全国に広がる信大発夏秋イチゴ産学官金融連携

夏でも美味しいイチゴを...四季を旬に変えた、イチゴ新品種の現在をレポート

 2011年に品種登録、かつて本誌でもご紹介した信州大学登録の新品種、夏秋イチゴ「信大BS8-9」が今、日本を代表する四季成りイチゴのブランド品種となって、従来は生産期ではなかった冬・春以外のイチゴの生産シーンを席巻しています。甘酸バランス、色、形、香り、そしてコクの豊かさ。すべてにおいて四季成りイチゴの概念を変えたこの品種は、信州大学の大井美知男特任教授(開発当時は農学部教授)が6年もの歳月をかけ、約6000通りもの組み合わせを検証し品種改良したもの。2022年には北海道から沖縄まで80カ所で栽培され、有名店のパフェやケーキ、ジャムやジェラートなど…通年でイチゴを満喫できるようになっている品種、「信大BS8-9」の今を報告します。(文・中村 光宏)
・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第137号(2023.1.31発行)より

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夏秋イチゴの概念を根底から覆す…特許をビジネス展開するパートナー企業に聞く

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椎葉正一さんは、(株)アグリスで栽培指導部長を務めています。

 イチゴの品種は、冬春に収穫する一季成りと呼ばれるものと、主に夏秋に収穫する四季成りに大別されます。冬に店頭に並ぶ「とちおとめ」や「あまおう」といった品種はすべて一季成り。総じて甘味が強く生食に適し、最近では一粒80g以上もある巨大な新品種が次々に登場したこともまだ記憶に新しいのではないでしょうか?
 対して四季成りは、名前の通り周年を通じて収穫が可能な品種。その特性から一季成りの栽培が難しい夏秋に収穫できるよう栽培されてきました。国内では、以前から数種類の四季成り品種が栽培されてきましたが、その味はいずれも一季成りの足元にも及ばないもの。市場の80~90%を占めるアメリカ産にしても国産より発色がいいという程度で、もったいない話ではありますがデコレーションアイテムとしてのみ考えられていたそうです。
 そんな従前の四季成り品種のイメージを根底から覆したのが、大井美知男先生が手掛け、信州大学が品種登録した夏秋イチゴ「信大BS8-9」です。大学発の新品種の特徴は、夏秋イチゴのイメージを根底から覆す味。元々の社業であるイチゴの高設栽培システムの開発・販売に加えて、現在はこの品種の共同権利者でありビジネス展開を担う(株)アグリスの栽培指導部長、椎葉正一さんは、2011年4月に初めてこのイチゴに出合った時の驚きが今も忘れられないと言います。
 「多くのイチゴを見てきた私には、夏秋イチゴに良いイメージはありませんでした。市場で気にされるのは姿かたちと色味、そして棚持ちだけ。そもそも食味は求められていなかったんです。だからこそ「信大BS8-9」は衝撃でした。私は、甘味、酸味とのバランス、コクを重視するのですが、どれをとっても冬春イチゴに勝るとも劣らない、常識はずれの夏秋イチゴだったんですから」
 「信大BS8-9」に魅了された椎葉さんは、誰に頼まれた訳でもなく自分が知る生産者に「とんでもない夏秋イチゴがある」と伝えて回ったそうです。かくして、当時まだ信州で数軒の生産者のみだったこの夏秋イチゴは、わずか1年で全国に20カ所程度まで急拡大することになりました。
 そんな市場の拡大を目の当たりにした信州大学が事業化をアグリスに委ねたのは2015年のことです。以降、購入した苗についてはオリジナルの商品名をつけたり、自由に自家増殖できるライセンスフリーとしたことも手伝い「信大BS8-9」は順調にシェアを拡大。初年度は19団体で62,000株だった定植は右肩上がりに伸長を続け、2021年には72団体212,000株になっています。
 アグリスはまた、前年12月に埼玉県越谷市に「いちごみらい舎」を設立。“いちごのまち”を目指す越谷市と、耐病性が高い「信大BS8-9」を軸に据えたイチゴ栽培の促進活動を行っています。冷房設備を備えた最新ハウスの中では、「あずさいちご」と名付けて栽培するだけでなく、瞬間冷凍設備も導入して冷凍品も商品化。解凍してそのままでも美味しく食べられる冷凍イチゴは、ジェラートなどの原料としても引く手あまただそうです。
 さらにいちごみらい舎では、このイチゴの魅力のひとつである硬さと日持ちを活かして輸出も検討中。「信大BS8-9」が日本を飛び出し、日本が誇る夏秋イチゴとして世界を席巻する日は、もう目の前です。

開発者・大井特任教授の願いで、生産者が自由にネーミング設定できるのも大きな特徴

 「信大BS8-9」は、北は北海道猿払村から南は沖縄県読谷村まで全国80カ所(2022年12月現在)で栽培され、自由に生産者が名付けることができるため、色々な商品名で夏秋イチゴ市場を賑わせています。最近では“100%「信大BS8-9」”の加工品も続々と登場。各々の名前で高い評価を受けています。

広島発! ナチュラルファームタニグチ(広島県庄原市)

権威ある賞にも輝く「信大BS8-9」生産のトップランナー

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谷口さんが育てる「信大BS8-9」は、数々の賞に輝いています。

 農林水産省が国産農林水産物の消費拡大に寄与する事業者・団体等の優れた取り組みを表彰する「フードアクションニッポンアワード」を2019年に受賞。作物の栄養価を競う「オーガニックエコフェスタ栄養価コンテスト2020」のイチゴ部門で最優秀賞を受賞するなど、数多くの生産者の中でもトップレベルの栽培実績と人気を誇るナチュラルファームタニグチ。美味しい夏秋イチゴづくりに情熱を傾ける農業の師匠に共感し、「日本一の夏秋イチゴを作る」と決意。独立以来ずっと「信大BS8-9」に情熱を注いできた谷口博紀さんの出荷方法は、なんと非破壊糖度計で一粒ずつ糖度を計測するのが基本。6月中旬から11月中旬にかけて収穫した糖度9度以上のイチゴに「タカノプリンセス」、11月下旬~から12月中旬に収穫した糖度15度以上のものを「タカノクイーン」と名付け、2ブランド展開しています。
 圃場は5アールで毎年きっちり2,980株を栽培。この半端に思える株数も、「しっかり30cm間隔を確保したらたまたまそうなった」(谷口さん)というこだわりようで、「梅雨時などは毎日。おそらく他の生産農家さんの倍以上は撒く」という栄養分の葉面散布などと相まって、とにかく質を重視したイチゴづくりを目指しているといいます。
 夢は、夏場に糖度20度以上のイチゴを安定的につくり、巷を賑わせる冬春イチゴの大型品種同様に、1粒5万円のタカノプリンセスを生み出すこと。谷口さんが暮らす高野町の活性化という願いも込められたトップランナーのイチゴに、「信大BS8-9」のさらなるバリューの向上が期待されています。

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谷口さんのイチゴは、一番糖度が高くなる頂花(最初の花)を大事にするためやや大粒な印象。

北海道発! 足寄ぬくもり農園(北海道足寄町)

温泉熱利用で通年栽培 ジャムとジェラートの原料も人気

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各ハウスには、温泉の熱を利用した暖房システムを完備しています。

 冬期は最低気温が-25℃にも達することがある足寄町で、苗の生産と合わせ15棟のハウスでイチゴ栽培をする足寄ぬくもり農園。敷地内からも湧出する55℃の温泉の熱を利用した暖房を設置することで、通年栽培を実現しています。「年々技術も向上し、25,000株(「信大BS8-9」は15,000株)に対して2020年は12トンだった収量は20トンになりました。単純計算で1株800gという好成績です」と話すのはJAあしょろ農産部施設課の佐々木俊次さん。一株で採れるイチゴの平均はだいたい600g程度と言われる中でこの数字はかなり優秀なのだとか。同園では、「信大BS8-9」に「スウィーティ・アマン」というオウンネームを付けており、JAが運営するAコープの他、十勝管内のデパートやスーパーなどで購入可能。その他、ふるさと納税の返礼品としても高い人気を誇っているそうです。
 もうひとつ、忘れてはいけないのがスウィーティ・アマン100%の加工品の数々。収量の約20%を加工品に回していて、採れたてをハウス横に設置した冷凍設備で冷凍した「信大BS8-9」だけを使い、委託先で製造したジャム(「赤いちごジャム」と「赤いちごバタージャム」の2種類)とジェラート(「ストロベリーミルク」、「ストロベリーチーズケーキ」など5種類)は押しも押されぬ看板商品なのだそうです。人気の秘密は、高糖度な「信大BS8-9」だから実現したイチゴの含有量。ジャムは全体の50~60%が、ジェラートは1カップに2~3粒のスウィーティ・アマンが使われ、「信大BS8-9」ならではの豊かな香りと自然な甘さが魅力」と佐々木さん。次なる新商品も検討中だそうです。

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イチゴ本来の味が楽しめる「赤いいちごジャム」とジェラートのセット。

沖縄発! MHCトリプルウィン(株) 食・農事業部 沖縄事業所(沖縄県読谷村)

沖縄でイチゴの地産地消 様々な加工品で「信大BS8-9」を楽しめる

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オリオンビールの缶チューハイ「WATTAいちごスパークリング」は、2022年に2度目の登場。ブルーシールのカップアイスでは敢えて他品種を加えた「読谷村いちご」を使用していました。
写真=MHCトリプルウィンHPより引用

 農家向けのファイナンスを行ってきた東京の企業が、2017年3月、実際に自分たちも農業に携わろうと沖縄・読谷村に事業所を設立。その圃場で育つ「信大BS8-9」には「Berry Moon(ベリームーン)」というオウンネームが付けられ、読谷村産のイチゴとして地元で定着しています。「どうせなら、栽培には不向きな南国でやってみようと考えました」と語るのは、2022年春まで事業所長を務めた長部晃典さん。冒険的なその考えの裏には“沖縄のイチゴはそれまでほとんどが県外産。地産地消できるようになれば地域貢献になる”という思いがあったそうです。
 台風対策など沖縄ならではの苦労を3年がかりで乗り越えて、当初300坪だったハウスを2020年に240坪増床するまでに。現在は10,500株のBerryMoonを栽培し、生鮮品の出荷に加えて加工品向けの原料まで担っていますが、目論見通り、リゾートホテルで供されるフルーツとして、県内の有名飲料メーカーの原料として主に沖縄県内で消費されているといいます。
 「沖縄の方は酸味を好まれるのですが、「信大BS8-9」のほどよい酸っぱさと強い香りを気に入っていただいています」(長部さん)という通り、オリオンビールが缶チューハイ「WATTA」の「いちごスパークリング」として、ブルーシールが「信大BS8-9」をメインに他品種を加えた冷凍品「読谷村いちご」を使ったカップアイス「沖縄ストロベリー&クッキー」として、いずれも大人気の限定商品に。その他、地元の高級リゾートホテルや洋菓子店でもウェルカムフルーツや各種スイーツに使用され、県外からの観光客にも愛されています。

長野発! (株)苗香屋(長野県伊那市)

高級店が続々採用 する「恋姫」のバスラッピ ングは圧巻!

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取締役の青木一徳さんは、元は伊那バスグループの石油販売部門の営業担当でした。

 現在、全15棟のうちの8棟を生産棟として使い、計10,000株の「信大BS8-9」を栽培している苗香屋は、実は2022年にスタートしたばかりの若い会社です。前身は地域の交通を支える伊那バス(株)の中に、2015年に新設されたアグリ事業部。「2019年に創業100周年を迎える伊那バスの、地域への想いと感謝を形にした記念事業が、伊那発にも関わらず、地元でまだほとんど知られていなかった「信大BS8-9」の生産でした」と取締役の青木一徳さんは語ります。
 バス会社なのでまず登場したのが新宿-伊那間を走る高速ラッピングバス。商標登録した伊那の4つの生産者だけが使えるオリジナルネーム「恋姫」のお洒落なロ
ゴと中まで赤い「信大BS8-9」の巨大な姿が強烈な真っ赤なバス(2022年暮れ、バス本体の老朽化に伴い惜しまれながら退役)は、伊那市の友好締結都市である新宿区の宝塚大学東京メディア芸術学部の学生たちがデザインしたもの。学生たちは、まず伊那を知ろうと何度も伊那に足を運び、「2年半以上をかけて延べ数百ものデザインを起こしてくれた」(青木さん)のだそう。その甲斐あって、恋姫の認知に一役も二役も買ったことは誰の目にも明らかです。

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長野・駒ヶ根-東京・新宿バスタ間を走っていた「恋姫」一色のラッピングバス。宝塚大学東京メディア芸術学部の卒業制作としてデザインされたこのラッピングは、多くのバスが交錯するバスタ内で圧倒的な存在感を放っていました。

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左が資生堂パーラーのパフェ。右はタカノフルーツパーラーのパフェ(期間限定)。

 恋姫はまた、多くの一流店で使われているのも特徴。苗香屋の恋姫は東京・新宿「タカノフルーツパーラー」のパフェ(信州伊那フェアの期間限定)や大阪・北浜「五感」のケーキとして、先輩格の信州畑工房の恋姫は東京・銀座「資生堂パーラー」のパフェとして楽しむことができます。

味にも姿にもこだわった四季成り品種… 開発者、大井美知男特任教授に聞く

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信州大学工学部
大井 美知男特任教授

PROFILE
1976年 京都大学大学院農学研究科修了
1992年 信州大学農学部助教授
2009年 信州大学院農学研究科教授
2016年 信州大学工学部特任教授
研究分野は蔬菜園芸学。農学博士。

きっかけは長野の農家の夏の収入を支えたいという思い

 私が信州大学に赴任したのは昭和の終わり。当時はレタスなど夏季の葉物野菜は東京など大消費地との交通網が発達していた長野県の独壇場でした。しかし高速道路が開通して東北に大きな圃場が続々とでき、価格が一気に下落してしまったんです。その状況に「葉物に代わって長野の夏を支える作物が必要だ」と感じ、色々と検討を重ねた末に決意したのが美味しい夏秋イチゴの開発でした。
 当時、イチゴといえば冬春の作物。夏秋の国産品種もあるにはありましたが、味も色味も優れる輸入品の独壇場でした。それを国産品に置き換えられれば、国の農業という点からも意味があると考えました。輸入品が優れるといっても、それは例えばケーキのイチゴに誰も手を付けないレベル。冬春に負けない夏秋イチゴを作れば必ず売れると思った訳です。
 まず一季成り、四季成りを問わず在来品種の収集からはじめ、集まった約60品種の苗を掛け合わせたり、余計な遺伝子を取り払ったりを繰り返し誕生したのが「信大BS8-9」です。実は、信大に着任する前は関西の種苗会社の研究員だったんですが、担当は大根の品種改良で、イチゴはやったことがなかったんです(笑)。でも、大根のように種ではなくイチゴは栄養繁殖ですから大根より品種改良ははるかに容易なはずで、大根での経験もかなり役立ちました。

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冬春イチゴを超える夏秋イチゴを目指して

 目指したのは“冬春を超えるイチゴ”です。具体的には糖度が高く、甘酸バランスがいいこと。色は美しい赤で、切った断面も赤いこと。きれいな円錐形をしていること。ケーキ屋さんが使いやすい一粒12~23,4gくらいのサイズ感も重視しました。
 生産者のために、硬度があって日持ちすること、耐病性も意識しました。だから「信大BS8-9」にはうどん粉病はまず出ませんし、炭疽病などの土壌病にも強いと思います。また、生産者を主体として自由に栽培させたいと考え、信大にはネーミングを自由にできること、アグリスには自家増殖を認めてもらうことを要望しています。自分だけの名前の方がやりがいが出るし、自分が栽培しやすい苗の方が愛着も湧くでしょう? 何より国立大学らしいと思いませんか(笑)?
 2021年からはフロムデータ(株)のクラウド型圃場モニタリングシステム「あぐりの助」を実装し、生産者間の情報共有もはじめました。より精密な栽培設備の制御やGAP認証に沿った管理が行え、ノウハウの向上やリスク軽減が図れる筈です。そのビッグデータはAIによる収量・収穫予測を可能にし、営農コストや新規参入障壁の低減にもつながると思っています。アグリスの依頼で収量性向上の改良にも着手したところ。「信大BS8-9」のさらなる進化を楽しみにしていてください。

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