持続可能な未来へ、「海水淡水化」国際共同研究が加速 特別レポート

サウジアラビア王国研究機関と信州大学が学術交流協定 COIの成果と連携引き継ぐ

 信州大学のマテリアルス・サイエンスの実績をベースに造水と水循環の革新的なシステム創出と社会実装を目指した「信州大学アクア・イノベーション拠点(COI)」プロジェクトは2021年度に終了。文部科学省と科学技術振興機構(JST)の支援を受けて、ナノカーボン膜の開発を始めとした多くの研究が実を結び、未来につながる新たな課題と連携が生まれようとしています。海水淡水化で世界最大の事業規模を誇るサウジアラビア海水淡水化公社(SWCC)との学術交流協定もその一つ。同国が持つ海水淡水化事業の高い運用ノウハウと設備、信大の膜開発技術を融合させ、国際共同研究の高度化を図る取り組みが注目されています。信大の膜技術は、淡水資源が少ない同国の環境保護強化を目指す「グリーンサウジ計画」や、100%再生可能エネルギーによる大規模スマートシティプロジェクト「ネオム」計画にも寄与し、海水淡水化膜等の研究と教育を通じて、同国や地域の持続可能な未来へ道をつなぎます。
・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第137号(2023.1.31発行)より

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SWCCから海水淡水化技術の研究者や国際共同研究の担当者ら8名が来学。信州大学国際科学イノベーションセンターを訪問し、先進の製膜工程を見学、体験し、高性能電子顕微鏡を用いる膜研究についても説明を受けた。海水淡水化の高度な設備・技術を持つ同国と高機能膜の開発技術を持つ信大の研究者が交流することで、さまざまな分野の共同研究が加速することが期待されている。

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SWCC研究者らが11月30日、中村宗一郎学長、向智里理事を表敬訪問し、信大との今後の学術交流について意見を交わした。

海水淡水化の先進国サウジ、RO膜開発が課題に

 降雨量が少なく国土の大部分を砂漠が占めるサウジアラビアは淡水資源が乏しく、都市部への水の供給はほぼ全てが海水淡水化に依存しています。同国は世界最大の海水淡水化プラント稼働国で、1974年に設立されたサウジアラビア海水淡水化公社(SWCC)は、飲料用水と電力を供給するための海水淡水化プラントを王国全土に展開。東京都の一日当たりの水道使用量の約1.5倍にあたる1日630万立方メートルを超える脱塩能力を持つ34の海淡プラントを運営しています。
 水需要が増大する中、同国はこれまで海水淡水化方式で使われていた「蒸発法」に比べて少ないエネルギーで多くの淡水を生産できる「逆浸透膜(RO)法」をメインにして、そこで主要技術である逆浸透膜の“Made in Saudi”を目指して新たな体制で研究開発と運用を推進しています。革新的なRO膜の開発と関連科学、人材育成が重要課題となっています。

信大開発膜で海淡実証 交流協定締結へ

 信大が開発した「カーボンナノチューブ(CNT)/ポリアミド(PA)ナノ複合逆浸透(RO)膜」は、高い透水性と耐ファウリング(汚れ)性、耐塩素性が特長の高機能膜で、海水淡水化システムにおいては膜の洗浄などのメンテナンス作業を低減し、システム運用の薬剤やコストの低減化が期待されています。
 S W C Cの海水淡水化技術研究所(DTRI)と信大COIは、この膜と膜モジュールを使用した海水淡水化の実証実験を2021年6月から22年2月までサウジアラビアのアラビア湾岸のジュバイルで実施。ここの海域では海水温が高く、また塩濃度が特に高く、世界で最も過酷な海水淡水化条件下での評価になります。COIが終了した後も、信大はJSTの「COIプログラム令和4年度加速支援」により海水淡水化膜研究を継続しており、22年6月から同9月にも同所での実証実験を実施しています。今後も膜技術開発や水再生処理、環境保全などの広範な研究領域でSWCCとの協力が見込まれることから、これまでの交渉を経てSWCCと学術交流協定を締結することになりました。
 なお、サウジアラビアでの海水淡水化実証実験は、1回目が2021年6月から22年2月、2回目が22年6月から同9月に実施。22年8月に、遠藤守信特別栄誉教授らがジュバイルのDTRIを訪問し、実証実験の進捗状況や協力研究テーマを確認。第1回SWCC/DTRI-信州大学ワークショップが実施され、本学の研究成果の発表と現地で実施している信大モジュールについての実験結果に関する情報交換を実施しました。また9月にはリヤドのSWCC本社国際部において協定締結の打ち合わせと相互交流に関する意見交換を行っています。

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SWCC-DTRIにおける実証試験に関する立会いおよび打合せを現地で行い、第1回ワークショップを実施(2022年8月)

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King Saud 大学King Abdullahナノサイエンス研究所でProf.Alanazi、Prof. Al-Dajani所長らと海水淡水化膜に関する共同研究打ち合わせを行った(2022年9月)。

汚れに強い高機能RO膜 海淡での省コスト期待

 信大アクア・イノベーション拠点(COI)は、2013年に文部科学省とJSTの「革新的イノベーション創出プログラム」に選定され、9年間にわたって研究開発を行ってきました。この間に、カーボンナノチューブをポリアミドに複合したナノ複合逆浸透膜の開発に成功。タンパク質など有機系の汚れや炭酸カルシウムなど無機系の汚れがつきにくいメカニズムも解明し、優れた耐ファウリング性を実証しました。
 海水淡水化事業において高機能で省エネ・省コストに寄与する膜として期待が集まる中、北九州市のウォータープラザ北九州で実海水を用いて海水淡水化実証試験を実施。その優れた結果を国際誌に発表するとともに、さらに発展して前述のようにアラビア湾での実証を進め、SWCCとの連携を深めています。

グリーンサウジ計画と未来都市「ネオム」

 2021年に発表された「サウジ・グリーン・イニシアチブ(グリーンサウジ計画)」は、サウジアラビア国内での二酸化炭素排出量削減や植林、陸と海の環境保全を推進し、持続可能な社会を実現しようとする取り組みです。化石エネルギーに依存した経済体制を変革しようとする未来都市構想「ネオム(NEOM)」計画も進められています。信大は、海洋環境保全と安定した再生可能エネルギーとして期待が高まる海水淡水化で排出されるブライン(高塩分濃度の排海水)を利用する浸透圧発電用の膜開発なども視野に入れており、両者で広いテーマでの連携が期待されています。

サウジ海淡公社の研究者らが信大を訪問

 SWCCの研究者、国際連携担当者らで構成する訪問団8名が11月28日から12月1日まで来学し、長野(工学)キャンパス内の国際科学イノベーションセンターなどを視察しました。センターでの製膜実習には技術者4人が参加し、最先端のグラフェン膜のスプレーコーティングなどを見学。信大の膜技術研究者らが液状の酸化グラフェンを基板上に吹き付けて塗布し、積層の薄膜を形成する工程を説明しました。
 製膜実習に参加したSWCCの研究者からは「耐ファウリング性に優れた膜に注目している。サウジアラビアの海水淡水化に応用できるような研究を進めていきたい」などの感想が聞かれました。訪問団はその後、原子間力顕微鏡や電子顕微鏡など信大の保有する最新科学設備を見学し、同国の技術者、研究者の教育に対する本学への大きな期待も示されました。
 滞在期間中に、第2回SWCC/DTRI-信州大学ワークショップを行い、信大で開発した膜技術のサウジアラビアでの活用について、活発な議論が交わされました。

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共同研究を目指して第2回SWCC/DTRI-信州大学ワークショップが開催され、双方の研究者が研究成果を発表して共同研究に向けて議論を深めた。

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