信州大学が目指す、真のダイバーシティ。特別レポート
信州大学が目指す、真のダイバーシティ。
「違ったものの見方ができる人達が集まった組織は、健全であり、強い」とも言われます。今年4月、信州大学に、初の女性役員となる、特命戦略担当理事と監事が誕生しました。そして、学長の基本方針のもと、信州大学の行動計画「PLAN the N・E・X・T」が発表され、各理事・副学長がそれぞれの分野で、具体的施策の推進を始めています。
学生の多様性(※1)が信州大学の特徴のひとつでもありますが、教職員を含むすべての構成員がいきいきと活躍できる、真のダイバーシティを目指して、大学運営の次のステージづくりを語っていただく座談会に参加いただきました。
※1)本学の学生は県外出身者が7割以上、全国から学生が集まり"異文化交流"が生まれている。
・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」」第101号(2016.9.30発行)より
初の女性役員と語る、ダイバーシティ・マネジメント。
土井里美さん(以下敬称略) 新役員のお三方が信州大学にご就任されて数か月。まずは今のご感想をお願いします。
浜野京理事(以下役職略) 信州、また国立大学というところで、こうした役をいただいて身を置くのは初めてです。早速、長野県各地にあるキャンパスをいろいろ見させていただいた中で、発見や驚きはたくさんありました。各学部とも多様な研究成果が詰まった宝の山。このような魅力ある研究シーズが各キャンパスにたくさんあることに驚かされました。また、キャンパスのある地域の方だけにとどまらず、長野県中の方が信州大学を愛してくださっていて、学生たちを育んでくださっていることに感銘を受けました。
岩井まつよ監事(以下役職略) 私は長野県内の放送関係に長年勤めていましたので、信州大学はニュースや番組制作等の発信源としてもお付き合いさせていただき、とても身近に感じています。監事に就任してから知ったことなのですが、女性教職員の皆さんに実施したアンケートで「女性役員の登用を希望する」が約7割あったとのこと。そのことも私が役を拝命した理由の一つなのかな、と責任をひしひしと感じております。信州大学だけでなく日本の大学が一昔前のゆったりした時代と違っていろいろなことを要求されている中で、民間企業の良いところも取り込んで発展していくことが望まれているでしょうから、私の経験がお役に立てればと思っています。
山田総一郎理事(以下役職略) 信州には旅行では何度も来ていましたけれども仕事の場として着任するのは初めてです。地方の国立大学の中で研究力が高いとは聞いていたのですが、COI拠点など改めて研究レベルの高さを実感しました。また、学部学科の改組なども積極的で、文部科学省の国立大学法人評価のヒアリングでも、とても積極的であることが評価されていました。学生の時に合気道をやっていましたので、こちらに来てすぐ合気道部を覗いてみたんですね。すると部員が素直で真面目。合気道部だからかなと思ったら、他で会う学生たちも総じて素直で真面目(笑)で感心しました。
土井 もともと素直なのか、信州大学に入ったら素直で真面目になるのか…卒業生としてはなんとも言えませんが(笑)。
土井 「PLAN the N・E・X・T」も拝見しました。続いて、これから取り組まれる重点施策やお考えをお聞かせください。
浜野 私が取り組むべき主題は、大学の足腰を強くするということだと思うんですね。今は一つの分野に留まらず、いろいろなところにネットワークを張り巡らして、いろいろな方と連携しながら新しい活力を生んでいくことが求められています。価値観も多様な中で、新たな研究成果やビジネスが生まれる可能性があり、また海外とのネットワークが新しい気づきを生みます。ですから、信州大学が地域のグローバル・ハブとして、プラットフォームになるような活動を推進していきたいと思っています。
私がもともとおります(独)日本貿易振興機構(以下:JETRO)が事務局になりまして、地方銀行や地方自治体などの行政、さらに第3セクターなども含めて海外展開の地域毎のコンソーシアムを組んでいるのですが、そこに信州大学が全国で初めて大学として参加しています。信州大学のベンチャープロジェクトを一件でも多くこの長野から発進していく。このようなことをどんどん進められたらと考えています。
山田 学生、教職員が安心して快適に学び、働くことのできる環境整備を進めていくのが総務・環境施設担当理事の仕事です。国立大学の法人化以降、運営費交付金が削減される中でなかなか難しくなっていますが、長年、文部科学省や内閣府、県、独立行政法人等で培ってきた経験を生かして工夫していく所存です。先ほど信大生の印象をお話ししましたが、着任して驚いたのは学生の7割以上が県外出身者なんですね。全国そして海外各国からも集まっている。その数字から見えるのは、信州大学に多様性というものが既に土壌としてあるということ。総務・人事分野においてもダイバーシティを柱として掲げ、そのために欠かせない男女共同参画もこれまで以上に進めていくつもりです。
土井 私の学生時代を思い出しても友人の出身地はさまざまでした。本当に全国各地から集まっていて、例えばこの時期、夏の暑さ一つとっても、沖縄の子は“余裕”、北海道からの子は“溶けそう”、私は富山ですから、暑いけれど“カラッとしている”、と感じ方が違って面白かったですね。そんなこんなで知らないうちに多様性を育む環境にいられた4年間だったのですね(笑)。
土井 信州大学は男女共同参画活動に取り組まれて6年目とのこと。資料を拝見していたら女性の教職員比率のことも書かれていました。私が学生の頃は、人文学部生だったせいか、女性の教員が少なかったという印象はあまりないんですが。
濱田州博学長(以下、学長) 文系、中でも人文学部は以前から女性教員が割と多くいました。実は理系が少なく、現在、文系理系あわせて全体の女性教員割合は15%くらいです。でも、比率を上げようと大学側では考えています。
土井 是非大学教員になりたい女性にチャレンジして欲しいですね。
学長 ただ、理系が少ない理由の一つは大学教員になる絶対条件が博士号を持っていることで、そのためには博士課程を修了してもらわないといけない。そこまで進む女性がまだ少ないことも事実です。
また、今、教員採用は完全公募制ですから、博士号をとったとしても男女ともに以前より厳しい状況ではある。なれるかどうか分からないのにずっと研究職にいられる人は稀、ということになります。それでせっかく女性が博士号をとっても企業に行く人が多いのです。そもそも人員削減でポスト自体が減っていますからね。
山田 法人化以降の12年で教員数は1割以上減少しています。
学長 ですから、若い人を増やしたい気持ちは山々なのですが、現実は30代前半の教員が非常に少なくなっています。これはどこの国立大学でも同じ状況だと思います。
土井 職員に関しての男女比率はどんな様子ですか?
学長 職員は医学部附属病院に看護師がいることもあり、女性比率は6割を超えています。
土井 信州大学初の女性役員誕生、ということも学長のご英断だと推察するのですが、そもそも国立大学で女性役員は珍しいことなのですか?
学長 地方の大学では少ないですね。お二人には、女性だから指名したというより、お二人の経歴なら、これまでと違う目線で信州大学の運営を見ていただけるのではないかと思ったからです。今まで本学の理事はずっと大学の教員が就任するのがほとんどでした。自分を含め大学にいる人間が当たり前だと思っていることが、もしかしたら世の中では当たり前ではないかもしれない、と常々思っていました。また、外からの見え方と中から見た姿は違うかもしれない。中からどんなふうに見えたかご意見をいただき、施策に反映していきたいと思います。とても期待しています。
土井 新しい風が入ることによって大学運営も変わりそうですね。
学長 ええ。これからは“変わる”ことを積極的にやっていかないといけないと思っています。
土井 大変でしょうが、とても楽しみです。
土井 女性役員のお二人は、男女共同参画という言葉が生まれる前からキャリアを積んでこられたわけですが、ご自身を振り返って思うことなどお聞かせください。
浜野 昔は女性はお茶汲み、コピー、清書…。同期の男性はバンバン仕事をまかされているのにと、がっかりもしましたけれど、やってみればいろいろなことも分かりましたし、何でもポジティブに考えることだと学びました。結婚、子育て、となったときも職場の目は厳しかったですが、私の場合は家庭の理解と、自分は仕事を続けていくんだという強い思いでやってきました。女性が働くこと、お金を得ること、社会とつながっていることは、子育てと同じようにすばらしいことなのですから、これからの方々も仕事にも家庭にも喜びを見出して続けて欲しいですね。続けられるだろうかと迷ったとき力になるのは、周りや同僚の励ましやロールモデルがあること。先ほど岩井監事が言われたように教職員の皆さんからの期待もあると思いますので、ロールモデル的な存在となって精神的なサポートが出来ればいいなと思っています。
岩井 私の場合は、大学を卒業し長野に帰って働こうと就職活動をしたとき、当時、長野県内で四大卒の女性を採用してくれる民間企業の業種は一つしかなく、それが放送会社だったんです。女性社員は寿退社が当たり前な中で、結婚後も出産後も会社に残っている先輩たちは“仕事を続ける”ということが自分たちの役割だと頑張っていました。今は制度的にも良くなり、皆さん伸び伸び個性を発揮して働いていらっしゃる。やはり時代は変わるんですね。
土井 少しずつ変わってきているのですね。
浜野 少しどころか、それはもう、ドラスティックに変わっていると思います。
岩井 ほんとですね。私は監事という立場ですので、信州大学の運営を、的確に、客観的に、冷静に監査させていただくことが役目です。今はまだ“ 知り始めた” 段階ですが、男女共同参画ひとつとっても、信州大学がこんなにも幅広く、多面的に積極的に取り組まれていることに感心しています。
また、男女共同参画推進センターが作るSuFRe(スフレ)通信やロールモデル集もとっても良くできていて、今後も意識改革のツールとして利用していくのがよいと思います。
土井 先ほど浜野理事は信州大学は“宝の山”とおっしゃっておられましたね。ビジネスにつながる研究シーズもたくさんありそうですか?
浜野 ええ。たとえばライセンスもとられているという一年中収穫できるイチゴ(※1)、あるいは通信、情報セキュリティで塩尻市と組んで安心安全なまちづくりを行う(※2)、痛めないようにレタスを収穫するロボット(※3)とか。そうした、生活に密着して、国内だけでなく、アジア・海外が市場になり得る研究シーズがいろいろあります。生活と密着した研究や、研究だけに留まらないような開発の取り組みが各学部で波及的に広がっています。それらをもっともっと海外に発信していければ。しかし日本人がいいと思ったものが必ずしも海外で売れるわけでもないので、それぞれの市場に合うように再編集してビジネスに取り込んでいくことが重要です。その際、これまでのようにコンソーシアムを組むことも大切ですが、アジア・アフリカで特にビジネスの潮流が消費者向けに変わってきていることなどを考えると、ユーザーの半分は女性ですから、プロモートする側は女性の目線に立つ必要性がある。高齢者、子どもの目線が必要な場合もあるでしょう。これまでも信州大学は産学官連携を積極的に推進していますが、さらに私が後押しして、全国、そして海外市場を繋げることに貢献できたらと思っています。
※1)農学部発の高品質夏秋イチゴ「信大BS8-9」
※2)信州大学・塩尻市連携プロジェクト研究所スコラの研究事業「地域児童見守りシステム」
※3)信州大学工学部と農機大手メーカー、地方自治体などによる産学官連携プロジェクト
土井 次に、山田理事が進めておられる施策の一押しは?
山田 施設整備の面での課題は、まず工学部に女子寮がないこと。また留学生用宿舎が全学的に足りないということですが、財政面から新規建設は難しい状況です。そこで学生寮の1フロアを女子専用にするとか、留学生に関しては職員用の宿舎の転用を図るなど、既存の施設を活用できないか検討を進めているところです。
また、ワーク・ライフ・バランス面での教職員の子育てサポートについては、育児休業制度、短時間勤務制度、研究補助者制度、メンター制度等々、さまざまな形で取り組んできており、徐々に働きやすくなっていることは事実だと思います。学内の「おひさま保育園」は定員を増やしましたが、希望者が多く、希望者全員が入れていない状況で課題のひとつではありますが、センター試験時にお子様を一時保育できる制度や、ベビーシッターによる育児支援制度なども整備されています。昨年、5年間の実績を厚生労働省から認定され「次世代認定マーク(愛称:くるみん)」などを取得しました。
そして、当面の課題としては、先ほども話にありましたが女性教員数を増やすこと。この4月から新たに採用する常勤教員の女性比率を2割以上にすることを目標にしています。
学長 理系の女性教員を増やすにはまず理系学部に女子学生を増やすことから始めないといけないのです。理系でも生物、化学、建築などには昔からある程度女子がいるのですが、機械工学は油にまみれているというイメージがある(笑)のか、1とか0人。今年、全国紙の大学紹介特集に本学の女子学生が「生活動作支援ロボティックウェア」を着用している写真を載せたのですが、これが結構な反響で、理系女子を増やすのにとても貢献しています。
受験期に女子の保護者の方からよく聞かれるのは女子学生は何%いますか、ということ。繊維学部は25~30%、農学部も40%、その数字を聞くと安心するらしいのです。女性教員を増やそうと、どの大学も苦慮していますが、結局は若い人を増やさないと。女性教員が大学を移っても、日本全体としての総人口は増えていないわけですから。これは長い目で取り組むほかないのです。
土井 昨今生活に立ちはだかるもうひとつの壁に「介護」もあると思うのですが。
山田 介護制度に関しては国の人事院勧告を参考に、介護休業制度を設けていますが、これを分割して取れるようにしていこうと考えています。それと管理者の理解が重要ですから「イクボス・温かボス宣言」(※4)を役員と管理職の57名が行っています。
学長 私も親の介護を経験しましたので、当事者として「宣言」しました。介護の問題は子どもが少なくなって今後ますます大変になるでしょう。地域でのサポート、職場でのサポートがないと必ずや壁に突き当たってしまう。自分だけでやろうとしないで、サポート制度と多様な立場にある者がそれぞれを支え合うジェントル(Gentle)な職場でありたいですね。
土井 今、学長がおっしゃった「Gentle」、信州大学は大学運営の基本方針として3つのG(Green/Global/ Gentle)と3つのL(Local/Literacy/ Linkage)を掲げておられますね。JETROにいらして常にGlobalなお立場で仕事をされてきた浜野理事からのご提案はいかがですか?
浜野 たとえば本学の学生数は約1万1千人、教職員数は約4千人、合わせて約1万5千人、そこに家族の方々が加わるわけで、そうなるとLocalでは一つの自治体規模の組織です。これは非常に活用し甲斐がありますね。大勢の先生方が研究をされておられ、医学部のように附属病院を持つなど、総合大学が存在することでの消費活動を含め、相当な地域貢献をされているわけですから、もっともっと信州大学のファンを増やしたいですね。
信州大学には校友会や同窓会組織もあり、卒業生の絆は強いのですが、以外にも緩やかなファンを、信州(=Local)だけでなく首都圏にもアジア(=Global)にも作っていければと思います。情報発信力強化と相互に意見交換ができる情報ツールなどをもっと開発する。信州大学で行われている素晴らしい研究に新たな資本が加われば、ものすごく大きな社会貢献になると思います。それをもっと広いところでオープンにして、化学反応を起こすような仕掛けを起こしたい。
研究以外でも、地域でのイベントやそのサポートを本学が行い、学生の力も活用すれば面白いのではないかと思います。facebookなどSNSを使ったりして「信州っていいね、信州大学っていいね」と発信していく。その際、各キャンパスのある地域のバリューアップにもなりますから、お互いにうまく相乗りし、地域を活性化する大きなプラットフォームとしての役割を果たすべきだと思います。
LocalとGlobalは表裏一体です。このようなことを具体的に落とし込んでいくということをやっていけば本学もさらに発展すると思います。大学のミッションは次世代に向けて日本の活力を見出すような学生をいかに育て上げていくことで、それは私たち先に生まれた者の責任でもあります。
土井 従来の大学のイメージが大きく変わるようで、何かワクワクしますね。
※4)子育て・介護と仕事の両立ができる職場環境と、新たな形の「ケアの社会化」を目指して長野県連合婦人会が行うプロジェクトに信州大学も参加
土井 地域取材などを通じてたくさん番組制作をされてこられた岩井監事はLocalのご事情には詳しいと思いますが、3つのG、3つのLについてはいかがでしょうか。
岩井 私が注目したのは「Literacy」です。前職では入社試験・面接などの際に見ていたのは、その人に「人間力」があるかどうかでした。技術的なことが長けている人も、もちろんいいのですが、なぜそこにこだわるかというと、地域(Local)の中で起こる様々なことを的確に捉え、正しく伝えていく力は、物事を総合的に判断できる「人間力」だと思うからです。リテラシーは人間力養成のためのキーワードと言い換えてもよいのではと思います。
土井 どうしたら人間力が養えるか、なんて考えてしまいますけれど。
岩井 人間には無駄なことも必要なのだと思います。大学生活は人生のうちで、唯一無駄なことが出来ると言える貴重な4年間です。人間形成の基礎をこの自然豊かな信州で、頭だけの教養ではないしなやかなリテラシーを学生には身につけて欲しい。言い換えれば、そのリテラシーは、信州大学が提供していく必要があるとも言えます。
土井 初めての国民の祝日「山の日」にあたり、上高地の式典に皇室がお見えになったり、松本市一帯が音楽に染まる「セイジ・オザワ松本フェスティバル」もあったりと、こんな素晴らしいイベントや大自然に恵まれた学びのステージは他の大学ではなかなか味わえないと思います。
学長 学生も教職員も、この信州というすばらしい環境の恩恵を積極的に享受して欲しいですね。信州大学はこれからさらに、この環境の良さを活かし、足腰強くしなやかな、ダイバーシティ・マネジメントを行っていきます。今日の座談会では、そのためにすべき具体策を多面的に教示いただけたと思っています。本学は3年後に設立70周年、前身校のひとつである、旧制松本高等学校から数えますと100周年を迎えます。記念すべき年に向けて、大いに奮い立たされました。
土井 一卒業生として、これから信州大学を見るとき、学生、教職員だけでなく、とりまく地域、海を越えた世界にも視野が広がり、大変嬉しくなりました。皆さん、本日はどうもありがとうございました。