信州大学先鋭領域融合研究群 航空宇宙システム研究拠点 SUWA小型ロケットプロジェクト5年間の軌跡産学官金融連携

信州大学先鋭領域融合研究群 航空宇宙システム研究拠点 SUWA小型ロケットプロジェクト5年間の軌跡

 2015年から5年計画で進めてきた信州大学工学部と長野県諏訪圏域の6市町村(岡谷市・諏訪市・茅野市・下諏訪町・原村・富士見町)による「SUWA小型ロケットプロジェクト」がいよいよ活動の最終年度を迎えています。信州大学先鋭領域融合研究群「航空宇宙システム研究拠点」の宇宙システム部門主要プロジェクトとして常に話題を提供してきた5年間…関係者にお話を伺い、その活動の軌跡をまとめてみました。(文:柳澤 愛由)

・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第120号(2019.11.29発行)より

長野県初、工学部発の超小型人工衛星Shindai Sat(愛称:ぎんれい)の次は何にトライしようか…で始まった

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取材直後の2019年10月に開催された諏訪圏工業メッセ2019でのSUWA小型ロケットの出展ブース。風洞実験も行った最終となる5号機の機体をお披露目。報道にも多く取り上げられた。

 「SUWA小型ロケットプロジェクト」は、2015年、内閣府地方創生交付金「諏訪圏6市町村によるSUWAブランド創造事業」の主軸プロジェクトとしてスタート。超精密加工を得意とする企業が多く集まる諏訪圏域の6市町村と、岡谷市にサテライトキャンパスを持つ信州大学などが広域に連携、小型ロケット開発を通した「次代の産業を担う人材育成」を目標に取り組んできました。
 プロジェクトメンバーの多くは、信州大学大学院(※1)の社会人修了生や在学生。メンバーの所属企業は協力企業としてプロジェクトに参画し、研究開発をサポートしてきました。現在、協力企業として名を連ねているのは、諏訪市に本社を置く太陽工業(株)や茅野市に本社を置く高島産業(株)といった精密機械部品メーカーをはじめとする計10社。信州大学は、学内の研究シーズはもちろんのこと、連携協定を結ぶ秋田大学理工学部との共同研究(※2)や、公立諏訪東京理科大学、宇宙航空研究開発機構(JAXA)などからの技術支援が受けられる環境を提供してきました。2019年3月には4号機の打ち上げに成功し、現在は5号機の打ち上げに向け、準備が進んでいます。
 本プロジェクトは、2014年に終了した「ぎんれい」プロジェクト(※3)の後継事業でもありました。2014年12月に運用を終えた超小型人工衛星Shindai Sat(愛称:ぎんれい)は、工学部発であると同時に、長野県下で初めて開発された人工衛星として、各業界に大きなインパクトをもたらしました。この「ぎんれい」プロジェクトで重要な役割を担ったのが、世界的にも優れた加工技術を持つ諏訪地域の企業の技術力でした。
 「ぎんれいプロジェクト終了後、『もう一度人工衛星を作ろう』という声も上がりましたが、次のプロジェクトは、優れた加工技術を持つ諏訪圏域の企業の強みや特色をより活かしたものにしたいと考えていました。そこで高度な加工技術を必要とするロケットを作ることになったのです。ロケットであれば、諏訪地域の技術力をより広くアピールすることにもつながると考えました」。プロジェクトマネージャーでもある信州大学学術研究院(工学系)中山昇准教授はそう振り返ります。

※1:信州大学大学院総合理工学研究科 工学専攻 機械システム分野社会人特別選抜 「超精密加工技術」社会人プログラム
※2:航空宇宙関連分野における連携協力に関する覚書(H28.1.4~H30.3.31)
※3:信州大学工学部と民間企業との共同で、超小型可視光通信実験衛星の開発を行ったプロジェクト。2008年、信州大学大学院工学系研究科に寄附講座が設置されたことを契機に開発が始まった。2014年2月、H-ⅡA相乗り副衛星としてJAXA採択を受けて、Shindai Sat(愛称:ぎんれい)を大気圏へ打ち上げた。

信州大学諏訪圏サテライトキャンパスでの大学院社会人コースが基盤となる人材育成目的のプロジェクト!

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信州大学先鋭領域融合研究群 航空宇宙システム研究拠点
宇宙システム部門副部門長 SUWA小型ロケットプロジェクトマネージャー
信州大学学術研究院(工学系)准教授
中山 昇
(写真)手に持つのは航空宇宙システム研究拠点の前身である同研究センターの時代に技術部の職員が設計し学生がつくってくれたというスタイリッシュな紙製のモデルロケット。

 先述した通り、SUWA小型ロケットプロジェクトは、単に高性能なロケットをつくることを目的としている訳ではなく、ロケット開発を通じ、精密加工分野のエキスパートとして、自ら提案・課題解決を図ることのできる「提案型技術者」を育成することが最大の目的になっています。
 信州大学は、これまでも、ものづくりで発展してきた諏訪圏域の活性化を目指し、超精密加工分野における技術者育成に取り組んできました。2006年、諏訪圏域の企業に所属する社会人を対象としたカリキュラムを開発。2008年には、正式に修士課程コースを信州大学諏訪圏サテライトオフィス(テクノプラザおかや)で開講しています。2010年には岡谷市内の商業施設の一部を改修し、「信州大学諏訪圏サテライトキャンパス」を竣工しました。現在、社会人向けプログラムとして、働きながら修士号・博士号の取得を目指せる「超微細加工技術者育成コース(通称:専門職
コース)」のほか、特別課程として、1年間で技術者に必要な厳選科目を学ぶ「超微細加工技術社会人スキルアップコースプログラム」を開設。それぞれの状況に応じた社会人の学び直しプログラムを提供してきました。開設から10年が経過し、各課程の修了生は延べ100名を超えています。信州大学としても、修了生とのつながりを継続するため「信州・諏訪圏テクノ研究会(通称:SST研究会)」という同窓会的性格を持つ研究会を発足させ、技術交流・研究活動を重ねてきました。
 「SUWA小型ロケットプロジェクトは、SST研究会のつながりや社会人大学院での取り組みが基盤となっています。諏訪圏域の技術力をアピールすることももちろん目的のひとつですが、このプロジェクトの本質は、ロケットづくりを通じて学んだ新しい技術を企業に持ち帰り活かしてもらうことで、諏訪地域に新たな活力を吹き込むことにあります」(中山准教授)

技術開発チームは主にハイブリッドエンジンの開発「燃焼班」と機体や機能を受け持つ「構造機構班」

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左から、SST001(2015年度) 2016.3.20発射 最大高度370m 全長1.489m エンジンPATTWorksI80、SRP002(2016年度) 2017.3.19発射 最高速度160.3m/s(577km/h) 最大高度986m 全長1.64m エンジン自作モータ、SRP003(2017年度) 2018.3.18発射 最高速度284m/s(1022km/h) 最大高度3500m 全長2.056m エンジン自作モータ、SRP004(2018年度) 2019.3.17発射 最高速度270m/s(692km/h) 最大高度2501m 全長2.229m エンジン自作モータ、SRP00X 音速モデル(打ち上げ未定) 全長1.71m エンジン自作モータ

 プロジェクトメンバーはそれぞれ「構造機構班」・「燃焼班」・「計測制御班」・「ミッション班」・「地上設備班」・「広報班」に所属しています。重要な技術開発チームは、「構造機構班」と「燃焼班」の2班。ロケットの打ち上げは半年~1年ごとに実施し、打ち上げ終了を区切りとして、メンバーの入れ替えなどを行ってきました。
 ロケット製造で最も難しいのは、「燃焼班」が担当するエンジン開発だといいます。小型ロケットの推進力を上げるためには、エンジンは軽量であることが必須条件。燃料も最小限しか積むことはできません。しかし高度を上げるには逆にエンジンを大きくする必要が出てきます。このジレンマをいかに解消するかが、エンジン開発には常に求められてきました。ちなみに、小型ロケットに搭載されているのは「ハイブリッドロケットエンジン」という、固体
燃料と液体の酸化剤を併用し、燃焼で生成したガスの噴射による反動で進むエンジンシステム。火薬を用いないことから安全性が極めて高く、低コストで環境への負荷も少ないことから第3のロケットエンジンとも呼ばれており、JAXAでも研究開発が進んでいます。今年「燃焼班」に所属しているのは、超精密加工を得意とする高島産業(株)や(株)小松精機工作所などに所属するメンバー。それぞれの経験を活かしながら、課題に取り組んでいます。
 「加工技術と一言で言っても、塑性加工に切削加工…それぞれ少しずつ技術領域や分野が異なります。このプロジェクトの面白い点は、メンバーそれぞれの知識や経験、強みを活かしながら、主体となって課題解決を図っていることにあると感じています」(中山准教授)
 「構造機構班」が担当するロケットの機体は、第3号機から炭素繊維強化プラスチック(CFRP)が用いられています。軽量で高強度、たわみの少ない新素材で、近年では、航空機や自動車にも使われています。実は、それまで諏訪地域の企業において、CFRPの製造・加工に関する前例がなく、本プロジェクトによって初めて取り組まれたことだったそうです。初の試みを前に、開発メンバーはこれまで培ってきた経験と技術を注ぎ込み、試作を重ね、課題を突破してきました。2017年には、接着剤やボルト等を使わずにCFRPとアルミニウムを強固に接合する新技術を開発。太陽工業(株)と信州大学との共同研究の成果であり、特許を出願するという大きな成果を得ることもできました。機体の軽量化も実現できる上、再利用もしやすく、実用化されれば自動車や家電などにも応用できる可能性のある技術です。

今描くゴール…安全性の最終検証と地方創生事業にふわさしく我らが諏訪湖で打ち上げたい!

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 「SUWA小型ロケットプロジェクトは、内閣府からの資金を頂いて実施している地方創生事業でもあります。これまでロケットの打ち上げは共同研究を行う秋田大学の協力のもと、秋田県能代市で行ってきましたが、自治体からの要望もあり、いつかは“我らが諏訪湖で打ち上げたい!”という思いをずっと持っていました」(中山准教授)。これまで打ち上げたロケットの最長高度は3500メートル。しかし現在開発が進む5号機は、諏訪湖での打ち上げを考慮し、安全性を確保できる高度500メートル程を想定しています。
 「プロジェクト発足当初は、高度50キロメートルまで打ち上げることをゴールに掲げていました。まだまだ素人的な考えがありました(笑)」と中山准教授。現在は安全性を最も重視し、音速超えを実現するロケットとなるための課題をひとつずつ解決していくことを主軸に置いています。
 「私たちは、ひとつのロケットをつくるのに必要な技術のことを“要素技術”と呼んでいます。例えば、今度打ち上げる予定の5号機は、“音速を超えるロケット”というコンセプトを立てましたが、検討する中でかなり多くの課題が見つかりました。多くの課題がある中、限られた時間で音速超えを目指すのは、安全性の面からも好ましくありません。そのため、今はいきなり音速を超えるものをつくるというより、そこに至るまでに必要な課題を一つひとつ潰しながら要素技術を確立することを目標としています。各班が主体的に取り組んでいるので私も全て把握している訳ではありませんが、40を超える要素技術が存在していると思います」(中山准教授)

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 例えば、落下に必要なパラシュートを開く機構も要素技術のひとつ。「高い高度で、しかも高速で動きながらパラシュートを開き、風の軌道にあわせ、落下場所に誘導するという難しい設計が求められます。現在は、短冊状のパラシュートと大きなパラシュートの順に、2段階で開く2段パラシュートという機構を検討しているところです」と中山准教授。 
 そうした中、今年10月、構造機構班が超音速に耐え得る機体の形状設計に成功しました。JAXAの施設で小型模型を使った実験を行い、その性能を確認したそうです。最終となる5号機の形状は諏訪圏工業メッセでお披露目できそうな段階のようで、まだまだ各班による実験と検証が続きます。
 「第5号機の打ち上げは、2020年3月、それも“我らが諏訪湖”で実現できないか検討しています。研究会はこれからも続くのでメンバーとはいつかは宇宙まで行くロケットを作りたいね、と話しているところです」と語る中山准教授の笑顔が印象的でした。

INTERVIEW 開発に携われた企業のプロジェクトメンバーに聞く

太陽工業(株)技術開発センター 研究開発グループ
武井 敦子さん

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●研究拠点のロゴもデザインいただいたのですね?
 2017年にこちらの大学院社会人コースを修了したのですが、2016年に作りました。採用されて嬉しかったです。修了生が作る研究会に所属し、このプロジェクトに参加しています。
 弊社はプロジェクトでは構造・機構班に属するのですが、技術を持っている方は他にもいっぱいいらっしゃるので、2017年度広報班の班長、2018年度はプロジェクトリーダーを仰せつかり、主に運営面で携わってきました。
●5年間で一番嬉しかったことは?
 地元の中学生にロケットのデザインをお願いしたことです。一学年約80人が絵を描いてくれて、ロケットの機体にデザインして報告したときには、本当にみなさんすごくよろこんでくれて嬉しかったですね。
●信州大学とプロジェクトメンバーのみなさんへひとこと
 信州大学には社会人になってからも、勉強させていただいたおかげで、企業の業務以外でいろんな業種の方々とのつながりが増え、どんどん世界が広がったことにとても感謝しています。会社と大学と地域、そして新しい世界をつないでいただき本当にありがとうございました。
 プロジェクトメンバーのみなさんにはとにかく感謝、感謝です。(広報なので)外に出て話をさせていただく機会が多く、“美味しいとこ取り”でスミマセン(笑)。

(株)ダイヤ精機製作所 工機部 工機2課2チーム主任
成田 周介さん

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●プロジェクトではどのような役割でいらっしゃいますか?
 私はこの大学院社会人コースの最初の修了生で、今年(2019年度)はプロジェクトリーダーをさせていただいています。今年度は構造機構班と燃焼班の連携をうまく持たせたり、といった役目です。技術のほうはずっとランチャー(発射台)を担当しています。
●最近“音速に挑戦”のような記事が多いのですが…
 そうですね。間違いではないのですが、高度が上がる、速度があがると、次々に課題が見えてくる。なにしろ安全であることが最重要で、今プロジェクトではその課題をひとつずつしっかり潰していくところに重点を置いています。
●5年間の印象的だった思い出はなんですか?
 う~ん…やっぱり2年目2号機の打ち上げですね。実は1年目1号機はランチャーからスムーズに発射されず少しひっかかったんです。そこがず~っと心残りで、2年目うまくいったときは感極まりました(笑)。
●信州大学とプロジェクトメンバーのみなさんへひとこと
 ロケットというものを通して、みんなが成長しながら絆を深めていけた、というのが今後諏訪圏のものづくりを考えていく上でも良いケースになるのではないかと思います。個人的にはものづくりが好きな人が減ってきている気がするので、プロジェクト最後となる地元でのロケット打ち上げが実現したら、是非子供たちに見て欲しいですね。チームのみんなですが、とにかくすごい方々ばかりで…いつも支えてもらって感謝です(笑)。

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