未来の産後うつを予防する(信州大学医学部 周産期のこころの医学講座 村上 寛 講師)特別レポート
未来について考える共創ゾーン 「フューチャーライフエクスペリエンスステージ」で講演
大阪・関西万博には未来の暮らしを体験し、参加者全員で未来について考える共創ゾーン「フューチャーライフエクスペリエンスステージ」が設けられています。6月26日、このステージに信州大学医学部「周産期のこころの医学講座」の村上講師が登場し、”未来の「産後うつ」を予防する”をテーマに講演。会場に詰め掛けた多くの来場者との活発な質疑応答もあり、大いに盛り上がりました。(文・佐々木 政史)
・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第153号(2025.9.30発行)より
当事者だけでなく様々な人が参加し、意見を述べたことはとても意義深いこと
これまでも産後うつの理解促進に向けて様々な場所で講演会を開催してきましたが、産婦人科などの専門職の方々に向けたものが大半でした。今回は一般向けで会場も万博ということで、正直どうなるか不安もありましたが、用意した席は満員となり、大きな手ごたえを掴むことができました。
特に、産後うつの当事者や妊婦ではない方も含めて、幅広い世代で、男女問わずご参加いただき、積極的に意見を述べていただけたことは、とても意義深かったと思います。未来の産後うつを予防するためには、当事者や妊婦ではない方も含めて、様々な方がこの問題を考える必要があるからです。今回のイベントが未来の産後うつの予防に少しでも貢献できれば幸甚です。
大事なことは 辛さにしっかり寄り添うこと
気分の落ち込みや無気力、強い不安やイライラ、食欲や睡眠の異常、赤ちゃんへの関心の低下_。妊産婦や父親の中には、周産期にこうした「産後うつ」の症状に苦しむ人が1~2割程度いると言われており、国内だけでなく国を越えた共通の問題となっています。こうしたなかで、今回、信州大学医学部 周産期のこころの医学講座の村上寛講師は、大阪・関西万博のフューチャーライフエクスペリエンスステージで、「未来の産後うつを予防する」というテーマで講演しました。
村上講師は、妊娠中と出産後において、妊産婦や父親のこころの状態や配慮するべき点について解説。「お腹の中に赤ちゃんがいるのだから○○することは当たり前」だとか、逆に「○○は控えなくてはいけない」といったように、妊娠中の女性には大きなプレッシャーやストレスが掛かっている問題について言及し、臨床のなかでも、そのような相談が多く寄せられていることを伝えました。
これに対して、会場からも、「お酒が好きなので、妊娠中に飲めないことはつらいけれど、さらにそのような時にパートナーが気兼ねなく飲んでいると寂しい気持ちになる」「タバコが好きだったけれど、妊娠して赤ちゃんへの影響を考えて止めた。今も実は吸いたいけれど、頑張って我慢している」と共感する声が挙がりました。
村上講師が「好きなことを止めることは相当な努力が必要になり、本当にすごいことです。パートナーや周りの人は正論をぶつけるのではなく、辛さに寄り添うことが大事だと思います」と理解を示すと、司会のフリーアナウンサー本間香菜子さんが「寄り添うとは、具体的に?」と深掘り。村上講師は他のリフレッシュ方法を見つけることを提案し、「臨床の現場では、つわりの時期は動けないので、映画鑑賞や美味しい物を食べるなど、家でできることを中心に新たな楽しみを見つける人が多いですね」と話しました。また、会場の参加者へも妊娠中のリフレッシュ方法を聞くと、「妊娠期に配慮したマタニティヨガに通った」「身体に負担が少ないので、ミュージカルを観に行った」「ベランダで家庭菜園をしてリフレッシュしていた」などの様々な答えが返ってきて、多くの人がプレッシャーやストレスが掛かる環境下でも、工夫して楽しみを見出していることが伺えました。
こころのSOSに気付く必要がある
次に、村上講師は出産後に話題を移し、「出産後に自分の赤ちゃんをかわいいと思えない人がいること」に言及。その中には子育てで追い詰められてこころの状態が不安定であることが要因の場合もあり、周りがこうした“ こころのSOS”に気付いてあげることの重要さを指摘しました。
本間アナウンサーが、「相談を受けたら、どのように返答しますか」と来場者に質問を投げかけると、「眠れていないと悲観的になりやすいので、私なら“眠れている?”ですね」という人や、「子育て中は自分の食事時間を確保できない人も多いので、“ちゃんと食べられている?”でしょうか」という答えが返ってきました。
これに対して、村上講師もこころの状態が不安定になる理由について、生活に関する資源が不足している場合が多いことを指摘。加えて、過去に精神疾患や精神的に大きな負荷のかかるライフイベントを経験した人も産後うつになりやすい傾向があり、目を向けて欲しいと会場に訴えました。こうした人に対しては、「周りの人が過去のことを丁寧に聞いてあげることが重要で、場合によっては助産師や保健師さんの力を借りることも必要だ」と話すと、来場者は真剣な様子で頷いていました。
村上講師は2024年、全国で初めて「父親の産後うつ」の専門外来「周産期の父親の外来」を立ち上げていますが、イベントの最後に、男性でも産後うつに悩む人が増えていることに触れました。「男性でも育休取得が増える中で、育休中に社会的な居場所を失う感覚を持ち、調子を崩す人もいます。こうした事実を知って理解していく必要もあります」と話しました。
村上講師の講演は、来場者との意見交換も大いに盛り上がり、産後うつというテーマへの関心の高さが伺えました。一方で、一般的にはまだまだ知られていない部分もあり、大阪・関西万博という国際的な場での啓発の機会は、産後うつの理解と予防へ向けてとても重要な機会のひとつになったと言えそうです。