ヒトを測って人を知る! "モノづくり"で皆、幸せになる未来信大的人物

 その見た目のシルエットの美しさから、仕事やフォーマルな場で着る機会が多く、着ている本人もキリっとした気持ちになるスーツ。私たちの暮らしになくてはならない衣服ですが、身体の動きが制限されて着心地に影響を与える側面があることも事実。見た目の美しさだけでなく着心地も良くできたら―。その願いを叶える研究を行っているのが、繊維学部先進繊維・感性工学科 先進繊維工学コースの金井博幸教授です。「ヒトを測って、人を知る」…こうした手法を採用することで付加価値の高いモノづくりを実現し、消費者だけでなくメーカーも幸せにする注目の研究です。(文・佐々木 政史)

・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第140号(2023.7.31発行)より

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信州大学学術研究院(繊維学系)
繊維学部 先進繊維・感性工学科 先進繊維工学コース
金井 博幸 教授

Profile
研究分野は感覚計測工学、生体機能計測
2001年信州大学大学院工学系研究科修了
その後信州大学繊維学部助手、准教授を経て2022年より現職

美しさと着心地の両立… スーツ長年の課題に挑む

 「ヒト(という生き物)を測って、人(の心理)を知る」…こうした感性工学の方法論で、“人を幸せにするモノづくり”の研究に情熱を傾けているのが、信州大学繊維学部 先進繊維・感性工学科 先進繊維工学コース 金井博幸教授です。
 近年、金井教授が力を入れて取り組んでいるのが、“究極の着心地”を実現するスーツの開発。スーツは見た目の美しさを重視するあまり、着心地を犠牲にしている部分があることも事実です。しかし、「着心地は人の幸福感につながるものであり、見た目の美しさと着心地のどちらも両立したい」(金井教授)。こうした想いで、金井研究室は紳士服大手のAOKIと共同でスーツ業界の長年の課題に挑んでいます。

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不快感を見える化し幸福感を最大化する

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主にスラックス用、下肢専用の測定装置。足の上下は完全に人体の動きを再現、衣服への微細な影響まで測定できる。

究極の着心地を実現するスーツの開発に向け、金井教授とAOKIは共同でロボットを作成しました。このロボットは、樹脂や金属などを使って人の下肢を模したもので、自動で脚上げ動作を行えます。
 人は動作に伴って身体に服の突っ張り感を覚える時に着心地の悪さを感じます。
そのため、この突っ張り感をいかに無くすことができるかが、究極の着心地を実現するためのカギを握ります。
 こうしたことから、金井研究室ではロボットの大腿部に衣服圧センサーを設置。脚上げ動作をさせた際に掛る大腿部の突っ張り具合を測定し、そのデータをもとに、突っ張らないスーツの開発を行いました。
 実験に、どうして人ではなく、敢えてロボットを使用したかというと、それは効率的な測定を行うためです。従来、こうした実験を行うためには、人を研究室に何人も集めて測定する必要があり、手間も時間も掛かっていました。しかしロボットを使うことで、好きな時に条件を変えて何度でも実験を行うことができるようになりました。人の身体を模したロボットを使うことで、「人を測って、人を知る」という感性工学の手法をさらに発展させることができたと言えそうです。
 金井研究室とAOKIのこの共同研究は2022年に一つの実を結んでいます。AOKIは同社が販売するスーツにおいて、基本形「マスターパターン」を持っていますが、共同研究の成果を踏まえて、2022年に突っ張り感のない仕様にマスターパターンの改訂を果たしました。

ノウハウは隠さず公開 消費者もメーカーもWin-Win

 快適なスーツの実現という点で、一定の成果を挙げた金井研究室。今後はその成果をより広範囲に展開していきたい考えです。具体的には、業界に研究結果を公開するとともに、消費者が快適性を一目でわかるよう、スーツの快適性は☆の数で表すなどの仕組みづくりを構想しています。
 研究結果を特許でクローズにするのではなく敢えて公開する理由について、金井教授は「消費者にとってもメーカーにとっても幸せなモノづくりを目指すため」と話します。研究結果のノウハウを得ることで、メーカーは「突っ張り感のない快適性」という感性のレベルで高い付加価値を付けた製品を効率的に提供できるようになり、その製品を使用した消費者は感性のレベルで高い満足感を得られる。このような世界観の実現を目指しているのです。金井研究室の感性工学のモノづくりが、消費者とメーカーをどのように幸福へ導いていくのか―。今後の展開にますます期待が高まります。

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