)
1959年兵庫県生まれ。1982年東京工業大学工学部卒業。1987年同大学院博士課程修了。1987年通商産業省工業技術院繊維高分子材料研究所研究員。1988年信州大学繊維学部助手。1996年同助教授、2002年同教授、2010年繊維学部長、2012年副学長を経て、2015年10月より現職。
アスリート (スピードスケート)
小平奈緒(こだいら なお)さん
(所属:相澤病院 信州大学教育学部卒業生)
信州大学教育学部生涯スポーツ課程卒業。社会医療法人財団慈泉会相澤病院スポーツ障害予防治療センター所属。2017/18ワールドカップソルトレークシティー大会 1000m 世界記録樹立。2018 第23回オリンピック冬季競技大会(2018/平昌)では、女子500m 金メダル 女子1000m 銀メダル 女子1500m 6位。
信州大学学術研究院教授(教育学系)
結城匡啓(ゆうき まさひろ)
1997年 筑波大学大学院体育科学研究科修了、(財)日本オリンピック委員会長野オリンピック特別コーチ、1998年 筑波大学体育科学系 助手、1999年 信州大学教育学部講師、助教授を経て2009年より現職
信州に、メダルと感動を持ち帰れた嬉しさ。
藤島淳さん(以下敬称略):平昌オリンピックから約1か月半が経ちました。今のお気持ちはいかがですか。
小平奈緒さん(以下敬称略):結果的に金メダルと銀メダルを持ち帰ることができました。20年前に長野で行われたオリンピックの感動を、また、この信州に持ち帰れたことが嬉しいです。私も含めみんなで、そんな感動を創り上げることができたと思っています。
藤島:結城先生は、どういうお気持ちでしたか。
結城匡啓教授(以下職名略):実はあまり特別な感概はなく…他の大会と同じように競技の出来栄えをいかに高めるかに終始していました。勝つという行為ではなく、いかに速く滑れるかを考えろ、とずっと言っていました。
濱田州博学長(以下学長):私は非常に興奮して、テレビにすごく近づいて見ていました。テレビを壊すんじゃないか(笑)という気持ちになるぐらい応援していました。
藤島:小平さんは、今回主将を務めて「百花繚乱」と、オリンピックの輪、スケートリンクの輪、応援の輪などの「輪」をキーワードに出されましたね。
小平:主将は一人だけ目立つ存在と思われるんですが、それは私らしくないというか。私はわりと恥ずかしがり屋で人見知りのところもあるので、みんなが主役だというところを目指さないといけないと思っていました。みんなの勢いの輪の中に私もいたいという思いで、その言葉を挙げました。
藤島:印象的だったのは、イ・サンファ選手との友情の場面。彼女との友情は、やはり特別なものでしょうか。
小平:中学校で初めて全国大会に行った時に、父から「友だちをたくさんつくってこいよ」と言われ、とにかく友だちをつくるように意識しました。遠くで頑張っている仲間を感じると、頑張っているのは自分だけじゃないと思える。その国際バージョンが、イ・サンファ選手や、他の外国人選手とのつながりです。お互いに認め合える存在がいることで、自分自身を高めていけることが分かりました。
自分の人生だから、成功も失敗も、すべて正解。
藤島:先ほど人見知りと仰いましたが、あえて友だちをつくる努力をされたのですか。
小平:自分から声をかけることが苦手でした。しかし、そうやって友だちをつくりだしてから、すごく世界が広がりました。
結城:友だちが多いから強いとか、弱いとかはないと思いますが、心がオープンかどうかということがすごく大事です。心をさらけ出して、自分はこうしたいと主張できるかどうか。まさにそこが強くなるかどうかのカギだと思います。
学長:信州大学は全国から学生が集まっています。そうした環境を活かし、いろいろな人と交流し合うのがいいと思いますね。
結城:小平は、オランダ留学で自分の人生を俯瞰する経験をしたのだと思います。今日の新入生へのメッセージにあった言葉「成功も失敗もすべて正解」という覚悟もそうですが、自分の人生だから成功しても失敗しても自分の責任、というところは、まさにオープンです。オランダに行く前はわりと神経質で、「先生どうしましょう」っていうような感じでしたが、帰ってきてからは、「先生なんとかなりますよ」という風に変わりました。アスリートとしての生き方を達観したと感じます。
オランダでの武者修行を見て、父は「1年ではもったいない」と。
藤島:オランダで、小平さんにどういう変化が起きたのでしょうか。
小平:大学在学中から海外のスケートを見てみたいと思っていて、それがソチオリンピックが終わってすぐに実現しました。スケートを文化としているオランダで、地域の人を巻き込むスポーツを見たことで、勝利、勝負に没頭していたところから、スポーツをどう究極に楽しむかというところに行き着き、人生の歩き方にも影響を与えられました。すごく大きな変化だったと思います。
藤島:当初1年の予定が、2年に。もう1年というのは、何かあったのですか。
結城:1年目が終わる頃に、私と小平のご両親とで一緒にオランダへ行き、彼女の活動を見ました。そこで、自分で運転して練習に行く(成長した)姿などを見たお父様から「1年ではもったいない」という言葉が出ました。
小平:私も確かにそうだ、と思って。父は英語で人としゃべることが好きで、当時オランダで教わっていたコーチから「奈緒をもう1年オランダに置いてもよいか」と話された時に、父が「You can keep it.」と即答したんですね。私、“it”じゃないのになぁ、と思って…。そんな笑い話にもなっています。
藤島:グローバルの話でいうと、信州大学は海外から留学生を受け入れていますが、どんどん学生も送り出していますね。
学長:今、留学したい学生は増えています。短期だと昨年度は 学部1年生だけでも100人を超えました。信州大学に学部生として在学する外国人留学生は正規留学生で130人ぐらいですね。また、今年度から全学横断特別教育プログラムのグローバルコア人材養成コース(※1)も始まるので、海外留学する学生がもう少し増えてくれるといいと思っています。
(※1)全学横断特別教育プログラムグローバルコア人材養成コース/海外・国内におけるグローバル環境で、組織のコア人材として活躍できる素養、能力、教養を身につけ、主体的に協働できる人材の育成を目指す。2018年度新設。
信大には、深く学び、深く考えられる環境がある。
藤島:学生時代を振り返って、小平さんは大学4年間で何を身につけられましたか。
小平:スポーツで結果を出している選手というのは、だいたい高校卒業後にすぐに実業団とかに行かれるのですが、私の場合、大学で学びとは何か、スポーツとは何かを考える機会が多かったことが、卒業後の学びにも大きく影響しています。また、スポーツや教育を学ぶ学生と一緒に過ごして、スケートだけに限らない、いろいろな人の価値観に触れられたことも収穫でした。
藤島:学びとは何か、スポーツとは何かという根源的な問いかけは、結城先生が意識して指導されているのですか。
結城:もちろん意識しています。そのために、考えさせることをたくさん仕掛けます。教えることは簡単ですが、それはある意味近道で、その道しか通れなくなるのです。しかし、学ぶという経験を通して、自分で道を見つけられれば、今度は自分でクリアしていく手立てを身につけることができます。
藤島:考える力を養うということでは、学長が入学式でディープシンキングのお話しをされていました。
学長:パソコンが発達して、昔は大変だった図を描く作業などがチャカチャカッとできるようになりました。そうすると、図を描く間に実験結果を考えていた時間も少なくなります。こういう利器がある今の学生は、本当に深く考えているのかなというのが一つ。もう一つは、今まで大学は深く学ぶという方向性でしたが、最近は広く浅く学ぶのが良いのではないか、などと言われます。しかし、私自身は、どこかで一度、深く学ぶことをやらないといけないと思います。深く考えて、そこで考えながら学ばないと、将来どこに行ってもそれができなくなる、というのが、私の考えです。
藤島:学生に考える時間を与えて、それが学びになっていく。これは、大学教育の理想のスタイルではないでしょうか。
学長:そうでしょうね。大学の主役は、大学生です。教職員のいちばんの役割は、学べる環境をいかに充実させるかだと思っています。
「創(きず)」つくことを通して、自分を強くしていく。
藤島:小平さんのインタビューには、しばしば「学び」という言葉が出てきます。小平さんにとって学びとはなんでしょうか?
小平:学びとは創造すること、と考えています。創造の「創」という字は、“つくる”ですが、“きず”とも読みます。何かを創り出す時は、成功することよりも失敗することのほうが多いので、そこから学んで、成功に持っていく。そうしたことを、大学の授業で考えさせられる機会が何度もありました。
藤島:学生から、どうしたら自分の道が見つかりますかと質問されたら、何か答えはありますか。
小平:厳しい言葉でいえば、本当に自分の人生は自己責任。覚悟を持って決めないと、自分の人生を生きられません。
結城:おそらくその学生はまだ一人になれていないのだと思います。それは決して孤高になれということではなく、親元から離れ、見ず知らずの人たちにとけ込んでいく。その中で、いろいろ創(きず)つくことを通して自分自身を強くし、他人と共生していけるようになっていけばいいと思います。
学長:例えば、学生の皆さんは信州大学を選択したわけですよね。まずはその自分の選択に自信を持つ。選択した時は、それがいちばん正しいと思って選んでいるはずなので、後からそれを否定しない。否定をしないことで、次につながっていくと思います。
藤島:アスリートは目標を達成できたかどうかが非常に分かりやすいですね。
小平:時に天国で、時に地獄で(笑)。でも、どちらに転んでも必ずどこかで認めてくれている存在があると思っています。認めてくれる人がいることが心の支えになり、自分の人生を生きる力になっています。
藤島:信州大学には47都道府県出身者が集まっているそうですね。文化の違いや、育ってきた環境の違いを乗り越えていくフィールドが、ここにはあるのでしょうか。
学長:そうだと思います。自分が今まで当たり前だと思っていたことが、当たり前じゃないことに気づくことが大切です。当然ショックは受けても、そういうこともあると受け入れていくのが人生だと思います。この信州大学では、そういう機会にかなり出会えるのではないでしょうか。
小平:同級生に、雪を見たことのない友達がいたり。いろんな地域の方言だとか。話し方で人との接し方や、雰囲気も変わるので、すごくいい刺激がありました。
学長:それに、ほとんどの学生が一人暮らしなので、接触する時間が自然と長くなります。会話を聞いていると「今日はあそこのスーパーが安い」とか(笑)。ある意味、そんなたわいもない会話ができる環境がいいのかもしれないですね。
大学では、活きた言葉の使い方が育まれる。
藤島:小平さんは、印象的な言葉も魅力的です。人とコミュニケーションする時に、何か意識されて言葉を選んでいるのですか。
小平:大学4年間に、結城先生とたくさんの話をして、そのなかで活きた言葉を育んでもらえました。人と接し、活きた言葉にふれることで、その言葉が自分の表現として生まれ変わってきたと思います。
結城:言葉はすごく大事にしています。例えば小平の言う「血液を鍛える」とか。自分たちが考えた共通の言葉が、調子が悪くなった時に、その状態を再現させるための魔法の言葉になるのです。その言葉をたくさん持つことが、技術の積み上げになります。また、小平はオランダでグローバルな言葉を学ぶことで、彼女自身の概念みたいなものがすごく拡がりました。それに伴って、日本語も伸びて、適する言葉を選ぶ能力が向上したのだと思います。
藤島:結城先生のように、いずれは小平さんも教える立場に立ちたいですか。
小平:将来は学校の先生になりたい、という夢があります。
藤島:どういうところで教壇に立ちたいとか、具体的な夢はあるのでしょうか。
小平:今のところは中学生を教えたいという思いが強いです。自分自身を振り返ってみると、中学校の時は、進路を決めたりするのに揺れ動く時期。そういう時に背中をポンって押してあげられる先生になれたらいいなと思います。
藤島:結城先生から見て、小平さんの先生としての資質などはいかがですか。
結城:今はアスリート、選手ですから自分に対して妥協なく厳しい。先生になれば他人の失敗も許せるようになり、もちろん上手に教えられると思いますね。
小平:小学校の時、クラス目標に人の失敗を責めないというスローガンを立ててくれた先生がいました。それがすごく記憶に残っていると思いながら、今のお話を聞いていました。
藤島:それを覚えているのもすごいですね。
小平:いっぱい、いい先生方に出会えてきたと思います。
藤島:とてもよいお話です。ありがとうございました。