もっともっと研究LOVE!深掘り!大学院生。第3回 DOCTOR & MASTER訪問日誌 05信大的人物

総合医理工学研究科 総合理工学専攻 山岳環境科学分野 博士課程2年生 鏡 平さん

農ある暮らしで豊かな農村を “市民農園”の可能性を探求中!

畑を耕し、種を撒き、実った農作物を収穫し、日々のデスクワークで凝り固まった身体を解きほぐして気持ちの良い汗を流す―。そんな農ある暮らしを気軽に実践できる場として、「市民農園」※へのニーズが高まっています。その学術的な研究は都市圏を対象としたものにとどまり、農村での実態はあまり調査されていないそうです。先鞭をつけようとしているのが、総合医理工学研究科 総合理工学専攻 山岳環境科学分野 環境共生学ユニット農村計画学研究室 博士課程2年生の鏡 平さん。農村での市民農園を通じた地域づくりや豊かな暮らしの可能性を探求しています。(文・佐々木 政史)

※ここでは「非農家が農ある暮らしを定期的に実践できる場」と定義し、区画貸し方式や共同作業方式などを総称して、市民農園とします。

・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第151号(2025.5.30発行)より

農村住民向け市民農園の実態を明らかに

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「交流菜園」で土に触れながら“農ある暮らし”を楽しんでいます。

農村では農業従事者が減少し、耕作放棄地の増加などの問題が深刻化しています。多くの地域では、農家を増やそうと施策を講じていますが思うようにいっていないというのが実情のようです。一方で、職業としてではなく、趣味や暮らしの一部として農に関わる非農家が増えることで、耕作放棄地の活用に加え、生活の質の向上などにつながることが期待されています。こうした農ある暮らしを実現するものとして、市民農園があります。区画貸しで好きな野菜を自由に栽培したり、専門家による指導のもとで会員が共同で栽培するといった形態がありますが、農地を持たない非農家でも気軽に農に触れてその楽しみを享受できることが特徴です。

これまでの市民農園の研究は主に都市圏を対象としており、地方の農村にはほとんど焦点が当たらず、その実態は明らかにされてきませんでした。しかし、近年は農村でも非農家や移住者のあいだでニーズが高まっていることから、鏡 平さんは、農村での市民農園を通じた地域づくりや豊かな暮らしの可能性について研究しています。

直近の論文では、長野県を対象に農村での市民農園の実態調査を行い、その内容をまとめました。県内77市町村へ電話調査や現地調査を行い、農村地域の291の市民農園について、「立地形態」「施設状況」「実施体制」の観点から類型化。その結果、多くの市民農園は、トイレや休憩施設などの整備が不十分であることや、市町村で管理しているものが多いことなどが分かったそうです。一方で、初心者向けの講座を開いているものや、キャンプ場を併設しているもの、利用者が自ら主体的に運営に参画しているといった特徴的な事例があることも分かりました。

また、非農家や移住者が農ある暮らしを実践するためには、区画貸しにとどまらず、農作物の栽培技術や農村で暮らすために必要な知恵や技術などを学べる仕組みを備えていくことが今後重要であると考えられたそうです。

農ある暮らしとの出会いは海外バックパッカーひとり旅

鏡さんが農ある暮らしや市民農園に興味を持ったきっかけは、学部2年次の海外へのバックパッカー旅行でした。ロンドンでアーティストが多く住む地区の路上生活者が、お金はなくても小屋の前に小さな畑をつくって野菜や花を育てている光景を見て、畑を通じて豊かな暮らしをつくろうとしていることに心を揺さぶられたそうです。帰国後には大学の近くに畑を借りて、自らも農ある豊かな暮らしを実践しました。「大学から帰宅する途中で畑に寄って過ごす時間が豊かで楽しかった」と鏡さんは振り返ります。また、コロナ禍で自宅待機の際には、畑が仲間と集まり汗をかく息抜きの場に。「一人暮らしで行き場のない中で、本当に救いだった」と、改めて農ある暮らしが持つ非常時の強靭さを実感したといいます。

鏡さんは、今後これまでの研究をさらに深堀していこうと考えています。市民農園を卒業して実際に農ある暮らしを実践している人に、その暮らしぶりや課題、現在に至るまでの経緯などを取材し、実践例を踏まえて「農的な暮らしの入り口としての市民農園の可能性を探っていきたい」と鏡さんは意気込んでいます。

研究とは別の顔

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実はバンドマンという研究者とは別の顔を持っています。4人組のロックバンドを組み、そのなかでギター・ボーカルと作詞作曲を務めているそう。バンド名は「THE LILLY WOOD」。和訳すると、ゆりの木。信州大学伊那キャンパスの「ゆりの木並木」が由来だそうで、鏡さんの信州大学愛が感じられます。

バンドは学部生からずっと続けているそうです。メンバーが就職で県外に出るなどして、「以前よりは少なくなった」としながらも、それでも数か月に一度は伊那市駅近くのライブハウス「GRAMHOUSE」で、観客の前に立っているといいます。

代表曲は「笑い泣き」。最近、伊那ケーブルテレビジョンのラジオ番組でもオンエアされました。奨学金の受給が不確定で、博士課程に進むか就職するか葛藤していた時に書いた曲。家族や大事な人のことを考えると研究が手に付かないくらい不安な日々のなかで、「どんな途を歩もうと、涙が出るほど笑える日々を積み重ねていくしかない―」そんな想いを曲に込めたそうです。

院生あるある

博士課程の学生を対象とした奨学金「SPRING」の受給資格者を集めた合宿に参加したときのこと。参加者同士で「わかる!」と口を揃えたことがあったそう。それは、研究のアイディアが閃いて目覚めることがあるということ。「きっと、夢の中でもずっと研究のことを考えていて、寝ている間に整理されるんですね。寝ることも研究にとっては重要ですので、めちゃくちゃ寝ます」と鏡さんは笑います。夜22時には床に就き、7時間半から9時間はたっぷり睡眠をとるそうです。

ご本人から一言

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「鏡 平」という名前は、北アルプスにある鏡平山荘が由来です。そんな山や自然が大好きな両親の影響もあり、小さい頃から人生のテーマは「人も自然もハッピーな世界に」でした。「市民農園を切り口に農村の新たな在り方を探る」という大学院での研究を通じて、少しずつですがこのテーマへの自分なりの回答に近づいている実感があります。

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愛器グレッチのG5420T。きつめのディストーションでも柔らかな音がお気に入り。

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鏡さんのマストアイテムは名刺入れ。研究のためにフットワーク軽く出かけ、様々な人に会いに行くことが多いそうです。

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鏡さんは農ある暮らしについて、研究だけでなく、それを広めるための活動にも力を入れています。その一環として、大学裏の空き家を動画共有サイトを参考にしながら友人とセルフリノベーションし、ここを拠点に、ピクルスづくりや草木染などの農イベントを昨年まで主宰していました。

指導教員から一言

信州大学学術研究院(農学系) 内川 義行 准教授

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鏡くんの長所は困難に立ち向かい、それを乗り越える力が強いことだと思います。一般的な学生なら諦めそうなことでも、鏡くんはなかなか諦めずに、目標に対して向かってゆく。もちろん苦労はあると思いますが、自然体のように取り組めるところが素晴らしいと感じています。一方で、粘り強さは、少し間違えると、こだわりにもなります。研究では、それまでの考えを一度まっさらにすることで、新たな地平が広がることもありますので、こだわりを一度置いて、視野を広げる技術を身に付けると、より研究が飛躍するのではないかと期待しています。

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