玄米の機能性成分をそのまま保持した「高圧加工米」産学官金融連携

玄米の機能性成分をそのまま保持した「高圧加工米」

玄米の機能性成分をそのまま保持した「高圧加工米」

 「玄米」の栄養価は知りつつも、パサパサとした食感や食べにくさから苦手としている人も少なくありません。信州大学農学部の藤田智之学術研究院(農学系)教授が開発したのは、玄米に高圧力をかけることで、玄米の栄養価を白米に移すことができるという夢のような技術です。お米の新しい可能性を広げる研究として、平成27年度の農林水産省「革新的技術開発・緊急展開事業(先導プロジェクト)」に採択され、現在実用化に向けた研究が進められています。

(文・柳澤 愛由)

・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第108号(2017.11.30発行)より

高圧力がお米を変える!?「高圧加工米」のスゴさ

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右が処理後の「高圧加工米」。未処理の白米(左)に比べ、少し色が濃いのが特徴

 私たちが普段食べている白米は、稲の実である籾(モミ)から籾殻(モミガラ)を取り除いた玄米から、さらにその表面部分をヌカとして削り取った「胚乳」と呼ばれる部分です。しかし、精米の際に取り除かれてしまうヌカには、ビタミンやポリフェノールなどの栄養素が豊富に含まれています。最近では、健康志向の人も増え、玄米食も一般的になってきてはいますが、食べにくさや消化性の悪さもありその需要は一部に留まっているのが現状です。


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炊きあがり。右が「高圧加工米」

「玄米の栄養価を白米に付与できたら―」。そんな思いを現実にするのが、藤田智之教授が開発した「高圧加工米」です。
「高圧加工米」を作る手順は次の通り。まず、高圧処理装置の中に玄米と水を入れ、変質しない温度まで加温して100MPa(水深1万メートルの水圧に相当する圧力)の圧力をかけます。その後、取り出して冷まし、元の玄米の重量まで乾燥させます。それをただ精米するだけ。とてもシンプルな方法です。

 この「高圧加工米」の最大の特徴は、精米しても、ポリフェノール類やビタミン類など玄米が持つ栄養価を5~9割も保持している点にあります。白米なので玄米よりも食べやすく、また未処理の白米と比べても食味の違いが歴然。高圧力をかけることでヌカの栄養素が胚乳に移るため、「試食した人の多くが、未処理の白米よりもお米特有の香ばしい香りが増し、味も濃く感じられると評価してくれています」と藤田教授も自信をにじませます。

高圧処理装置メーカーとの産学連携

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高圧処理装置「まるごとエキス」。イワシのような魚でも高圧処理することでまるごと液状化=エキスとすることができるというコンセプト。現在は商品化され、特殊な商品開発ができると食品業界で話題となり業務用機械として全国へ流通しています

 「高圧加工米」を作るのに用いるのは、蒸気ではなく水によって圧力をかける「静水圧」の原理を応用した装置です。もともと、この技術は微生物の殺菌などに用いられてきたもの。例えば、「高圧加工米」を作るのと同じ、100MPaの中高圧力はカキの殻むきなど、さらに高い600MPaの高圧力はアボカドペーストやジュースなどの食材の殺菌もできる技術で、その安全性の高さも特徴のひとつです。

 「ただ、新しい装置のため『他にも用途は無いか』とこの装置のメーカーから10年程前に相談を受けました。それがきっかけで、最初は小麦の研究からスタート、成果が得られたため8年程前から高圧加工米の研究を始めました」と藤田教授。

 高圧処理装置を作ったのは(株)東洋高圧という広島県のメーカー。藤田教授に話が来た当時、高圧処理装置の用途拡大を目指し試行錯誤を重ねていた所でした。現在「まるごとエキス」と名付けられた装置のプロトタイプを見た藤田教授は、「高圧下では水の浸透性が高まり成分が浸透しやすくなる性質を応用することで、穀類のヌカにある栄養素が胚乳に移せるのではないか」と考えたといいます。

 もともと、藤田教授は「農芸化学」と呼ばれる分野が専門です。化学の視点で生命の機能を探りながら、天然物の中にある、人に有用な機能性成分を探究していく研究分野ですが、中でも藤田教授は成分分析を専門としてきました。その経験を活かして、高圧処理装置の用途拡大のための研究が産学連携でスタートしたのでした。

「お米」という当たり前の存在に新しい可能性を

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藤田 智之 学術研究院(農学系)教授


日本テルペン化学(株)研究員、大阪府立大学農学部助手、大阪府立大学大学院農学生命科学研究科助教授を経て、平成18年より現職。平成28年より、信州大学学術研究院農学系長、農学部長。

 「最初に着手した小麦で興味ある成果が得られたので、次に、より手軽なお米で実験をしてみました。すると、処理後の白米は処理前の白米に比べてポリフェノール量が約3倍になるという従来にない研究結果を出すことができました」と藤田教授は振り返ります。ポリフェノール類だけでなく、ビタミン類も移行、さらに、圧力をかけることで菌の増殖を抑えられるというメリットがあることから、水を浸透させても、乾燥して精米できることがわかりました。

 「信州大学に来る前は、どちらかというとラボに入りきりの研究が主でした。しかし信州に来て周囲が田畑に囲まれた環境の中では、以前にも増して休耕田が目立ってきたことを実感します。全国的にもお米の消費量は減っています。日本の主食であるお米に関する課題は日本人の課題。この研究がお米の消費向上に寄与できたら。農学部らしい研究になっていると感じています」と藤田教授は穏やかな笑顔で研究への思いを語ってくれました。


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高圧処理後の白米と普通の白米のポリフェノール量を比べたグラフ。55℃で100MPaの圧力をかけた「高圧加工米」は、ヌカの栄養価が胚乳に移行し、未処理の白米の約3倍のポリフェノール量に

インターバル速歩とのコラボ研究も進行中!

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生産量を上げるため新しく導入した高圧処理装置に玄米を入れた様子

 最近では信州大学医学部の能勢 博学術研究院(医学系)教授が推奨する「インターバル速歩(※)」との共同研究も進んでいます。インターバル速歩に継続して取り組んでいる人に、高圧加工米を4か月間食べてもらい、その効果を検証する実験です。結果、なんと通常の白米食に比べて空腹時の血糖値の上昇が抑えられていることが判明(特許出願中)。高圧加工米に血糖調節機能があることが分かりました。糖質オフダイエットなどが流行する昨今、糖質の代表格としてやり玉に挙がりがちな白米ですが、この研究成果は新しいお米の価値を生み出してくれそうです。

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容量を50リットルにスケールアップして、実用化に向けた検証を進めています

 医学系研究科との共同研究のほか、旭松食品(株)、(株)吉野家ホールディングスなど食品業界の大手企業も研究に参画、市場調査や商品開発など実用化に向けた協議が進んでいます。
 「米の品質や食味などの評価も農学部の先生と共同で進めています。玄米に比べ加工しやすいので機能性を高めた2次加工の可能性も広がっていくと思います」と藤田教授。この技術を応用して、野菜や果物など別の食材でも取り組んでいけたらと、さらなる可能性に期待を寄せていました。

(※「さっさか歩き」と「ゆっくり歩き」を数分間ずつ交互に繰り返すウォーキング法で、信州大学の能勢博教授が考案したトレーニング法)

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