皮膚科向け医療機器開発をさらに加速し実現する、AI判定による皮膚がん診断支援産学官金融連携

信州大学医学部附属病院皮膚科とカシオ計算機の医工連携イノベーション(※1)

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LED付きレンズを皮膚に接触させて撮影するCASIOの「ダーモカメラDZ-100」。小型軽量はもちろん、グリップ感などに医療関係者の意見が反映されたインダストリアルデザインや使い勝手が特徴。2019年5月に発売され、これまでに1000台以上が販売されている。「ダーモスコープ」とともに、2020年度グッドデザイン賞を受賞。
(画像は通常モード時(臨床撮影時)のLED点灯時の画像)

2021年3月、カシオ計算機(株)は「皮膚科向け医療機器をAI連動で海外へ」と題した報道発表を行いました。見た目だけでは良性か悪性かの判定がとにかく難しかった皮膚がん。専門医でも症例経験や診断能力の習熟が不可欠でした。その領域に、カシオ計算機が長年培ってきたカメラ技術を用いて投入したのが、「ダーモカメラ」と「ダーモスコープ」と呼ばれる皮膚科医専用の最新機器。さらに、信州大学医学部附属病院(以下:信大病院)皮膚科との共同開発によって専用の画像管理ソフトウェアを作成し、ついに良性か悪性かのAI判定にも手が届きそうです。
 皮膚がんの早期発見・治療にも直結することで患者さんや医療関係者にとっても吉報。信大病院皮膚科の医師とカシオの開発者にこれらの経緯、今後のビジョンなどを語っていただきました。(文・柳澤 愛由)
・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第128号(2021.7.30発行)より

(※1)日本医療研究開発機構(AMED)平成31年(令和元年)度 先進的医療機器・システム等技術開発事業(先進的医療機器・システム等開発プロジェクト)採択「イメージングデータを用いた皮膚がん診断ソリューション開発」

増加の一途をたどる皮膚がん、しかしその判定は皮膚科の専門医でも難しい

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CASIO拡大鏡「ダーモスコープDZ-S50」。診察時に病変を拡大して観察するのに使用する。2020年3月発売。

 高齢化や紫外線量の増加により、皮膚がんは世界各国で増加の一途をたどっています。1980年と2015年の患者数を比較すると、その数は約8倍。なかでもメラノーマなど「希少がん」と呼ばれていたがんが近年増加傾向にあり、特に、白人の多いオーストラリアやアメリカなどで顕著となっています。
 「がんは早期の発見と治療が原則です。しかし皮膚がんの診断は専門医でも容易ではありません。皮膚がんの患者数が顕著に増えている海外では特に喫緊の課題です。正確な診断を支援するようなシステムのニーズは、日本のみならず、世界各国で高まってきているのです」。そう話すのは、信大病院皮膚科の医師で、学術研究院(医学系)奥山隆平教授。例えばメラノーマは、別名「ほくろのがん」とも呼ばれ、良性のほくろ(色素性母斑)との区別が非常に難しいことで知られています。早期発見には、視診のほか、拡大鏡(ダーモスコープ)を用いたダーモスコピー検査が有効です。信大病院では、国内でもいち早く1990年代からダーモスコピー検査を取り入れ、数々の症例経験を蓄積してきました。その第一人者が、信大病院皮膚科の医師で、学術研究院(医学系)古賀弘志講師と皆川茜助教です。数年前から、カシオ計算機とともに、皮膚科医専用の画像管理ソフトウェアと、AIによる皮膚がんの診断支援システムを共同開発しています。

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信州大学医学部附属病院 臨床研究支援センター長
信州大学学術研究院(医学系)教授
医学部皮膚科学教室
奥山 隆平 (おくやま りゅうへい)
P R O F I L E
1989年東北大学医学部卒業、いわき市立総合磐城共立病院 、Harvard Medical Schoolを経て、2003年東北大学医学部附属病院講師、2005年東北大学(大学院医学系研究科)助教授、2010年信州大学医学部教授、2014年より現職

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信州大学学術研究院(医学系)講師
信州大学医学部附属病院皮膚科
古賀 弘志(こが ひろし)
P R O F I L E
1995年信州大学医学部卒業、2008年信州大学医学部附属病院助教、2017年より現職(同年11月から病院主担当)

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信州大学学術研究院(医学系)助教
信州大学医学部皮膚科学教室
皆川 茜(みながわ あかね)
P R O F I L E
2001年信州大学医学部卒業、2017年信州大学医学部助教(特定雇用)、2018年Graz医科大学留学を経て、2018年より現職

信大病院皮膚科とカシオ計算機の課題ベクトルの一致

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開発中の診断支援システムの画面。医療機器として認められるために、改良を進めている。

 「以前からダーモスコピー検査に関わる機器は使い勝手の面で課題も多く、必ずしも臨床現場のニーズを満たしてはいませんでした。特に、病変部位の鮮明な写真を得るには、医師が市販のカメラに専用のレンズを取り付け、カスタマイズし撮影するしか方法がなく、数年前までダーモスコープとカメラが一体になったような専用のデバイスは存在すらしていませんでした」(古賀講師)
 周知のとおり、カシオ計算機はデジタルカメラ分野で長年の実績があります。その技術力を用いた新たな展開として進出したのが、多くの課題を抱えていた医療機器分野でした。また、デジタルカメラだけでなく、カシオ計算機独自のコア技術が、デジタル画像変換技術。これまで数多くのサービスを市場に提供してきた経験を活かし、2015年頃からデバイスだけでなく、AIの活用も見据えたダーモスコピーの画像変換・類似画像検索システムなどの開発を始めていました。「その頃、ダーモスコピー専門家がいるレベルの高い病院として、信大病院のお名前をさまざまな所からお聞きしていました。そこで、開発の初期段階だったダーモスコピーに関わるシステムを評価してもらおうと、古賀先生と皆川先生のもとを訪ねたのです。かなり緊張しながら伺ったのですが、先生たちにはストレートにいい評価をいただき、AI開発に向けた足掛かりとなったことを覚えています」。カシオ計算機の開発責任者である北條芳治さん(開発本部メディカル企画開発部長)は、信州大学との共同研究に至ったきっかけを、そう振り返ります。
 その後、カシオ計算機は、「ダーモカメラDZ-D100」を開発します。2016年に試作機が完成、2019年5月には医療機器としての販売を果たします。続く2020年3月には、新たに「ダーモスコープDZ-S50」の販売も開始。開発にあたり、古賀講師や皆川助教は、ユーザーインターフェースや医療機器としてなじむデザイン性、薬物耐性などのアドバイスを行い、性能評価にも協力しています。
 同時に、カシオ計算機と信州大学との共同研究により開発していたのが、ダーモカメラ専用の画像管理ソフトウェア「D’zIMAGE Viewer」です。「ダーモスコピー画像は、撮影し、観察、診断するだけでなく、患者名や疾患名などを入力しながら、正しく整理することが求められます。これまでは、膨大な症例画像を医師が手動で処理しており、その負担はかなり大きなものでした」と古賀講師。
 一方、カシオ製ダーモカメラはWi-Fiにつなげることで画像を医師自身のPCに即時転送することができ、カルテナンバーなどを入力しておけば、PCに取り込んだ際、ビューアーが自動で振り分けてくれます。患者の名前や症例ごとに抽出したり、似たような症例ごと並べ替えたりすることもでき、血管強調変換、構造明瞭変換など、皮膚病変が観察しやすくなるような変換機能も備えています。2019年から医師向けに無償提供を開始。それと同時に、専門医の育成のため、数千の症例データの閲覧や診断トレーニングが可能な学習用サイト「D’z IMAGE」の構築も行っています。
 こうしたサービスの先にあるのが、「AIによる自動診断支援サービス」です。

AIを活用した皮膚がんの診断支援システムとはどのようなものか

医学分野でもAI研究が盛んに行われており、2017年にはスタンフォード大学のチームが専門医レベルの皮膚がん画像識別アルゴリズムの開発に成功。診断補助や患者の疾患啓発用アプリなどのサービス提供が始まっています。
 「しかし、臨床の現場で利用するにはまだまだ信頼性が低く、医師、患者さんに実際に役立つような実用的なAIはなかなか出てきていなかったのが現状でした。ビューアー開発の頃から構想はありましたが、日本の、また世界の医療にも役立つAIをつくろうと2018年頃から始まったのが、このプロジェクトです」(古賀講師)
 AIの開発には、ビッグデータが必要不可欠。日本での利用を目指すのであれば、日本人の症例をAIに学習させることが必要です。古賀講師と皆川助教は、信大病院が蓄積してきたデータのほか、個人情報の保護にも配慮したうえ、日本全国の医療機関などから数万もの膨大な症例画像を取り寄せ、AIの要となるビッグデータとして提供を行いました。
 2019年には、AMED(日本医療研究開発機構)の「先進的医療機器・システム等開発プロジェクト」に採択され、開発に関わる動きが加速。現在は、皮膚腫瘍のうち、特に重要な①メラノーマ、②基底細胞癌、③色素性母斑(ほくろ)、④老人性角化症の4つにターゲットを絞って開発を進めています。このうち、①メラノーマ、②基底細胞癌は悪性腫瘍で、これら4つの腫瘍を識別することは、皮膚科医の至上命題。採択から3年目を迎え、AIのプロトタイプはすでに完成、4つの腫瘍に対しては正答率約90%という、高い精度を実現しています。皮膚科専門医が70%程の精度であることと比較すると、驚異的な数字です。将来的には、医師が症例画像をクラウドにアップすることで、AIがすぐに判定結果を返す診断支援サービスを構想しており、現在、医療機器としての製造販売承認の取得を目指しています。

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CASIOの皮膚科におけるメディカル事業展開構想。2023年にはAI診断サポートサービスと世界展開を目指している。

AI判定で敷居が低くなる皮膚科の未来と世界標準を見据えた社会実装

「こんな状態になる前に受診してくれていれば…と思うことが、これまでも多々ありました。かかりつけ医の先生が病変を見つけられたら早期発見につながることも多いのですが、専門医でさえ診断が難しい皮膚がんの診断能力を、内科の先生に身に付けてもらうことは現実的ではありません。AIでの診断支援システムは、その突破口となるのではないかと感じています」と皆川助教。
 医療過疎地や在宅診療などでは、専門医へのアクセスが容易ではありません。AIの活用が進めば、専門医以外の医師やコメディカル、または患者自身が皮膚がんの可能性がある病変を高い精度で見つけ出すことができ、最終的な専門医診断に早期の段階でつなげることができます。
 「AIの活用は、一見、古賀先生と皆川先生が自身で積み上げてきた経験を否定しているかのように見えるかもしれません。しかし、AIを動かすには良質なデータが不可欠。ここに大学が長年蓄積してきたノウハウがある。そこへカシオさんのノウハウが融合し、新しい価値が生まれようとしています。それが今の医療業界に必要なことだと感じています」(奥山教授)
 AI診断サポートサービスの実用化を目指すのは、2023年。皮膚がんの罹患率が高い北米やオセアニア地域、さらにはアジア圏など、海外への展開も見据えています。現在、ダーモカメラは国内でシェア率にして10%に当たる1200台ほどが使用されており、海外でも100台ほどの販売を実現しています。「AIを活用できれば、世界のどこにいても標準的な診断支援を行うことができます。我々ができることは、ダーモカメラの普及をさらに進め、信頼できる何万、何十万の症例画像をさらに蓄積し、AIの社会実装につなげていくことだと考えています」と、カシオ計算機開発本部本部長の持永信之さん。
 信大病院は、長年地域医療の要として機能してきました。医療過疎地も抱える長野県においてAI診断支援が実現すれば、患者を救える可能性が飛躍的に高まるはずです。日本初の皮膚がん診断支援が世界の新しいスタンダードを構築する、そんな将来が、いま目の前にまで迫っています。

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カシオ計算機(株)開発本部本部長(常務執行役員)の持永信之氏(左)と、開発本部メディカル企画開発部部長の北條芳治氏(右)。この日の取材は東京からリモートで参加いただいた。

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