美しさ・かわいさ・エレガントさも科学する... 「ファッション工学」という新分野信大的人物

 アパレル業界でどの時代も求められるのは“売れる服”。着心地はもちろん、高級感であったり、エレガントさであったり、最近では“カワイイ”もキーワードに…。そんな、感性価値も付加しないとファッションは成立しない時代になっています。その、なんともあやふやで定義できない感覚、感性要素を科学する研究者が、信州大学繊維学部にいます。先進繊維・感性工学科 感性工学コースの金 炅屋(キムキョンオク)准教授。早速ラボに押しかけてみました。(文・佐々木 政史)

・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第140号(2023.7.31発行)より

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※マネキンに動作を与え、衣服にマークした黒点がどのように動くかを ビデオカメラで撮影することで、着心地をシミュレーションする

信州大学学術研究院(繊維学系)
繊維学部 先進繊維・感性工学科 感性工学コース
金 炅屋(キム キョンオク) 准教授

Profile
研究分野は繊維工学、ファッション工学
2013年信州大学大学院総合工学系研究科修了
2019年より現職

職人の経験値を最新のテクノロジーで検証する

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 自分の身体を美しく見せたい、かっこよく見せたい、自分という人間を表現したい、気分を盛り上げたい―。衣服は身体を保護する機能だけでなく、多様な価値を持つものです。その様々な価値を実現するため、世の中にはあまたの衣服が存在していますが、実はそのほとんどが人の手による地道な作業の賜物です。理想のデザインや着心地を実現するために、デザインを描き、寸法を測り、パターンを作成し、サンプルを作っては修正を繰り返す。
 従来、こうした作業が人の手により行われてきましたが、手間やコストが掛かることが課題となっています。また、ファッション業界では、高齢化による職人不足の問題も深刻化で、属人的で経験に頼る部分が大きいこうした服づくりを見直す必要も出てきています。

あやふやな感性価値を数値・理論化する

 こうしたなかで、デジタル技術も活用しながら、新たな服づくりの研究を行っているのが、信州大学繊維学部 先進繊維・感性工学科 感性工学コースの金炅屋准教授です。金准教授が専門とするのは「ファッション工学」という分野。美しい、可愛い、かっこいい、エレガントといった人の感性に関わる価値を科学的に解明し定式化・定量化することで、効率的に理想の服づくりを目指す、現在とても注目されている学問分野のことです。
 人の感性という見えない価値を捉えるために、金准教授は最新のデジタル技術を活用しています。大型の3Dスキャナーで人をまるごとスキャンし、PC上にバーチャルモデル(アバター)を作成。これをマネキンのように使い、バーチャル上で服を着せます。そして、学生などに官能調査を行い、デザインやサイズ、生地の素材に変更を加えながら、多くの人が美しい、カワイイ、かっこいいと感じるデザインの理想形を探ります。
 服飾のデザインを行うには、このように衣服の感性価値まで踏み込んだ研究が必要になっています。
 こうしたファッション工学の手法は、企業レベルでも注目が高まっています。デジタル技術を活用して感性価値を定量的に評価できるようにすることは、“売れる服づくり”につながるからです。つまり、従来は、人の経験と勘に頼っていた売れる要素の見極めを、ファッション工学では、デジタル技術を活用しながら客観的に見える化できるというわけです。
 また、コロナ禍をきっかけにリモートでの仕事のやり取りが増えたことで、効率的な服づくりの手法という観点からも取り入れるところが増えており、ポストコロナの服づくりの流れのひとつを形成しつつあります。

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「美しいと思えるシルエット」の研究題材。
若干腰の絞りの位置などが微妙に違うが、ほぼ「間違い探し」クイズのレベル。

「ファッション工学」というメソッドを世界標準に!

 金准教授はファッション工学の可能性に大きな期待感を持っており、「日本のみならず海外へ展開することも可能」と話します。
 ただ、衣服の美しさなどに関する価値基準は国や民族によって異なることも事実。そのため、ファッション工学を海外へ広めていくうえでは、日本での価値基準をそのまま展開するのではなく、「国ごとに感性の基準づくりを行っていく必要がある」と指摘します。ファッションを科学する「ファッション工学」という新たな学問分野―。近い将来、金准教授の挑戦は海をも越えるかもしれません。

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