信州中野の老舗酒蔵と 「信大クリスタル」の運命的な出会い

明治から続く信州中野丸世酒造店と信州大学先鋭材料研究所の夢のコラボレーション

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信州大学先鋭材料研究所および工学部手嶋・是津研究室が開発した高機能結晶「信大クリスタル」を世界で初めて酒造り仕込み水の浄水に使用。
明治から続く信州中野の老舗酒蔵、丸世酒造店杜氏の進取果敢な発想から信州を代表する新しい日本酒が誕生しました。
清らかな信州の水のミネラル分をそのままに、酒づくりに不要なイオンや不純物を取り除いた「信州の水」にこだわった新製品です。
まさに温故知新…信州の米、水、伝統に、革新的な研究が融合した「勢正宗 信大仕込」。
深い味わいと後味のキレの良さを堪能いただけます。
今回は、「信大」を冠した初めてのお酒の特集です。
※「信大クリスタル」は、信州大学が誇る無機結晶育成技術「フラックス法」溶媒(=フラックス)を用いて、物質の融点よりもはるかに低い温度で単結晶を育成する技術から生まれた高品質・高機能の結晶の総称で、商標登録されています。


・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第128号(2021.7.30発行)より

産学官連携で始まった老舗酒蔵と先鋭研究のコラボレーション

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 2021年7月8日、信州大学の名前を冠した初めての日本酒「勢正宗(いきおいまさむね) 信大仕込」の販売開始に伴う記者会見が行われました。この日は、信州大学関係者と製造場である(株)丸世酒造店、(公財)長野県テクノ財団も同席。これまでの経緯とその特徴が紹介されました。
 「勢正宗 信大仕込」には、「信大クリスタル(※1)」で浄化した仕込み水が使われています。プロジェクトがスタートしたのは、2020年12月。長野県の関連団体(公財)長野県テクノ財団のコーディネートにより、高機能結晶材料を研究する、信州大学先鋭領域融合研究群先鋭材料研究所/学術研究院(工学系)の手嶋勝弥教授と丸世酒造店とが出会い、「信大クリスタル」の思いを共有したことがきっかけでした。翌1月、丸世酒造店の仕込み蔵の一角に「信大クリスタル」を搭載した新しい浄水器が設置され、本格的な実証実験がスタート。2月に初めての仕込みが行われ、3月に搾り工程を経て同製品が誕生、販売流通計画などが整いこの日を迎えました。
 信州大学と長野県は、「革新的無機結晶材料技術の産業実装による信州型地域イノベーション・エコシステム(以下本事業)」を展開しています。本事業は2017年に、文部科学省「地域イノベーション・エコシステム形成プログラム」の採択を受けて始まりました。信州大学と長野県が相互に連携し、信州大学が誇る研究シーズである「フラックス法」で育成した高機能結晶材料の事業展開に取り組んでいます。これまで、地域の強みを活かしたハイインパクトな産業を創出するエコシステム(※2)の確立を推進すべく、水・医療・エネルギー分野をフィールドに、さまざまなプロジェクトを実施してきました。そのひとつが、「信大クリスタル」の一種、「重金属吸着結晶」を用いた浄水器の開発です。
 今回の日本酒づくりは、その活動の一環で実現。最先端技術と伝統が融合した、これまでにない温故知新の取り組みの背景には、「伝統を超えよう」と日本酒づくりに情熱を傾ける、若き杜氏の思いがありました。
(※1)「信大クリスタル」は、信州大学が誇る無機結晶育成技術「フラックス法」(物質の融点よりもはるかに低い温度で単結晶を育成する技術)を用いて生み出された高品質・高機能の結晶材料の総称
(※2)複数の企業によって構築された製品やサービスを取り巻く共通の収益環境

若き杜氏が新たな酒づくりに挑戦するきっかけは「水を変える」という新発想

 酒づくりに必要なのは、良質な酒米とその土地で得られる清らかな水。明治の創業から約150年の歴史を持つ長野県中野市の丸世酒造店は、古来より引き継がれる「もち米熱掛四段仕込み」の酒をつくる老舗の酒蔵です。その若き杜氏で五代目を継ぐ関晋司さんにとって、「水を変える」ことは、「この土地で、伝統を超える」ことへの思いにあふれた新たな挑戦でした。酒づくりに必要なのは、良質な酒米とその土地で得られる清らかな水。明治の創業から約150年の歴史を持つ長野県中野市の丸世酒造店は、古来より引き継がれる「もち米熱掛四段仕込み」の酒をつくる老舗の酒蔵です。その若き杜氏で五代目を継ぐ関晋司さんにとって、「水を変える」ことは、「この土地で、伝統を超える」ことへの思いにあふれた新たな挑戦でした。
 「この水ならできる―」。関さんは、「信大クリスタル」で浄化した水を口にしたとき、そう感じたそうです。「正直、信大クリスタルのお話を聞いたときは半信半疑でした。でも、実際に水を飲んだときに、『ここまで違うのか』と肌感覚で感じることができた。この水であれば、新しいものができると直感しました」。
 酒づくりに使われる水は、井戸水や河川を水源とする、中野市の上水道。清らかな水源から引かれた水ではあるものの、上水道には、酒の味や見た目に影響を及ぼす鉄やマンガンなど、金属イオンが微量ながら含まれることがあります。この金属イオンを徹底的に取り除くため、これまで丸世酒造店では、イオン交換樹脂を使った浄水器を使用してきました。十分な浄水機能を備えたイオン交換樹脂ですが、「信大クリスタル」との最大の違いは、取り除く物質の「選択性」。
 酒づくりには、酵母の活動を促すため、マグネシウムなどのミネラル分が不可欠です。井戸水などを水源とする中野市の水にも多く含まれていますが、浄水器を通すことで、ほとんどが取り除かれてしまいます。一方、「信大クリスタル」は、酒造りには支障があるといわれる鉄などの金属イオンだけを吸着、酵母の活動に必要なミネラル分は水中に残すことができます。味わいの違いはわずかですが、目には見えない物質の差が、若き杜氏の舌にはこれまでとは違う「明らかな差」として現れたのです。
 「この土地で酒をつくり続ける限り、米や麹は変えることができても、水は選ぶことができない。だからこそ、この土地の水の良さを最大限に引き出す最先端技術を取り入れることができれば、伝統を超える酒づくりができると感じました」(関さん)

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創業150年の伝統が詰まった仕込み部屋。歴史を感じる道具が並ぶ

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樽に酒米を入れ、蒸し上げる様子。蒸気が辺りに立ち込め、仕込み部屋は湯けむりに包まれる

味を決める重要な「仕込み」そして「搾り」工程を経て信大初の新たなお酒誕生

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丸世酒造店の若き杜氏で五代目を継ぐ関晋司さん

 2021年2月19日、朝7時。北信濃の凍てつく風が吹く日、丸世酒造店の仕込み部屋は、ものすごい湯けむりで包まれていました。この日行われていたのは、「信大クリスタル」で浄化した水を使った酒の「仕込み」。朝の静謐な空気の中、蒸しあがった酒米をタンクに入れ、水を注ぎこみ、櫂棒で混ぜ合わせます。その後、発酵を促しながら、およそ2週間寝かせます。
 「信大クリスタルの水に変わることで、もともと持っていた中野市の水の力がそのままストレートに表れるお酒になるはずです。これまで以上にクリアなお酒ができるのではないかと、わくわくしています」と、仕込みの工程を終えた関さんに話を聞くと、期待を込めた笑顔でそう答えてくれました。

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蒸しあがった酒米をタンクへ

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「信大クリスタル」で浄化した仕込み水を入れ、櫂棒でかき混ぜる。水、米、酵母が合わさり、発酵が進む

 そして3月、いよいよ最後の工程である「搾り」が行われました。発酵を終えた「醪(もろみ)」を袋に詰め、板と板の間にはさみ、いくつも積み重ね、上からゆっくりとプレスしていきます。酒、水、米が混合した状態だった「醪」が、少しずつ、酒粕と原酒の状態に分けられていきます。まだ、うっすらと白くにごった「おりがらみ」状態の原酒を、1時間ほど置き、細かな米や酵母などの「おり」を沈殿させると、普段目にしている透き通った清酒に。この工程を酵母が違うタンクごとに繰り返し、出来上がったのは3種のテイスト。酸味と甘い香りを持つもの、うま味と深みをもつもの、コクと後味のキレを持つものなど、それぞれ少しずつ方向性が異なる味わいが生まれました。関係者でテイスティングを行い、最終的には、深いコクと後味のキレを持つ酒が「信大仕込」として選ばれました。

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「搾り」の様子。丸世酒造店がこの工程で使うのは、「佐瀬式」と呼ばれる方法。昭和初期の機械が現役で動く

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「醪」が搾られ、原酒がゆっくりと流れ出ていく

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「おりがらみ」状態の原酒。ここからゆっくり「おり」を沈めて、透き通った上澄みだけが清酒となる

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出来上がった3種類の酒を関係者でテイスティング

出来上がった酒を試飲したとき、関さんは水による変化もしっかりと感じたといいます。「酵母にストレスがかかると雑味や苦みにつながることもあるのですが、後味がスーッと消えていくキレの良さを、今回特に強く感じました。酵母がしっかりと反応し、ストレスなく発酵が促された証拠です。全体としてアルコール発酵が早く進んだことも特徴的でした。もともとの水のきれいさと、ミネラル分の多さによる相乗効果が確実に生まれています。水の特徴も出た、いい酒がつくれたと思います」。

「信大クリスタル」は信州大学の誇る材料科学を象徴する高機能結晶材料

「信大クリスタル」は、先述した通り、手嶋勝弥教授が研究する高機能な単結晶材料の総称です。イオン、原子、分子などが規則正しく並ぶ単結晶は、物質の特有な性質を発現しやすく、電子デバイスや燃料電池など、さまざまな分野で高機能材料として利用されています。
 手嶋教授は、信州大学が世界を先導する、「フラックス法」と呼ばれる結晶化技術により、高機能な結晶材料=「信大クリスタル」の「レシピ」を数多く開発してきました。ただ、これまで応用されてきた先は、精密機械工業や医療などの分野がほとんど。今回初めて日本酒づくりという伝統産業に、「信大クリスタル」が展開されたことになります。
 丸世酒造店の新しい浄水器に搭載されているのは、水中の重金属などを吸着する「三チタン酸ナトリウム」という「信大クリスタル」。すでに市販されている携帯型浄水ボトル「NaTiO」(ナティオ)(※3)にも搭載されている結晶材料です。
 「関さんの話をお聞きするまで、酒づくりとミネラル分の関係性や、仕込み水と浄水器の課題について、全く知りませんでした。『この土地の水で、特徴ある酒づくりがしたい』という関さんの思いをお聞きし、伝統産業に対しても「信大クリスタル」は貢献できるのでは…と、我々の研究に新しいヒントをもらったようにも思います」と手嶋教授は語りました。

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手嶋勝弥教授。「信大クリスタル」が搭載された浄水器の前で

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信州大学が世界を先導する「フラックス法」で作られる「信大クリスタル」は、目的の物質だけを吸着し、除去することができる

地域のポテンシャルを最大に引き出しさらにその上を行く製品を

 かつて、浄水器がなかった時代は、当然のように、土地ごとに異なるミネラル分を含んだ水が酒づくりに使われ、それが自然と個性となって表れていたはずです。来年は「信大クリスタル」で浄化した水で、品評会に出品するための酒を仕込んでみたいという関さん。
 「今、日本酒が築いてきた長い歴史の中で、どの蔵も最高レベルに達しつつある時代だといわれています。日本全国、どこに行ってもおいしいお酒を飲むことができる。それでも、うちの酒を選んでもらうには、この土地の良さを最大限に引き出しながら、さらに上をいく新しいものをつくり出していかなければならない。それが、僕らがこの土地で酒をつくり続ける意味でもあります。「信大クリスタル」によって、築き上げてきた伝統の、また一歩先に踏み出すことができると感じています」(関さん)。
 伝統と最先端技術が融合した「勢正宗信大仕込」。そこには、伝統を重んじながらも変革を恐れず「一歩先」を見据え、次の百年の伝統を築こうという、若き杜氏と研究者の情熱が込められています。
(※3)携帯型浄水ボトル「NaTiO(ナティオ)」:重金属イオンを除去可能な三チタン酸ナトリウムをフィルターに内蔵した携帯型浄水ボトル。手嶋教授がトクラス(株)と共同開発した商品

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搾りたての酒を味わう手嶋勝弥教授

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