人文学部研究者紹介02 "時代の重み"感じ 過去から今に引き継がれる文献を調査 速水香織教授信大的人物
信州大学 学術研究院(人文科学系)研究分野:日本文学

・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第155号(2026.1.31発行)より
(文・平尾 なつ樹)
江戸時代の出版メディアから当時の社会について考える
昨年放送された大河ドラマ「べらぼう」では、江戸時代の出版メディアにスポットが当てられましたね。信州大学 学術研究院(人文科学系)の速水香織 教授が研究するのは、まさにそのど真ん中。商業出版文化が大きく発展した江戸時代の版元について研究し、当時の文献や文学作品がどのように社会と関わっていたかを紐解いています。
速水教授が、江戸時代の版元に関する研究を始めたのは、今から30年近く前。まだその領域の情報が非常に少なかった頃です。研究のきっかけは、大学時代のこと。授業で江戸時代前期の文学作品を読んでいた際に、作品の奥付にあった版元の記録について指導教員に尋ねたら「多くの人が知りたい部分ではあるけれど、まだ詳しいことはわかっていない」と返されたそうで「その時、生意気にも、わからないなら私が調べようと思った」と、当時を振り返って笑います。
研究に着手した当時はまだ、文学作品自体の研究は進められていても、その作品を出版したメディアに関する研究は充実しているとはいえず、各地に残されている資料の調査が待たれている状態だったといいます。そんな中で、直接現地に足を運んで情報を収集・蓄積し、それらの情報をつなぎ合わせながら、時間をかけて版元に関する研究を続けてきたそうです。
当時と比較し、今は画像データベースの公開がかなり進んだことで、大量の情報が一瞬で手に入ることも増えてきたそうですが、そんな中でも「できるだけ原本に触れる感覚を大切にしたい」と速水教授。それは、時代をまたいで誰かが大切に受け継いできたからこそ今に残る資料であり、それに対する「尊重・感謝の気持ちや時代の重みを感じて研究をしたい」と、その思いを話します。
地域と大学がつながり学生が“生”の文化財に触れる古典籍調査
速水教授は近世出版文化の研究と並行して、県内各地の地域で保存されてきた古典籍の調査も行っています。博物館や個人のお宅、また住民から寄贈・寄託を受けた教育委員会などから相談を受け、時には他大学の研究者と協力しながら、蔵の中の文化財を調査する活動を10年ほど続けているそうです。
「先祖代々大切に保存してきたが、どんなものがあって、どんな価値があるのかわからない」という相談に対し、専門家として、1点ずつ詳しく調べてリスト化したり、時には地域に成果を公開したりしながら、依頼主にお戻ししているとのこと。この活動は「研究活動の一環でもありますが、地域貢献の意味合いが強い活動でもあります。そういう意味で、大学が地域に出ていき、交流するための大切な活動と捉えています」と速水教授。
また、調査の場には、依頼主に許可をとったうえで、学生を連れていくことが多いそうで、学生にとっても生の文化財に触れる貴重な機会となっています。さらには、これをきっかけに大学院進学を希望する学生も出てきているといい、「教科書で学ぶ内容の“もと”の資料に触れることが、ここから研究が始まるということを実感する大切な経験になるのではないでしょうか」。
古い蔵の中でほこりをかぶった古典籍などの資料群は、価値を認めない人にとってはごみと大差ない存在に過ぎませんが、価値を知ることで「宝にも変わる」と、速水教授は語ります。過去から現在、連なった時代のもとに生きているという実感を持ち、これまで誰かが継承し続けてきてくれたからこそ今に残る情報の価値を、これからも世の中に発信していきたいと、いきいきと話してくれました。

