誰もが生きやすい 多様性社会のための 児童青年精神医学を求めて。信大的人物

信州大学医学部子どものこころの発達医学教室

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個性に合わせた多様な子育て応援アプリ「TOIRO」開発に込めた思いとは…
信州大学医学部子どものこころの発達医学教室に聞く。

 子どもたちの発達の多様性が社会テーマになっています。発達が気になる子どもたちとどう向き合うべきなのか、悩む保護者や関係者も少なくありません。信州大学医学部子どものこころの発達医学教室の本田秀夫教授らは、「個性に合わせた多様な子育て応援アプリTOIRO(といろ)」を開発、2021年3月に幼児期対象版を公開、さらに今年学童期・思春期バージョン制作のクラウドファンディングも始まりました。子どもたちの子育てに悩む当事者の方々へ、TOIROを通し伝えたい思いを関係者に伺いました。(文・柳澤 愛由)
・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第131号(2022.1.31発行)より


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信州大学医学部
子どものこころの発達医学教室
新美 妙美 特任助教
小児科医。2003年、信州大学医学部卒業。子どものこころの発達医学教室に所属する傍ら、現在は発達障害・不登校児などを中心に、中南信の複数の病院で診察している。

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信州大学医学部
子どものこころの発達医学教室
本田 秀夫 教授
精神科医。医学博士。1988年、東京大学医学部を卒業。横浜市総合リハビリテーションセンターで約20年にわたり発達障害の臨床と研究に従事。その後、山梨県立こころの発達総合支援センター初代所長を経て、2014年より信州大学医学部附属病院子どものこころ診療部長、2018年より現職。

オーダーメイドの子育てを支援するアプリ「TOIRO」は次のフェーズへ

「発達が気になる子どもをどう育てるか」…発達障害、または診断までされない、いわゆる「グレーゾーン」の子どもの子育てに悩む保護者や保育士などを対象に、児童青年精神医学に基づいた情報発信を行う無料アプリが、本田秀夫教授らが開発したTOIRO(といろ)です。ネーミングの由来は皆さんご想像のとおり十人十色の「といろ」です。
「発達障害やそれに近いグレーゾーンの子どもたちの子育てで大切なのは、“普通”を目指さないこと。無理やり“普通”を目指せば、二次的な障害につながってしまうこともあります。多くの保護者に、“普通”の子育て観を見直して、子どもを主役とした、個性に合わせた多様な子育てをしてもらいたい。そんな思いで開発したのが、このアプリです」と本田教授。
 T O I R Oの主な構成は「読み物」と「Q&A」。「年齢よりも『いま伸びかけていること』に注目を」といったテーマで書かれた、多様な子育てに関する解説記事のほか、「ちょっとしたことが待てない」「言葉のやりとりが広がらない」など、子育てに悩む保護者から実際に寄せられた相談事に小児科医と児童精神科医が答える、Q&A形式の記事を読むことができます。
 現在は幼児期向けの情報が主体のTOIROですが、悩みを深めるケースが多い学童期や思春期向けの情報の需要も高いとのこと。2021年11月からはクラウドファンディングをスタートさせ、アップグレードに向けた研究開発を進め、保護者だけでなく、保育士や教諭などのテキストとしてアプリを活用してもらうことも目指しています。
 「発達の度合いは人それぞれ。子どもの個性を無理なく引き出すには、年齢などで一括りにしてノルマを課す子育てではなく、子どもの特性にあわせたオーダーメイドの子育てをしていこうという発想が必要なんです」(本田教授)

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子育て応援アプリ「TOIRO」。子どものこころを専門とする医師たちが、子育ての悩みへの対応策を解説記事やQ&A形式の記事でまとめている。お気に入り機能や医師への相談の際に役立つ相談メモなどの機能も搭載。
画像提供:合同会社PARC

児童青年精神医学への期待がますます高まる時代に

 本田教授が研究の中心に据える児童青年精神医学は、現代社会では需要こそ多いものの、専門の講座を置く大学は信州大学を含め数大学だそうです。近年、ADHD、学習障害、自閉スペクトラム症などの発達障害と診断される子どもの数が急速に増えており、対応する福祉制度も数の面では広がっています。「しかし今の制度では、保護者が申請しない限り子どもたちは何の支援も受けられません。また、専門医不足も相まって診断名もないグレーゾーンの子どもたちには、全く支援の手が届かないのが現状です」(本田教授)。
 インターネットや子育て本などを開けば、数多くの子育て情報にアクセスすることができます。しかし、大多数の子どもたちに共通する“普通”の子育てを中心に解説された情報は、発達障害やグレーゾーンの子どもたちには当てはまらないケースがほとんど。親が他の子と比べ「自分の子だけできない」と焦り、親子関係がぎくしゃくしてしまうこともあります。
 「発達障害と診断されないと支援が受けられないため、病院にたどり着かない子どもたちは、無理して“普通”を選択するしか選択肢がない状態です。多様な子育てという考え方がもっと浸透していけば、そもそも『皆違うんだ』ということに気付きます。多様性を受け入れ向き合うことができれば、あえて診断名を付けなくてもいい子どもたちがもっと増えるはずなんです」。そう話すのは、ご自身の体験も交え、アプリの記事執筆を中心に担当される小児科医の新美妙美特任助教。

目指すのは誰もが生きやすく多様性を認める社会

 発達障害の子どもが増えたことの要因は、これまでグレーゾーンに数えられていた子どもたちに診断名が付くようになったことにあると言われています。潜在的に存在していた子どもたちの多様性が表面化してきただけともいえます。
 「一人ひとりオーダーメイドで子育てを考えていくべきだという発想を、一般教育、とくに義務教育の小中学校にもっと浸透させるべきだと私は考えています」(本田教授)。“宿題は百害あって一利なし”。本田教授がSNSに投稿した川柳のひとつです。発達の程度が異なる義務教育で一律の宿題を出すことは、子どもによっては弊害となる可能性もあるといいます。SDGsが掲げるキーワードのひとつ、ダイバーシティ&インクルージョン=障害のある人も無い人も参画できる社会づくりのためには、「個別化された枠組みが必要不可欠」だと本田教授は訴えます。
 「“グレーとは白ではなくて薄い黒”。どんなに白を目指しても、子どもの特性はいつか消えるものではありません」と本田教授。本田教授らが目指すのは、子どもたちの個性を無理なく引き出し、多様性を認め合い、誰もが生きやすい社会にすること。「発達障害の人に分かりやすい社会は、皆に分かりやすい社会なんです。そんな社会の実現に向け、多くの人が理解の幅を広げてくれたら、もっとたくさんの人が生きやすくなります」(本田教授)
 誰もが生きやすい多様性社会を目指し、子育ての方法や価値観を変えていく…そうすれば、きっと救われる思いの数も多くなるのでは、とやさしい気持ちになりました。

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本田教授がSNSに投稿した川柳のひとつ。大多数の親は子どもを世間一般の基準に合わせようとしがちだが、どんなに白を目指しても、子どもの特性はいつか消えるものではなく、「どんなに薄くても、ずっと残るもの」として理解することが大切との意味が込められている。

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本田教授が投稿した川柳2つ目。発達の程度が異なる義務教育では一律の宿題を課すのは、子どもによっては悪影響を与えることもあるとの思いを込めている。

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