信大特許Vol.1 STOP!砂塵被害産学官金融連携

信大特許Vol.1 STOP!砂塵被害

信大特許Vol.1 STOP!砂塵被害


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 信州大学研究シーズを技術移転する(株)信州TLOは、特許技術の「見える化」として試作と動画制作に取り組み中(※1)で、信大NOWもこの「特許」関連の映像制作に合わせて特集を組んでいくこととしました。このたび映像制作の第一弾となった、農学部の鈴木純学術研究院(農学系)准教授が生み出した「寒天」の搾りかすを活用した、砂塵の飛散・風食防止と土壌の改良を同時に実現できる特許を紹介します。

 関東甲信地方の畑地周辺で多くみられる砂塵は、農作業はもとより、生活面や交通安全の面で深刻な問題となっていますが、その対策についてはどれも抜本的な解決には至っていません。鈴木准教授が生み出した長野県の特産品「寒天」の搾りかすを活用した砂塵の抑制方法は、まったく新しい対策技術です。


※1)平成29年度中小企業知的財産活動支援事業採択


(文・柳澤 愛由)

・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第107号(2017.9.29発行)より


この記事の内容は、映像でもご覧いただけます。(信大動画チャンネルより


信州の美しい田園風景が一瞬で異界に変貌する!

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長野県松本平の「サラダ街道」と呼ばれ、通常は美しい田園風景も砂塵が吹き荒れるとこのとおり。対向車すら見えない危険な状態が続く。

 長野県特産の高原野菜の広大な農地は夏には信州を代表する美しい風景ですが、強風が吹く春の訪れの頃に、その面影はまったくありません。乾燥した強風が、畑の地表の細かな土をさらい、砂埃として舞い上げ、砂塵が辺り一面に吹きすさび、たった数メートル先の車の姿さえ見えなくしてしまいます。

 この「砂塵被害」は、関東甲信地方の畑作地域で見られ、2月から5月下旬頃まで続きます。農作業、生活面への影響のほか、優良農地の表土減少といった問題も引き起こしています。長野県では、塩尻市から、朝日村、山形村を経て松本市に至る高原野菜の畑が連なる「サラダ街道」と呼ばれるエリアで、以前から深刻な問題となっています。

 この現象の大きな原因は、その土地の土壌特性にあります。関東ロームや信州ロームと呼ばれる火山灰土は、とても細かな砂の粒子を含んでおり、乾燥しやすい性質を持っています。このため、強風が吹くと飛散しやすく、砂塵となって舞い上がります。

 これまで、「ネットで覆う」とか、「ムギを植える」などの対策が講じられてきました。しかし、ネットで覆うことは、労力と材料費が大きい反面、効果が薄いといわれています。他方、ムギを植えるという抑制方法はムギが生えているうちはある程度の効果があったそうです。しかし、もともとはレタスなど別の作物の畑であるため、その作付けの前に砂塵防止用に育てた麦を土中にすき込んでしまう必要があります。そのため、すき込んだムギが分解するまでの約1ヶ月間は作付けができず、その間は結局砂塵被害が出てしまい、抜本的な解決には至っていませんでした。

信州の特産「寒天」の搾りかすはもとは海藻、自然素材!

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テングサなどの海藻を煮詰め、寒天の成分を搾り取ったかす。搾りかすは「おから」のようなもので手の中でこなれる。

 そこで、新たに鈴木准教授が開発した技術が、信州特産の「寒天」の搾りかすを使った資材を農地に被覆することによる砂塵の抑制です。

 寒天は、乾燥させたテングサなどの海藻を煮て、ろ過した煮汁を冷やし固め、さらにこれを寒冷乾燥した野外で脱水することで出来上がります。冬に冷涼で乾燥した長野県、特に茅野市をはじめとする諏訪地域で古くから作られてきた特産品です。鈴木准教授は、この寒天の製造過程で出る搾りかすに、無洗米の製造過程で出る「ハダヌカ(※2)」を混ぜ合わせ、この混合物を畑地に散布して表面を被覆するというシンプルな方法で砂塵を抑制できることを証明しました。

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実験協力で寒天の搾りかすを供給いただいている松木寒天産業(株)の松木社長(左)(右が農学部の鈴木准教授)。「もともと捨てられる資材が社会の役に立つ、それも廃棄コストがなくなるのなら願ったり叶ったりです」。取材にも積極的に応じてくださいました。

 もともと、鈴木准教授は、灌漑(かんがい)工学の専門家。土壌物理学や気象学なども応用した農業工学的研究を行ってきました。砂塵抑制の研究も、はじめは灌漑用水を農地にまくことで抑制できないかを検討しました。しかしながら「砂塵が舞う頃の松本盆地は、まだまだ早朝の気温が氷点下に下がることがある。そんな農地に水を撒くことは、土壌が凍結融解によってより細かな土の粒を増やすため、砂塵抑制の方法としては適当ではありませんでした」(鈴木准教授)。そこで別の方法を探索したところ、農地を回収が不要な資材で直接覆うことを考案、様々な資材の適用性を検討して、寒天の搾りかす+ハダヌカという組合せにたどりついたといいます。また、寒天搾りかすは、寒天メーカーにとっては産業廃棄物であり、その処分費用は1年間に数千万円もかかっていました。その有効活用という意味も持っています。

※2)精米しても米の表面に残っている粘着性のヌカ。無洗米は、そのハダヌカを取り除き製品化されている

散布実験で飛散防止と土壌改良の効果を確認!

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鈴木准教授の実験場。左が資材の散布前、右が散布後。表層があきらかに変わってくる。

 散布実験を繰り返し、効果の検証を行ってきた鈴木准教授。その結果、寒天の搾りかすとハダヌカを使ったこの方法は、畑の土を覆うことで物理的に砂塵を抑制すると同時に、土壌の粒を大きくし、砂塵を飛びにくくする効果もあることが分かってきました。つまり、現在特許を出願中のこの資材は、被覆による抑制と同時に、飛散しにくい土へと改良する効果を有している、画期的なものなのです。

 砂塵の抑制効果だけではありません。寒天の搾りかすの約95%は、寒天の製造過程で添加されるパーライトという鉱物です。ほぼ無機物であり、土壌にすき込んでしまえば、すぐに作付けすることができます。レタスをポット栽培した対照実験では資材をすき込んだ土壌でも、生長に差がないことが明らかとなりました。逆に、畑地にすき込まず、マルチのように利用すれば、土壌の水分保持、雑草防除、地温の急激な上昇の抑制などの効果が期待できます。


1年経過後の土壌のデータ

散布前と散布後にすきこんで1年経過後の土壌のデータ。右の20ミクロン以下の飛散しやすい土の粒が少なくなり、左の飛散しにくい大きな土の粒が多くなっているのが一目瞭然。

広域での効率的な散布も既にメーカーと協議中!

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バキュームタンクによる散布イメージ。「手すき和紙」の作り方にヒントを得て、散布資材を液状化することで効率的に均一的な散布が可能になるはず。現在メーカーと協議中だ。

 ただ、寒天の搾りかすも有限です。砂塵が発生しているエリアは広大であり、現状の方法では、全てのエリアでの散布量を賄うことはできません。そのため、現在、広域かつ効率的な散布方法の検討を始めています。

 その散布方法の原理は以下の通りです。寒天の搾りかすを使った資材に、多量の水を加えたものをバキュームタンクで散布します。水分を含み液状化した資材は地表表面を薄く覆い、水分のみが畑地に沁み込んでいきます。そうすることで、さながら「手すき和紙」の要領で、資材だけが畑地を薄く覆ってくれる、という仕組みです。

 この散布方法なら、これまで土壌から3㎝程度被覆が必要だった資材も、数㎜程度にまで抑えることができ、均一で効率的な散布が実現します。現在、この新しい散布方法や専用ノズルなどの開発を進めるため、長野県松本市に本社を置く農機具メーカー、(株)デリカと協議を進めています。実用化が間近にまで迫った今、費用負担の仕組みなど、具体的な方向性も探っていきたいといいます。

 日本は火山灰土で覆われた国。砂塵被害でお困りの地域は、ぜひ信州大学発の特許技術「寒天搾りかすを活用した砂塵抑制資材」の活用を、検討してみてください!

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