信州大学次代クラスター研究センター「食農産業イノベーション研究センター」産学官金融連携

信州大学次代クラスター研究センター「食農産業イノベーション研究センター」

信州大学次代クラスター研究センター「食農産業イノベーション研究センター」

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 2017年3月17日、信州大学工学部(長野キャンパス)国際科学イノベーションセンター(AICS)にて、5つの次代クラスター研究センターのひとつである「食農産業イノベーション研究センター」(通称:CAFI)のキックオフシンポジウムが開催されました。

 「CAFI」のテーマは、その名称にある通り「食」と「農」。農学、工学、医学、さらには人文社会学といった様々な分野を融合させ、食農産業の発展と競争力強化を目標に、新たな技術開発を進める研究センターです。CAFIは、①生産技術研究部門、②高付加価値化研究部門という、2つの部門に分かれ、さらにその下に栽培技術研究グループ、高機能食品研究グループなど5つの研究グループが存在します(概念図参照)。

 専門分野の異なる12名の教員および3名の特任教員が参画し、多義にわたる異分野領域において横断的に研究を進め食農産業の活性化を図ります。今回は、その背景とビジョンをご紹介します。

(文・柳澤 愛由)

・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第105号(2017.5.31発行)より

千田 有一

食農産業イノベーション研究センター
生産技術研究部門長
学術研究院(工学系)教授
千田 有一


天野 良彦

食農産業イノベーション研究センター
センター長
学術研究院(工学系)教授
天野 良彦


中村 浩蔵

食農産業イノベーション研究センター
高付加価値化研究部門長
学術研究院(農学系)准教授
中村 浩蔵

食農産業で活かす大学シーズ。これまでの取り組みとビジョン

 食農産業は、日本の主要産業のひとつです。特に長野県は、基幹産業である農業を軸とした産業の発展が喫緊の課題です。しかし、農業従事者の減少や高齢化、さらに温暖化といった自然環境の変化による気象条件の不安定化など、食農業分野が抱える課題は多岐にわたります。

 また超高齢化社会を迎えている日本において、健康や医療も重要なテーマになっており、機能性を重視した食品や加工技術の開発は、「長寿県」といわれる長野県では特に、高い期待が寄せられている分野です。

 そうした中、工学部が中心となり平成25年に設立されたFAID(食・農産業の先端学際研究会)を核に、さらなる学際的研究に取り組むため、今回誕生したのがCAFIです。

 これまでFAIDでは、工学部の研究者と、地域の企業・団体との産学連携により様々なプロジェクトを遂行してきました。農業や食品加工に関わる分野に、工学的知見や技術を導入する「工農連携」に取り組むことで、食農産業にイノベーションを起していくことが目指されてきたのです。

 こうしたFAIDの取組みを踏まえ、CAFIでは農学、工学の研究者だけでなく、さらに、医学、繊維学、人文、社会学の研究者が名を連ねました。これまで積み上げてきた研究をさらに幅広い学際的な研究に落とし込んでいくことで、食農産業に関わる「知の集積と活用」を進めていく研究センターだといえます。

 「FAIDによって、食農産業に関わる大学シーズは確実に高まったと思います。しかし、これまではそれぞれの研究者が個々に研究を進めていた傾向もあり、これからはCAFIで、より学際的な融合研究に取り組み、信州という地域に特化した産業をさらに強化させ、総合力で食・農・医産業のイノベーションを起こしていくことが、大きな目標です」と、CAFIのセンター長を務める天野良彦学術研究院(工学系)教授は抱負を語ります。

最先端技術の導入で農業に新たな視点を

 CAFIは、①生産技術研究部門の下に、栽培技術研究グループ、ロボティクス研究グループ、②高付加価値化研究部門の下に、高機能食品研 究グループ、高度食品加工プロセス研究グループ、食の消費社会学研究グループが存在します(概念図参照)。

 ①生産技術研究部門は、栽培現場での技術やその応用を担う部門。②高付加価値化研究部門は、食品の機能性や付加価値を追求する部門です。①生産技術研究部門は、作物の基礎研究や品種改良といった基盤となる農学分野の研究はもとより、農業分野でのIoTの活用、工学技術導入などをプロジェクトテーマに挙げています。

 省力化という観点では、農作物に対する効率的な収穫を実現する「収穫ロボット」は需要も高く、その実用化が望まれています。しかし、まだまだ農業分野における自動化技術は限定的です。千田有一学術研究院(工学系)教授は、これまでホウレンソウやレタスなどの収穫ロボットを開発してきました。CAFIでは、こうした既存研究を基盤に農業分野における自動化技術の開発に引き続き取り組んでいきます。

 ②高付加価値化研究部門では、食品の機能性や有意性を持った付加価値のある高度食品加工技術の開発から、伝統的な信州の食から導き出される有用物質の抽出や信州オリジナルの保健機能性食品、生活習慣病・癌などの予防法の開発に至るまで、「医」「食」を横断したアプローチも進めます。また、多様化する消費者ニーズの中、消費者心理の把握のために、人文社会学からの視点も取り入れていきます。

地域発」の食・農産業イノベーション

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 このような食農分野における信州大学のシーズを分野横断的に育んでいくことで、専任人材の育成、さらには先端的な農業経営モデルの構築につなげていくことも目標のひとつです。

 「食農産業のイノベーションに資する技術は、いろいろな所に転がっています」と天野教授は指摘します。次世代的な農業技術や食品加工技術の開発を行うことで、食農産業の可能性を広げ、戦略的な発信をし、「地域発」の食農産業イノベーションの創出を目指します。

物質反応を利用し新しい食品加工技術を作り出す

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天野 良彦(あまの よしひこ)


信州大学大学院工学系研究科修了、博士(工学)1995年より信州大学工学部助手・助教授を経て2005年に教授。2014年から評議員。
専門:生物工学(特に酵素化学)生体触媒の基礎と応用について研究。

食農産業イノベーション研究センター センター長
高付加価値化研究部門(高度食品加工プロセス研究グループ)
学術研究院(工学系)教授

天野 良彦


 天野教授が研究を進めているのは、物質の反応を利用した「新しい食品加工技術」の研究です。代表的なものは「水熱処理」と「酵素」。


 水熱処理とは、高温・高圧の水が触媒となって進む化学反応(水熱反応)を利用し、水の温度と圧力を調整して有機物を分解、有用な物質を取り出す技術のことで、薬品などを使わず安全に処理できることが最大の特長です。

天野教授は、甜菜糖の原料であるビート(甜菜)の搾りかす(ビートパルプ)に着目。ビートパルプはこれまで家畜の飼料や肥料として使われる以外、食用ではほぼ利用されてきませんでしたが、天野教授はこのビートパルプに水熱処理を施すことで、ペクチン由来のオリゴ糖を生成することに成功しました。しかも、このオリゴ糖はフェルラ酸というアルツハイマー病などに効果を発揮するとされる成分が結合しているといいます。今後、有用性の研究をさらに進めることで、新たな機能性を持ったオリゴ糖が非可食部分から製造できるようになる可能性があるといいます。

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写真は、酵素反応によって有効成分を抽出できるバイオリアクターという装置。この装置を使ってリンゴの果皮から赤い色素を抽出した糖蜜液を作るという研究も行っており、この糖蜜液を使った「まるごとりんごジャム」も、すでに商品化されている

 酵素を用いた研究では、長野県を代表する作物であるリンゴを対象にしています。例えば、生産量が最も多い品種の「ふじ」は、その糖度の高さから人気がありますが、ジュース等に加工した場合は糖度が高いゆえに、「甘すぎる」という評価がされることがあります。そのため、あえて酸を添加して味を調整することも多いそうです。しかし「酵素処理」を施すことで、糖度と共に酸度も上昇させることができ、添加物を入れることなく、「すっきりとした味わい」に変化させることができるといいます。

 「植物の細胞壁は多種多様で酵素反応も様々です。植物の特性に応じてどのような酵素を使えばいいのかを精査すれば、有用な成分だけを特徴的に抽出することも可能です」と天野教授。CAFIでは、化学的技術に裏付けられた新しい食品加工技術によって、6次産業化などを進める地域産業との連携も期待しています。

「アグリガジェット」が拓く農業の未来

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小林 一樹(こばやし かずき)


2002年茨城大学大学院修了。2006年国立総合研究大学院大学修了。2004年より国立情報学研究所 リサーチアシスタント。2006年関西学院大学理工学研究科ヒューマンメディア研究センター博士研究員。2008年信州大学大学院工学系研究科情報工学専攻助教。

生産技術研究部門(ロボティクス研究グループ)
学術研究院(工学系)准教授

小林 一樹


 小林准教授が行うのは、「農業IoT(※1)」と「アグリガジェット(※2)」の開発研究です。


 「IoTはものごとの客観化を可能にします。感覚的だったものが数字で眺められるようになることで、他者との共通理解の基盤も生まれます」と小林准教授。

 農業は農家の経験則的技量によって左右されてきた産業だといえます。しかし、そうした勘や経験に基づく管理ではなく、圃場内の土壌や生育等のばらつきに対し、きめ細かな科学的観察と対処のサイクルの中で作業を行う「精密農業」という考え方が、2000年代初頭から提唱されてきました。農家が農業に関する科学的理解を深めることで、生産性・収益性の向上を目指した考え方ですが、現在、この「精密農業」の考え方に密接に関わる形で、IoTや機械によるデータの定量的収集・解析による生産安定化、省力化を実現する「ICT農業(スマート農業)」が、注目されています。

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小林准教授が研究するモニタリングシステム

 小林准教授が主な研究対象とするのは「観察」の部分です。例えば、ブドウ農家と協力し、ブドウ農園にセンサと制御基板を取り付けたカメラを設置し、ブドウの実の経過をカメラで撮影した連続した高精細画像で観察するという研究。高精細画像と気象等の観測データをかけあわせ、過去のデータと比較、収穫や施肥、防除の適期を科学的データに基づき見極めます。こうすることで、これまでの経験、勘では得られなかった農家の「気付き」を引き出し、さらなる生産の安定化や高品質化、高効率化につなげていくことを目標としています。

 また、こうした仕組みを維持するための「アグリガジェット(フィールドモニタリングデバイス)」の開発も研究対象のひとつ。上記の観察カメラのようなツールから、3Dプリンタなど柔軟なものづくりに対応できる工作機器を活用したツールの開発まで、「農業」と「ものづくり」を融合させることで、新しいイノベーションを生み出していきたいとしています。

※1)様々なモノがインターネットに接続されること

※2)農業:Agricultureと小道具:Gadgetを合せた小林准教授による造語で、農業者向けのアプリや機械を意味する

「消費社会学」が照らす食・農産業

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水原 俊博(みずはら としひろ)


2005年立教大学大学院社会学研究科社会学専攻修了。2005-2007年立教大学社会学部助手。2007-2011年立教大学社会学部助教。2011年信州大学学術研究院(人文科学系)准教授

高付加価値化研究部門(食の消費社会学研究グループ)
学術研究院(人文科学系)准教授

水原 俊博


 水原准教授が専門とするのは、「消費社会学」。社会的条件が消費に与える要素とは何か、また消費が社会に与える影響は何かを研究する分野です。


 「単に市場購入を伴う消費だけではなく、社会的条件によって消費は特徴付けられるという視点を持つことが消費社会学の特徴です」(水原准教授)

 近年の消費行動は、広範な分野において、多様化、高水準化が進み、従来考えられてきたものから大きく変化しているといわれています。かつて、消費行動は物理的な有用性が求められ、「機能消費」といわれる生理的欲求を満たす行為であることが多かったといいます。しかし、時代が変わるにつれ、ファッションや流行などの表層の装飾性(イメージ)が重視される消費行動が中心となってきました。

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消費者の意識は「モノの豊かさ」から「ココロの豊かさ」に変化している。(画像はイメージ)

さらに近年では、「社会貢献」「環境・資源への配慮」「自然志向」といった消費による社会的影響を重視する「社会的消費」といわれる行動が、大きな影響力を持ち始めているのではないかといわれています。消費を通して望ましい社会を構築するための「社会選択」のひとつとして、消費を位置付ける行動です。その背景には、「モノの豊かさ」から「ココロの豊かさ」を重視する価値意識の変化、さらに社会問題の深刻さや科学技術の進歩があるといいます。

 「今後、『社会的消費』はある程度普及していくのではないか」と水原准教授。ただし、多様化が進み変動の激しい現代社会では、年齢や年代、所得等の違いで、消費が二極化していく傾向もあり、より長い期間での調査研究が必要不可欠であるといいます。

 「CAFIでは、短期的ではなく、長期的スパンの中で消費者の意識の動向を見ながら、何かしら食農産業の中で、消費と生産がミスマッチを起こさないようなモデルの構築につなげていけたらと考えています」と、水原准教授は期待を寄せていました。

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