CNT(カーボンナノチューブ)搭載の高性能バッテリーが世界を席巻する日。産学官金融連携

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2021年5月19日、信州大学が強みを持つ炭素素材カーボンナノチューブ(CNT)を電極に使用した、新たな高性能リチウムイオンバッテリーを開発・製造する信州大学発ベンチャー、信州ボルタ(株)が事業を開始。同社の科学技術顧問で開発を一手に担う信州大学工学部・是津信行教授と、17年にわたり共同研究を続けてきた信州ボルタの橋本剛社長に、新しいバッテリーのこと、会社のことについてお話を伺いました。さて、お二人が思い描く電池の未来とは?(文 中村 光宏)
・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第133号(2022.5.31発行)より

高性能・高密度、夢のバッテリーを求めて

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信州ボルタと名城ナノカーボンの橋本剛代表取締役社長。リモートで取材に応じてくれた。

 スマートフォンやタブレット・PCなどのモバイル端末、スマートウォッチなど、ウエアラブル端末…私たちの生活の中で、いつでもどこでも情報を取り出したり、書き込んだり、他者とやり取りしたりすることはもはや日常。そして私たちは、それらの機器の充電を習慣として行っています。
 これらの機器に搭載されている充電池は、現在はエネルギー密度が高く、容易に高電圧を取り出せるリチウムイオン電池(LIB)が主流です。また、LI Bは充電能力を低下させるようなメモリー効果もないので、ハイブリッド車(HV)などにも最適なパワーソース。もはや国民車といってもいいトヨタ・プリウスにも、上級モデルや燃費モデルに採用されています。しかし、自車発電できるHVはともかく、モバイル端末や電気自動車(EV)などは溜められている電気を消費すれば必ず充電しなければなりません。クルマの場合、それはその間の数十分~数時間、走行できなくなることを意味します。
 充電池がより高性能になり、例えばスマホやPCが1回の充電で倍の時間使えたり、電気自動車(EV)が倍の距離を走れたり、にもかかわらずそれらの充電時間が半分になったら…誰もが一度は思い描いたことがあるであろう、そんな夢を叶えてくれるLIBが今、信州大学工学部の是津信行教授と、教授が技術顧問を務める信大発ベンチャー、信州ボルタの橋本剛社長の手によって作り出されようとしています。

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信州大学学術研究院(工学系)教授
先鋭領域融合研究群 ELab2 センター長
工学部物質化学科
信州ボルタ(株)技術顧問
是津 信行(ぜっつ のぶゆき)

PROFILE
2005年 ワシントン大学博士研究員
2005年 東京工業大学産業技術教育研究支援員
2006年 大阪大学助手、2011年名古屋大学准教授
2013年 信州大学工学部准教授(特定雇用)
2014年 信州大学学術研究院(工学系)准教授
2018年 信州大学学術研究院(工学系)教授

キーワードはカーボンナノチューブ

 信州ボルタが実現しようとしている夢の高出力LIB開発に当たって重要なポジションを担っているのは、銅の1,000倍以上という高い電流密度耐性を持つカーボンナノチューブ(CNT)です。構造によって導体にも半導体にもなるこのナノテクロノジーの花形が、新しいLI Bの正極に使われています。それは17年前に橋本社長が立ち上げたベンチャー、(株)名城ナノカーボン製の単層CNTなのですが、「他社のものと比較しても10倍~100倍」と是津教授が太鼓判を押す高品質が特長。以前、名古屋大学に籍を置いていた是津教授は、研究室を訪れる橋本社長を通じてその存在を知り、「バッテリーに応用できればスゴイものが作れるかもしれない」と密かに思っていたそうです。 
 そんな思いが実り、従来とは比較にならない、まったく新しいLIBの開発を目指して、橋本社長と二人三脚での共同研究をスタートしたのは2014年のことでした。それは是津教授が信州大学に移籍してからも続き、2018年には信州大学と(株)名城ナノカーボンが共同研究契約を締結。圧倒的な素材技術を持つ信州大学の全面的なバックアップを得て高性能LIBの開発は一気に進むこととなりました。

ネックだったコストを解消し、次のステージへ

 実はお二人は、共同研究をはじめて3年後の17年には、今までとは比較にならない高出力で長寿命なLIBを作る技術について、既にその開発を成功させていたそうです。  
 「早速、自動車メーカーなど需要がある企業に持ち込んだのですが、結論から言うと採用には至りませんでした。どこも性能は認めてくれたのですが…(是津教授)」 
 ネックになったのはコストでした。当時の名城ナノカーボンの生産規模では、同社製単層CNTは1グラム数万円と極めて高価だったのです。それを使用したLIBは、是津教授の言葉を借りれば「性能10倍、価格100倍」で、いくら圧倒的な性能向上が約束されてもメーカーは二の足を踏んだそうです。実際にあの電気自動車ベンチャーT社(米国)からも問い合わせがあったとか…。
 そこで橋本社長は、コストダウンを実現させるべく単層CNTの大量生産機の開発に着手。2020年にその開発に目途が立つと、2021年5月にはCNT搭載バッテリーの量産化のために設立したのが信州ボルタになります。是津教授も大量生産に向けて、高容量、急速充電特性を同時に実現するナノカーボンバッテリーを開発。さらに、電池の超軽量化とドライコーティングプロセスへの適用にも注力しています。2022年1月にはトヨタ自動車の子会社で、主にHVに搭載されるバッテリーを製造するプライムアースEVエナジー(株)と共同研究契約を交わし、お二人が開発に情熱を燃やしてきた新しいLIB開発は、実装を視野に入れた最終局面に突入することとなりました。
 「現在は、長野県山岳ドローンプロジェクトに参画し、プライムアースEVエナジー製のプリウスのバッテリーを使用して山岳物資輸送用ドローンの開発にも携わっています。アルプスが相手ですから、バッテリーの能力低下を引き起こす低温下での動作など問題が山積み。バッテリーは加温するのか保温がいいのかなど、あらゆる状況を想定しながら開発を進めています。ドローンや航空機向けのバッテリーは小型軽量化や高出力、さらに安全性の面などが極めて高いレベルで求められますから、こういう問題解決の一つひとつがまた、我々のバッテリーの更なる進化に向けての技術の蓄積になっています」。

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是津教授がプライムアースEVエナジーの製品をベースに電極に改良を加えた、次世代のHV用LI B(展示用)。

究極的に“永く”使える電池が未来を制す!?

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是津教授が見つめているのは、密閉された装置内で乾燥させているCNT電極。ドライルームが4室もある大学は少ないらしい。

 名城ナノカーボンの大量生産機が稼働すると、単層CNTの生産能力は年間1トンに達します。その結果、「信州ボルタのバッテリーコストも10分の1くらいまで引き下げることができる」とお二人は予想しています。製造についても県内のバッテリー製造大手と連携。さらなるコストダウンや安定供給、様々な用途に応じたサイズや容量など多品目への対応など、事業成功のために不可避となる諸問題の解決を図りました。 
 「実装について目指すのは、やはり一丁目一番地の自動車産業です。例えば信州ボルタのバッテリーをプライムアースEVエナジーに採用してもらい、トヨタのHVやEVの全車に載せたい。価格面さえクリアできれば十分可能だと思っています」
 世界的な脱炭素化の流れの中でバッテリー需要の拡大は必至。けん引するのは間違いなく電動車市場であり、そこに参入できればベンチャー企業でも10年後は売上高数百億円規模の大企業になっていることもあり得るといいます。 
 「もちろん一層の性能向上も図っていきますよ。このCNTを負極にも使えばもっと高性能になるでしょうし、電解液にもまだまだ改良の余地がある。10年後のCNTの基材への絡み具合についても検証しなければなりません。究極的には“長く”ではなく“永く”使える電池を作りたいと思っています」
 熱を込めてそう語る是津教授を見ていると、将来信州ボルタのバッテリーが世界を席巻しても、それは通過点に過ぎないのかもしれないと思えてきます。“電池を制するものは世界を制す”。まさにエネルギーの価値基準が変わるこの時代にあって、是津教授と信州大学の材料科学が惜しみなく注ぎ込まれる信州ボルタには、明るい未来しか見えないように思いました。

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