国産ハーブ「クロモジ」がインフルエンザウイルスを99.5%以上ブロックするという新事実。産学官金融連携

国産ハーブ「クロモジ」がインフルエンザウイルスを99.5%以上ブロックするという新事実。

国産ハーブクロモジの抗インフルエンザウイルス作用メカニズムを解明:信州大学農学部 河原岳志准教授×養命酒製造

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 日本の低山などに自生する「クロモジ」はクスノキ科の落葉低木で高級楊枝の材料のほか、古くから生薬の原料としても重用されてきました。また、長野県で生まれた薬用酒「薬用養命酒」(以下養命酒)の主原料にもなっています。
 信州大学農学部の河原岳志准教授は、養命酒の製造元である養命酒製造(株)との共同研究でクロモジの機能性評価を行いました。その結果、新たに分かったのが「クロモジはインフルエンザウイルスの細胞への吸着と侵入を99.5%以上ブロックする」という驚きの事実。「ウイルス感染」というキーワードが世界中で飛び交った2020年、日本独自の伝統的国産ハーブ「クロモジ」から発見された新たな機能性に注目が集まっています。(文・柳澤 愛由)

・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第125号(2021.1.29発行)より

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信州大学学術研究院(農学系)准教授
河原 岳志
PROFILE
1998年九州大学農学研究科修了。2002年同大学生物資源環境科学研究科にて博士(農学)の学位を取得。同年4月信州大学農学研究科助手。2006年同大学大学院農学研究科助教。2015年より現職。

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養命酒製造株式会社
商品開発センター主任研究員 博士(薬学)
芦部 文一朗 氏

養命酒の主原料でもある「クロモジ」から見出された 抗インフルという驚きの機能性

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医薬基盤・健康・栄養研究所ワクチン・アジュバント研究センター國澤純センター長作成
①の「細胞に入れない」ところでクロモジがウイルスの吸着・侵入をブロックするため、感染予防に有効なのがわかる。

 クロモジは日本各地の山地に自生し、黒い斑点を持つ灰色の樹皮が特徴の低木です。枝葉には柑橘にも似た特有のさわやかな香りがあり、高級楊枝や生薬の原材料として重用されてきました。胃腸のバランスを整えたり、高ぶった神経を鎮めたりする作用が確認されており、長野県生まれの薬用酒「養命酒」にも、クロモジの枝を乾燥させた「烏樟(うしょう)」が生薬として最も多く配合されています。
 2020年10月、信州大学農学部河原岳志准教授と養命酒製造(株)の共同研究により、クロモジエキスにインフルエンザの感染予防効果があることが明らかとなりました。クロモジエキスが作用するのは感染の初期段階。インフルエンザウイルスは主に鼻腔から喉頭までの上気道の粘膜上皮細胞表面に吸着して細胞内部へ侵入し、そこで増殖を繰り返し周囲の細胞や組織に広がることで感染症状を引き起こします。(図2)
 そのためインフルエンザ予防は、ウイルスが細胞に入ろうとする初期段階での対処が鉄則。今回、この「吸着」と「侵入」をブロックする効果が、クロモジエキスに認められたのです。
 河原准教授との共同研究に取り組んだのは、養命酒製造(株)商品開発センター主任研究員の芦部文一朗さん。「クロモジは養命酒の歴史と共に長年当社がメインで扱ってきた素材であり、日本特有の利用がなされてきた生薬です。生薬研究が盛んな漢方の本場、中国にも近縁の種類が自生こそするものの、日本ほど身近な存在ではなく研究事例も多くありません。だからこそ、その機能性を日本から発信することに、大きな意義を感じています」(芦部さん)。

信州大学×養命酒。機能性評価が伝統的生薬に新たな価値を与える

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赤く見えるのは細胞表面に吸着したウイルス(左)。クロモジエキスが細胞へのウイルス吸着を抑えたことがわかる(右)。

 養命酒の歴史は400年前の江戸時代にまで遡ります。長く東洋医学の世界で伝えられてきた効能も、現代に入り学術的な研究が盛んに行われるようになりました。「数年前、当社と国立国際医療研究センターなどとの共同研究によって、クロモジのインフルエンザ感染抑制という新たな機能性が分かってきました。そのメカニズム解明のために、河原先生に共同研究をお願いしたんです」(芦部さん)。
 河原准教授は食品素材に含まれる機能性成分の探索と応用が研究テーマ。食品の成分的な評価だけでなく、病態の原因となる細胞の生物学的応答性などを見ながら、その機能性を探求しています。病態を対象とすることから、インフルエンザウイルスの取り扱いに関するノウハウと知見もありました。
 2019年1月から始まった共同研究。河原准教授は、インフルエンザウイルスの増殖サイクルに着目し、ウイルス感染前後の細胞に時間帯ごとクロモジエキスを処理、その増殖度合を観察しました。結果、細胞への吸着・侵入が起きている「感染開始から1時間後」までの時間帯でクロモジエキスを作用させると、全く作用させない場合と比較して99.5%以上、ウイルスの増殖を抑制できていることが分かりました。
 また、抑制効果を可視化するため、感染後に細胞内でつくられるウイルスタンパク質を蛍光染色する手法により、ウイルス感染後にタンパク質が発現する状況を観察した。その結果、クロモジエキスの添加によって、発現が顕著に抑えられていることが視覚的にも確認された。(図1)
 その他にも、ウイルスの吸着と侵入のどちらに効いているのかを調べるためウイルス吸着過程に及ぼす影響を評価する赤血球凝集阻止試験やエンドサイトーシス過程に対する抑制試験など、様々な観点から抑制機構を解析した。
 「それらを総合的に判断した結果、吸着と侵入という感染が成立する課程で、最も顕著な抑制効果があることが明らかとなったのです」(河原准教授)。

生薬クロモジは可能性の宝庫。さらなる機能性探求で目指す健康のゴール

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取材の様子。手前は養命酒製造執行役員、クロモジ推進室フェローの丸山徹也氏。取材の段取りなどをご手配いただいた。

 2020年はウイルス感染に関わるニュースが世界中を席巻しました。猛威をふるっている新型コロナウイルスだけでなく、地球上には多種多様なウイルス性疾患が存在しています。「今後はインフルエンザウイルス以外のウイルスに対する機能も調べていきたいと考えています」と芦部さん。養命酒の製造で使われるクロモジは、青森県や岩手県、長野県で採取されています。クロモジの機能性解明を進め、同時にクロモジが育つ森林整備という新たな展開にもつなげていきたいといいます。
 今後、クロモジに含まれるどの成分が作用しているのか、詳細な追求が待たれます。河原准教授はその探求を続けることで、より効果が高いエキスの調製にもつなげられると考えています。「食品であれば安全性も高く、予防という観点から日常的に摂取できる。それが機能性食品の良さであり強み。特に、古くから利用されてきた生薬には特徴的な成分が含まれていることが多く、大きな可能性を秘めていると感じています。今後、研究を重ねることで、生薬の可能性をさらに広げ、消費者が食品を賢く選択するためのエビデンスを提供していきたいと考えています」(河原准教授)。400年の歴史を持つという国産ハーブ「クロモジ」の新たな可能性に、期待がかかります。

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