信大同窓生の流儀 chapter.18 「石見式醸造法」が全国を席巻! クラフトビールづくりの常識を変える 株式会社 石見麦酒 代表取締役 山口 厳雄さん(農学部卒業生)信大的人物

志を持っていきいきと活躍する信大同窓生を描くシリーズの第18回は、石見麦酒 代表の山口厳雄さん(農学部卒業生)をご紹介します。山口さんは島根県江津市の無人駅となったJR波子駅の駅舎を改装し、年間1億円を売り上げるマイクロブルワリー(小規模醸造所)を営んでいます。非常に簡易な資材でビールづくりが可能な「石見式醸造法」を確立。「ビールで地域を元気にしたい!」という熱い想いで、クラフトビール業界の常識を覆す醸造法を全国各地へ伝え回っています。山口さんが約20年ぶりに信州大学農学部キャンパスを訪れると聞き、楽しみにお話を伺いに行きました。(文・大杉 奏)
・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第158号(2026.7.31発行)より
日本一稼いでいる!?…かもしれない無人駅 売上高は年間1億円超!
島根県江津市、日本海からほど近い場所に全国から注目を浴びる無人駅があります。JR波子駅です。乗降者が決して多いというわけでもない無人駅が、なぜ注目されているのでしょうか?
それは2024年に駅舎の一部を改装して開業したマイクロブルワリーが話題を呼び、多くの人が訪れるようになったからです。年間売上高は1億円を超えるといいます。この人気ブルワリーの名は「石見麦酒」。そして、その代表を務めるのが、今回ご紹介する信州大学農学部卒業生の山口厳雄さんです。
山口さんは、石見麦酒の店舗とともに、「石見式醸造法」でも有名です。これは、必要な資材は家庭用冷蔵庫と食品用ポリ袋、サーモスタットのみで、50リットルという小ロットからビール醸造を可能にした画期的な醸造法。ポリ袋に原液を注入し、サーモスタットと冷蔵庫で温度調整を行えば、ビールづくりが可能だそうです。石見麦酒をスタートした時に初めて賃貸したのが9坪でしたが、この独自の石見式醸造法により、極小スペースでも醸造所の開業が可能になったといいます。
石見麦酒があえてこの無人駅で店を開いた理由は、地域活性化だったそうです。利用者の減少が続いた波子駅は2022年に無人化し、江津市は駅舎の活用を通じた地域活性化の方策を探っていました。そんなとき、山口さんの省スペースでも醸造可能な醸造方式に白羽の矢が立ち、石見麦酒の波子駅舎での開業につながりました。
同店舗では、地域活性化の取り組みの一環として、地域の人が「ビールにできないか」と持ってきた地元食材を使った商品の開発にも積極的に取り組んでいるそうです。食材は言い値で買い取っているといい、その理由を聞くと、「小ロット醸造だから大量には買えません。仮にべらぼうに高い値段を言われても損はしないんですよ」と、山口さんは笑います。
広がる独自の醸造法導入は全国90社にも
山口さんは、気軽に各地の特産品を使ったクラフトビールをつくってほしいという想いから、石見式醸造法の特許は取っておらず、むしろ全国に積極的に広めていこうとしています。
すべての資材をインターネットで揃えられる気軽さと、醸造でネックとなる清掃時間を大幅にカットできる手軽さから、同醸造法を採用したブルワリーの新規立ち上げが急拡大しているそう。現在(取材当時)、全国で76社が導入し、もうすぐ90社を超える見込みだといいます。
山口さんは取材日の前日にも鹿児島県に行っていたそうで、この醸造法を「全国各地に伝え回っている」と嬉しそうに話します。ハッサクや山椒、夏ミカンなど、各地の特産品を原材料としたビールづくりをサポートしており、なかでも隠岐の島や八丈島、久米島などの離島が多いそうです。
「でも、特産品を使ったビールを一緒に開発して、それで終わりではありません」山口さんは話します。
大事なことは、各地の人がビールづくりを自走できることだと考えており、その道を整えることに重点を置いているそう。例えば、ビールに使う原材料探しは、あくまで地域の人が自らの手で地域の強みを見つけ直すようにしているといいます。
学生時代のあらゆる経験が石見麦酒につながっている
山口さんのビールづくりの原点にあるのは「試してみる姿勢」だそうで、これは学生時代から一貫して持っているといいます。信州大学農学部では大学院まで応用キノコ学を研究しましたが、研究室の設備だけに頼るのではなく、必要な装置を自作することも試みたそうです。また、身近な材料でキノコを育ててみるなど、研究と遊びの境界を行き来しながら試行錯誤を重ねたといいます。
山口さんは発酵に興味があったことから、信州大学卒業後は長野県内の味噌メーカーに就職しました。大学時代に独自のキノコに関する研究を個人のホームページで紹介していましたが、味噌メーカーがそれを偶然みつけて山口さんに連絡したことが、就職のきっかけだったそうです。味噌メーカーでは醸造や商品開発、設備に関わる現場を経験しました。そこで山口さんは、醸造に付随する清掃作業の大変さを強く実感したといいます。タンクや配管を使う現場では、仕込み以上に洗浄や分解、薬品を使った清掃に時間と労力がかかります。しかし、その作業は売上に直接結びつきません。「もっと醸造そのものに集中できる方法があるはず」―。この違和感が、清掃の負担を極限まで減らすという考えを生み、ポリ袋を使った石見式醸造法へとつながっていったそうです。
「勉強も遊びも人付き合いも、無駄なものはひとつもありません。その時は意味を見出せなくても、後でパズルのピースとピースが組み合わさる瞬間が必ずあるんです。だから、その瞬間その瞬間、あらゆることに一生懸命に取り組むことを楽しみたいですね」そう山口さんは熱く語ってくれました。

