マイスターが語る自然科学教育・研究の魅力信大的人物

フィールドで活躍する信州大学の数多くの研究者の中から、先鋭領域融合研究群山岳科学研究拠点と理学部諏訪臨湖実験所の自然科学マイスターをご紹介します。
・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第135号(2022.9.30発行)より

山岳科学研究拠点山岳生態系研究部門の活動

世界のフィールドで自然環境と人の暮らしとの関わりを見つめ続けて

 信州大学の先端研究を担う先鋭領域融合研究群の1つ、山岳科学研究拠点。研究ジャンルは、山岳生態系や、地形地質・防災研究、森林資源など、多岐にわたります。「研究フィールドや地域との近さが本学の最大の特徴であり魅力。ここには山の科学ができる精鋭が集まっています」と話すのは、拠点長を務める信州大学学術研究院(農学系)泉山茂之教授。
 研究拠点のすぐ近くに演習林や農場など多くのフィールドを持つという、信州大学ならではの特徴を生かした様々な研究が進められており、「こうした研究の成果を、地域に還元していくことも組織の目標の1つ」だといいます。
 山岳科学研究拠点で進める、泉山教授の研究について、お話を聞きました。

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泉山 茂之
信州大学学術研究院(農学系)教授
信州大学先鋭領域融合研究群
山岳科学研究拠点長

PROFILE
1981年 麻布獣医科大学卒業
1981年 京都大学霊長類研究所研究員
1988年 株式会社野生動物保護管理事務所
2004年 岐阜大学大学院連合農学研究科修了
2006年 信州大学農学部附属アルプス圏
    フィールド科学教育研究センター技術交流・普及部准教授
2010年 信州大学農学部附属アルプス圏
    フィールド科学教育研究センター教授
2022年 信州大学先鋭領域融合研究群山岳科学研究拠点長

野生動物との共存を追求する

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キルギス共和国におけるアルガリの群れ

 泉山教授の専門は、山岳環境保全を目的とした野生動物の長期生態研究です。例えばツキノワグマは、ニホンジカやニホンザルと共に、長年研究対象としています。取材日にも「今朝、一頭GPSをつけてきたところです」とさらりと教えてくれました。
 ツキノワグマに付けた発信機のデータからは、その個体がどのような経路で集落に近づくのかを調べられます。これを受けて、クマと人との予期せぬ接触や、畑の食害などを減らすため、具体的にどこでどんな作業(その個体が身を隠す場所を減らすために移動経路の草を刈り払うなど)をすれば、地域の問題を解決できるのかを考えるといいます。
 「野生動物は、駆除したところで被害がなくなるわけではありません。また別の個体がその場所に来るだけです。排除するのではなく、対応することが大切です」と、泉山教授。その活動は地域と密接に結びついており、獣害に対し、駆除ではなく、どのような対策をすべきか、ということを伝え続けてきました。
 また小中学校等でも、ツキノワグマの生態について理解を深めてもらうため、自らも製作に携わったハンドブックを配り、講習会を開くなどの普及啓発活動を行っています。「何も知らなければ、ただ怖いだけですが、正しく知ることで、何に気を付ければ良いかがわかります。そのための手助けができたら、クマにとっても人にとっても良いですよね」と泉山教授。自然豊かな信州の地では、その分獣害も多くなりますが、自然との共存を訴え、そのための手段を追求し続けます。

華々しい賞や評価よりも人と自然がより良く関わり合う姿を目指して

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動物につけるGPS発信機

 山岳科学研究拠点では、県内をフィールドとした調査研究だけでなく、研究・教育の国際交流も盛んに行われています。(新型コロナウイルスによって海外への渡航が制限されていなかった)2019年には、海外の9つの国と地域において、国際研究や、知的・人的交流を行った実績を持ちます。「先進国だけでなく、発展途上国や小さな国々とのやり取りがあるのは、他の研究拠点と比べ珍しいことです」(泉山教授)
 泉山教授自身、2008年から15年間にわたり、キルギス共和国における希少野生動物や、環境問題に関する研究を行ってきました。同国においては、中央アジアで初めてヒグマの生態捕獲に成功し、GPSを用いて行動追跡調査を実施。また、センサーカメラを用いて野生動物を観測し続けた結果、その地域の密猟が激減し、減少し続けていたアルガリ(羊の原種)が、少しずつ戻ってきているといいます。「自然相手のことなので、すぐに問題解決に至らないことも多いですが、こうした結果は地域のレンジャーの方たちにも喜ばれていますよ」と泉山教授。キルギス国際大学や、キルギス科学アカデミーとは交流協定を結び、その関係は今も続いています。
 「農学は、問題解決の学問。ノーベル賞を目指すのではなく、地域が少しでも良くなることを考えます」と話すその言葉通り、海外でも、信州でも、地道に時間をかけて地域の課題と向き合ってきたその研究は、多くの人の暮らしを支えています。

理学部附属湖沼高地教育研究センターと諏訪湖研究

地域の期待と45年の歴史を背負った理学部伝統の諏訪湖研究

 諏訪湖東岸、JR上諏訪駅のほど近くにある理学部附属湖沼高地教育研究センター諏訪臨湖実験所。ここでは、施設に隣接する諏訪湖をフィールドとして、諏訪湖に関する様々な調査研究が行われています。この実験所で、長年行われてきた諏訪湖の定期観測を受け継ぎ、2020年から所長を務めるのが、信州大学学術研究院(理学系)宮原裕一教授です。2001年にセンターに赴任してから日々諏訪湖に繰り出し、20年以上の長きにわたり研究を続けてきた宮原教授に、フィールド研究の醍醐味や、諏訪湖への思いを語っていただきました。

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宮原 裕一
信州大学学術研究院(理学系)教授
理学部附属湖沼高地教育研究センター
諏訪臨湖実験所 所長

PROFILE
1989年 東京理科大学卒業
1994年 東京理科大学大学院薬学研究科博士課程修了
1995年 国立環境研究所 科学技術特別研究員
1998年 国立環境研究所 研究員
2001年 信州大学理学部 助教授、国立環境研究所 客員研究員
2019年 信州大学学術研究院(理学系)教授
2020年 理学部附属湖沼高地教育研究センター
    諏訪臨湖実験所 所長

45年の歴史を持つ定期観測調査

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学生と共に諏訪湖の中心で試料を採取する

 1957年に、信州大学文理学部附属研究施設として発足した諏訪臨湖実験所(何度かの組織改組と名称変更を経て今日に至る)。ここでは、1977年から今にいたるまで45年間、諏訪湖の定期観測が続けられています。2週間に1度(観測当初は10日に1度)、船で諏訪湖へ出かけ水の透明度や温度、溶存酸素量等を計測し、また、水試料や生物試料を持ち帰って分析・観察するというものです。このセンターに赴任してすぐに船舶免許を取得したという宮原教授も、赴任時からずっと、学生と共に、この観測を続けています。「45年以上続いてきた観測なので、学生の皆さんもその重みを感じて、真剣にやってくれていると感じます」とその様子を教えてくれました。
 もともと宮原教授がこうしたフィールドワークに興味を持ったのは、中学生時代に化学研究部に所属し、千曲川の水質分析をしていたことがきっかけだそうです。「水質分析で出た結果は、自分が実際に現場に出て、川の水を採取したことで得られたものだ、ということを実感しました。その時その場で自分が手を動かすことによって、はじめて結果が得られる、というところに喜びを感じます」と、宮原教授。諏訪湖の定期観測においても「一見しただけではわからないですが、観測を続けることで、決して毎年同じではない、環境の変化が見えてきます」と話します。

地域に愛される研究施設

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写真は湖底の堆積物を採取するための装置。諏訪湖調査のためのあらゆる道具が揃っていてとにかく驚く

 2017年に始動した諏訪湖水質観測プロジェクト(諏訪地域の課題解決を目指して行われている産学連携プロジェクトの1つ)においては、諏訪湖の水質予測を目標に、諏訪市や漁業組合、民間企業と連携し、諏訪湖の水質をリアルタイムでモニタリングしています。IoTを利用した観測装置を用いて、諏訪湖の水温と溶存酸素量、風量と濁度(風量の観測は2021年より追加で開始)を時間単位で計測、その数値はホームページ上に掲載され、誰でも諏訪湖の現在の様子を知ることができます。
 なお、2020年には、同プロジェクトのために信州大学としては初めてのクラウドファンディングを実施。2か月で目標額(100万円)を大幅に超える159万円が集まり、新たな観測装置を作製することができました。
 こうした、日々の調査から見えてきた諏訪湖の今の状態を、地域の方々にも知ってもらおうと、毎年7月の第一土曜日には、諏訪臨湖実験所の一般公開を行っています。2022年は、諏訪湖に生息するプランクトンや水草、また諏訪湖で拾ってきたゴミを展示し、それらをテーマに研究している学生が、その場で研究内容を説明しました。
 「地域の方が諏訪湖に関心を持たれているのは常に感じますし、クラウドファンディングでも、多くの方に応援していただきました。そうした方々の期待や熱意を感じて、自分だけの研究でなく、地域の皆様に役立ててもらうような研究ができたらいいと思っています」
 諏訪地域において、文化、観光、産業などあらゆる面で重要な役割を占める諏訪湖。地域の期待を背負って、研究は続きます。

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