第2回 輝いてるね!キラリ大学院生 訪問日誌01信大的人物

先行研究の“余白”を埋めたい!―宮沢賢治作品をより深く理解するために

 岩手が生んだ詩人・童話作家である宮沢賢治。没後90年が経っても今なおその作品は教科書や様々な媒体を通して発信され、多くの読者を惹きつけてやみません。
 そんな宮沢賢治の魅力に惹かれ、学部生の頃から彼の作品や思想について研究を続けているのが、総合人文社会科学研究科 総合人文社会科学専攻 人間文化学分野修士課程2年生の玉田梨々花さんです。研究しているのは、100年近く前に宮沢賢治が記したとされる『農民芸術概論綱要』。多くの研究者がすでにさまざまな解釈を試みてきた本書で、いまだ触れられてこなかった“余白”について、独自の解釈を試みます。(文・平尾 なつ樹)
・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第145号(2024.5.31発行)より

全ての先行研究を紐解きたどり着いた研究テーマ

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宮沢賢治作品を好きになったのは大学生になってから。
玉田さん自身が社会について考えるようになったことで、宮沢賢治の魅力に気づかされたと話す。

 『農民芸術概論綱要』は、宮沢賢治が提唱した「農民芸術」の理念について論じた作品で、全10章、99行から成ります。本文には「おれたちはみな農民である ずゐぶん忙がしく仕事もつらい もっと明るく生き生きと生活をする道を見付けたい 芸術をもてあの灰色の労働を燃せ」とあり、新しい芸術の在り方が説かれています。これは日本を代表する作家である宮沢賢治が遺した唯一の芸術論とあって、数多くの先行研究があります。
 しかし、そんな本文にまだ先行研究で触れられていない“余白”があると指摘するのが、総合人文社会科学研究科 総合人文社会科学専攻 人間文化学分野 修士課程2年生の玉田梨々花さんです。テキストを研究するにあたり、手始めに先行研究の内容を全て読み込み(※学術情報データベース「Cinii」にて文献情報を確認)、それぞれの論考が作品のどこを引用・参照しているかを確かめたという玉田さん。合計200近い論文を読み込んだそうです。その結果、本文99行のうち24行は先行研究で言及されておらず、「本文評釈に余白が残されている」ことがわかったといいます。
 先行研究の穴を埋め、より精度の高い作品評価をするために、先の24行について研究しようと決意。昨年度は、その中でもまず農民芸術論にとっての“美”について解き明かそうと試みました。宮沢賢治の童話「おきなぐさ」と童話集『注文の多い料理店』広告文を手掛かりに考察した結果、“美”とは「微細な粒子が動き拡がる様子」を指しているという結論に至ったと話します。
 そしてこの解釈を、総合人文社会科学研究科(人間文化学分野及び心理学分野)の大学院生による研究発表シンポジウムで発表した結果、玉田さんの研究は優秀発表賞に選ばれました。この賞は、聴衆の教授と大学院生の投票によって選ばれるもので「多くの方に研究を認めてもらえて嬉しい」と笑顔で話します。

占有ではなく共有の時代現代に通じる宮沢賢治の思想に共感

 玉田さんが宮沢賢治の研究を始めたのは、彼の思想に先見の明を感じ取ったことがきっかけだったといいます。「今の社会を見ていて思うのは、潤沢な物資を一部の者が占有する時代は終わり、限りある資源を皆で共有していく時代に移っているということです」と玉田さん。『農民芸術概論綱要』を宮沢賢治は「富裕層に独占されてきた芸術を、広く農民へ開放することを説いている」といい、現代にも通じる思想だと感じたことが研究動機になったと話します。
 最先端の技術を追う自然科学分野とは異なり、100年近く前の文学研究は古いと見なされることも多いそうです。それでも「古きを研究する中でも新しいことをしている自負があります。今の時代だからこそ、宮沢賢治を研究する価値があるのではないでしょうか」と自身の研究に胸を張ります。
 コロナ禍の折、「文学は不要不急のものですが、だからこそ人間にとって決して手放せないものだと実感しました」と話す玉田さんの言葉には、宮沢賢治だけでなく文学全体への深い敬意と愛情がこもっていました。

ご本人から一言

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総合人文社会科学研究科
総合人文社会科学専攻 人間文化学分野
修士課程2年生
玉田 梨々花さん

 信州大学に進学するにあたって生まれ育った大阪から松本に移り住みました。大阪にいる家族や友達、恩師に自信を持って自分の取り組んでいる研究を報告したいという思いが、研究のモチベーションにもつながっています。修了後のことは未定ですが、どんな時も「おもしろがる」心の持ち方を大切にしたいです。「小さなことで思い悩まず、柔軟に」というのは賢治から学んだ姿勢の1つです。

指導教員から

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信州大学学術研究院(人文科学系)
澁谷 豊教授

 玉田さんは学部生の時から一貫して宮沢賢治を研究しています。今は特に『農民芸術概論綱要』を精緻に読解し、これまで知られていなかった賢治の一面を探っているところです。その成果の一部を示した昨年度末の大学院シンポジウムでの発表は高い評価を得、「優秀発表賞」を受賞しました。この調子でこれからもぜひ頑張ってください。
 そして、持ち前のチャレンジ精神と研究で培った豊かな知性で独創的な未来を切り拓いていってください。期待しています。

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