ヒトとモノの調和で生まれる幸福感 なじむ感性を科学する!?信大的人物

 モノは購入時に最も価値があり、使用するにつれて経年劣化して価値が下がる。一般的にはそのように考えられていますが、使用するにつれてヒトとモノが“ちょうどいい感じ”に馴染み、個人にカスタマイズされた良い製品になるのではないか―。「使い心地」の研究を発展させ、次は「なじむ」を突き詰めたい…感性工学の観点からこの究極ともいえるテーマに取り組むのが、繊維学部 先進繊維・感性工学科 感性工学コース 吉田宏昭教授です。“経年優化(!?)”とも言える新たな付加価値の創出を目指す研究に注目が集まっています。(文・佐々木 政史)

・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第140号(2023.7.31発行)より

mr yoshida1.jpg

信州大学学術研究院(繊維学系)
繊維学部 先進繊維・感性工学科 感性工学コース
吉田 宏昭 教授

Profile
研究分野は感性工学、デジタルヒューマン、バイオメカニクス
京都大学、米国留学、産業技術総合研究所
その後信州大学繊維学部助教、同准教授を経て2019年より現職

椅子、ランドセル、眼鏡、靴… 「使い心地」に多くの共同研究依頼が

 「やはり誰かを笑顔にしたいからですね」。研究の目的についてこう話すのは、先進繊維・感性工学科 感性工学コースの吉田宏昭教授です。
 吉田教授の研究分野は、モノの使い心地評価。メーカーの協力依頼を受け、商品開発段階における使い心地評価を数多く手掛けてきました。これまでの実績は、椅子やバイクの座面、ランドセル、リュックサック、眼鏡、寝具、筆記具、靴、パソコンなど、実に多種多様。「企業からの依頼には、基本的に来るもの拒まずという姿勢でいます」(吉田教授)という包容力からでしょうか、メーカーからの共同研究の依頼が引きも切らずに寄せられています。

pic6.jpg

感性計測の方法は多種多様、各種センサーも活躍

 研究対象とする製品の種類が多岐に及ぶため、使い心地の計測方法も様々です。ユーザーアンケートに加え、各種センサー類を活用しています。
 例えば、かばんのフジタ(山形県)の依頼を受けて行ったランドセルの使い心地評価の研究では、加速度センサーを活用。身体とランドセルにセンサーを貼り付け、使用時の動きの様子を観察しました。吉田教授の熱意に動かされ、カバン店の専務のお子さんが山形県からわざわざ来て実験に協力してくれたと言います。
 また、椅子の座り心地評価では、圧力を測ることができるシート状のセンサーを活用。試作品の座面にセンサーを敷いてお尻に掛る体圧分布を計測し、できるだけ体圧が分散する形状を探りました。
 衣服の着心地評価では、衣服圧を計測できるエアパックセンサーを活用。衣服と身体の間にセンサーを張り付け、動作時の衣服圧を計測して製品開発に活かしたと言います。

“なじむ”は究極の心地よさ。もしかしたら感性工学の新領域!?

pic4.jpg

 吉田教授の目下の関心は、“なじむ”という概念です。
 そもそも、なじむとはどのような状況でしょうか。人がモノを使用するなかで、「モノがユーザーに合わせて変化する」、あるいは「ユーザーの方がモノに合わせて使い方を変える」ということがあります。そして、こうした結果として、ユーザーとモノが一つに調和する、これこそが“なじむ”ことだと吉田教授は説明します。
 一般的に製品は使い始めの新品の状態がピークで、それ以降は経年劣化していくと考えられています。しかし、モノとユーザーが馴染むことで、使用につれて一体感が高まり心地よさが増す“経年優化(!?)”とも言える状況になるわけです。これまでメーカーは販売時点での価値の訴求に終始していた部分が大きいのが実情ですが、販売後の馴染むことまで考えた展開ができれば新たな付加価値の訴求が期待できます。例えば、身に付ける時間の長いランドセルや眼鏡、靴などは、こうした“なじむ”という感性を伴った付加価値付けに向いていると言え、実際に吉田研究室ではなじむ感性について共同研究を次々と開始しているそうです。
 心地よさは個人で異なります。つまり、究極の心地よさは、個人にカスタマイズされたもの。“なじむ”は、まさに使用を通じて個人にカスタマイズしていくということであり、感性工学が目指す究極の心地よさを実現するものと言えそうです。感性工学の新たな発見とも言える“なじむ感性”の研究がどのように展開していくのか、吉田研究室の今後の取り組みから目が離せません。

ページトップに戻る

MENU