繊維学部蚕糸研究×工学部建築学科 真綿の上質アートと先進アーキテクトで表現するこだわりの異空間 特別レポート

繊維学部「真綿・蚕糸館」

新施設「真綿・蚕糸館」の設計に込めた意味と思いとは…
信州大学工学部建築学科 土本俊和教授、羽藤広輔准教授に聞く。

 2021年6月、信州大学繊維学部(上田市)のキャンパス内に、「真綿・蚕糸館」が完成しました。「真綿・蚕糸館」は、繊維学部と包括連携協定を結ぶ一般財団法人日本真綿協会から「真綿と蚕糸関係の恒久的展示施設の設置を」との申し出を受け、寄贈された施設です。
 設計を手掛けた信州大学工学部建築学科の土本俊和教授と羽藤広輔准教授に、意匠に込めた意味と思いを聞きました。(文・柳澤 愛由)

※真綿とは…繭を煮て、引き伸ばしてつくる綿(わた)のこと。古くから布団や防寒着の中に詰め込む素材として利用されてきた。
・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第130号(2021.11.30発行)より

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2階からM2階・1階を見下せる豪快な吹き抜けはまさにコクーンの内部、ぐるりと配置
されたスロープを辿って2階に行くことができる

繭に見立てた螺旋状の回廊。 紡がれた糸を辿るように建物を巡る

 繭の包皮のようなグレーのコンクリート外壁、蚕から紡がれた糸を辿るように、内壁に沿ってつくられた螺旋状のスロープ、そして中央には核となる、蚕のさなぎをイメージした木造の室内空間―、「真綿・蚕糸館」のディティールには、至る所に繭や蚕室を彷彿とさせる意匠が施されています。
 外観でまず目を引くのは、入口上部に配されたデザイン窓。繭を3つ積み重ねた形をモチーフにしており、施設を象徴する意匠となっています。屋根中央に突き出しているのは、かつて蚕室に設けられた「煙出し窓」がモチーフです。外壁には建物内部のスロープに沿って木目の模様がつけられており、無機質に見えるはずのコンクリートにどこか柔らかな印象を与えています。入口から建物内部に入ると、1階中央に木材をふんだんに使ったコミュニティスペースが。そこから2階に続く螺旋状のスロープを進むと、真綿を使ったビジュアルアートやクラフト作品など、日本真綿協会が長年行ってきた公募展の受賞作品を鑑賞することができます。スロープを進み建物の裏手側に着くと、正面とは異なるデザイン窓。皇室にもゆかりのある日本在来の蚕「小石丸」の繭の形を象っており、そこからキャンパス内の樹木や、レンガで作られた貯繭庫(国登録有形文化財)を眺めることができます。
 信州大学繊維学部と日本真綿協会が包括連携協定を結んだのは、2019年。「真綿・蚕糸館」は、真綿や蚕糸に関わる科学技術の発展、文化の維持・振興、人材育成を目的にした、協定に基づく活動の拠点であるとともに、繊維学部が受け継いできた真綿・蚕糸研究の精神を次世代へつなげる新たなシンボルでもあります。

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グレーのコンクリート外壁は、光が当たったシルク色を連想させている。入口上部に配されたデザイン窓は、繭を3つ積み重ねた形がモチーフ、壁面のライン角度も超独特

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館内あちこちに日本真綿協会から寄贈された真綿をつかったアート作品が展示してあり、美術館としても楽しめる

独特形状の「棟持柱」が連なる建築的特徴と意味

 大学工学部建築学科に所属する学術研究院(工学系)土本俊和教授。建物中央には、八角形に面取られた「棟持柱」が6本、配されています。棟持柱とは、土本教授が長年研究対象にしている、日本古来の建築物に用いられてきた棟木を支える柱のこと。古代建築の遺跡や伊勢神宮など歴史ある神社仏閣にも、その要素を見ることができます。土本教授が、自身の著書『棟持柱祖形論』でも論じているように、日本建築の原初的「祖形」となるものだと考えられています。
 「設計当初から、棟持柱の存在ありきで考えていました。棟持柱の原初的な歴史は、真綿の歴史にも重なりますし、その構造は、桑の木枝や角真綿をつくる際に用いられる木枠などのイメージとも重なります。この棟持柱から、繭をイメージする全体のコンセプトを形作っていきました」(土本教授)。棟持柱は本来、丸太で作られますが、今回使用したのは長野県産カラマツを使った集成材。実際の丸太を角材で表現するため、下部は四角形に近い形で成形し、上部に行けば行くほど細く、八角形が強調される特殊な形の柱となっています。

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上から見ると四角形なのに…八角形の棟持柱をモチーフにした不思議椅子

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皇室ゆかりの日本在来の蚕「小石丸」の繭をかたどった窓、いつまでも外を眺めていられる

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2階の真綿・蚕糸講習室。床と備え付けの建具は、蚕のさなぎをイメージしたベンガラ系で配色

真綿・蚕糸研究の精神をコンセプトにした空間に

 1階のコミュニティスペースに置かれた机と椅子は、この棟持柱をモチーフにした八角形を基本形にした特殊なデザイン。そのデザインを担当したのは、建築学科の学術研究院(工学系)羽藤広輔准教授です。「八角形の棟持柱は建物の核となる存在です。そこから、この空間に合う家具の造形を考えました」(羽藤准教授)。1階のコミュニティスペースの奥には、関連図書の閲覧やゼミなどでも利用できる真綿・蚕糸研究ラウンジがあり、2階には、角真綿づくり・繰糸体験ができる講習室を完備しています。今後、授業やゼミ活動、学内外を対象にした真綿や蚕糸に関わるさまざまなイベントなどにも利用されていく予定です。
 「1つの作品であると同時に、新しい教材でもあります」と土本教授。「真綿・蚕糸会館」は、ただ機能を満たすだけでない、コンセプトとなる言葉や考え方が、実際に形となることを実感できる建築物です。「そんな建物がキャンパス内にあることは、ものづくりに関わる多くの学生のモチベーションにもつながるのではないでしょうか」と、羽藤准教授も期待を寄せます。
 繊維学部の前身は、明治43年(1910年)に設立された官立上田蚕糸専門学校。蚕糸の関わる初の高等教育機関として始まりました。「真綿・蚕糸会館」は、そんな繊維学部の長い歴史と精神を次の世代に受け継ぐ場所として、長きにわたり、親しまれていくことでしょう。

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信州大学学術研究院(工学系)教授
工学部建築学科
土本 俊和(つちもと としかず)
1988年東京大学大学院 工学系研究科修士課程 建築学専攻 修了、1992年東京工芸大学工学部 助手、1993年信州大学工学部 助手、1995年東京大学 博士(工学)取得、1996年信州大学工学部 助教授、2001年より現職

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信州大学学術研究院(工学系)准教授
工学部建築学科
羽藤 広輔(はとう こうすけ)
2001年東京藝術大学美術学部建築科 卒業、2004年京都大学大学院 人間・環境学研究科修士課程 修了、安藤忠雄建築研究所、東京藝術大学に勤務の後、2014年京都大学 博士(人間・環境学)取得、2015年信州大学工学部建築学科 助教、2017年より現職

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