世界初、固形がんに効く CAR-T細胞の開発に挑戦産学官金融連携

 外科、化学、放射線療法に続く新たながん治療法として、期待が高まる免疫療法。中でも注目を集めているのが、信州大学発で最先端の「CAR-T細胞療法(※)」です。信州大学発のバイオベンチャー企業「A- SEEDS(エーシーズ)」(松本市・柳生茂希 代表取締役社長)は、このCAR-T細胞療法を製品化するため、基礎研究から臨床実装に向けた研究開発を行っています。基本的にオーダーメイドの療法であるため製薬会社による量産化が難しいという高いハードルもありますが、少しでも早く、少しでも多くの難治性がん患者さんを救いたい―。その情熱がひしひしと伝わる現場に足を運びました。
※非ウイルス遺伝子改変CAR-T細胞療法 
(文・佐々木 政史)

・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第141号(2023.9.29発行)より

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CAR-T細胞の製造風景。

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松本キャンパス基盤研究支援センターオープンラボラトリーにて。

難治性がん治療の切り札に! 世界初、“固形がん”に効くCAR-T細胞の実現へ

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株式会社 A-SEEDS
研究員
臨床検査技師
鷲澤 萌(わしざわ もえ)さん

 手術・抗がん剤・放射線といった従来のがん治療では効果が見込めないー。こうした患者さんへの“切り札”として注目を集めている新療法があります。2019年に承認された「CAR-T(カーティー)細胞療法」です。これは患者さん自身の血液から採取した免疫細胞「T細胞」に、がんを認識する「CAR」を遺伝子導入技術を用いて組み込み、培養したうえで、それを薬として身体に投与する治療法で免疫療法のひとつです。
 このC A R -T細胞療法の推進で大きな注目を集めているのが、信州大学発のバイオベンチャー企業「A-SEEDS(エーシーズ)」です。同療法の基礎研究から臨床実装に向けた研究開発を行っています。
 特に注力しているのが、「固形がん」での取り組みです。現在、CAR-T細胞療法の臨床応用は白血病や悪性リンパ腫といった「血液系がん」に限られており、肉腫などの固形がんではまだ実用化されていません。A-SEEDSはこの固形がんでの実用化へ向けて取り組んでおり、実現すれば世界初となることから、大きな注目を浴びています。
 もう一つ、CAR-T細胞療法の“独自性”という観点からも、A-SEEDSは注目されています。信州大学医学部小児医学教室・中沢洋三教授が開発した、アオムシ由来の「酵素」を使用するピギーバックトランスポゾン(PB)法を採用することで、製造コストを従来のなんと約10分の1に圧縮することに成功。また、PB法は分化や免疫疲弊を起こしづらいことも分かっており、より質の良いCAR-T細胞を製造できるという観点からも注目を浴びています。

米国で盟友と出会いベンチャー設立、“ビジネスとして成立”という高い壁に挑む

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株式会社 A-SEEDS
研究開発部長
医学博士 薬剤師 臨床検査技師
稲田 洋一(いなだ よういち)さん

 A-SEEDSは設立から3年目を迎えますが、設立のきっかけは、盟友とも言える中沢洋三教授と柳生茂希社長との運命的な出会いでした。両氏は留学先の米国ベイラー医科大学で出会い、CAR-T細胞療法研究で意気投合。帰国後、柳生社長は京都府立医科大学に、中沢教授は信州大学に籍を置き連携して研究を進めました。
 そのなかで、ある課題感を持ち始めました。それは、CAR-T細胞療法を研究レベルから薬事承認に持っていくまでには非常に高いハードルがあるということです。柳生社長は「当初、研究室で効果さえ実証すれば製薬会社が製品化してくれると思っていた。しかし実際には“ビジネスとして成立すること”が証明されなければ製薬会社は動かないという現実を強く突き付けられた」と語ります。CAR-T細胞療法は通常の医薬品とは異なり、患者さんの血液を原料に製剤します。これは製薬会社にとっては大きなリスクを負うものであり、製品化に取り組むうえでハードルが非常に高いというのが実情です。そのため、「大学病院と密接な関係を持ち、ある程度のリスクを取れるバイオベンチャー企業が主体になって研究開発を進め、ビジネスとして成立すると製薬会社が判断できるところまで持っていく必要があると、元大手製薬会社の医薬品開発の経歴を持つ、A-SEEDS研究開発部長の稲田洋一さんは話します。こうしたことから柳生社長と中沢教授は、PB法によるCAR-T細胞療法の実用化に向けて研究開発から治験まで行うSEEDSを2020年に設立しました。

課題は「安定品質」と「量産化・コストダウン」、提携や海外展開で実用化へ道筋

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株式会社 A-SEEDS
代表取締役社長
医学博士
柳生 茂希(やぎゅう しげき)さん

 これまでA-SEEDSでは、固形がんを対象としたCAR-T細胞の実用化へ向けて研究開発に取り組んできましたが、研究室レベルで一定の効果が認められたことから、いよいよ治験に着手しています。これは実用化へ向けた大きな一歩ですが、「実はここからが大変」とA-SEEDS 研究員の鷲澤萌さんは話します。
 その理由は、大きく二つの課題があるためです。ひとつは「品質の安定化」。CAR-T細胞療法は患者さん一人ひとりに合わせたカスタムメイドであり、患者さんごとに細胞の状態が異なります。そのため、安定的に品質の良いCAR-T細胞を作ろうとすれば高い技術が求められるのです。ただし、鷲澤さんは「決して簡単ではないけれど、何とか品質が均一になるように努めていきたい」と熱意は十分です。

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 もうひとつの課題は「量産化とコストダウン」。CAR-T細胞療法はカスタムメイドであることから一般的な薬のように工場での大量生産が難しく、結果的に製造コストも跳ね上がってしまいます。それでも柳生社長は「あらゆる効率化を図って、少しでも多く製造し、価格を抑えられるようにしていく」と意気込みます。取り組みの一貫として、2023年5月、米国の科学機器・試薬開発大手の日本法人であるサーモフィッシャーサイエンティフィック ジャパングループ ライフテクノロジーズジャパンと共同研究を開始。同社の機器を使って、より効率的で安価な製薬方法の確立を目指しています。また、市場拡大を通じて量産化とコストダウンを図るため、海外展開にも着手しており、既に中国やシンガポールの医療機関がグローバル治験に興味を持っています。
 柳生社長はA-SEEDSの社長に就任してから「意識が大きく変わった」と言います。少しでも早く、少しでも多くの難治性がん患者さんを救うために、“経営者目線を持つこと”の重要性を強く感じるようになったそうです。第一線に立つ研究者でありながら、経営者としての目線も持ち合わせている人物は稀有であると言えるでしょう。そのような柳生社長が率いるA-SEEDSであれば必ずや固形がんを対象としたCAR-T細胞療法を日本のみならず海外でも実用化に結び付け、多くの難治性がん患者さんに希望の光を与えることになるのではないでしょうか。今後の活躍から目が離せません。

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取材したのはちょうど七夕の時期。竹がわりの観葉植物には「治験がうまくスタートできますように…」などの願いを込めた短冊が…。取材班も応援しています。

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