信州の震災の記憶を次代へ引き継ぐ 記録だけでは終わらせない "活用される"震災アーカイブを地域コミュニケーション

神城断層地震震災アーカイブで小中学校の防災教育や住民の生涯学習に貢献

 震災の被害状況や人々の経験を記録し防災に活かす「震災アーカイブ」――。その先進事例として大きな注目を浴びているのが、信州大学教育学部 廣内大助研究室の「神城断層地震震災アーカイブ」の取り組みです。多くの震災アーカイブの記録の収集・保存の取り組みに対し、廣内研究室ではそこから一歩踏み込み、“活用される”仕組みづくりを構築。その結果として小中学校の防災教育や住民の生涯学習に貢献しています。従来とは異なる“活用される”仕組みづくりとはどういったものなのか、国内でも珍しい取り組みを行っている「神城断層地震震災アーカイブ」に迫ります。(文・佐々木 政史)
・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第136号(2022.11.30発行)より

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信州大学地域防災減災センター 防災減災教育部門長
信州大学学術研究院(教育学系)
廣内 大助教授
2004年 愛知工業大学地域防災研究センター研究員
2007年 信州大学教育学部准教授
2014年 信州大学教育学部教授
2022年 信州大学防災減災センター防災教育部門長

 近年、地震や台風などの自然災害が激甚化し、その頻度も増えています。他県に比べ自然災害が少ないと思われてきた長野県でも、2019年の千曲川の氾濫では大きな被害がありました。
 自然災害に対処するためには、被災の記録と記憶を遺し、次の世代へと教訓を引き継ぐことが重要です。こうしたことから、未曾有の被害をもたらした2011年の東日本大震災をきっかけに、震災の記録と記憶をアーカイブとして遺す取り組みが全国で盛りがりました。ただ、「多くのアーカイブは、あまり活用されていないのが実情」と信州大学地域防災減災センター防災減災教育部門長の廣内大助教授は話します。記録すること自体が目的になり、活用まで見据えた取り組みがなされていないというのです。そのため、廣内研究室では、2014年11月22日に長野県北部で発生した神城断層地震の災害調査に関わったのをきっかけに、“活用される”震災アーカイブづくりに取り組んでいます。
 廣内研究室が、“活用される”アーカイブのために取り組んだことは大きく3つあります。その1つ目がデジタル化です。
 従来の災害を遺す取り組みは紙によるアナログ形式のものが多くを占めていましたが、地域住民が手軽に活用しづらい問題がありました。こうしたなか、廣内教授は「そもそも震災アーカイブは地域住民の防災に役立てることを目的とするものであり、誰でも簡単に分かりやすく正確な情報にアクセスできることが重要」と考え、デジタルデータで情報を保存する「神城断層地震震災アーカイブ」の作成に2017年から取り組んでいます。
 これは、Web-GISというオンライン地理情報システムを活用したもので、Googleマップのようにオンライン地図上に様々な情報を付加していくことができます。神城断層地震震災アーカイブでは、この機能を活用し、特徴的な被災場所をオンライン地図上に登録。マウスでそのポイントをクリックすると、その場所の被災時の状況を記事や写真、インタビュー動画などで確認することができます。「特に関心が高いトピックスとして、子育て世代の母親など、災害時に弱者となりやすい人の声も意識的に集めた」と廣内教授は強調します。
 また、ワンクリックで、発災時、復旧期、復興期ごとに、情報を時系列で整理し、切り替えて見ることもでき、まさにデジタルアーカイブならではの特徴と言えるでしょう。

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2014年神城断層地震震災アーカイブサイト
https://kamishiro.shinshu-bousai.jp/

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大糸タイムス発行2014年11月24日

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アーカイブサイトから動画や写真を見ることができる

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発災直後

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復旧・復興後

小中学校の防災教育で活用 “四方よし”の取り組みに

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小学生のフィールドワークの様子

 廣内研究室が震災アーカイブの活用で取り組んだ2つ目の仕掛けが、小中学校の防災教育での活用です。
 地域の防災力を向上させるためには、災害の記憶を、次世代を担う子どもへと伝えることが重要です。そのため、廣内研究室では2018年から白馬村や小谷村の小中学校と連携し、震災アーカイブを活用した防災教育の促進に力を注いでいます。
 具体的には、教育学部の学部生・大学院生と地域の小中学校教諭が共同で震災アーカイブを活用した防災教育プログラムを作成。小学校では、アーカイブを通じて当時の被災状況を学習した後、現地でフィールドワークを行います。中学校では、アーカイブを活用し、被災当時と現状の比較などを行ってきました。
 こうした取り組みは様々な面でメリットが大きいものとなっています。小中学生は一段レベルの高い防災教育の機会を得ることができ、学校教諭は授業の充実を図ることができ、地域にとっては次代へ災害の知識を伝えることにつながります。また、信大生にとっても貴重な実地教育の機会を得ることもできます。三方良しどころか“四方良し”の取り組みであると言えるでしょう。

現地ツアーを開始 住民の生涯教育の場に

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災害を伝える看板と復興ツーリズムマップ

 震災アーカイブを活用するための3つ目の仕掛けは、復興ツーリズムの取組みです。2020~21年は地元企業と連携したフィールドワークを実施しました。また2022年9月には白馬村公民館講座と連携したガイドツアーを行いました。
 これは、「アーカイブサポーターズ」という専門の地域のガイドが、神城断層地震の特徴的な被災場所を案内するというものです。ガイドツアーで案内する場所には看板を設置。QRコードをスマートフォンで読み込むことで、震災アーカイブの写真や動画を閲覧できるようにしています。
 アーカイブサポーターズの養成は、2022年5月から開始した白馬村公民館による生涯学習講座を通じて行っています。教育学部の廣内教授や本間助教(URA)、内山特任助教、横山研究員などがアドバイザーとして関わっており、「防災に関して専門的な観点からアドバイスを受けることができ感謝している」と、白馬村公民館の横川秀明館長は話します。
 サポーターズメンバーは、農家やペンション経営者など様々なバックグラウンドを持つ人が集まっており、主にシニア層の生涯教育の機会となっています。白馬村公民館の横川館長は「受講生は驚くほど活き活きと取組んでいる」と話し、受講生の簑島正尋さんも「防災の観点から地域を知ることができて楽しい」と充実した様子です。
 ガイドツアーは地域内だけでなく、地域外からの反響も大きく、長野市や新潟県糸魚川市からの申込みもあります。それだけに、ガイドツアーを通じて地域に人を呼び込み、交流人口を増やすことで、地域活性化の一助になることも期待できそうです。
 廣内教授は、将来的に信州大学と自治体によるサポートなしで、地域住民が自立してアーカイブを運営できる体制を構築していきたい考えですが、「ガイドツアーがキーになる」と話します。

仕組みづくりは人づくり 教育学部の強みを発揮

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養成講座の様子

 「神城断層地震震災アーカイブ」は、今や震災デジタルアーカイブの先進事例として全国で注目を浴びる存在となっています。それは、記録だけでなく活用も含めた仕組みづくりにあると言えそうですが、その仕組みづくりが可能になっているのは「人の育成を専門とする教育学部が取り組んでいることの利点が大きい」と廣内教授は話します。
 例えば、小中学校での震災アーカイブを活用した防災教育では、教育学部の廣内研究室の学部生・大学院生が授業をサポートしています。また、震災アーカイブツアーでは、教育学部のメンバーが関わりながらアーカイブサポーターズの育成に取り組んでいます。
 「どんなことでも仕組みづくりには、その担い手となる人の育成が必要になります。“仕組みづくりは人づくり”と言えます。それだけに、人づくりに関心を持ち、専門的に取り組んでいる教育学部の学生やスタッフが関わっていることが、震災アーカイブ活用の仕組みづくりに貢献している部分は大きいのではないでしょうか」と廣内教授は話します。
 記録にとどまらず、その活用も見据えた「神城断層地震震災アーカイブ」のプロジェクトは、まさに教育学部ならではの強みを発揮した取り組みと言えそうです。
 なお、信州大学教育学部では、来年4月に産官学で「防災教育研究センター」を立ち上げる予定です。学校、地域、企業を対象に防災教育研究を展開し地域の防災力向上を目指す方針であり、この新たな仕組みづくり・人づくりにも注目が集まりそうです。

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アーカイブを支えるスタッフ
左から横山俊一研究員、内山琴絵特任助教、本間喜子助教(URA)

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