探求 大好き!研究LOVE!キラリ大学院生 訪問日誌02信大的人物

中世の物語は社会を映す鏡、人間を知るためのヒントを見つけたい!

 物語は世相を映す鏡であり、その時代に生きる人々の精神的な拠り所である。こうした点に強い関心を持ち、中世の物語の研究に情熱を燃やしているのが、総合人文社会科学研究科 総合人文社会科学専攻 人間文化学分野 修士課程2年生の上村明紀子さんです。「中世の物語には人間を深く知るためのヒントがある」―その想いが上村さんを研究に突き動かしています。(文・佐々木 政史)

・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第139号(2023.5.31発行)より

物語は世相を反映し、 再解釈される

b053f8c6e22cf05bdc334569c5939e2c_1.jpg

現代と同じ言葉でも当時はどのように理解されていたのか物語の一語一語を丁寧に調べ、物語全体を読み解き、各パートに含まれる意味を考えていく。まさに辞書と生きる上村さんの研究は続きます。

 中世日本では、既存の物語を当時の時流や価値観に基づいて再解釈し、新たに話を追加したり、改変するといったことが為されていました。こうした文化的潮流を、「中世日本紀(ちゅうせいにほんぎ)」と言います。  
 その影響は、神話や説話、謡曲、軍記、歌論書など、多岐にわたる文学作品で見て取れますが、中世を代表する軍記物語作品である『平家物語』にも、実はその影響の一端が見て取れます。例えば、平家物語の〈剣巻〉という逸話群は、朝廷の王権を保証する宝剣「草薙剣」(三種の神器のひとつ)を中心に、その由緒や継承、霊験などを語ることで、日本の歴史に関わる新たな中世日本紀として再生産されたものです。具体的には、平家物語のなかで、草薙剣が「壇ノ浦の戦い」で海に沈んで行方知れずとなった事件を語った部分において、草薙剣の由緒や継承、霊験などを巡る物語がこの時代の世相に合わせて再解釈が施され改変されています。さらに〈剣巻〉も編纂された時代によって複数のバリエーションがあり、それぞれで草薙剣を巡る物語の語られ方が微妙に異なります。上村さんは、この違いが、当時の鎌倉時代から室町時代の人のどういった思考に起因しているかを考察する研究を行っています。  
 2023年2月に開催された大学院シンポジウムでの発表では、〈剣巻〉のふたつのバリエーション(「百二十句本」と「屋代本」)を比較した研究の発表を行いました。百二十句本は、壇ノ浦の戦いで安徳天皇の入水とともに草薙剣も喪失するというストーリーで、その喪失と朝廷権威の失墜を結び付けることで「朝廷支配の旧時代から武家支配の新時代へ」という主題で描き出しています。一方、屋代本では、宝剣の喪失自体を否定することで、「朝廷王権による支配」を強調しており、この主題の違いが中世日本紀としての〈剣巻〉に幅を与えていると指摘しました。

物語の変化を通じ、人や社会を知る

 上村さんは「物語は人間の営みと密接に関係し、その時代に生きる人々の精神的な拠り所である。そのことを強く実感できる点が、中世日本紀の研究をしていて一番面白く感じる点」と話します。
 例えば、同じ〈剣巻〉でも屋代本は草薙剣の喪失を否定するストーリーですが、これは壇ノ浦の戦いで天皇が入水し宝剣を失うという当時としては“大混乱”を引き起こした事件を、その時代の人々が納得して受け入れていくための営みのひとつであった、そのように見て取れるのではないかと上村さんは考えます。
 そして、こうした中世日本紀から、普遍的な人間の性質や思考を読み取ることで、中世の古典文学の研究にとどまらず、「私たち人間とはどういったものか」という根源的な問いや、「これからの社会はどういった方向性に進んでいけばよいのか」といった現代的な問いに答えを出すためのヒントになるのではないかと考えています。折しも現代は中世のように先行きが不透明な時代であるだけに、中世日本紀の研究を通じて得られる何かに上村さんは可能性を感じています。そして、そのような意味で、「物語は社会にとって決して贅沢品ではない、必要不可欠なもの」と、上村さんは強調します。中世日本紀の研究が楽しくてしょうがないという上村さん、今後は博士課程への進学を希望しています。現在の研究に継続的に取り組み、論文の実績を積み重ね、最終的には日本文学研究者としての第一線に立ちたい考えです。一方で、「常に興味・関心は広く持っていたい」として、博物館学芸員や高等学校教員としての道も検討しています。いずれの道を歩むにしても、そのアプローチの仕方が違うだけ。“日本文学研究者”という一つのゴールに、上村さんは邁進しています。

2_4.jpg

ご本人から一言

 ありがたいことに、幼い頃から本だけには不自由しない暮らしをさせてもらいました。そのおかげで物語を読むことも書くことも好きです。ですから、物語の研究に携わることは、私にとってはとても自然なこと。私の研究は連綿と続く中世日本紀研究のほんの小さな一コマかもしれません。それでも私にとって、研究に没頭している時は何より幸せな時間なんです。

指導教員から
信州大学学術研究院(人文科学系)
渡邉 匡一
教授

 「中世日本紀」の言説は、文学の諸ジャンルに止まらず、歴史書、仏教書、神道書、絵画にまで及ぶので、学問分野を超えて考察を進めていく必要もでてきます。学部生の頃から幅広い興味を持ち続けている上村さんには、まさにうってつけのテーマだと思います(ゼミ発表では仏教経典を読み比べ、陰陽道を扱ったこともありましたよね)。『平家物語』を端緒に研究を積み重ね、新しい「中世の地平」を切り開いてください。期待しています。

graduate2_2.jpg

信州大学の大学院は総合大学の強みを活かして学際的な研究科と専攻があるのが特徴。
学部との関係はこの図をご覧ください。

ページトップに戻る

MENU