信大同窓生の流儀 chapter.09 長野県松本市 梓川小学校教諭 麻和 正志さん信大的人物

“映画づくり”の手法を教育現場へ… 子どもたちの自主性を培うユニーク実践、22年目!

信大同窓生の流儀 chapter.09 長野県松本市 梓川小学校教諭 麻和 正志さん “映画づくり”の手法を教育現場へ… 子どもたちの自主性を培うユニーク実践、22年目!

志を持っていきいきと活躍する信大同窓生を描くシリーズ、第9回は映画づくりを通じた教育に22年間取り組んでいる梓川小学校教諭の麻和正志さんです。そのユニークな教育手法は問題解決能力や協働の精神を養うなど、児童に良い影響をもたらしているといいます。アカデミー賞を受賞したあの監督も注目しているのだとか。プロデューサー、ディレクター、監督、役者、大道具、小道具、衣装係…とほとんどの役割を児童が担い、クラスがワンチームとなってひとつの作品を作り上げる―。「総合的な学習の時間」で映画づくり教育に込める麻和さんの想いをお聞きしました。(文・佐々木 政史)

・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第148号(2024.11.29発行)より

問題解決、協働、自主性…子どもの様々な力を育む

「よーい、はい!」カチンコの音があたり一面に鳴り響く。迫真の演技をする役者、レフ板を抱えるスタッフ、真剣な表情で演技を追うカメラマン…。実はこれ、松本市梓川小学校6年4組の「総合的な学習」の授業の様子です。

その担任は信州大学教育学部の卒業生の麻和正志さん。映画づくりの手法を取り入れたユニークな教育に22年間取り組んでおり、これまでに授業で制作した映画は21本にもなります。子どもの問題解決能力や協働、自主性を育むとして各方面で高い評価を得ており、第96回アカデミー賞で視覚効果賞を受賞した「ゴジラ-1.0」の山崎貴監督も注目するほどです。

“麻和プロダクション”の最新作は、37人の児童で制作中の『八面大王の逆襲』という作品。地域の文化や歴史を背景に友達の大切さを描いた、特撮やVFXも駆使したSFファンタジーです。八面大王は安曇野市に伝わる伝説上の人物ですが、その存在を知らない児童は意外と多く、映画づくりを通じて地域の文化や歴史を知ることにもつながっているそうです。麻和さんが映画づくりで大事にしていることのひとつは、児童の自主性を尊重し、自らはサポートに徹すること。プロデューサーもディレクターも監督も役者もスタッフも全てを児童に委ねています。

「映画づくりを通じて成長して欲しいと考えています。つくり終わった後、児童はびっくりするほど逞しくなっているんですよ」と麻和さんは話します。映画は様々な役割や立場の異なる人がひとつの作品づくりに携わります。そのため、トラブルは日常茶飯事。そのトラブルを児童が自主的に話し合ったり協力したりしながら自分らの力で解決に導く―。麻和さんは映画づくりの教育的な効果を、日々実感しているそうです。

完成した映画は毎年まつもと市民芸術館で上映することになっています。自分たちが苦労して一からつくり上げてきた作品が大勢の観客から喝采を浴びる―。こんな最高の経験をすることで、「幼少期の人格形成に重要だとされている自己肯定感が育まれる効果もあるようです」と麻和さんは語ります。

一方で、絵コンテづくりなどの下準備や、編集などの作業は児童には難しいため、麻和さんがサポートしています。これがとても大変な作業で、映画づくりを今回きりにしたいと思うときもあるそうです。しかし、毎年春を迎えて児童に「映画づくりをやりたいですか?」と聞くと、必ず「やりたい!」と元気の良い返事が返ってくるので、「止めるに止められないんだよね」と顔をほころばせます。

児童の「やってみたい!」その声に応えつづける

麻和さんは公立中学校の美術教師として教師のキャリアをスタートさせましたが、1年目から生徒と映像をつくっていたそうです。中学校では担任したクラスの生徒と15分程度の短い映像作品をつくり、コンテストに送っていました。生徒が大喜びだったことから、やがて生徒会が学園祭のテーマを発表するための映像を毎年つくるようになったといいます。

そして、小学校に移ってからは、いよいよ映画づくりに取り組むようになります。きっかけは2002年に「総合的な学習の時間」が始まったこと。これまでつくった映像を児童に見せると「私たちもやってみたい!」と声が上がり、それから毎年映画づくりに取り組んでいます。同じ学校の先生からの反響も大きく、昨年は梓川小学校の他の4クラスが実際に映画づくりに挑戦したのだとか。

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撮影時の一コマ。役者もカメラ、照明等のスタッフも真剣そのもの。

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完成した映画の1シーン。上映会で観客から褒められることで児童たちの誇りになると言います。

信大生時代の経験に映画づくり教育の素地

ユニークな教育手法で注目を集める麻和さんですが、学生時代は漫画家やアニメーターになりたいと思っていたそうです。信州大学教育学部時代はアニメ・漫画研究会に入り、映画づくりを始めたのもこの頃から。初監督作品を上映すると会場は満員となり、これを機に映画づくりに熱中していきました。

教育に対しての熱意は、あるきっかけがターニングポイントになったといいます。山間地の少人数の小学校に実習に行く機会があったそうです。そこで、竹筒を加工して児童の人数分の水鉄砲をつくって持参したところ、児童が大いに喜び、帰り際に竹筒を振って送り出してくれました。「この時に教師の醍醐味に触れた気がします」と当時を振り返ります。アニメ・漫画研究会と山間地での教育実習、この2つの経験が現在の“映画先生”をつくる素地になっています。

麻和さんは「映画づくりなどの表現活動を通じた探究の取り組みが、長野県でもっと広がっていくことが私の願いです」と話します。映画づくりに取り組んでみたいと考えていても、どのように取り掛かればよいか分からなかったり、盛りだくさんな制作過程にハードルの高さを感じたりして二の足を踏んでしまう先生もいるそうです。麻和さんはそのような先生たちに、ゼロから劇映画をつくるだけでなく、例えば既存の映像を集めて作品にするなど、様々な手法を教育に取り入れられることを伝え、その可能性を探って広めていくことも自分の使命ではないかと考えています。麻和さんの活動を通じて、表現活動を通じた探究の取り組みが、今後どのように広がっていくのか楽しみです。

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