細胞などを含有した多孔質材料で、生体内外の組織再生を実現! 真空加圧含浸法による多孔質材料への固体の封入産学官金融連携

信州大学の研究シーズを技術移転する信州TLOとのコラボで制作した、特許技術「見える化」映像シリーズの第7弾。

 今回ご紹介するのは信州大学学術研究院(繊維学系)根岸 淳准教授が開発した特許です。
 現在再生医療の領域で3次元的な組織再生に必要な細胞を支える「足場材料」として「多孔質材料」が使用されています。しかし、実際は細胞がその材料の中になかなか入っていかない「浸潤不全」という問題が指摘されており、この課題を、食品や金属の加工に使われる「真空加圧含侵(がんしん)法」と呼ばれる技術を用いて一挙に解決したのがこの特許です。
 複合化生体材料、3次元組織の再生用材料、細胞機能の解析手法などに活用いただける画期的な特許で、現在、試薬メーカーや研究開発関連会社に向けた多孔質材料入りの圧力キットの設計も進めています。 (文・越智 加代子)
・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第136号(2022.11.30発行)より

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3次元組織の再生医療に不可欠な足場材と課題

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 再生医療とは、病気やけがで機能不全になった組織、臓器を再生させる医療。現在は、この技術を応用することで、創薬にも役立つと期待されている分野でもあります。
 しかし再生医療技術は、まだ単層の細胞が主体の段階で、かの有名なiPS細胞でさえ実現できているのは2次元まで。最終的には人体という3次元組織の再生が必要とされるのですから、単層ではなく3次元的な組織への応用が不可欠とされてきました。例えば、大きく欠損している組織には大量の細胞移植が必要となりますが、その際、移植細胞への栄養供給不足による壊死などが起こりうるため、3次元的な解決の手段として細胞の足場が必要になる、ということが分かっています。
 そんな3次元的な組織再生のための足場材料として、現在使われているのが「多孔質材料」です。細胞が孔の中に入り込み足場に生着。その足場を使って3次元的な細胞移植を実現しようというものですが、実際のところ、細胞が多孔質材料になかなか導入されない「浸潤不全」という問題が指摘されていました。
 従前は、細胞を多孔質材料に封入する方法として、浸漬という表面上に播く方法やグロースファクター(成長因子)により中に誘引する方法などがとられてきました。しかし、浸漬ではなかなか材料の内部にまで細胞が行き届かないこと、成長因子は非常に高額であることなどが問題視されてきました。

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軟骨、骨など人体の3次元的な組織の再生のためには、細胞をより浸潤させる足場材料として「多孔質材料」が使用されていますが、実際には細胞が入っていかない、「浸潤不全」という問題が指摘されていました。(左図)
この課題を真空加圧含浸法が一挙に解決しました。(右図)

浸潤不全を解決した新発想

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信州大学学術研究院(繊維学系)
根岸 淳 准教授
P R O F I L E
2013年 東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科修了
2016年 信州大学学術研究院(繊維学系)助教
2019年 東京医科歯科大学生体材料工学研究所 非常勤講師
2021年 信州大学学術研究院(繊維学系)准教授

 これらの課題を一挙に解決したのが、「真空加圧含浸法」と呼ばれる技術です。これは、浸潤させたい材料の周囲を真空状態にして液体を注入し、加圧することで材料の隙間にその液体を導入するというもの。短時間で確実に中まで液体をしっかり浸透させることができるため、主に金属や食品の加工に使われてきました。
 これを「細胞という固体に応用し、生体材料に使ってみよう」というのが根岸 淳准教授の新発想でした。根岸准教授は学生時代に、真空加圧含侵で作られたチョコレートがしみ込んだイチゴのお菓子から、「圧力だけなら、細胞が死なないで材料が届けられるかもしれない」とこの技術の応用を思いついたそうです。早速、試験してみた結果、細胞は見事、生きたまましっかり多孔質材料に導入され、その後の培養でも細胞の増殖が確認できました。
多孔質物質の孔に、どうすれば効率的に胞を封入できるかという課題を解決する道筋ができた瞬間でした。
 と同時に、①細胞の生存に対する心配が不要、②既存手法よりも簡単で大幅な時間短縮が可能、③比較的小さな孔径の材料にも導入可能、という3つの特徴も確認できました。真空加圧含浸法は、これまで液体を固体に浸潤する形でしか使用されたことがなく、細胞という固体を足場材料という固体に浸潤する使用は世界でも初めてで、かつ固体の細胞が生きたまま存在したのはまさに画期的だったと、根岸准教授は振り返ります。

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真空容器を使った、ポリ乳酸材料への溶液浸透状況を比較した実験。真空容器からポリ乳酸材料を取り出してみると、赤く染まっているのが一目瞭然でわかる。

多孔質材料入りの圧力キットの設計も進行中

 根岸准教授のチームでは、現在、多孔質材料を耐圧容器に入れ、そこに細胞を投入するだけで即、浸潤を試せるようなキットの設計を進めています。このキットにより、複合化生体材料や3次元組織の再生用材料の研究、細胞機能の解析手法など様々な用途で活用いただけると根岸准教授。今までは2次元培養で行われていた実験後、すぐに動物での実験となっていたこれまでの様々な試薬の実験に、このキットを用いた多孔質材料での3次元培養による実験を挟むことで、より実際の人体に用いた場合に近い実験結果を導き出すことができ、効率的な創薬が可能になることが想定されています。
 「この特許は、複合化生体材料、3次元組織の再生用材料、細胞機能の解析など多種多彩な用途で活用できる画期的なものです。現在、設計しているキットも、試薬メーカーや研究開発関連会社の生体実験などにご利用いただけると考えています」
 人体の中で作り出される生体物質を利用したバイオ医薬品の開発とそれによる市場拡大、iPS細胞に代表される新たな治療法である「再生医療」の実現化に向けた研究開発などにも、根岸准教授のこの特許が開発における基盤技術として当たり前に使われる日はもう目の前です。

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信州大学と大学が持つ特許を管轄する信州TLOとのコラボで制作した、特許技術「見える化」映像シリーズ第7弾の紹介映像もご覧ください。

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