リンゴの皮が全国市場を彩る?!
信州大学×電通 果皮蜜かひみつプロジェクト
産学官金融連携

リンゴの皮が全国市場を彩る?! 信州大学×電通 果皮蜜(かひみつ)プロジェクト

 信州大学工学部発の食品?!そこに、あの電通が共同研究に加わるという、なんとも話題の「果皮蜜(かひみつ)プロジェクト」。両者、出会いからわずか2年で商標登録、製法特許出願に至った研究の展開スピードは見事というしかありません。なぜ、果物の皮なのか、なぜパートナーが電通なのか?...第9回「大学は美味しい!!」フェア(2016年5月新宿高島屋)の信州大学ブースに関係者に集まっていただき、お話を伺いました。

(文・柳澤 愛由)
・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」」第100号(2016.7.29発行)より

そもそも、リンゴジャムなのに赤くないのは何故?

kahimitsu_jam.jpg

「果皮蜜プロジェクト」の原点となった信州大学「まるごとりんごジャム」。「大学は美味しい!!」フェアでも販売され、好調な売れ行きでした。

 ことのはじまりは、信州大学工学部の松澤特任教授が開発した「まるごとりんごジャム」という商品から。リンゴといえば“赤”というイメージを持つ人が多いのですが、言われてみると、りんごジュースやりんごジャムに「赤い」商品は確かに存在しない…。赤い色素アントシアニン(ポリフェノールの一種)を含む皮は、加工の段階でほとんどが廃棄されてしまうからです。

 以前から工学のアプローチで食品加工技術の研究を行ってきた松澤特任教授はここに着眼しました。「通常、捨てられてしまうリンゴの皮を使って、天然由来の真っ赤なりんごジャムを作れたら喜ばれるのではと、研究室の寺島恵、上條岳巳の両研究員とで話が盛り上がったんです。工学部の技術でそれが実現すれば、付加価値のある製品づくりができるだろうと、3人により始まった研究でした」。

 また、その発想の背景には、長野県ならではの産地事情があるようです。長野県は青森県に次ぐ全国第2位のリンゴの産地で、リンゴの加工品も数多い。しかし、一般的な加工技術では、皮まで有効利用することはできないため、皮の廃棄量は膨大で、大きな廃棄コストが加工業者の経営を圧迫するケースも少なくないといわれています。当然、生産した農家もそれは切ない…。

 「大学の技術を活用して捨ててしまっていたものが有効利用できれば、社会や地域への貢献につながる」。こうしたwin-winの発想がリンゴを“まるごと”活用する研究に至る原点でした。

捨てられるリンゴの皮がこうして高付加価値製品に

kahimitsu_01.jpg

 こうしてリンゴの皮から生まれた製品、「果皮蜜(かひみつ)」を高付加価値製品と呼ぶ理由は、大きく分けると以下の4つの特徴から。まずリンゴの皮という未利用資源を活用したという点、そして「果皮蜜」100gあたりリンゴ5個分の豊富なポリフェノールを含むというその機能性、もちろん天然由来の甘み、さらに、何より、美しく鮮やかな赤い色です。高い含有率のポリフェノールは疲労回復やアンチエイジングへの効果も期待できそうですね。

 このなんとも優れものの「果皮蜜」を使った新しい商品開発とビジネスモデルを作るのが「果皮蜜プロジェクト」で、共同研究のパートナーが「電通」という点も相当ユニークです。プロジェクトのご担当、電通ビジネス・クリエーション・センター シニア・プランニング・ディレクター 金井 毅さんにお話を伺うと「大学との取り組みでここまで突っ込んだ企画は初めて。試験的ではあるが、すでに東京都内の飲食店でメニューコラボ企画を実施したり、大手食品卸売会社と組んでの新商品開発の検討を進めています」とのこと。現在、「果皮蜜」は信州大学が製法特許を出願中、電通が商標を取得。出会いから2年、見事なスピードで事業展開し、ビジネス化に向けて大きく動きはじめています。

美しいリンゴの“赤”を酵素の力で引き出す工学の技術

kahimitsu_02.jpg

 次は工学部ならでの加工技術について松澤特任教授に伺いました。研究に用いたのは「酵素処理技術」。「酵素」とは、物質の化学反応を促す触媒の働きをするタンパク質の一種で、生物の体内で作られており、食べたものを消化したり、筋肉を動かしたりと、人間の体が機能するのに必要不可欠な存在です。もともと、松澤特任教授が所属する研究室が長年扱ってきた研究材料でもあります。

 この酵素を食品などに添加し、酵素反応を利用することで、ポリフェノールなどの機能性の高い物質を効率的に抽出することができる、これが「酵素処理」といわれる技術です。この方法を用いて、リンゴの皮から有用な成分が抽出できれば、機能性を持ち合わせた「赤いりんごジャム」が完成します。

 松澤特任教授が研究を開始した2013年にはポリフェノールを豊富に含んだ鮮やかな赤色の糖蜜液(果皮蜜のこと)も完成、「まるごとりんごジャム」を商品化し、販売を開始するに至りました。

 できあがった糖蜜液(果皮蜜)の優れた特性から、それ自体に応用の可能性を感じていたという松澤特任教授。しかし、当初はジャムの開発をメインに据えていたため、具体的なプランがあった訳ではなかったようで、そんな折に知り合ったのが、電通ビジネス・クリエーション・センターの金井さんだったそうです。

電通との出会い
電通のミッションとは…

kahimitsu_03.jpg

 「おもしろいことをやっているな、と思いましたね」金井さんは、松澤特任教授と出会った時の印象をそう語ります。
 2011年頃から、安曇野市の観光振興ビジョン外部アドバイザーとして、度々長野県を訪れていたという金井さん。今から2年程前、とある懇親会の席で、信州大学の教員と隣り合わせになり、会話の中で「まるごとりんごジャム」の存在を知ったそうで、興味を持った金井さんが、後日、直接松澤特任教授から詳しい研究内容を聞いたのが発端のようです。

 「まず、工学部が食品を扱っているという点がおもしろかったですね。それにジャムは今、それ程売れる商材とは言えません。それでも工学部ならではの発想に、すばらしいものを感じました。だからこそ、ジャムだけではもったいないと…」

 金井さんが所属する電通ビジネス・クリエーション・センターが設立されたのもその頃でした。簡単にいえば新規事業開拓を担うセクション、だそうですが、その業務内容は実に多様なようです。マーケティングデータを活用したアプリ開発や、ビッグデータの解析、コンサルティングなど、ありとあらゆる業種の中でミッションを遂行する。様々なコンテンツが生まれては変化していく現代社会で、広告業界が長期的な視野に立って競争力を維持していくために、既存のビジネスモデルだけでなく、新たな「広告」を生み出すための土壌を開拓する機能を持つということのようです。さすが“先手先手と働きかける”電通です。

 金井さんは、同部署に配属されるまで、営業部門で飲料などのブランド構築や商品開発など、「食」や「流通販促」を専門に、様々なプロジェクトに携わってきた経験を持ちます。その経験を活かし、同部署でも食に関わる新規事業の開拓を進めていました。そうした時に出会ったのがこの松澤特任教授の研究だったそうです。すぐに共同研究の方向性を模索し、翌年の2015年には、正式に共同研究の契約を結ぶに至ったそうです。

“コト消費”の時代は、ストーリーと付加価値が市場をつくる…

kahimitsu_04.jpg

 金井さんが「果皮蜜」に可能性を感じたのには、昨今の消費動向の変化も背景にありました。現代社会は、ただ商品を買い求める“モノ消費”の時代から、商品に付随する物事や体験に価値を見いだす“コト消費”の時代へと変化しているそうです。

 「ストーリーや付加価値が理解されれば、安くなくても、適正価格で買ってもらえる可能性のある時代だといえます。そうした時代だからこそ、消費者が感じる“大学”への信頼や興味は大きな付加価値となる。加えて、工学部が食品を扱っているというおもしろさや、果皮蜜の特性は、商品のストーリーとしては非常に魅力的でした」。

 だからこそ、そのストーリーをいかに伝えられるかが、大きな鍵を握ります。「果皮蜜」という名称は、プロジェクトの始動に伴い、金井さんら、電通チームが名付けたもの。「リンゴの皮から抽出した甘い蜜」というイメージを、3文字に凝縮し、その特徴を伝えています。

 「テレビCMは15~30秒という限られた時間の中で、言いたいこと伝えなければいけません。必要なエッセンスを抜きだし、凝縮する。そんな『伝え方』を訓練されたメンバーが電通にはたくさんいる。いかに分かり易くトランスレーション(翻訳)して、世の中に伝えていくかという作業は、比較的得意だと思います」と金井さん。その訓練された視点が「果皮蜜」の可能性を一瞬にして見抜いたはずで、金井さん曰く「電通の最大の強みは、アイデアを具現化できること」だとも。思いつきから、いかにアクションを起こし、アイデアであったものを具体的な商品やビジネスにできるか、それが、この共同研究における金井さんの役割でもあるのです。

 「私は文系なので、松澤先生の説明がたまに分からなくて…悩みながらやっています(笑)」金井さんからは実に楽しみながらお仕事をされている様子が伝わってきて、電通マンの懐の深さも見た気がしま

それでもいくつか課題は残る この1年が勝負に

kahimitsu_logo.jpg

 しかし、まだ課題もあるようです。リンゴの皮は冷凍し、解凍すると皮についている果肉部分が褐変し、抽出液に悪影響を及ぼす。量産化のためには、それなりの規模の工場との連携が必要、ということになります。この点は現在、長野県内の加工メーカーと話が進み、ある程度の目途が付いたそうで、軌道にのれば量産化も進むことに。

 次にコスト。「果皮蜜」の量をどの程度使えば、どんな商材として成り立つのか、まだ詳細な数字が出ているものが少ない状況のようで、さらに活用方法を探り、詳細なコスト計算を行って具体的な商品化の道筋を見出すようです。

 また、販路やターゲットの選定も課題のひとつ。原液の流通も有り得ますが、プロジェクトで目指すのは「果皮蜜」を使ったグミやアメなどの菓子、飲料などの「完全商品」。しかし、売り先や売り方を具体的に検討するには、さらなる情報の精査が必要のようです。本格的なビジネス化を実現するには、この1年が勝負だそうです。

地方発、大学発のより高次元の社会貢献に向けて

 残る課題はありつつも、「果皮蜜プロジェクト」が軌道に乗れば、地域農業と、そこにある地方大学の研究と、全国区の消費マーケットが直接結びつく、理想的なケーススタディ、ということにもなります。「工学をはじめとした大学研究が、マーケット視点で研究を捉え、理系文系の垣根を越えて、両者が歩み寄った形になれば、よりおもしろいものが作れると思います。さらに社会の課題解決へ向けたビジネスモデルを模索するケースが増えれば、より大きな意義を果たせます」と金井さん。

 大学ならではのアイデア、地方だからこそのローカルな発想が、全国的なヒットにつながることもあります。「実は、ブドウの果皮を使った研究も同時進行中」(松澤特任教授)なのだとか。アイデアは尽きないようで頼もしい限りです。

 「果皮蜜プロジェクト」は、日本の消費・流通の仕掛け人である「電通」の視点を通し、大学発の可能性を新たに見い出だしていこうという試みと言えます。大学の研究や技術を、社会の中でどう活かすのか…全国に眠る様々な事業アイデアを掘り起こし、育てているトップランナー達の挑戦は、実にいきいきと楽しそうに映りました。 

kahimitsu_05.jpg

イベント会場近くのオープンスペースでの取材風景。電通ビジネス・クリエーション・センター企画推進部の菊池哲哉部長(中央奥左)、信州大学外部広報アドバイザーの藤島淳さん(中央奥右)も駆けつけてくれました。

Profile

(左)
株式会社電通
ビジネス・クリエーション・センター
シニア・プランニング・ディレクター
金井 毅(かない たかし)氏
1983年電通入社。主に営業部門で飲料関連ブランド構築や新製品開発、インキュベーション室で販売促進の新規プロジェクトを推進し2012年から現職。日本スーパーマーケット協会「次世代販促セミナー」講師、安曇野市観光振興ビジョン策定委員などを務める。福島県の農産物や宮城県の水産加工品の風評被害対策・販路開拓にも尽力。

(右)
信州大学
工学部 特任教授
松澤 恒友(まつざわ つねとも)
信州大学工学部工業化学科卒業後、(株)ロッテ、(一社)長野県食品衛生協会試験研究所、(一社)長野県農村工業研究所を経て、2008年より工学部教授、2012年より現職。

kahimitsu_profile.jpg

出会い当初の話で盛り上がる二人。実に楽しそうで名コンビの予兆。

ページトップに戻る

MENU