食・農産業の先端学際研究会 FAID産学官金融連携

食・農産業の先端学際研究会 FAID

 工学的知見で農業を成長産業へ導く―。信州大学工学部(長野市)の呼びかけで4月、「食・農産業の先端学際研究会」《略称:FAID(フェイド)学際研究会》が発足した。生産者や食品メーカー、農業団体、農業機械メーカーなど60以上の団体が参加している。
 工学関連の英知を結集させ、農業・食品分野に応用し"農業の産業化とブランド力向上"を目指すのが食・農産業の先端学際研究会「FAID学際研究会」だ。
 その立役者である白川達男特任教授に、FAID学際研究会の理念と構想を聞いた。

(文・柳澤愛由)
・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第82号(2013.7.29発行)より

産学官・農商工連携で農業を成長産業へ導く

shirokawa.jpg

信州大学工学部 白川 達男 特任教授
1966年信州大学工学部通信工学科卒業。富士通(株)理事、富士通東和エレクトロン(株)代表取締役社長、富士通メディアデバイス(株)代表取締役社長、財団法人長野県中小企業振興センタープロジェクト支援コーディネーターなどを経て、2011年より現職。

 農業従事者の高齢化、耕作放棄地の増加、鳥獣害―、農業が直面している問題と課題は年々深刻さを増している。また、長野県は農業県として知られているが、農業生産額は91年をピークに減少を続け、2010年には91年比の3分の2までに減少した。
 この様な背景からも農業・農村の構造改革が迫られる中、6次産業化(第1次産業が加工販売までを手掛ける、若しくは連携して行う業務形態)、付加価値のある農業生産が注目されている。それに伴い、農業における「工学・科学的知見」導入の必要性は日増しに強くなっているといえる。
 工学部は、これまでも長野県の食材を利用した機能性食品の創出と人材の育成を目指す「ながのブランド郷土食」など、農業・食品加工分野における産学官連携の試みを進めてきている。
 FAID学際研究会のコーディネーターを務める白川達男特任教授は、昨年同学部で企業との共同研究がどの程度行われているかを調査、「工学部における農業・食品加工分野に対するシーズの幅広さを実感しました」という。これが、FAID学際研究会設立のきっかけとなった。「農業を活性化させ、次の産業へと導く。工学部だからこそ出来る研究があります」と力を込める。

「食・農」に求められる多様な要求への挑戦

 FAID学際研究会の組織は5つの研究部会に分かれる。

 1.栽培技術研究部会
 2.栽培環境システム研究部会
 3.省力・自動化研究部会
 4.高機能食品加工研究部会
 5.人材育成研究部会

 これら5つの部会の中から、参加企業は興味のあるものを選び、参画する。

 「中でも、天野良彦教授が部会長を務める高機能食品加工研究部会は、FAID学際研究会の“売り”となる存在」だと白川特任教授は話す。

 高機能食品加工研究部会は、食の多様化に対応する食品加工技術の多面的な研究開発を進め、高付加価値のある新機能商品の開発を目指した部会だ。加工残渣であったリンゴの皮の部分を利用したジャムの開発等、これまでの研究で既に実用化にまで至っているプロジェクトも多い。

 長野県の食品製造出荷・加工における収入額は総額6,128億円にも上る(2010年長野県統計)。加工品の需要は大きいが、反面、美味しさ、安心安全、機能性、利便性、アンチエイジングなど、消費者が求めるものは多様を極める。だからこそ、工学部の研究シーズを活用すべきフィールドは豊富だ。農業の6次産業へのステップアップを図るため、消費者のニーズに応えるべき多様な課題がそこに存在している。

情報通信やマニュファクチャリング技術を農業に

faid_sakai.jpg

農作業を省力化するスイカの収穫ロボット(信州大学工学部機械システム工学科酒井 悟准教授)

 農業は工業とは違い、様々な自然環境、気象条件に左右される産業だ。だからこそ、農業の現場で必要なデータを正確に反映させるための科学技術が求められている。

 例えば、栽培環境システム研究部会が進めるICT(情報通信技術)を用いた農場の遠隔監視システムの開発。果樹熟度を常時モニター監視することで、最適な栽培環境を模索する。情報技術を駆使することで、農業の現場での正確なデータや、これまで人間が確認できなかった情報を得ることができる。

 また、建築分野で進められてきた温湿度管理や自然エネルギー利用などのシステムコントロール技術を応用・実用化することで、農業における栽培環境の最適化と持続可能なエネルギー活用が期待できる。

 省力・自動化研究部会では、農業従事者の減少、高齢化を踏まえ、クレーンでスイカを持ち上げる収穫ロボットを開発。これまで実現されていなかった全品種対応のホウレンソウの自動収穫ロボットの実証実験も既に進められている。

「食・農」で横ぐしを通した学際的研究機関誕生

faid_1.jpg

約130名の企業・団体の参加者が説明に耳を傾けた

 「工学部がひとつの“くさび”を打ち込んだと思っています」と白川特任教授。

 FAID学際研究会は、これまでの農業を変革させていくためのひとつのきっかけとして位置づけられており、学内でも工学部以外に農学部、繊維学部、経営大学院(経済・社会政策科学研究科イノベーション・マネジメント専攻)といった学部・大学院を越えた連携を通じて課題解決を図る組織だ。さらに、企業団体だけでなく、市町村や長野県、研究機関を巻き込んだ「学際的研究」を食・農業のフィールドで繰り広げることになる。

 農産物における市場での差別化、高付加価値を実現する栽培・加工技術の開発、自然エネルギーの利用、機能性食品の創出―、異分野からの参入と交流が新たな機運を生み、農業の今後の方向性を見出すことに繋がっていく。

 “農業県信州”の新たな価値の創出に繋がる取り組みが、今、始まっているのだ。

ページトップに戻る

MENU