人文学部×セイジ・オザワ 松本フェスティバル特別レポート
音楽の楽しみ方とたしなみ方
信州大学人文学部は、セイジ・オザワ 松本フェスティバル(2015年8月9日~9月15日(以下OMF))の開催を契機に、OMF実行委員会と協同で、多角的な視点から音楽を楽しむ全3回のプログラムを企画した。7月7日(火)には今年のOMFで演じられるオペラ『ベアトリスとベネディクト』を題材にトークセッション、8月9日(日)にはサイトウ・キネン・オーケストラ(以下SKO)のメンバーと小澤塾出身の音楽家、そして信州大学交響楽団のメンバーが一体となったレクチャー・コンサートを開催。3回目の講座は11月に実施予定だ。
この協同企画は、人文学部の平成27年度の重点計画の一つ=「地域に根ざした文化芸術振興プロジェクト─学内外におけるアート振興拠点の創出」に基づいて、濱崎友絵准教授、髙瀬弘樹准教授、金井直准教授の3人が中心となって進めているもの。学生だけでなく市民にも広く門戸を開放し、まつもと市民芸術館などを舞台に、音楽の〝楽しみ方〟と〝たしなみ方〟をユニークな方法で発信する試みだ。
・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」」第95号(2015.10.13発行)より
オペラの前に「から騒ぎ」
7月7日(火)に行なったトークセッションでは、成沢和子名誉教授(英文学)、吉田正明人文学部長・教授(仏文学)、飯岡詩朗准教授(映画史)らをパネリストに迎え、濱崎准教授(音楽学)がコーディネーターを務めた。題材となったオペラ『ベアトリスとベネディクト』は、シェイクスピアの戯曲『から騒ぎ』を原作にして1860年代初頭にエクトル・ベルリオーズが作曲したもの。同戯曲は1993年に米英合作で映画化もされている。
パネリストは英文学、仏文学、映画史、音楽学と、それぞれ異なる専門の立場から作品の楽しみ方を語り、分野の枠を越えた討論を展開。場面ごとに、原作・映画・オペラそれぞれにおける描かれ方や、そこにつけられた音楽について言及した。
こうしたディスカッションのあり方について濱崎准教授は、「人文学部だからこそ実現しえた形。複数の見方を提示するという点でとても意義のあるものだった」と手応えを語った。
「OMFで本番のオペラを観る人に鑑賞をより味わい深いものにしてもらうのはもちろん、本番を鑑賞できない人にも音楽の楽しさを伝えることができたのでは」と金井准教授。「ただ音楽を聴くだけでも十分楽しいけれど、音楽について論じ合うこと、〝言葉ありき〟で考えることのおもしろさを共有できた」と、アートを語る意義を語った。
オペラの原作邦題にちなんで「オペラの前に『から騒ぎ』」と題して行なわれた本企画。時間の経過とともに、4人のパネリストの語る内容もそれぞれの〝人生観〟を含んだものとなり、多彩な議論に会場も大いに沸いた。終了予定時間を越えても討論は尽きることなかったが、そこで時間延長を理由に会場を後にする観客の姿はなく、ディスカッションの熱は会場全体に確かに伝っていた。
音楽の作り方を体感するコンサートに
8月9日(日)には、「教えて!音楽のレシピ」と題したレクチャー・コンサートを開催。SKOのメンバーと小澤塾出身の音楽家5名を講師に迎え、信州大学交響楽団の学生らが、その指導を受けながら、ともに演奏を作り上げていくプロセスを公開した。
プログラムの目玉は、チャイコフスキー 弦楽セレナード ハ長調 Op.48。舞台のスクリーンに楽譜を投影し、信州大学交響楽団の学生たちはその場で講師陣による手ほどきを受けた。講師陣は、自身が小澤征爾氏から指導を受ける中で実際に言われた言葉やエピソードなどを紹介しながら講義し、会場の観客は小澤氏の〝音楽の作り方〟をその目と耳で体感することとなった。
「出来上がった演奏を鑑賞するだけでなく、それがどのようにして作られていくかの『プロセス』を楽しんでほしかった」と、濱崎准教授。講師陣による指導後の演奏は、指導前のそれとは格段に違い、「曲が非常に引き締まった」と実感をこめて話す。
信州大学交響楽団の顧問、髙瀬准教授は本企画を「音楽をやっている地域の子供たちに来てほしかった。このプログラムを見て自分も音楽を学びたい、やってみたいという気持ちになって欲しいという思いで、市内の生徒らへの呼びかけに力を入れた」と話す。そうした働きかけの甲斐あって、当日は市内の子供たちも多く訪れ、総勢200名以上が来観した。演奏の変化を目撃した客席からは、「こんなにも変わるとは」と驚きの声があがったという。
人文学部ならではのアプローチで育む音楽マインド
人文学部とOMFとの連携は初の試みだ。
「今年のOMFを盛り上げるのはもちろんのこと、アカデミックな立場から長期的な観点で音楽文化を育んでいきたいという思いがあった」と濱崎准教授は明かす。
その言葉の通り、7月・8月の両企画とも、ただ音楽を鑑賞するにとどまらず、人文学部ならではのアプローチで多様な音楽の楽しみ方を観客に投げかけた。
「学ぶことを楽しむ雰囲気が会場全体を包んでいた」と、金井准教授はその様子を表現する。受動的な参加ではなく、観客も一体となって考え、学ぶ姿勢がそこにあった。
11月に予定している3回目の企画では、松本という地域で国際的な音楽フェスティバルが長きにわたり開催されてきた点に焦点を当て、それに関わる人々がこれまでどのような形で協力し合ってきたのかを考える。
地域と連携して進める人文学部の新しい取り組みが、松本地域や、市民の音楽への関わり方をどのように変化させるのか、これからが期待される。