信大特許Vol.2 高齢者食材に最適!酵素処理の里芋ペースト化産学官金融連携

信大特許Vol.2 高齢者食材に最適!酵素処理の里芋ペースト化

信大特許Vol.2 高齢者食材に最適!酵素処理の里芋ペースト化


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 信州大学の研究シーズを技術移転する(株)信州TLOは、特許の試作品化と特許技術の「見える化」を目的とした動画制作に取り組んでいます※1)。前号に引き続き、信大NOWでもご紹介する第2弾は、信州大学工学部の天野良彦学術研究院(工学系)教授が開発した、「酵素処理による里芋のペースト化技術」です。「工学部発」のユニークな食品加工アプローチによって実現した特許で、高齢者向け嚥下食、とろみ剤など、さまざまな応用が期待できそうです。

※1)平成29年度中小企業知的財産活動支援事業採択


(文・柳澤 愛由)

・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第108号(2017.11.30発行)より


この記事の内容は、映像でもご覧いただけます。(信大動画チャンネルより


高齢者向け嚥下食の需要と課題

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加速する高齢化社会の中、嚥下食の進化は高齢者の切なる願い

 高齢化社会を迎えた日本では、筋力の低下した高齢者の食事を補助するために、とろみをつけたり、ペーストにしたりした食品=「嚥下食」の需要が高まっています。今回ご紹介する天野教授の特許は、「里芋」と「酵素処理」という技術を組み合わせることで、栄養価の高いとろみ剤や嚥下食に最適な食材を簡単に作ることのできる技術です。まず、この特許技術を開発することになった社会的背景についてご説明します。

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 高齢者の中には、嚥下(飲み込む力)機能の低下から、食べ物がうまく飲み込めず、食事を摂ることが困難な人が多くいます。嚥下機能の低下は、誤嚥など深刻な事態に発展することも少なくありません。これまでにとろみをつける増粘剤などの添加物は多数開発されてきましたが、現在あるとろみ剤の中には、軟便になったり、お腹の膨満感が残ったりとまだまだ難点も多く、より機能性、栄養価に長けたとろみ剤・嚥下食の開発が求められてきました。嚥下食の進化は、高齢者の切なる願いでもあるのです。
 また、加速する高齢化と共に、嚥下食の市場は急速に拡大しています。(グラフ①)は、咀嚼・嚥下食品の市場規模の推移と今後の予測を示すものです。2020年の予測額は、2012年の約2.4倍。高齢者に受け入れられやすい新製品の開発は、これまで以上に求められ、確実な需要も見込まれているのです。

里芋のあまり使われない部位「親芋」に着目!

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掘り出したばかりの里芋。茎につながっている中心の大きい芋が「親芋」

 高まる需要を背景に天野教授が着目したのが、この特許技術の1つ目のキーワードである「里芋」でした。しかも、使うのは硬くて使われないことの多い「親芋」の部位(写真)。一般的に流通する里芋の多くは、その周囲にできた「子芋」と呼ばれる部分で、「親芋」とは、里芋の株の中心部分にある茎につながった大きな芋のことです。親芋にも子芋と変わらず糖たんぱく質、ペクチン、マンナン、でんぷんなどの栄養素が豊富に含まれていますが、繊維質が多く硬いため食用にはあまり向きません。

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その親芋を「何とか使えないだろうか…」と、里芋産地のひとつである福井県のある農家の方から相談されたことが、技術開発に至るヒントになったといいます。廃棄されていた部位を使うため、製造コストも抑えられ、経済的にも資源的にもエコな方法なのです。

酵素処理ペースト化の3つの特徴

 この特許技術のもうひとつのキーワード、硬い親芋を処理するために用いられる「酵素処理技術」についてもご説明します。
 酵素とは、食物中に含まれるタンパク質や多糖類などの物質を、アミノ酸やブドウ糖などの単糖に分解する触媒分子のことです。物質によって反応する酵素は異なり、「発酵」も菌が作り出した酵素の働きのひとつです。「酵素処理」とは、その酵素を使って人為的に物質の酵素反応を促す技術です。それでは、この酵素を使った里芋のペースト化の特許技術にはどのような特徴があるのか、そのメカニズムと共にご説明します。

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里芋と水に溶かした酵素

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カットした里芋に酵素を入れてどのくらいで柔らかくなるかを実験。硬い親芋でもあっという間にペースト状に

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 1つ目の特徴は、硬い親芋でも短時間で簡単にベビーフード並みの柔らかさにできること(グラフ②)。通常「ペースト化」というと、加熱したあとに機械によって粉砕する方法を思い浮かべますが、この特許技術では加熱した里芋をカットし、酵素を入れて混ぜ合わせるだけ。時間の経過と共に酵素反応が進み、硬い親芋も徐々にペースト状になっていき、最終的にはさらさらの液体にまで形状を変化させることができます。熱を加えるだけで反応を止めることができるので、酵素の量や反応時間を調節すれば、目的に合った柔らかさにすることも可能です。
 2つ目の特徴は、酵素処理を施すことで細胞壁由来不溶性食物繊維を水溶性に変化させることができることです。水溶性食物繊維は大腸の微生物の有用なエサとなるため、腸内環境の改善にも役立ちます。また、酵素反応によってタンパク質も増加するため、栄養価がさらに高まるという利点もあります(グラフ③)。

 3つ目は、消化効率の向上です。この酵素処理法では、細胞をバラバラにするだけの物理的な機械処理に比べ、消化効率は約2倍になります(グラフ④)。これはセルロースやヘミセルロースといった、人の消化器系では分解されにくい植物細胞壁由来の繊維が酵素処理により溶け、均一に分解、断片化するためだと考えられます。
 このように、酵素処理による里芋のペースト化技術によって、栄養価も高く消化性も良い、高齢者の嚥下食の開発にはうってつけの理想的な食品素材を作ることができるのです。

広がる用途!アイデア次第

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物質によって反応する酵素は異なるため、里芋に効く酵素の選定と処理時間の見極めに苦労した」と天野教授。
酵素で液状にした「芋ミルク」も試飲させてもらいました!

 「この技術で作ったペーストを用いれば天然の増粘剤のほか、米粉パンや麺のつなぎ剤などもできるのではと思います。長芋など粘り気の強い根菜類にも応用が可能なので、食品開発の用途としても可能性は広がると思います」と天野教授。先述した通り、反応時間を調整することで狙った硬さに調節できるので、おかゆ状、コンデンスミルク状、液状など、豊富なバリエーションでの応用が可能です。アイデア次第でさまざまな可能性を見出せそうです。
 これからもますます需要が増えると見込まれている高齢者向けの嚥下食はもちろんのこと、新しい視点での食品開発にご興味のある方は、ぜひ信州大学発の特許「酵素処理の里芋ペースト化(マンナン類含有食材のペースト化方法及びマンナン類含有食材のペースト化剤)」の活用を検討してみてください!

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