病気をしても家で治療がうけられる、治療しながら外出できる、仕事もできる 「スマート在宅治療」プロジェクト産学官金融連携

2021年度科学技術振興機構「共創の場形成支援プログラム(地域共創分野・育成型)」採択、2023年「本格型」移行を目指して。

 突然の怪我や病気、超高齢化社会に対応して、居住地による医療格差を無くし、患者や家族、医療従事者がライフデザインを描ける社会の創出を目指す「スマート在宅治療」プロジェクト。2021年度に国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の「共創の場形成支援プログラム(地域共創分野・育成型)」に採択され、信州大学を中心とした産学官連携の取り組みがスタートしました。疾患別の治療デバイス開発やオンライン診療を組み込んだ在宅治療システム構築に向けて、2022年度末までニーズ調査や課題抽出を進め、2023年度以降は最大10年間の支援を得られる「本格型」への移行審査を受けて地域実証を目指しています。プロジェクトが描く地域医療の未来像について、副プロジェクトリーダーの青木薫准教授に聞きました。
・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第134号(2022.7.29発行)より

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信州大学学術研究院(保健学系)准教授
青木 薫
2001年信州大学医学部医学科卒業。2009年信州大学医学系研究科博士課程修了。2013年信州大学医学部附属病院リハビリテーション部。2015年より現職

病院に行かなくても医療が受けられる。

 少子高齢化が加速する中で、医療・介護の需要増と担い手の確保が社会的な課題となっています。これに加え、中山間地が多い長野県では病院が偏在し、住む場所によって医療へのアクセスが制限されることも大きな課題の一つ。在宅医療の充実と持続的な医療提供体制の確保により、誰もが安定的に医療を受けられる社会づくりが求められています。
 2021年JSTに採択された信州大学の産学官連携プロジェクト「スマート在宅治療システム拠点」は、この地方ならではの社会的課題解決を目指す取り組み。先鋭領域融合研究群バイオメディカル研究所長の齋藤直人教授がプロジェクトリーダーとなり、群馬大など6大学と企業、病院など13機関が参画して、地域医療の実情や個々の疾患、生活様式に応じた在宅治療システムの開発を目指します。
 医療従事者の働き方改善にもつなげて、地域での安定的な医療提供体制を構築。超高齢社会に向けて「低医療費で長寿」という長野モデルをアップデートさせる試みに注目が集まっています。

健康長寿「長野モデル」をアップデート

 「長野モデル」が生まれた背景には「健康増進に対する地域の草の根活動や医療政策があります」と青木准教授。長野県では1967年、全国に先駆けて食生活改善推進員が組織化され、減塩の取り組みなどを進めてきました。佐久市のピンコロ運動などに代表される地域活動や県の医療施策展開も、予防や健康増進の観点では特筆すべきもの。これらの取り組みにより、健康寿命や高齢者の就業率が高い数字を示す一方で後期高齢者の医療費が少ないという「低医療費で長寿」の長野モデルが実現しました。
 スマート在宅治療プロジェクトでは、長野県におけるこうした従来の取り組みに「治療」の視点を加え、長野モデルのアップデートを図ります。長く続けられてきた予防や「未病」への対策に加え、病気を抱えてもライフスタイルを崩さずに生活できる住む場所によって医療の制限を受けない、医療従事者に負担がかからない地域社会をつくること。地域の課題を解決し新たな長野モデルを構築することがプロジェクトの目標です。
 「治療行為によってライフスタイルを崩さずライフデザインを描ける」「住む場所によって医療の制限を受けない」「医療従事者に負担がかからない」という新しい地域社会がつくられることを期待しています。

場所の制限を受けない 診療・治療・見守り

 具体的には、循環器疾患や糖尿病、脳神経疾患など疾患別の在宅治療デバイスやモニタリングシステムの研究開発を進めます。加えて、精密加工技術など長野県内企業が持つ強みを生かして医療機器産業への参入を促し、産学官による共創の場を形成することにより長野県の医療機器産業の成長と雇用創出の仕組みを構築します。
 生活の中での治療が可能になれば、治療機器を装着しながら外出や農作業、運動ができ、遠隔モニタリングを受けながら安心して社会参加できる、また就業も可能になります。

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中山間地でニーズ調査近く実証も

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大町市のワークショップ
ニーズ把握のためのワークショップを開催。大町市在住の学生、会社員、医療関係者など若い方からお年寄りまでが、医療への要望や健康について話し合った。

 モデル地区の大町市が所在する大北地域は長野県北部に位置し、高齢化率は約37%、地域医療人材の確保が課題になっている過疎地域です。2021年度から市民や医療関係者、行政担当者らが将来の健康や地域の社会像について対話を重ね、医療介護スタッフへの聞き取り調査も実施してきました。「地域の医療が今どうなっているのか、将来はどう在ってほしいのかを一緒に考え、研究開発のヒントを集めています。その上で研究機関と企業をマッチングさせ、デバイス開発につなげる。大町市をモデル地域として社会実装し、全国展開していきます」(青木准教授)
 大町市では2022年6月9日に、初のワークショップも行われました。参加者は、居住地域の医療環境に満足しているか、不満や不安なことは何か、自分が高齢になったときに地域の医療や介護はどう在ってほしいか-などのテーマに沿って意見を交わしました。居住地域の医療環境については「かかりつけ医が身近にある」「医療機関の選択肢が多い」と高評価の地域があった一方、「専門医療が制限される」「病院が遠くて不安」などの意見もでていました。
 プロジェクトではオンラインによる専門外来の実現も視野に入れています。青木准教授は、居住する地域の診療所で専門的な診療や治療を受けられれば、患者や家族も遠方の病院を受診する負担が減る、として在宅治療システムと合わせて「“在郷”治療」のシステムを構築する有効性を強調します。「たとえば大北地域北部の小谷村には診療所が一つしかありません。住民が専門的な検査や手術を受けるために遠くの大きな病院まで通うのは大変なことですが、近くの診療所までなら行くことができる。そこで大きな病院並みの治療を受けられれば楽ですよね」。患者にとっても地域の医師にとっても、専門家の意見を聞くことができるなど利点が多いといいます。

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大北地域

患者も家族も医師も看護師も、自分らしく生活する

 プロジェクトは、2022年度までモデル地域でのニーズ調査や関係者間の対話による課題深掘りを進めて研究開発課題の具体化を進めます。その後、2033年までの10年間で「家単位」、「地域」単位のスマート在宅治療システムの実証を実施。最終的なビジョンである「患者と家族と医療従事者のライフデザインを実現する地域社会」の創出を目指します。

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