信大同窓生の流儀 chapter.16 善立寺(長野県塩尻市)副住職 合同会社DX4TEMPLES 代表 工学部卒業生 小路 竜嗣さん 信大的人物
DXでお寺の未来を拓く!? 元エンジニアで僧侶の挑戦

志を持っていきいきと活躍する信大同窓生を描くシリーズの第16回は、長野県塩尻市にある善立寺の副住職 小路竜嗣さん(工学部卒業生)をご紹介します。小路さん曰く、ご自身は“寺院デジタル化エバンジェリスト”。副住職を務めるだけでなく、全国のお寺のDXに取り組み、寺務改革の先駆者としてその活動が大きな注目を集めているようです。元エンジニアという異色の経歴を持ち、「DXを通じて、維持・存続の危機に悩むお寺の課題解決に役立ちたい」と熱い想いを抱いて精力的に活動する小路さんにお会いするため、塩尻市の善立寺を訪ねました。(文・佐々木 政史)
・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第154号(2025.11.30発行)より
お寺のDX伝道者、「寺院デジタル化エバンジェリスト」
善立寺の寺報「香蓮」。取材、写真撮影、記事執筆、誌面デザインまで、すべて小路さんが行っており、これらの技術は独学で学んだそうです。バックナンバーはウェブでも閲覧できます。
寺院デジタル化エバンジェリスト…。この耳慣れない独自の肩書で語る若き僧侶が、善立寺(長野県塩尻市) 副住職で、合同会社DX4TEMPLES 代表の小路竜嗣さん (39歳)。エバンジェリストとは、もともとは「伝道者」を意味する言葉。最近は特に最新テクノロジーを広く分かりやすく伝え、普及・啓蒙する人物を指すようです。「寺院デジタル化エバンジェリスト」は小路さんが作った独自の肩書で、まだDXに馴染みの薄いお寺業界にDXを普及させたいという想いを込めたといいます。
小路さんはこの肩書を背負って、全国のお寺のDX推進に精力的に取り組んでいます。寺務作業の効率化やSNSを使った適切な広報、お寺に特化したウェブサイトの構築などのノウハウや技術を、他のお寺の僧侶に向けて提供しています。「お寺のDXというと、お葬式をオンラインでやるとか、お経をロボットに読ませるとか、AIを使ってお釈迦様の姿を具現化しようとか、そういったことをイメージされがちですが、私が取り組んでいるのは、主にお寺の裏方バックヤードの部分と広報です」と小路さんは説明します。
その活動の範囲は、宗派や宗教の違いを越えるほどで、最近は福岡県の神道関係者に講義を行ったそう。また、これまでの活動が評価され、2023年からは大正大学地域構想研究所の客員研究員として、ITの基礎知識から昨今話題の生成AIの使い方まで、次世代の僧侶に向けた寺院D Xの講義を行っています。さらに、2024年からは「浄土宗総合研究所」の研究スタッフとしても活躍しており、僧侶のためのSNSの安全な使い方をテーマにした書籍づくりに取り組んでいるそうです。
コロナ禍の価値観変化が起爆剤に… 僧侶の意識を一変させたオンライン化
小路さんは兵庫県の生まれで、お寺の経営とは無関係の一般家庭で育ちました。信州大学では工学部と大学院で、物と物の滑りやすさを研究する「潤滑工学」を専攻。大学院修了後は、エンジニアとして大手精密機器メーカーに就職し、商業印刷の部署で働いていたそうです。そんなお寺とは縁もゆかりもなかった小路さんが僧侶になったのは、妻の実家が善立寺だったため。結婚を機に後継ぎとしてエンジニアから僧侶へ転身するため、京都、鎌倉、東京で約3年間の厳しい修行に励んだそうです。
その甲斐あって見事に善立寺 副住職となった小路さんですが、お寺の運営に関わるなかで、寺務作業の多さに驚いたといいます。お坊さんというと、お葬式や法事などで御経を上げているイメージが強いですが、お檀家さんへの配布物の作成や、墓地に関する情報管理など、実は寺務作業が膨大にあり、小路さんはエンジニアだったこともあり、ITの力で効率化できないかと考えたそう。「善立寺の墓地管理をExcelでデータ化し、業務時間を10分の1に短縮したことで、お檀家さんとの対話の時間が増えました。DXの本当の価値は、効率化ではなくコミュニケーションを取り戻すこと」と印象的なエピソードを振り返ります。
善立寺のDXに取り組み、やがて成果が出てきました。すると、他のお寺からも相談を受けるようになり、手ごたえを掴み始めた小路さんは2016年頃から寺院デジタル化エバンジェリストの肩書をつけ、広くお寺のDXに取り組んでいこうと活動を強化しました。
ただ、最初は順調ではなかったそうです。東京でインターネットプロバイダー会社と僧侶向けの寺院DXセミナーを開催しましたが、集まった参加者は200人収容できるホールにわずか6人だったそうです。
転機になったのは、コロナ禍でした。3密回避のために、オンライン会議の導入など、日本中がDX推進へ舵を切るなか、お寺業界でもDXへの関心が一気に高まったそう。改めて、寺院DXセミナーを実施したところ、今度は満員近く集まって、「僧侶のDXに対する意識が180度変わったことを実感しました」と小路さんは振り返ります。
DXで寺務仕事を省力化 「継ぎたい」と思える寺院づくりへ
小路さんが、寺院デジタル化エバンジェリストの活動に精力的に取り組んでいる大きな理由は、「DXで寺務仕事を省力化することで、お寺を継ぎたいと思う人を増やしたいから」だといいます。
お寺は企業などとは違って基本的に定休がなく、いわば365日・24時間営業だそうです。それにも関わらず、多くは住職1人、よくて副住職との2人体制で職務に当たっています。そのため、余裕がなく、家庭や私生活を犠牲にせざるを得ない僧侶も多いというのが実情で、「残念ながらワークライフバランスという概念はないし、余裕がないから新しいことに挑戦しようと思える環境にありません」と小路さん。こうした状況に加えて、日本の人口減少もあって、加速度的に後継ぎが減っており、数十年後には3割のお寺が消滅すると言われているそうです。既に過疎化が進んでいる東北地方などでは、後継ぎがいないことで、一人の住職で複数のお寺を管理するという大変な状況にもなっているところもあるそうで、「現実を少しでも変えたい」と小路さんは話します。
そんな小路さんですが、ここにきて、ようやく歯車が嚙み合い、大きく前に進んでいる実感があるそう。昨年、個人事業主としての活動からより事業を拡大していくために、合同会社DX4TEMPLESを設立し、飛躍へ向けた意欲は充分です。
「僧侶になり、地域密着のお寺として頑張って活動しているところが全国に沢山あることを知りました。そのようなお寺がひとつでも多く維持・存続していくように、寺院DXに取り組んでいきたい」そう小路さんは力強く話してくれました。

