機械で守る信州伝統の味「市田柿®」産学官金融連携

機械で守る信州伝統の味「市田柿」

 南信州の伝統の味「市田柿」の製造専用の機械乾燥法が平成27年4月に、製法特許を取得した。信州大学工学部と(一社)長野県農村工業研究所が平成21年度から開発を進めてきたものだ。開発に尽力したのは工学部物質工学科・松澤恒友特任教授だ。「市田柿」は柿を乾燥させて作る。従来の天日乾燥では30~40日間はかかるが、今回特許をとった方法で機械化すれば、最短4日で終えることができる。省力化や安定生産につながり、全国的にも知られる「市田柿」ブランドを後世に確実に残していくためのひとつの足掛かりにもなる。
 「地域が持つ課題や思いを受け継いで、『機械が守る伝統の味』を研究のコンセプトに据えた」という松澤教授。工学的アプローチによって確立した製法開発までの道のりを聞いた。

(文・柳澤愛由)
・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」」第99号(2016.5.26発行)より

南信州秋の風物詩「市田柿」

 「市田柿」とは、もともとは長野県下伊那郡高森町市田地域で生産されていたことからついた柿の品種名だ。その栽培の歴史は500年以上とされる。現在は、飯田市および下伊那郡の各地域で生産されており、2006年に地域ブランドとして登録されてからは、干し柿にされた状態のものも「市田柿」と呼ぶようになった。
 かつては、晴れ渡った秋空のもと農家の軒先に“柿のれん”がオレンジ色に輝く風景が南信州一帯に拡がっていた。現在では、衛生上の観点から屋内の乾燥室に幾重にも吊るされるのが一般的だが、所どころ、窓から“柿のれん”が垣間見られる風景は、南信州の秋の訪れを感じる風物詩だ。
 現在は海外へも輸出されるほどの生産規模となり、干し柿の代名詞のようにその名は語られる。販売高は年間40~45億円。南信州の農業を支える、重要な産業のひとつでもある。


柿のれん

南信州の秋の風物詩でもあった“柿のれん”。

室内で乾燥させている市田柿

現在はほとんどが室内で乾燥されている。窓の開閉、のれんの感覚を調整したりと、適切な温度・湿度を保つ工夫がされている。 ※写真(左/右)提供:長野県飯田市

ブランドではあるが・・・「市田柿」の“悩み”

市田柿

「市田柿」は、鮮やかなあめ色の果肉をきめ細かな白い粉が覆い、もっちりとした食感と上品な甘みが特徴の“高級ブランド和菓子”だ。

 しかし、年を追うごとに生産農家の高齢化に伴う労働力不足が加速。生産力の低下が懸念されている。木に成った柿が収穫されることなく、鳥のエサとなってしまっている場所も少なくない。
 また、温暖化による気候条件の変化も大きな課題だ。市田柿に必要なのは、昼間と朝晩の気温差。しかし現在はかつてほどの厳しい冷え込みは少ない。気温差が小さくなると、水分の抜けが悪くなり、乾燥時間が長くなったり、カビなどの発生も増加。安定生産を脅かすようになった。
 そうした課題を受け、信州大学工学部と県農村工業研究所が中心となり、高品質な「市田柿」の省力的かつ安定的に生産するシステムを開発することにした。そこで、松澤教授らは、既往の研究実績がある気熱式減圧乾燥機に着目し、平成21・22年度に「経産省地域イノベーション創出研究 開発事業」の支援を受け、共同研究に取り組んだ。

工学部発の視点で伝統を守る、松澤教授の発想力

 研究用に導入された気熱式減圧乾燥機は、もともとキノコ等の乾燥に利用されているもので、庫内を減圧して低温で乾燥させることが可能な機械だ。しかし、「市田柿」の場合は単に温度をかけて乾燥させるだけでは、過乾燥となってしまい、市田柿独特の緻密な肉質と心地良い歯ごたえが無くなり、天日乾燥と同様の食感にはならなかった。
 そこで、雨や湿度変化などの自然条件を再現する「蒸らし(結露)」の工程をとりいれることにした。

美味しい「市田柿」は糖組成で決まる

乾燥室内での市田柿
導入された乾燥機内での市田柿の様子。
市田柿の乾燥機
現在は計10台の乾燥機が稼働し、生産を行っている。

 原料の「市田柿」(生果)に含まれる糖は、ショ糖、果糖、ブドウ糖の3つ。乾燥の過程で、柿中のショ糖にインベルターゼという酵素が作用し、果糖とブドウ糖に分解される。「市田柿」の最大のセールスポイントである、表面を美しく均一に覆う白い粉の正体は、α-D型のブドウ糖の結晶だ。ブドウ糖や果糖は、ショ糖に比べてさわやかな甘さを持つとされる。「市田柿」の姿かたち、上品な甘さは、この糖の組成に左右されるのだ。
 そこで、松澤教授は、乾燥工程中に、ショ糖を果糖とブドウ糖に完全に分解できるようにするため、インベルターゼの酵素活性が最も高まる45℃で乾燥することにした。

高品質「市田柿」の最適機械乾燥法の確立

 こうして確立した方法は以下のようなものだ。皮をむいた柿を乾燥機に入れ、45℃の初期乾燥を行った後、庫内を密閉し蒸らす(結露)。それを重量比が35~37%になるまで数サイクル繰り返した後、再度45℃で最終乾燥を行う。その後は伝統製法の天日乾燥と同様、柿をおろして柿もみ(粉だし)を行う。
 機械乾燥の製法の確立にかかった期間は約2年。「研究にどの位の時間がかかるか、自信もなかったが、何とかたどりつけた」と、糖組成分析を続けた日々を振り返る。機械乾燥した市田柿の品質を客観的に評価するため、消費者へモニター調査も行った結果、天日乾燥と比べて遜色ない品質であるとの結果も得られた。その後、実用化に当たり、乾燥工程を自動で行えるよう機械にプログラミング。こうして、高品質で省力・安定生産が可能な「市田柿」の機械乾燥法の実用化が実現した。

「伝統」が未来に続くための革新を

 平成23年度、1バッチ原料2.7トンを乾燥可能な実用機を1台、JAみなみ信州が導入し、実製造を開始した。平成24年度、同JAが同実用機を9台導入し、平成25年度には、同JA施設「市田柿工房」に合計10台の乾燥機を設置し、本格生産を開始した。平成27年度の生産量は35トンに達した。
 今後、さらなる増産だけでなく、他の果物などへの応用も目指していく。「地域を取り巻く状況が変化している中、伝統を後世につなげていくには、革新も必要」と語る松澤教授。一般には、「機械化」と「伝統」という言葉の間には、隔たりがあるようにも思われる。しかし、松澤教授の言葉からは、その隔たりを埋めようと尽くしてきた努力がにじむ。
 伝統は、今を生きる人々が未来に向けて継承していくからこそ成り立っていくものだ。だからこそ、現状に即した新たな技術の存在が必要なのだ。そうして生まれた技術は、地域の人々が誇る郷土の伝統を未来に受け継いでいくための、確かな足掛かりになるに違いない。

Profile

工学部 特任教授 松澤 恒友(まつざわ つねとも)
工学部 特任教授 松澤 恒友(まつざわ つねとも)
信州大学工学部工業化学科卒業後、(株)ロッテ、(一社)長野県食品衛生協会試験研究所、(一社)長野県農村工業研究所を経て、2008年より工学部教授、2012年より現職。

大学の「知的創造サイクル」を築くために欠かせない知的財産

丸山育男コーディネーターと柏原秀雄技術職員

(写真左)丸山育男コーディネーター(長野担当)
(写真右)柏原秀雄技術職員(弁理士)

TokkyoWalker(特許ウォーカー)

特許庁が発行する広報冊子「TokkyoWalker(特許ウォーカー)」特許庁が発行する広報冊子「TokkyoWalker(特許ウォーカー)」にも信大の知財活動が取り上げられた

 「市田柿」の機械乾燥法に関する特許取得を担ったのは、信州大学学術研究・産学官連携推進機構知的財産室だ。同室に在籍する弁理士の柏原秀雄さんは、「知財は大学の『知的創造サイクル』を築き、大学の研究力強化を実現するために必要不可欠な存在」だと話す。
 今回の「市田柿」の製法特許のような、地域の課題を技術面から支え郷土の伝統に寄与する実例は、大学が地域の産業界と直結し、共に課題解決を図る好例として位置づく。
 また、大学研究が社会と結びつき、事業化されることで、大学の研究資金の基盤にもなる。それが新たな学術研究を生み、さらなる技術や製品の創出にもつながっていく。こうした「知的創造サイクル」を生み出し、大学の研究力強化につなげるためにも、知財の存在は欠かせない。
 現在、信州大学の特許出願数は、年間150件程。総合大学だからこその多様な研究、企業との共同研究の豊富さ、事業化に結び付く社会的研究の成果が、その数字に表れているといえる。
 大学だからこその知財活動を続け、地域と一体となった信州発の技術や製品の創出を担っていくことも、大学としての使命のひとつである。

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