信大同窓生の流儀 chapter.17 多くの人気シリーズを世に出す、中国歴史ファンタジー作家 仁木 英之さん(人文学部卒業生)信大的人物

楽しませながら、普遍的な価値観を紡ぐ

志を持っていきいきと活躍する信大同窓生を描くシリーズの第17回は、特集冒頭の座談会でもご登場いただいている小説家の仁木英之さん(人文学部卒業生)をご紹介します。仁木さんは代表作『僕僕先生』シリーズをはじめとして、主に中国を舞台にした歴史ファンタジー小説で数多くの著書を持ち、人気を博しています。ただ、その道のりは順風満帆ではなく、一時は心身を崩して筆が持てなくなる時期も経験したといいます。現在は創作活動を再開し、書くことの楽しさを感じているという仁木さん。作品づくりに込めた想いや、作家活動以前のフリースクール経営の経験、学生時代のエピソードなどを伺いました。(文・佐々木 政史)

・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第155号(2026.1.31発行)より

知られざる歴史の転換点 そこに焦点を当てる

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「モノノ怪 鬼」 著者:仁木 英之 出版社:KADOKAWA 角川文庫

「時は唐の時代。名家の息子でありながら働く気もない主人公の王弁は、ある日、“僕僕”と名乗る美少女と出会い、旅に出る。その美少女は実は何万年も生き続ける仙人で…」

中国歴史ファンタジーの人気小説『僕僕先生』のあらすじです。

著者は信州大学 人文学部卒業生の小説家 仁木英之さん。仁木さんは本学を卒業後、スーパーマーケットの青果部門、フリースクールの経営を経て、小説家になりました。デビュー作で「日本ファンタジーノベル大賞」大賞を受賞した『僕僕先生』の他、『千里伝』、『くるすの残光』、『魔神航路』、『黄泉坂』など、沢山のシリーズものの著作を世に出し、多くのファンを獲得しています。

仁木さんの作品の大きな特徴のひとつは、「あまり知られていない歴史の転換点」に焦点を当てていることだそうです。

「例えば、『三国志』でも『水滸伝』でも、国が滅亡した歴史の転換点を舞台に描かれています。戦乱の多かった中国には、実はそういった転換点が数多くあるのですが、実は日本ではあまり知られていないものもあり、私はそこに着想を得て小説を書いています」。

また、仁木さんが理想とする小説は、「ちゃんとエンタメの要素があって、読者を楽しませるかたちで、普遍的な価値観が紡がれている小説」だと言います。ただ楽しいだけでも、ただ普遍的な価値観が書かれているだけでも充分ではなく、それらが縦糸と横糸として紡がれることが重要だと言います。

「“大谷翔平の二刀流”と一緒で、見ている分には楽しいけど、自分でやろうとしたらものすごく難しいことなんですよね。それでも、そこを目指していきたいですね」

フリースクール経営を経て作家に。無理を重ねた先にどん底の経験も

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実は、仁木さんは作家活動以前に、長野市篠ノ井のアパートの一階でフリースクールを経営していたそうです。家庭教師のアルバイトをしていた時に、不登校の子どもに多く出会ったことをきっかけにフリースクールを開講。小学生から高校生まで、延べ300人以上の生徒と関わったそうです。また、子どもたちだけでなく、その親や学校の教師、行政関係者などの様々な人と話しをする機会も多く、こうした経験が小説を書くうえで活かされている部分もあるそうです。「中国歴史ものは、ともすれば漢字の羅列になり、取っつきにくくなってしまいます。だからこそ、キャラクターに“生々しい感情”を乗せ、読者が共感できる入り口を作ることが大切。フリースクールでの経験は、それを描く時にとても参考になっています」。
小説を書き始めたきっかけは、フリースクールで少し時間ができた時。当時広がり始めたインターネットを通じて、ブログやファンコミュニティが生まれていました。ゲームの二次創作を掲示板に投稿したところ好評を博し、書く楽しさを知ったそう。そこからオリジナル作品を書き始め、33歳の時に「日本ファンタジーノベル大賞」を受賞し、デビューを果たしました。しかし、新人作家としてのプレッシャーは大きく、「来た仕事は全部受けなければ」と無理を重ねた結果、心身を消耗。45歳の頃には燃え尽き症候群状態に陥り、まったく筆が進まなくなったといいます。「崩れていく泥人形のようでした。自分はずっと書ける人やと思ったんですけど、そうじゃなかったです。どんなに楽しいことでも、一回それがちょっと嚙み合わなくなってくると苦しくなるってことはあるのかもしれませんね」。回復の転機となったのは、家族の支えだったそうです。看護師である妻が見守ってくれたおかげで、徐々に創作意欲を取り戻したといいます。

在学中は中国へ留学 1年のつもりが、もう1年…

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信州大学在学中は、人文学部で中国文学を学びました。特に、分厚い大漢和辞典と格闘しながら一文一文解釈を重ねた苦労は、今になってみると「歴史小説家としての基礎体力になりました」と話します。また、中国へも留学されたそうです。Eメールがない時代で、自分で調べて手紙を出して留学の申請をしたといいます。「1年のつもりが、楽しくなってもう1年いたんですよ。家庭教師をしたり、ひとり旅をしたりと、あちこち見聞を広められたことが良かったですね」。ちなみに、その際にチベットを訪問した際の見聞記を卒業論文にまとめられたそうです。原稿用紙400枚以上にも及ぶ大作で、「分量だけなら学部で一番だったのでは」と笑います。

また、在学中は空手にも打ち込んだそうで、週3~4回の稽古に精を出し、初段まで上がりました。大学卒業後も極真空手や総合格闘技などにも取り組みましたが、こうした経験は作品に登場する戦闘シーンや武将たちの生きざまを描くうえで、リアリティを与える基盤にもなっているそうです。

最後に仁木さんに今後の展望をお聞きしました。デビュー時に目指す作家像を3つ掲げたそうで、今後もそれを突き詰めていきたいと言います。

1つ目は、世界で読まれるファンタジーを書きたいということ。『ハリー・ポッター』や『鬼滅の刃』のように、国境を越えて多くの人々が価値観や楽しさを共有できる作品を生み出すことが夢だそうです。2つ目は、挫折しても再び立ち上がる「破れざる者」をテーマにした小説。自身が書けなくなる経験をしたこともあり、以前にも増して関心をもっているといいます。最後は、知られざる歴史や人物の発掘です。誰もが知る英雄の陰に、同じく戦い生きた無名の人々。そんな「知られざる人々」を主人公に据え、光を当てることで、歴史の新たな一面を照らしていきたいと考えているそうです。

仁木さんは書けなくなった時に、これらの作家像を一度捨てましたが、また書けるようになってから、やはりもう一度追い求めることにしたそうです。ただ、前と違う形で再構築していきたいと考えており、具体的にはどのように?とお聞きすると、「それは書いたものでしか表現できないかなと思います」と仁木さん。どう再構築されていくのか、今後の作品が楽しみです。

仁木英之さん(人文学部卒業生) PROFILE

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1973年、大阪生まれ。1992年、信州大学人文学部に入学。中国に留学し、家庭教師やひとり旅などで見聞を広めながら2年間を過ごす。スーパーでの会社員生活、フリースクールの経営を経て、2006年『夕陽の梨―五代英雄伝』で「歴史群像大賞」最優秀賞、同年『僕僕先生』で「日本ファンタジーノベル大賞」大賞を受賞しデビュー。他の著書に『千里伝』、『くるすの残光』、『魔神航路』、『黄泉坂』などのシリーズがある。現在、奈良県在住。

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