信大発特許「換気カプセル型発汗計」で世界に挑む。産学官金融連携

信大発特許「換気カプセル型発汗計」で世界に挑む。

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 今年4月、(株)スキノスが開発する「換気カプセル型発汗計」による発汗検査が公的医療保険の適用となりました。「換気カプセル型発汗計」は、手掌の非常に微量な発汗量まで測定することができる世界に類を見ない機械です。信州大学医学部大橋俊夫特任教授(メディカル・ヘルスイノベーション講座)が約30年前に開発した技術をもとに、改良を重ねてきました。
 保険適用されたことを追い風に、医療業界を中心に、皮膚科学や心理学、スポーツ・健康科学の研究機関のほか、意外なところでは、服飾・繊維メーカーや冷暖房メーカーなど、多種多様な業界からも注目が集まっています。
(文・柳澤愛由)

・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第114号(2018.11.30発行)より

唯一無二の特許技術。ユニークな発想で生まれた「発汗計」

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据え置き型2CH 発汗計SKN-2000

 近年、「汗の計測」で心身のさまざまな変調を捉えられることが認知されてきました。例えば、高齢者や神経疾患を抱える人に起こりやすい発汗機能の低下は、熱中症のリスクを増加させます。発汗異常の評価は、生命に関わる指標でもあるのです。ほかにも、精神疾患に悩む人のストレス要因を発汗量により瞬時に可視化することができれば、早期の原因特定に役立ちます。医療業界だけでなく、製品の快適性や有効性を評価したいさまざまな業界からも、「汗の計測」は注目が集まっています。
 発汗は、大きく次の2つに分けることができます。緊張したとき、ヒヤリとしたときなど精神的な緊張や動揺によって手掌や足の裏に生じる発汗を「精神性発汗」、炎天下で作業や運動などをしたときに体温を下げるために生じる発汗を「温熱性発汗」といいます。(株)スキノスが開発する「換気カプセル型発汗計」は、発汗量の多い温熱性発汗はもちろんのこと、非常に微量な精神性発汗も簡単に計測、可視化することができます。すでに医療機関をはじめ、皮膚科学や心理学などに関連する研究機関のほか、制汗剤、繊維、寝具、空調メーカーといったさまざまな民間企業でも採用されています。「全世界探しても、類似する機械はどこにもないと思います」とスキノスの百瀬英哉社長は話します。
 これまで、発汗の計測には、体重減少量を測る方法や、ミノール法(ヨウド・デンプン法)と呼ばれる汗の成分に反応するヨードとデンプンを皮膚に塗布し、変色の様子を観察することで発汗現象を可視化する、といった方法などが知られていました。しかし、いずれも不連続で定量性に乏しいというデメリットがありました。
 一方、換気カプセル型発汗計は、同社の顧問を務める大橋俊夫特任教授が開発した「換気カプセル法」というユニークな特許技術が用いられています。カプセルを測定したい部位の皮膚に被せ、そこに空気を送り、皮膚を通過する前後の湿度変化から発汗を計測するという仕組みで、そのデータを独自開発した記録・解析システムを通してPCに取り込むことで、瞬時にモニター上でリアルタイムな発汗量を表示、記録することができます。これほど簡単に、しかも本人には自覚すらない発汗量であっても高精度に測れる機械は、世界に類を見ないといいます。

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信州大学医学部メディカル・ヘルスイノベーション講座(寄附講座)特任教授
大橋 俊夫 (おおはし としお)
1974年信州大学医学部卒。英国ベルファストクイーンズ大学医学部講師などを経て、1985年信州大学医学部教授。2003~08年医学部長。日本リンパ学会理事長、日本発汗学会理事長、日本脈管学会副理事長などを歴任。研究分野は、微小循環とリンパ循環。2014年5月より現職。

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株式会社スキノス 代表取締役
百瀬 英哉 氏 (ももせ ひでや)
2006年長野工業高等専門学校専攻科生産環境システム工学科卒業。2006年より(株)西澤電機計器製作所に勤務。在職中に、信州大学大学院医学系研究科保健学専攻修士課程修了。2017年(株)スキノス設立。現在に至る。趣味はグラフィックデザイン。

最初の開発から約30年を経て実現した保険適用

 生理学を専門としていた大橋特任教授が発汗計の開発に着手したのは1981年。長野工業高等専門学校(以下、長野高専)の坂口正雄名誉教授と共に始めた研究でした。最初の換気カプセル型発汗計が厚生労働省から医療器具として認可されたのは1991年。民間企業との共同開発を経て、1998年には、坂口名誉教授と共に最初の大学発ベンチャー(株)SKINOSを立ち上げ、本格的な市販化に着手します。同年、日本発汗学会を設立、日本の発汗研究をリードしてきました。スキノス(SKINOS)という名称は、皮膚(SKIN)に大橋特任教授と坂口名誉教授のイニシャル「O」と「S」を加えて命名されたものだといいます。その後、技術の改良を進め、2007年に長野県坂城町にある(株)西澤電機計器製作所(以下、西澤電機)に製造販売を移管します。
 実は、長野高専で坂口名誉教授の教え子だったのが百瀬社長。学生時代から発汗計の研究に励んできた百瀬社長は、2006年に長野高専を卒業し、西澤電機へと就職を果たします。当時も今と同様、技術開発から販売まで、さまざまな業務を担っていたそうです。「現在も機械の製造は西澤電機で行っていますし、私自身、やっていること自体は当時からそれほど変わっていません。ただ、今の方がやらなきゃいけないことが山積みです(笑)」(百瀬社長)。
 2017年、換気カプセル型発汗計の可能性をさらに広げるため、その仕組みも需要も知り尽くしている百瀬社長を代表に、新たに大学発ベンチャー(株)スキノスNAGANOを設立。2017年12月には念願だった保険適用を実現し、2018年4月からは、臨床検査法のひとつとして医療現場での利用が始まりました。そして同年5月、(株)スキノスに社名を変更し、現在に至っています。保険適用後の反響は想像通りに大きく、今年度の売上は初年度の約2倍に届く勢いだといいます。
 「本格的に事業化させるには保険適用が条件だと考えていました。それが長年製造を担ってくれている西澤電機との約束でもあったし、私の夢でもありました。最初の開発から約30年かけてようやくここまでたどりつきました」(大橋特任教授)。

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持ち運びも簡単な「可搬型1CH発汗計SMN-1000」。手の平に置いているカプセルに空気を送り、湿度変化を測るセンサーで発汗を計測。

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取材中、広報室スタッフの発汗を計測。カプセルに皮膚を接触させるだけで計測ができる。きわどい質問にスタッフの手にも汗が。モニターには微量な発汗の様子もしっかりと記録されている。

「汗の計測」で生きづらさを感じる人に救いの手を

 保険適用という長年の目標を叶えた大橋特任教授は、この先の夢を次のように話します。「アスペルガー症候群やいじめなどを背景に、生きづらさを抱える子どもたちが今増えています。しかしそうした子どもたちにも、それぞれに良いところがあり適正がある。私の夢は、そんな子どもたちが、何が得意で何が苦手なのか、それぞれの適正を誰もが分かるようなデータに基づいて伝えること。発汗計がその役目を担ってくれると思っています。百瀬さんの行動力はすごいですよ。全国どこへでも行きますから」。現在、心理学を専門とする信州大学学術研究院(人文科学系)今井章教授との共同研究も進行中です。
 「大学ならではの人脈が活かせるのも大学発ベンチャーのメリットです。なかなか1人じゃできないことも多い。さまざまな人に助けて貰いながら事業を進めています」(百瀬社長)。

百瀬社長の“ものづくり”に対する思い

 「汗を知る」ということは、人の「こころ」と「からだ」両方を知る、つまり「ヒトを知る」ことに他なりません。「もっと発汗計を普及して、『昨日、汗測ったよ』という会話が日常的に聞かれるような世の中にするのが今の目標。海外展開も視野に入れています。それだけのポテンシャルを持つ機械だと思っています」(百瀬社長)。座右の銘を聞くと「『なせばなる』ですかね(笑)。今は先に進むしかない。積極的に投資もしていきたいと思っています。あと、エンジニアでもあるので、『ものづくりの精神』は忘れずにいたいですね」と力強い答えが返ってきました。
 換気カプセル型発汗計が、世界のスタンダードになる日も近いかもしれません。

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