ONLY ONE-山岳と動植物と人の総合研究産学官金融連携

先鋭領域融合研究群最前線04

先鋭領域融合研究群 山岳科学研究所

信州大学が世界に誇る先鋭領域融合研究群の5つの研究所を訪ねるシリーズの4回目は、上伊那郡南箕輪村の農学部キャンパスに本拠が設置されている山岳科学研究所を訪ね、泉山茂之研究所長に開設1年後の到達点と今後の進路を聞いた。


(文・毛賀澤 明宏)
・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」」第97号(2016.1.29発行)より

“世界の信州”に似合う ONLY ONEの研究

峻厳なテンシャン山脈の山並み

峻厳なテンシャン山脈の山並み

雪原を走るアルガリの群れ

雪原を走るアルガリの群れ

 「山岳科学研究所の研究ジャンルは、地質・気象から山間地の動植物、山間部に住む人々の営みまで、とても広い範囲に及びます。しかし、当研究所の研究者の目指すことは同じこと。自然と人間が共存していくための原理と方法を突き止めることです」。2015年10月1日から同研究所長を務める泉山茂之教授(学術研究院農学系)はこう語る。
 確かに研究対象は広範囲に及ぶ。2015年度から新たに開始した取組みを見ても―
①「信州大学乗鞍学術の森」のコマクサ生育地の多面的モニタリング
②「信州大学上高地学術の森」での野生生物の基礎的フィールドデータの収集(北アルプス高山帯への侵入が始まっているニホンジカへの対策などのため)
③諏訪湖浄化促進のための水深別溶液酸素の連続観測の開始
④千曲川中流域における河川生態を掌握するための水生昆虫類の発生状況や、流下物の粒径別採取と構成成分の分析
⑤森林資源を樹種別にその量を測定する最先端レーザーセンシングの国際共同開発研究
⑥キルギス共和国テンシャン山脈での絶滅危惧種アカシカの繁殖・自然復帰計画の研究
⑦長野県産材の生産・流通が及ぼす地域経済への効果を検証するための実態調査
⑧山と建築の関係から山岳景観を捕捉するための世界10カ国語以上のユーラシア諸語における「尾根」と「棟」にわたる語の収録
⑨地域資源としてのきのこを高度・多面的に活用するための山岳域のきのこ資源の探索とその産業化の研究
⑩森林資源を最適活用するためのマツタケの人工栽培
⑪アラスカ内陸部を舞台にした永久凍土地域における気候変動にともなう樹木の成長の変化予測の研究
 ―というように、多領域にわたる実にユニークな研究が多い。これに加えて、従来より続く地質・山岳環境・動植物・極地研究・中山間地の産業文化などの研究も進められている。
 しかしそれらは、どれも、「多様性の共存」を原理とする「自然と人間のサイエンス」だ。「山岳科学研究所は、そういう意味で、豊かな自然と穏やかな里山の暮らしを大切にする信州に似合うONLY ONEの研究を進めていると言えます」と泉山所長は胸を張る。

フィールドとステーションを活かして

山岳地帯には人の暮らしも息づく

山岳地帯には人の暮らしも息づく

植物の保護も重要なテーマだ

植物の保護も重要なテーマだ

 「当研究所は信州大学の大きな財産を引き継ぎ、その成果の上に存在しています」と泉山所長は続ける。「これまで信州大学の教員・学生が、地元地域の皆さんの協力も得て、長い年月をかけて調査・研究を進めてきた研究フィールド、そしてその拠点となってきた県内各地に広がる研究拠点=ステーションがあります。そこに、地域の研究者や実業の人々、行政関係者との強く・深い人間関係が築き上げられています。その経験の蓄積は日本だけでなく世界に誇るべきオンリーワンのものです。これこそが、日本経済新聞社の『地域に貢献する大学』でナンバーワンに何度も選ばれる根拠であり、信州大学のかけがえのない財産だと思うのです」。
 実際、先に列挙した2015年度の新規の研究の取組みをみても、その一つ一つが、県内各地の研究フィールドとステーションの存在抜きには語れないものであり、そこでの研究が国際的に評価されて、フィールドが世界に広がっていったものにほかならない。
 信州をフィールドにして積み重ねられてきた信州大学の教員と学生の研究の蓄積。そしてそれを通じて広がり継続されている地域の人々とのつながりが、「先鋭領域融合研究」の基礎にあるというわけだ。信州に生息するツキノワグマの生態を掴み取るために、「クマいるところ泉山あり」と言われるほど山野を歩き尽くした泉山所長ならでは言葉であろう。

自然環境と人間の“交わり”を科学する

捕獲に7年を要した絶滅危惧種ユキヒョウ

捕獲に7年を要した絶滅危惧種ユキヒョウ

GPSを利用した動向の掌握

GPSを利用した動向の掌握

 「僕らの山岳科学の研究は本当に時間と手間暇がかかるのです」と泉山所長は苦笑する。
 例えば、自ら関わるキルギス共和国テンシャン山脈でのアカシカの生態調査、またそれに並行して進むユキヒョウの生態調査などでは、調査の対象が希少種であり、発見すること自体に時間がかかる。ユキヒョウの場合には、生態調査のためのGPS用発信機をつけようとして、それをつけるユキヒョウを捕らえることになんと7年の歳月を費やしたのだという。
 それでもキルギス共和国政府をはじめ多くの国際機関が希少種保護のための調査を同研究所に依頼して来るのは、信州をフィールドにして繰り広げてきたツキノワグマやニホンジカ、ニホンザルなどの生態調査と保護・被害対策の実践が評価されているからだ。
 「GPSなどのハイテクを駆使する調査でも、実はそれを支えているのは、気が遠くなるほど山を歩き、待ち、捕まえて離すという、驚く程ローテクな実践です。気候変動の調査にせよ、動植物の調査にせよ、とにかく時間がかかります。それを繰り返しているうちに、いつか、数年、数十年に一度、その成果が注目されることがある。それが山岳科学研究の醍醐味だと思います」
 例えば、捕獲するだけで7年かかったユキヒョウの動向調査は、英国の放送局BBCのユキヒョウを扱った番組の制作にはなくてはならないデータを提供した。全世界に放映されたこの番組も、泉山所長の研究なしには制作できなかった。こういう事例は数多く、科学雑誌「ネイチャー」の記事やNHKの特集番組などでも、山岳科学研究所の研究者たちの研究が基礎資料になっていることは「良くある」そうだ。
 だが、それ以上に重要なことがある。自然環境と人間の〝交わり〟部分にフォーカスする山岳科学研究は、特に中山間地の集落と暮らしを守ることに直結していることが多いということだ。GPSを利用したツキノワグマやニホンザル・ニホンジカの動向調査は、山間地の農業集落の鳥獣害対策に直接役立てられているし、様々な自然資源の発掘は、当該の地域や集落の地場産業の活性化に直結している。要するに研究それ自体が、大きな地域貢献となっていることが多々あるということだ。
 信州をフィールドにした山岳科学の研究は、信州ならでは、つまり信州大学ならではのONLY ONEの研究を、これまでも、そしてこれからも、地域の人々とともに展開していくことだろう。

Profile

泉山 茂之(いずみやま しげゆき)
泉山 茂之(いずみやま しげゆき)

信州大学先鋭領域融合研究群
山岳科学研究所長
学術研究院教授(農学系)

2015年の特筆するべき成果


①テンシャン山脈における絶滅危惧種ユキヒョウの捕獲成功と最新鋭GPS首輪の装着成功
②世界初の1/5万「シームレス広域地質図」=長野県デジタル地質図2015の完成
③2014年の神城断層地震の体感震度分布を公表
④河川中流域における生物生産性の機構解明と河川管理への応用に関する共同研究
⑤諏訪湖の県境変化に関する講演・執筆など多数

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