ファイバールネッサンスを先導するグローバルリーダーの養成 7年間の軌跡。特別レポート
信州大学繊維学部で実施している、リーディング大学院「ファイバールネッサンスを先導するグローバルリーダーの養成プログラム」が、当初予定の7年間のプロジェクト期間を終えて一つの区切りを迎えました。本稿では、7年間の軌跡を振り返り、修了生の生の声をお伝えします。
本プログラムは、文部科学省の補助事業である「博士課程教育リーディングプログラム」の一環でスタートしました。「博士課程教育リーディングプログラム」は、優秀な学生を将来にわたりグローバルな現場で活躍できるリーダーへと導くことを目的に2013年に始まった事業で、採択された各国公私立大学が専門分野の枠を超えた博士人材教育プログラムを構築してきました。
信州大学繊維学部では、国内唯一の「繊維学部」という強みを活かした、時代が求める博士人材育成を目指したカリキュラムを構築、実施してきました。現在、修了生6名が、国内外の各企業で社会人として働いています。
文部科学省からの補助金は2019年度で終了しますが、信州大学は2020年度も本プログラムの実施を決定しています。(文・柳澤 愛由)
・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第122号(2020.3.31発行)より
信州大学の誇る先鋭研究、繊維・ファイバー工学分野をオンリーワン型で申請
本プログラムの事業基盤である「博士課程教育リーディングプログラム」は、「オールラウンド型」「複合領域型」「オンリーワン型」の3つの類型に分かれています。本プログラムはそのうちの「オンリーワン型」で申請し、採択されました。
繊維・ファイバー工学分野は、信州大学が誇る先鋭研究領域のひとつで、いまや宇宙航空、エネルギー、光通信、農業、医学、アパレルなど、あらゆる産業の基盤技術となっています。今後、社会を取り巻くあらゆる課題に対し、重要な役割を果たしていくことが期待されています。繊維学部はもともと繊維・ファイバー工学分野のあらゆる領域における研究シーズを持ち、多くの実績があります。この実績と国内唯一の「繊維学部」という強みを活かした、まさに「オンリーワン」な教育プログラムであることが、本プログラムの最大の特徴です。
また、繊維・ファイバー工学分野の専門的知識だけでなく、マネジメントリーダーとして物事を俯瞰的に眺め、異分野、異業種の技術・人材を国際的な視野でつなぐことのできる橋渡し役としての能力の育成も目指しました。そのための英語力強化は全カリキュラムを通じ常に学生たちに課せられており、最終的にはTOEIC800点相当以上が求められます。
履修期間は、前期課程(修士課程)2年間、後期課程(博士課程)3年間の計5年間。繊維・ファイバーに関する専門知識だけでなく、周辺分野や先端分野に関する広範な知識や技術を身に付けられるよう、さまざまなカリキュラムを用意してきました。
前期課程(修士課程)の2年間は、繊維学部「国際ファイバー工学研究拠点」内の「国際ファイバー工学教育センター」に学生居室を用意し、若手研究者や海外からの招へい研究者等とともに、教育・研究を進める環境を提供。修士課程1年、2年の「ものづくり・ことづくり演習」では、海外の大学との合同ワークショップや工場見学などを実施してきました。学生自身が専門を超えた視野とチームワーキングスキルを身に付けることを目的とした「研究室ローテーション」といったユニークな取り組みも特徴的です。
また、博士後期課程に進むと、主導指導教員に加え、海外研究者からの研究指導や、学内の各研究プロジェクトへの参画など、多彩な研究指導が受けられる体制を整えてきました。また、海外特別実習として連携先である海外の大学への派遣や、国内外の企業へのインターンシップが必須科目となっています。
こうした国内外の大学、産業界、研究者との連携も本プログラムの特長のひとつ。現在、繊維学部は、欧州繊維系大学連合(AUTEX)(※1)をはじめ、50を超える海外の繊維系大学・研究機関と交流協定を締結しています。これまで繊維学部が築いてきた国際的な研究連携や拠点整備によるつながりにより、こうしたグローバルなカリキュラムが実現しました。留学生の受け入れも積極的に行い、これまでに8か国の国々から留学生を受け入れています。
厳しいカリキュラムに奮闘する履修生たちのメンターとなるのが、プログラム設計にも携わった三浦幹彦特任教授。研究や生活全般に関わるさまざまな相談相手として、学生たちを支えています。次ページからは、三浦特任教授と修了生3人に広報室がインタビューした様子をお伝えします。
(※1)欧州繊維系大学連合(AUTEX)
繊維・ファイバー工学に関連するヨーロッパの大学連合組織。繊維学部は準メンバーとして加入しています。AUTEXは、繊維教育の標準化と研究の質保証を目標にしており、これまでも加盟大学への学生の送り込みや受け入れを行ってきました。本プログラムの海外大学への派遣なども、AUTEXの加盟大学に多くを依頼しています。
海外実習、ものづくり合宿…成長を感じた印象的な出来事は?
広報室 本日はお集まりいただきありがとうございます。三浦先生、まず最初に、本プログラムを「オンリーワン型」で申請された経緯を教えてください。
三浦幹彦特任教授(以下:敬称略) やはり国内唯一の「繊維学部」ですからね。「繊維」というと一般的な人は衣服や布などを想像するかと思いますが、彼らの就職先を見ても分かるように、ナノファイバーやナノカーボン、感性工学など、繊維学部が対象とする分野は今やあらゆる科学技術の基盤になっています。しかしながら、繊維に関わるより専門的な人材を養成する場はあまりない。だからこそ、本プログラムはオンリーワンなものになると考えました。
広報室 このプログラム全体として、海外へのインターンシップ、ものづくり合宿、研究室ローテーションといった、非常にユニークな内容が多いですよね。それでは修了生の皆さんにお聞きします。このプログラムを経験されて、自分が成長したなと感じたこととか、思い出深いエピソードなどを聞かせてください。
設楽稔那子さん(以下:敬称略) ものすごくたくさんのことを経験したのですが、ものづくり合宿でタイの染料の工場に伺ったときのことは印象に残っています。日本の技術を学び、クオリティを保つために努力をされている現地の方々の意識の高さを肌で感じ、価値観が変わりました。それまで海外でものづくりを行う目的は、コスト削減や量産化を目指した結果なのだと思っていたので…。
そのほかにも国内外のさまざまな企業の方とお会いしましたが、皆さん独自の技術を持ち、ポリシーを持って仕事に取り組まれていて、改めて「繊維」という領域は、長い歴史を持ちながらも今なお革新的技術を生み続けている、とても面白い分野だと感じました。
あと、留学先のスウェーデンの大学で受け入れ先の先生の研究を少し手伝ったのですが、「感性工学を取り入れたい」と盛んにおっしゃっていたのも印象的でした。“五感を製品に活かす”という領域は、弊社でも今積極的に取り組んでいる所です。
石川浩章さん(以下:敬称略) ひとつ挙げるとすれば海外研修です。私の留学先はベルギーのゲント大学だったのですが、専門の研究とは違う領域の研究室だったので、珍しい研究機器などもあってすごく興味深かったです。ただ、やはり全体を通して得た一つひとつの経験の積み重ねが私にとっては一番の財産ですね。
広報室 繊維学部には国際的な連携基盤がすでに存在しており、グローバルな内容に富んだカリキュラムが実現できたことも、大きな特徴ですよね。留学生である劉さんはどうでしょう?
劉兵さん(以下:敬称略) お見せしたいものがあるのですが…。(ファイルから「辞令」を取り出し)この「辞令」が、私のリーディングプログラムでの経験を象徴しているように思っています。私にとって、リーディングプログラムへの参加が人生のターニングポイントでした。
実は私はもともと、研究者志望だったんです。その思いが変わったのは、このプログラムでのインターンシップがきっかけでした。インターンシップ先で、大学での専攻と全く関係のない分野の課題に取り組み結果を出したときに、自身の論文が雑誌に掲載された時よりも強い充実感を覚えたんです。自身の研究開発しているものが世の中の人に使ってもらえるなんて、どれほど幸せなことだろうと。そこで修了後は日本の企業に就職することにしたのです。結果がこの辞令。しかも、そのインターンシップ先が、現在働いているJNCでした。
またインターンシップでの課題を高評価で終えられたのも、研究室ローテーションや学生同士の研究交流会、またイギリスのマンチェスター大学への研修など、このプログラムでのさまざまな経験があったからこそだと思っています。
「博士課程受難の時代」にリーディングプログラムが持つ意味とは?
広報室 博士課程を修了した学生たちにとって、現代は「受難の時代」ともいわれています。「博士課程に進んでも就職口がない」といわれ、なかなか博士課程に進む学生が少ないのが現状ですよね。三浦先生にお聞きします。そのような現代の風潮に対して、本プログラム設計の中で意識されたことはありますか。
三浦 今おっしゃられた通り、とくに日本の場合、博士課程まで進めばほぼ研究一筋、将来は研究室に残り研究を進めるという将来像を描く人が多いかと思います。企業側の採用担当者からも「博士課程を出た学生は、専門分野が狭すぎて採用しづらい」といった声が多く挙がっていました。リーディングプログラムでは、その修正を行っていかなければならないと考えました。
だからこそ、学生たちには知識の習得だけでなく、隔週土曜日に東京にある「事業構想大学院大学」に通ってもらうなど、実際のビジネスに目を向けるマインドを持ってもらえるよう意識しました。それが、本プログラムの大きな特徴のひとつだと考えています。その結果、多くの学生にインターンシップ先から直接オファーが来ています。ただ、本当に厳しいカリキュラムなので、学生たちはよく耐えてくれたと思っています(笑)。
広報室 就職活動の面接の中で「博士である」ということに対し、企業側から特別な反応はありましたか?
石川 私は博士課程人材を紹介する就職サイトから就職活動をしたので、特別な反応はありませんでした(笑)。
設楽 私も花王を受けた際は、特別疑問を投げかけられることはありませんでした。研究を大切にしている会社なので自分が取り組んできた研究の話をする時間をたくさんいただいたことは覚えています。別の機会に「これだけの経験をしていて、なぜアカデミックな世界に残らないのか」と聞かれたこともありました。その際は、「リーディングでたくさんの経験をしたからこそ、社会に出てみたいと思った」と伝えるようにしていました。
広報室 まさにそれが、このプログラムのゴールですよね。最後に一言ずつ、信州大学で過ごした日々がどのようなものだったか、教えてください。
設楽 大変だったこともたくさんありましたが、すごく充実した学生生活だったと感じています。友人や研究室の皆さんのおかげも大きかったですが、先生方が皆優しくて、学生の意見もきちんと聞いてくださる方ばかりだったことも充実した学生生活を送れたことにつながると思います。指導教員の先生はもちろん、リーディングに入ってからは、より多くの先生方からいろいろなアドバイスを頂きました。繊維学部ならではだと思います。
石川 繊維学部は、繊維のことだけでなく、生物のことから化学や物理に至るまで、幅広い領域の研究をしています。さまざまな分野の原理的な部分を学べたことは、今に生きていると感じます。仕事をしていればさまざまな課題にぶち当たります。専門の狭い知識だけでは行き詰っていただろうと。事柄の、解決の糸口を手繰り寄せる能力は、ここでの学生生活で養われたと感じています。
劉 日本に来た当初は、日本語も全く話せませんでした。言葉の通じない国で本当にやっていけるのかと不安もありましたが、繊維学部で出会った友達や仲間がいたからこそ乗り越えてこられたと思っています。信州大学での4年間を一言で表すとしたら「充実」ですね。いろいろな温泉にも行きました(笑)。文化の違いも感じながら、さまざまなことを学べた4年間だったと思います。
広報室 素晴らしいですね。3人の修了生の皆さん、これからも企業でのお勤め大変かと思いますが、頑張ってくださいね!本日はありがとうございました。