地域と歩む。上田市 ~"蚕都から学術・産業都市へ上田市の発展と共に刻む歴史"上田市と信州大学 ~地域コミュニケーション

信州大学広報誌「信大NOW」第85号(2014.1.31発行)より

地域と歩む。上田市

 東信州の中核都市である上田市と信州大学は、平成17年の包括的連携協定の締結以降繊維学部を中心にいくつもの産学官・地域連携事業や、医学部を中心とした上小医療圏地域医療再生計画の取り組み、市民健康講座の実施など、多様な連携事業を進めてきた。
 その特徴は、①スタート時点から信州大学だけでなく、上田市内にある長野大学、上田女子短期大学、長野県工科短期大学校などとの共同で大学と地域との連携の在り方を模索してきたこと、②〝学生の街〟を目指す上田市の意向もあり、学生と市民との交流に力点をおいた若々しく創意的な取り組みが多いこと―などが挙げられるだろう。
 上田キャンパスの繊維学部は、上田市が蚕糸業の拠点="蚕都"としてその名を誇った頃、日本の蚕糸業の発展を目指して上田蚕糸専門学校として産声を上げた。1910年(明治43年)のことだった。以来、繊維関連産業の盛衰の中、上田地域の人々や産業と共に歩んできた。そうした歴史を継承し、信州大学設立以降も、全学と上田市との連携の先頭を担ってきたのである。
 本特集では、(1)伝統産業の現代的な復活を目指す「蚕飼姫プロジェクト」、(2)オンデマンドリメイクの手法で街に元気もたらす「ハナサカ軍手ィ」プロジェクト、(3)感性工学の教育研究を活かして市民との共同で絵本作りを進める「共創デザインラボ」、そして、(4)東信地域の産学官・地域連携、インキュベーション支援などで活躍するAREC(浅間リサーチエクステンションセンター)の取り組みを紹介する。

(文・毛賀澤 明宏、奥田 悠史)

軍手ィプロジェクト

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軍手ィプロジェクトのメンバー(真ん中が代表の藤井さん(当時))

大学での学びを生かし地域へ恩返し

 「大学で学んでいる事を生かして、地域に貢献したい。そして地域の子ども達に笑顔になってもらいたい」。ハナサカ軍手ィプロジェクトの代表で信大繊維学部3年の藤井知奈美さんは意気込みを語る。

 同プロジェクトは、繊維学部の学生有志団体「オンデマンドリメイク」が運営しており、現在は16名の学生で活動している。独自にデザインしたカラフルな軍手「軍手ィ」を制作・販売し、その売上げで子ども用の「ちび軍手ィ」を作り、上田市を始めとする県内の小学1年生にプレゼントしている。2012年度は、上田市を始めとする全6市町村で約9,000双のちび軍手ィを配布した。
 デザインは毎年リニューアルしており、全員で案を出し合い決定する。見た目の華やかさだけでなはなく、それぞれターゲットを考え、その人のニーズを想像した色使いやデザインに注力している。「自分たちが学んでいる感性工学と いう分野を生かして、人が持っている感性と製品の使い易さを考慮し、色のトレンド等を考えながらデザインしています」と藤井さんは語る。

子ども達の笑顔が原動力

 良いデザインを作っても、「軍手ィ」を販売しなくては、ちび軍手ィを子ども達に配れない。学生達は、授業やバイト、部活などの合間をぬい、上田市内の小売店を回る営業活動から品物の管理まで全て行なっている。くじけそうになることもあるという。しかし、子ども達にちび軍手ィを配り、喜んでもらえる事が何よりの原動力。毎年12月には、上田市内の小学校でちび軍手ィの贈呈式を行なっている。「子ども達の嬉しそうな顔を見るだけで疲れが飛んでいきます。少しは地域に貢献出来ているのかな、と感じる事が出来るんです」と藤井さんは笑う。

 こうした地道な活動により、軍手ィの輪は少しずつ広がってきている。県内での販売場所も100カ所を超えた。更に今年度からは、上田市の鹿教湯温泉のキャラクター「かけ爺」とのコラボやサークルKサンクス、モンスターハンターなど様々な連携が実現している。繊維学部学生発信の活動が今や全県下、県外にまで広がってきている。軍手ィの輪が更に広がり、多くの子ども達の手を温め、「軍手ィプロジェクトを通じて地域の繋がりが強くなっていけば嬉しい」と藤井さんは今後の目標を語った。

蚕飼姫プロジェクト伝統産業上田紬で地域活性へ

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蚕飼姫プロジェクトでの給桑風景

上田紬の原料繭生産を地域住民と共に

 上田市の伝統産業である「上田紬」。この上田紬を、養蚕・製糸(蚕の飼育・糸の製造)から製品化まで一貫して上田市内で行う、まさに「Made In All上田」復活の取組みが進んでいる。名付けて「上田紬活性化支援事業」。同事業は、信大繊維学部や上田商工会議所が上田紬織物事業者などと連携して、原料供給=「川上」から、紬の製造・マーケティング=「川下」までをプロデュースしている。産学官が一体となり、“蚕都上田”の復活を目指しているのだ。

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育てた蚕の繭で作った生糸

 日本の養蚕業は、生活の変遷や海外からの安価な繭・生糸・シルク製品の輸入によって衰退の一途を辿ってきた。生糸の自給率は、国内消費量の1%にも満たない状況だ。こうした中、かつて養蚕業が盛んだった上田地域で繭生産を復活させようと2013年度、同事業の柱として「蚕飼姫プロジェクト」が発足した。公募によって集まった一般市民と繊維学部附属農場が協力して原料繭生産のための蚕飼育を行なう。春と秋2度にわたり開催し、延べ50名程の参加者が集まり、6万頭の蚕を当番制で飼育した。蚕を飼育箱に移すところから桑の葉をくべる給桑や糞の掃除、成熟した蚕を蔟に移して繭を作らせる作業「上蔟」、さらに繭の収穫など一連の作業を、繊維学部の金勝廉介名誉教授、茅野誠司技術長の指導のもと1ヶ月に渡って行なった。春には約80kgの繭がとれ、約17kgの白く美しい生糸が生産された。

 同事業副実行委員長で繊維学部の森川英明教授は「今回のプロジェクトは養蚕の復活ということだけでなく、大学と地域の人たちが積極的に連携し、一般市民の方々にも養蚕や繊維も含めた蚕糸科学に興味を持ってもらい、ひいては自分達の住む蚕都上田に深い理解と誇りを持ってもらうきっかけになればと思っています。」と話す。

上田紬の魅力を科学し、ニーズの掘り起こしへ

 上田紬の魅力を広く発信するために、繊維学部では感性工学の技術を用いた分析評価なども行なっている。「他の紬に比べ上田紬は、丈夫で日用使いに向いており、色使いも自由に出来るのが特徴」と繊維学部の上條正義教授は話す。上田紬は、結城紬、大島紬と並び日本三大紬としても有名だ。その中で結城紬・大島紬は高級紬として有名であり、派手な色使い等はされていない。対して上田紬は少しカジュアルな和服生地として時代を超えて人気だ。日用的に使い易い鞄や帽子、服などを新たにデザインし製造することで、より多くの人に使ってもらいたいという。

 上田紬の川上と川下を整備し新たな需要やニーズの掘り起こし、今後は市内の眠っている桑畑の利活用も進める考えだ。プロジェクトの参加者の中にも、蚕室や桑畑がある人もおり、「養蚕を辞めて数十年経ったが、その間に飼育方法や蚕の品種も向上している。また飼い始めたい」という言葉も聞かれた。繊維学部が持つシーズと事業者、市民が連携する事で、化学反応が起こり、蚕都上田の復活に向けて着実な歩みを進めている。

AREC(浅間リサーチエクステンションセンター) 産学官・地域連携拠点のニューモデルとして高い評価を受ける

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ARECプラザ

AREC自体が地域連携の賜物

 繊維学部のキャンパスには、繊維学関連を中心に工学・農学・医学、さらには人文領域へ及ぶ企業・行政・大学を結ぶ産学官・地域連携の拠点が二つ存在する。 ひとつは、繊維学部ファイバーイノベーション・インキュベーター施設(通称Fii)。信州大学が設置し、ファイバー・素材工学を中心に、主にナショナルワイド、あるいはワールドワイドで事業を展開する企業との共同研究・新商品開発を進めている。

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AREC事務局長兼産学連携コーディネータ
信州大学繊維学部(産学官地域連携)、工学博士
岡田 基幸 特任教授


大阪市出身 信州大学繊維学部卒 大学院工学研究科修了平成9年上田市役所入庁、以来13年間地域における産学官連携の業務に専従。平成22年3月上田市役所を退職し、現職に専従。

 そしてもう一つが、今回紹介するARECだ。こちらは、上田市をはじめ地域の行政と産業界が協力して、国立大学の中に連携支援施設用の建物を設置した全国でも先駆的な例。運営は、繊維学部の教員経験者や卒業生、関連地元企業などでつくる一般財団法人浅間リサーチエクステンションセンター(以前の財団法人上田繊維科学振興会から名称変更)が行っている。併せて、180社超の産学官会員企業組織のARECプラザの運営も行っている。(現在ではAREC・fiiプラザとして、fii運営も行っている)。

 平成12年、ARECの母体になる上田市地域産学官連携推進協議会が発足。平成14年に施設が竣工し、同協議会はARECプラザへと名称変更された。以来、現在の次世代ファイバー工学への世界的な注目の高まりを予見するかのように、繊維学を中心に信大の全学部と、上田市をはじめ東信地域の企業や行政との連携を進めてきている。

 前述した旧上田繊維科学振興会自体が、それまでの信大と地域企業との連携の成果であったが、このARECの開設・事業スタートによって、産学官・地域連携は新たな次元に飛躍したと言えよう。

目覚ましい活躍で数多くの賞を受賞

 ARECは開設以来、上田市役所や上田商工会議所、また長野県テクノ財団浅間テクノポリスなどとも協力しながら、信大を核にした地域企業の連携ネットワークの構築を進め、2014年初頭までに、全県下(一部県外も含む)218社・団体が加盟している。建物内にあるレンタルスペースも17部屋が満杯の盛況ぶりだ。

 取組みは実にユニークで、日常的に信大の研究者と企業・行政とのマッチングコーディネーターを務める他、加盟企業間の情報交換と相互研鑽を図るリレー講演会は、実に開始以来150回近くに及んでいる。講師数総勢約380名、参加者は延べ5,600人にもなる。この継続的な取組みが上田地域のモノづくり企業の活性化につながっていることは多くの経済人が認めるところだ。

 その他、会員企業の相互訪問見学会、人事総務ネットワーク会議、医療・介護機器商品化の研究会、生物資源利用・環境関連の研究会、各種技術研修会・セミナーなど盛りだくさんの取組みを進めている。地域中小企業の人材確保・定着支援事業や、農商工連携人材育成事業、地域力連携拠点事業など、多くの経済産業省の補助・受託事業を実施している。

 このような取り組みへの各界の評価は高く、平成21年には事務局長で繊維学部特任教授も兼務する岡田基幸さんが文部科学省の第1回イノベーションコーディネーター大賞で文部科学大臣賞に輝いたほか、地域力連携拠点事業優秀拠点関東経済産業局長賞(平成20年)、中小企業庁が全国の優れた創業支援などの取組みを表彰するJAPAN Venture Awards2007地域貢献賞(平成19年)など、多くの賞を受賞している。

「大学と若者の力を地域づくり活かして」

 このARECの取組みを先頭で牽引するのが繊維学部卒―大学院工学研究科修了の岡田基幸AREC事務局長だ。繊維学部をはじめ信大の多くの教職員・学生と、地域企業・地域社会との繋がりを作り出してきた岡田さんは「信州大学には多くの研究シーズと優れた人材があり、地域社会や企業の皆さんは、その力を発揮してくれることを待ち望んでいます。学生や卒業生、それにつながる若者の力で、大学と地域・企業との接点を広げて行くことができれば、〝学生の街・上田〟は、さらに大きな飛躍ができると信じています。ARECはそんなお役に立ちたいです」と笑顔で語った。

繊維学部内に建つAREC
日常的に産学の連携が進む


AREC


産学官連携の推進のため、企業が信州大学内の研究情報拠点として使用するレンタルラボや、共用ミーティングルームなどが整備されたARECの建物。上田市の繊維学部キャンパスの中にある。

活発なリレー討論や講演会
守備範囲は広い


守備範囲

リレー講演会や各種研究会・講演会は毎回ほとんど満員の盛況ぶり。CADシステムの使用方法など実践技術的なテーマから、ファイバー工学や先端素材工学、バイオテクノロジーなど守備範囲はとても広い。

話題の植物工場に焦点を当てて
連続セミナーなども開催


先端植物工場

繊維学部が所有する先端植物工場を活用した次世代農業=植物工場の多角的検証なども行っている。 地域の農業関係者だけでなく、モノづくり企業や流通業の関係者も多く参加し、植物工場の現状と展望について意見を交換している。

地元企業と密接に連携
現場の声に耳を傾ける


地元企業と密接に連携

地域企業との産学連携に焦点を当てているため、上田市をはじめ東信地域の様々な業種の企業と関係が深い。写真は東信地域の漬物業者の視察の際に、パッケージやラベルについて参考意見を求める若手事業者。

U-Iターン促進のため
多様な活動を展開


U・Iターン

地元企業への若者の定着、U・Iターンの促進のための取組みにも力を入れている。写真は、ARECも協力して東京で開催した信州の若者1000人会議のひとこま。信大生も信州の魅力発信に尽力した。

農商工の連携でも
橋渡し役を果たす


農商工の連携

農・商・工の異業種連携でも橋渡し役を果たしている。LEDを使用した新種のキクラゲ栽培のサポートも耳に新しい話題。写真は、商工者とともに上田市丸子の直売所「あさつゆ」を視察した際のもの。

市民と共に創る手作り絵本「共創デザインラボ」

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製作日にはオリジナル絵本を求める市民と、製作側の学生スタッフが十分に意見を交わして、納得のいく絵本作りを進めている。

 「オリジナルの絵本をお求めのお客様と対話を重ねることで、出来上った絵本の感性価値が高まると思います」と語るのは繊維学部の学生でつくる有志団体=「共創デザインラボ」代表の清水甲斐君(繊維学部3年生)。

 感性工学課程の学生が中心で作るこの団体は、大学で学ぶ感性工学を現実の社会の中で実践・実証することを目的に、オリジナルの絵本を求める市民と、ライター・デザイナー・プロデューサー役の学生たちとの共同・共創(ともに創ること)で、絵本製作を進める。春と秋の製作会があり、それぞれ2~3組のお客様を迎え、合計約6冊の絵本を製作している。

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ストーリーや絵図についても、どのようなコンセプト・雰囲気にするか意見を交換する。デザインや色合いの話は難しいという。

 スタートしたのは平成19年。感性工学課程での教育・研究の成果を活かしたいという大学・学生側の意欲と、信大の若い力を地域に活かしたいという上田市の期待がマッチして、上田駅前の上田図書館情報ライブラリーの一角を利用させてもらっている。年2回の製作会の開催に向けては、オリジナル絵本の製作を求める市民を上田市報などで募集もしている。

 スタッフの祖父ぐらいの年配の方が、ご自身のおじいさんから聞いた民話を絵本に残したいと申し込まれたり、3歳のお子さんをお連れのご夫婦が、お子さんが大人になった時に「こんな時代があったのか」とふり返る素材を作りたいとお越しになったり、要望は様々。「お求めになる方と作り手が製作プロセスを共有することで、制作されるモノには金銭では換算できない価値が生まれることを実際に感じています。そういう人と人とのつながりが広がっていくと素晴らしい社会になるのではないかと思います」と前代表の石田小菜美さん(感性工学課程4年)は話す。

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