環境保全先進国ニュージーランドで学ぶ、豊かな自然と暮らしの両立
2018年度 環境教育海外研修
特別レポート

環境保全先進国ニュージーランドで学ぶ、豊かな自然と暮らしの両立<br>2018年度 環境教育海外研修

NewZealand-3.jpg

 信州大学では、環境問題について多様な視点で捉えることのできる環境マインドを持った学生を育成することを目的にして、2008年度より「環境教育海外研修」を行い今年11回目となります。信州大学独自の取り組みで、選考で選ばれた学生が、海外の環境関連施設や研究機関、大学などを訪問し、その国の環境問題への取り組みについて学びます。
 2018年度の研修先はニュージーランド。2019年3月3日~14日の日程で、希少な動植物や自然環境の保全を行っている国立公園や再生可能エネルギー関連施設などを視察してきました。この取り組みの趣旨と概要、ならびに研修を終えた学生たちのレポートをご紹介します。

・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第118号(2019.7.31発行)より

●研修スケジュール 2019年

NewZealand-1.jpg
3月3日 成田発 オークランド経由
3月4日 ウェリントン着 市内見学(国立博物館等)
3月5日 在ニュージーランド日本大使館、NZ環境保全省
DOC(Department of Conservation)訪問
3月6日 NZ経済産業省MBIE
(Ministry of Business innovation & employment)訪問
3月7日 ヴィクトリア大学訪問(ニコラ・ネルソン准教授)・大学内及びラボ見学、NZの生態系及び希少種保全等に 関するレクチャー、学生とのランチ交流会
Zealandia見学(ナイトツアー含む)
3月8日 自然保護区Matiu/Somes islandの見学
→雨天のため ウェリントン博物館の見学等に変更
3月9日 ロトルアへ移動
夜 ミタイ・マオリ村の見学
3月10日 ワイオタプ・サーマルランド見学
3月 11日 タウポへ移動 GNSサイエンス研究所①
・GNSラボツアー、ワイラケイ地熱発電所の概要見学ツアー
3月12日 GNSサイエンス研究所② レクチャー ・ フィールドトリップ
研究内容、地熱利用状況
3月13日 トンガリロ国立公園訪問
現地での希少種保全と外来種対策の見学
3月14日 タウポ発 オークランド経由 成田着
3月15日 松本・上田・長野へ帰着
NewZealand-2.jpg

【研修の狙いを引率教員に聞きました!】世界有数の高い目標を掲げるニュージーランド

NewZealand-4.jpg

全学教育機構 准教授
加藤 麻理子

 ニュージーランドは、国鳥にもなっている飛べない鳥キーウィをはじめ貴重な固有種が多く生息する自然豊かな島国です。先住民族マオリの文化を背景に、自然を大切にする国民性が根付いています。今回の研修におけるトピックは主に2つありました。
 1つ目は、自然環境の保全。独特の生物相を有するニュージーランドですが、島嶼環境は外部からのインパクトに弱く、人為的に持ち込まれた外来種が生態系に大きな影響を与えてきました。そのため現在ニュージーランドでは、希少種の保護や自然環境の保全を目的とした様々な取り組みが行われています。とくに、ネズミなど外来哺乳類の駆除に力を入れており、2050年までに外来哺乳類の根絶を目指すという意欲的な目標を掲げています。
 2つ目のトピックは、再生可能エネルギーの利用です。ニュージーランドは、水力や地熱などによる発電量が約80%を占め、現状すでに世界有数の再エネ利用率ですが、さらに2025年には90%にする、という高い目標を掲げています。これは世界的に見ても類をみない前向きな姿勢です。とくに地熱利用も盛んで、今後のさらなる伸びも期待され、国を挙げて先進的な研究や取組が進められています。
 このように環境政策に国として非常に高い目標を掲げ、分かりやすく提示していることが目を引きます。学生たちには、このようなニュージーランドの環境政策の特色を学び、課題も同時に感じてもらいながら、日本との違いや活かせる点について考えて欲しいと思い、視察先を検討しました。

NewZealand-5.jpg

研修先概要

 ニュージーランド環境保全省DOC(Department of Conservation) や、経済産業省(Ministry of Business innovation & employment)では環境政策についての概要を、次いで訪問したヴィクトリア大学では、保全生態学を専門とするニコラ・ネルソン准教授からニュージーランドの生態系の特徴や具体的な外来種対策について教えていただきました。民間の自然保護区であるジーランディア(Zealandia)では、周囲をすべて特注の柵で囲い、外来種を徹底的に排除した上で希少種が生息・生育できるように管理している様子、入場料や寄付金などによる運営の仕組みを学びました。タウポにある地熱利用の総合的な研究機関であるGNSサイエンス研究所では、地熱探査から地球物理学、火山学など多面的な分野の研究内容を紹介いただき、学際的なアプローチの重要性と、「何のために研究成果をどう活かすか」が非常に明確なことに感銘を受けました。世界遺産でもあるトンガリロ国立公園では、現地のレンジャーが行う外来種対策の罠の巡回調査に同行させてもらい、現場の空気を肌で感じる貴重な機会となりました。
 ニュージーランドの国土面積は日本と比較すると約3/4ですが、人口が約495万人(2019年3月)と少なく、人口密度が低いことも特徴です。日本と同じ島国で火山帯に属するなどの共通点もある一方で、歴史や国土利用のあり方は大きく異なっているともいえます。学生たちには、日本と異なる環境下で感じたことを大切にし、ここからさらなる興味・関心を深めてもらいたいと思います。

REPORT1 人も自然も住みよい国へ。ニュージーランドの環境保護・保全の考え方

井川 洋さん 理学部理学科物質循環学コース(2年)※学年は研修時

NewZealand-6.jpg

 私は現在、生態学について学んでおり、1年次から霧ヶ峰高原で天然記念物の保護・整備を行う霧ヶ峰自然保護指導員としても活動してきました。今回の研修は、ニュージーランド独自の生態系保全や環境保護政策について深く学びたいと思い参加しました。
 訪問先のひとつ、トンガリロ国立公園では、希少種の保護・保全のため、発信器を利用したテレメトリー調査や、犬を使った個体数調査などを見学しました。外来種駆除のために開発された毒餌「1080」の概要説明も受け、実際の罠の設置などにも同行させてもらいました。
 ニュージーランドにおける外来種の侵入は9世紀頃から始まり、17世紀のヨーロッパ人の入植、20世紀の人為的環境操作などにより、その数を増加させてきました。
 ニュージーランドでは、2050年までに外来哺乳類を根絶する「プレデターフリー2050」を掲げ、とくに希少種を捕食するドブネズミやイタチ、オポッサムに対し、集中的な対策を行っています。しかし駆除が難しいことを理由に対象外になっている生物もあり、それらが分布を拡大していることが問題となっています。集中的な対策は費用対効果が高いのに対し、他が手遅れになる可能性もあります。良い面だけでなく、多くの課題があることも知りました。
 ニュージーランドは、政府が掲げる「ニュージーランドを最も住みやすい国にする」という理念を多くの国民が理解し、支持しています。政府、国民、企業がバランスを取りながら取り組みを進めており、環境保護と豊かな生活を両立させながら暮らしていくことが重要だという意識が、国の隅々にまで浸透している印象を受けました。人口密度の低いニュージーランドと異なり、日本は小さな自然を多くの人が管理・利用しています。ニュージーランド以上に、環境意識の向上が不可欠です。ニュージーランドのように「何のために保全するのか」をより明確にし、環境サービスの利益還元も重視していく必要があると思います。さまざまな価値観がある中でバランスを取りながら環境問題に向き合っていく重要性を改めて感じました。

NewZealand-7.jpg

テレメトリー調査に同行

REPORT2 再エネ先進国で学んだ最先端研究

鈴木 大成さん 繊維学部化学材料学科ファイバー材料工学コース(2年)※学年は研修時

NewZealand-8.jpg

 ニュージーランドは全発電量のうち、約80%が再生可能エネルギーです。最も発電量の多い水力発電に次いで、近年地熱発電の普及が進んでおり、国が率先して調査・研究を行っています。今回の研修では、クリーンエネルギー先進国ともいえるニュージーランドで、再生可能エネルギーがどのように普及し、利用されているのか、日本と比較しながら学習することで、多角的かつ本質的に環境問題について理解することを目的としました。
 今回の研修で訪問したGNSサイエンスは、地熱利用を促進するために設立された、政府所有の研究機関です。『地質学』『火山学』など、多岐にわたる研究を行っています。『地球化学』『地球物理学』といった、化学的・物理学的視点から研究を行うラボもありました。表層の成分から地中の状態を推測したり、電気伝導度測定で地下の様子を探り地熱水の場所や温度を計測したりする調査方法など、多彩な研究の一端に触れることができました。
 ニュージーランドでは、再生可能エネルギーの利用率を2025年までに90%にする、という世界的に見ても非常に高い目標を掲げています。どのように実現するのかが課題視されていますが、実際に政府機関や研究所などを訪問すると、やみくもに増やしていこうとしている訳ではなく、しっかりとした戦略に基づいていることが分かりました。また、日本は補助金を出すことで民間による技術開発を促すのに対し、ニュージーランドでは国が率先して調査研究を推し進めていることも印象的でした。国が積極的な姿勢を示すため、企業もビジネスに乗り出しやすいそうです。環境政策の促進の仕方自体に大きな違いを感じました。
 今回ニュージーランドの特色あるエネルギー事情と豊かな自然との向き合い方を学ぶことができました。ここで得られた経験を、今後にも活かしていきたいと思います。

NewZealand-9.jpg

吸収スペクトル測定による石の組成調査

REPORT3 政府、企業、地元の人々―、連携しながら進める再生可能エネルギーの普及

宮下 珠奈さん 繊維学部応用生物科学科(2年)※学年は研修時

NewZealand-10.jpg

 私は震災時に停電を経験しました。その際、家庭用の太陽光発電でお湯を沸かしたり、携帯を充電したりした経験から、再生可能エネルギーに強い関心を持つようになり、今回の研修に参加しました。
 今回、政府機関や研究所、実際の地熱発電所など、さまざまな施設を訪問し、ニュージーランドのエネルギー事情を深く学ぶことができました。ニュージーランドも日本と同様、都市部に若者の人口が集中しており、現在開発が進んでいる地熱発電は、地方の雇用創出、活性化にも役立つと期待されています。地熱発電所の開発は民間企業が行っており、開発のためには、まずは土地を持つ先住民族マオリや地元の人との交渉から始まるそうです。政府が手助けしながら交渉を進め、発電所をつくる際は、今回訪問した研究所GNSサイエンスが協力します。また、地熱の直接利用も増えており、発電だけでなく、温室やエビの養殖、ハチミツの加工、乳製品の加工などにも使用されています。こうしたさまざまな産業での地熱カスケード利用は、非常に経済的で環境負荷の少ない効率的な方法だと感じました。
 ニュージーランドが再生可能エネルギーに関して高い目標を掲げられるのは、日本と異なり人口密度が低く、水力や地熱発電だけでも大部分の電力供給が可能であるためでもあります。しかし政府、研究所、地域の人々、企業、それぞれがうまく交渉・連携する体制があり、再エネ開発が進めやすい環境が整っているという点においては、日本も参考にできることが数多くあるのではないかと思いました。
 またニュージーランド人は自らのことを固有種である「kiwi(キーウィ)」と呼ぶこともあります。こうしたところからも、ニュージーランドの人々にとって固有種は身近であり、自然環境の保護・保全への意識が高いことが伝わってきました。優しくおおらかなニュージーランドの人々ですが、環境保護の取り組みからは過去の環境破壊を悔い再び起こさないという「Never Again」の意識を強く感じました。今回の研修では、専門外の分野に関することを学ぶ機会が多く、見るもの聞くものどれもが新鮮でした。環境に関するさらなる興味関心を深め、研修を終えることができました。

NewZealand-11.jpg

観光地にもなっている地熱地帯の間欠泉

REPORT4 過去に起きた問題を現代に活かす、ニュージーランドの再生可能エネルギー

山上 まどかさん 工学部物質化学科(2年)※学年は研修時

NewZealand-12.jpg

 ニュージーランドでは、電力の多くを再生可能エネルギーでまかなっています。しかし、再生可能エネルギーも開発時に環境負荷がかかることがあります。今回の研修では、そうしたマイナスの側面も含め、ニュージーランドにおける再生可能エネルギーの在り方や特色ある環境保護・保全活動の成果について学びたいと考えました。
 ニュージーランドにおける発電量のうち、最も高い割合を占めているのが水力発電です。しかし現状、適地とされる河川をほぼ全て開発しつくしてしまっている状態で、さらなる拡大は見込めません。そこで期待を寄せられているのが地熱発電であり、研究開発が盛んに行われています。
 地熱研究所GNSサイエンスでは、多彩な研究が行われており、それぞれの研究を統合して、さらなる開発に役立てている様子を知ることができました。GNSサイエンスの役割は調査研究だけではありません。地熱発電事業に参入したいという企業に対し、調査結果などを開示したり相談を受けたりすることで、開発を手助けすることもあるそうです。
 実際に地熱発電を行っているワイラケイ発電所も見学しました。以前は発電に使った地熱水をそのまま河川に流したことによる河川の温度上昇や、地下開発による地盤沈下などの公害が起こったこともあったそうです。現在は地熱水の95%を還元井に戻しており、地下の開発も、地中の圧力が変わらないよう空気を抜くなど、安全性の高い技術を確立しています。過去に起きた問題を現代に活かしながら、よりよい技術を求め、研究開発を進めていることが分かりました。
 同じく火山地帯の日本ですが、地熱のほとんどが温泉としての利用に限られています。今回の研修を通し、日本でももっと多くの地熱利用が可能なのではないかと感じました。そうした場合、観光業や現地の人の理解が必要不可欠です。ただ、ニュージーランドでも先住民族マオリの方たちの理解を求めながら開発を進めています。その点に関しては日本もニュージーランドも同じです。日本に活かせる経験がたくさんあるように思いました。

NewZealand-13.jpg

ワイラケイ地熱発電所

ページトップに戻る

MENU