信州大学自然科学館 開館10周年記念企画:新旧館長対談特別レポート

自然科学という伝統と宝物。

 高山地帯に抱かれた信州の豊かな自然の中で行う多様な自然科学の研究は、前身校の時代より続く信州大学の特徴の一つ。とくにフィールドワークを通した調査では、その場所でしか得られない貴重な研究資料が蓄積されます。そうした信州大学が所有する膨大な“お宝”を集めて展示しているのが、信州大学自然科学館です。建物は廃液処理施設から、2012年8月に科学館に生まれ変わり開館。今年でちょうど10周年を迎えます。
 今回は佐藤利幸初代館長と、山田桂第3代館長をお迎えし、開館の背景や、収蔵品を後世に残す意義などについて熱く語っていただきました。
(聞き手:信州大学広報室)
・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第135号(2022.9.30発行)より

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Q 自然科学館誕生の背景や経緯について

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自然科学館(松本キャンパス)

佐藤初代館長(以下役職略):信州大学自然科学館の収蔵物は多岐にわたりますが、とくに植物関係では、当時教養部におられた清水建美先生が1975年頃に立ち上げた長野県植物研究会の資料がベースになっています。標本をはじめとする膨大な資料が集まっていたのですが、この科学館ができるまでは保管場所が定まっておらず、医学部の赤レンガ倉庫を借りるなど色々な場所をさまよっていました。動物関係の資料も同様の扱いで、今では超貴重なライチョウの剥製などは教養部の物置で邪魔者にされていました(笑)。
山田第3代館長(以下役職略):あまり大切にされていなかったのですね(笑)。

行き場のないお宝のための施設をと、ずっと考えていました。(佐藤)

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佐藤:そこで、当時の小宮山淳学長をはじめとする先生方と、そういう行き場のないお宝のために資料館的なものができたらいいですね、と話し合っていたんです。そんな時に、たまたまキャンパス内の廃液処理場を何かに活用できないかという話が持ち上がり、温めていた構想が実現に向けて動き出しました。
山田:建物の構造が少し変わっているのは、もともと廃液処理場だったからなんですね。
佐藤:1階と2階の間には、タンクに上るためのらせん階段がありました。あれも残したかったのですが構造的に難しいということで、やむなく撤去することになりました。開館当初は資料を運び込むのが精いっぱいで、展示としてきちんと見せられるようになったのは5年くらい経ってからだと思います。
山田:展示のレイアウトは、開設の頃と比べてずいぶん変わっているかもしれません。
佐藤:山田先生が学生さんとのパイプをたくさん作ってくれたお陰ですね。展示に関していちばん活躍していただいたのは、おそらく山田先生の学生さんだと思います。本当にありがとうございます。
山田:いえいえ。やはり自然科学が好きな学生が何人かいまして。そういう学生が、知らないうちに配置を整えたり、展示物の説明書きを増やしたりしてくれているんです。私が何かしたというより、学生たちが少しずつ創り上げてくれたということです。そういえば、2012年のオープニングの時は、なんと解剖学者で東京大学名誉教授の養老孟司先生が来校され、講演され話題になりました。
佐藤:そうでしたね。有名人なので本来は無理なスケジュールだったのですが、養老先生は昆虫採集が趣味で、ゾウムシの研究でも知られる方。大好きな昆虫標本が見られるということで、富山県での用事の後に途中下車して昆虫採集をするといった理屈をつけて、強引に日程に組み込んでくれたんです。
山田:信州の昆虫がきっかけでご縁が結ばれたわけですね。

Q VRでバーチャル見学、イチ推し展示物は?

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佐藤:先日ホームページを見てみたら、VRで見学できるようになっていて、びっくりしました。画面上で歩けば現場が見られるという、なんだかすごい世界ですね。
山田:VRの導入を思いついたのは、2年前です。新型コロナの影響で開館できない時期が続き、このままだと当館の存在意義が薄れてしまうのではないかと危機感を抱きまして。以前、収蔵品の3Dデータの作成でお世話になった企業がVRを手掛けていたのでお願いし、今年3月に撮影を行いました。撮影の数日後には出来上がってきたので、こんなに簡単にできるんだと驚きました。
佐藤:展示室に小上がりになったスペースがありますよね。私はあそこを歩くコースが好きなのですが、そこも見ることができました。
山田:いちばん奥の剥製のところですね。子どもたちの見学でも、ステージの上にある展示棚に近づけるので人気の場所です。VRでは館内を自由に体験できるよう、普段まわれるところは一通り見られるようにしました。子どもの目線も取り入れたかったので、同じ地点で高い目線と低い目線の2つで撮影してもらったところもあります。
佐藤:見どころとしては、やはり信州を代表するライチョウ。あとは、高山植物。今では採れない貴重な高山植物の標本があるので、ぜひ多くの人に見て楽しんでいただきたい。
山田:展示の中には、私が長野県内で見つけたダイカイギュウの肋骨の化石もあります。
ジュゴンやマナティの仲間ですね。その発掘現場の近くで昔の信大生が発見したシンシュウゾウの化石も展示しています。また、絶滅危惧種のアルマジロのハンドバッグや、カモノハシの剥製などが所々に潜んでいて、触ることができるのも当館の魅力の一つだと思います。
佐藤:展示物を見ながら、信州大学の自然科学研究の歩みを遡ると、前身校の一つである松本女子師範学校の矢澤米三郎初代校長(※)に行き着きます。矢澤先生が集められた当時の資料が、動物関係の資料の軸になっているんです。ご本人はライチョウの研究者でしたが、お弟子さんには鳥だけではなく植物も自由にやっていいよということで、それが後の長野県植物研究会の発足につながりました。ですから、矢澤先生が動物と植物の両方の根幹を作ったといえます。
(※)今回別記事で紹介していますので是非ご覧ください。

いつの間にかVRでバーチャル見学も…、びっくりしました!(佐藤)

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2022年に開設した自然科学館のVR。コロナ禍ということもあり、家にいながらにして「お宝」を探索できます。信州大学自然科学館のホームページから見ることができます

Q教育・研究はもとより、社会貢献に役立つ施設に

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旧制松本高等学校に所蔵されていた貴重な有機色素(染料)標本なども展示中。

山田:科学館の役割として、教育や社会貢献に向けた働きかけも重要だと感じています。
佐藤:学外からの最初の来館は、地元の高校生の見学会だったと記憶しています。印象に残っているところでは、大雪山の父と呼ばれた小泉秀雄さんの標本があるということで、古本屋協会の山岳関係の方が訪ねてきました。彼の標本のほとんどは国立科学博物館に収蔵されているので、小泉秀雄さんの名を表に出した展示を見て、とても珍しがっていました。
山田:今は新型コロナのため、来館者は予約のうえ少人数で来てくれています。先日は、高校生のグループが環境やSDGsに関係する場所を選んで勉強しに行くという、探求学習の一環で訪ねてくれました。「こんな所があったんだ!」と言いながら、興味深そうに見学していましたよ。また、別の高校生が理学部と連携した合同講座を受講したり、静岡大学教育学部の附属中学校の見学先に選ばれたりと、教育に活用される機会も少しずつ増えています。
佐藤:本物を見て学べる場所というのは、やはり大切ですね。
山田:6月から10月までは、火曜日と土曜日に定期開館をしています。学生スタッフが持ち回りで対応し、当館のブログの更新も行います。ブログには展示物の紹介などを載せているのですが、時々詳しい学生がいて、「へぇ、こんなことを」というようなネタを書き込むと、ポーンとアクセス数が増えるんです。

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今では入手できない貴重な野生動物の剥製が一同に揃う。

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Q これからの自然科学館の運営ビジョン、課題など

佐藤:先頃、東城幸治教授(学術研究院理学系・第2代館長・現副学長)が、信州大学の学章のモチーフにもなっているコマクサの進化を遺伝子解析で解明したと伺いました。その研究でも信州大学自然科学館の資料が役立っていたそうですね。
山田:古いコマクサの標本やライチョウの剥製が、遺伝子解析の研究に活用されています。
佐藤:これは私の体験ですが、先日、北海道大学の資料の中から、戦前に樺太で採取されたヤマヒメワラビの標本を見つけました。長い間、信州にしかないといわれていたシダの仲間で、10年ほど前に北海道でも見つかっていたのですが、この標本によって樺太と北海道と信州が1本の線でつながりました。このように、資料は50年、100年と時間を経て活きてくるものなんです。資料があることで初めて大地のつながりが分かることもあるのですから、とにかく保存し続けることが大切です。
山田:そうですね。残していくというのが、一つの使命だと思っています。
佐藤:日本の植物は約1万種と予想でき、信州をくまなく歩くとその半分(約5,000種)を見つけることができます。いわば信州そのものが日本列島の縮図であり、ストックヤード的な場所ということです。そうした意味でも、信州大学の自然科学館が、色々な資料を後世に残していく意義は大きいと思います。
山田:問題は、保管場所ですね。今、どこの科学館でも保管場所の確保が難しくなっていて、泣く泣く収蔵品を廃棄するところも出始めています。日本だけではなく世界共通の悩みで、当館も考えておかなければならない課題です。
佐藤:信州大学自然科学館に最も期待するのは、お宝を発掘する人が育ってくれること。ここには先人から引き継いだ資料と、私が集めた未整理の資料を足すと約50万点もの収蔵品があります。いつか物好きな誰かが資料の山を紐解き、大発見をしてくれるのではないか。そんなことを思い描いています。
山田:学生が研究に使った資料や、個人収集家のコレクションなどの寄贈もあり、収蔵品はさらに増えています。資料をためておくだけでは人には伝わらないので、やはり情報発信も必要ですね。例えばブログやVRを見て連絡してくれる方もいるので、インターネットを使った情報発信というのは大事だなと感じています。(ありがとうございました)

手付かずの未整理資料からの大発見に期待しています。(山田)

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まだまだ未整理の植物サンプルなど数十万点が眠っている。

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C O L U M N

映画「七人の秘書」に自然科学館所蔵の“お宝”登場!

 「名もなき七人の秘書たちが史上最凶の巨悪をぶっ潰す!」というなんとも痛快なキャッチフレーズで、映画「七人の秘書」が2022年10月に公開されます。
 この中の主要シーンとなる、信州の地元名士の館、執務室などに、信州大学自然科学館所蔵の野生動物のはく製が飾られることになり、どういった経緯か、映画の装飾を担当する(株)東京美工の春藤さんに少しお話を聞くことができました。
 ロケハンでもスタッフ皆さんがどうやって「信州感」を出せるか…考える雰囲気だった中、監督の「雷鳥のはく製などあるとより信州らしいよね…」というつぶやきがあったといいます。天然記念物である雷鳥のはく製なんてさすがにないよな…と思いつつWEBで検索したら信州大学に辿り着いた、とのこと。
 雷鳥、イタチ、オコジョ、鷲、ミミズクなど、10体ほどが登場します。希少動物のほうがよりシーン設定のコンセプトに合うらしく(詳しくは映画で)、意外なところで信州大学自然科学館の「お宝」がご覧いただけます。ご期待ください。

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写真提供:東京美工

映画『七人の秘書 THE MOVIE』作品概要
公開:2022年10月7日(金)全国・東宝系で公開。
出演:木村文乃 広瀬アリス 菜々緒 シム・ウンギョン 大島優子 室井滋 江口洋介 ほか
監督:田村直己
脚本:中園ミホ
音楽:沢田 完
制作プロダクション:ザ・ワークス
配給:東宝
撮影スケジュール:2022年1月~3月(撮影済み)
https://7-hisho-movie.jp/

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