信大の伝統的な菌類・微生物研究を"創発"する新組織産学官金融連携

信大の伝統的な菌類・微生物研究を“創発”する新組織

信大の伝統的な菌類・微生物研究を“創発”する新組織

 信州大学は平成28年10月、本学の特色ある研究分野を先鋭化した先鋭領域融合研究群(5研究所)の次の研究所を目指す5つの次代クラスター研究センター(※1)を設立、前号特集の航空宇宙システム研究センターに続いて、今回「菌類・微生物ダイナミズム創発研究センター」をご紹介します。

 同研究所は ①菌類共生科学・資源利用科学部門 ②生体調節統合制御部門 ③超分子複合体部門の3つの部門から成り、菌類学・微生物学に関わる研究と組織を、まさに予測できない"創発"の領域に高めることをコンセプトとしています。

 平成28年12月22日、信州大学農学部(伊那キャンパス)で開催された同研究センターのキックオフシンポジウムの様子と共に、同研究センターの特徴についてレポートします。

(文・柳澤 愛由)

・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第103号(2017.1.31発行)より




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(※1:菌類・微生物ダイナミズム創発研究センター・航空宇宙システム研究センター・次世代医療研究センター・社会基盤研究センター・食農産業イノベーション研究センター)




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伝統の研究領域を継承し、より高度なものに「創発」する

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下里 剛士(しもさと たけし)


2001年東北大学農学部 生物生産科学科卒業。2006年同大学院農学研究科 生物産業創成科学専攻修了。2006年アメリカ食品医薬局/生物製剤評価研究センター(FDA/CBER)博士研究員。2007年アメリカ国立癌研究所(NCI)博士研究員。2007年信州大学ファイバーナノテク国際若手研究者育成拠点 特任助教。2012年同大学院農学研究科 准教授。2014年同学術研究院農学系 准教授、同バイオメディカル研究所(併任)。2016年より現職。

センター長
下里 剛士 信州大学学術研究院(農学系)准教授



 「菌類・微生物」研究は、長野県を覆う森林・山岳の生態系をフィールドに信州大学が長年取り組んできた領域であり、その地理的特性を活かした「きのこ学」・「菌類学」・「乳酸菌科学」分野の研究領域において、国内トップクラスの高い実績と伝統があります。特に、菌類学分野においては世界トップ50位に迫る論文実績を誇ります。
 歴史上、人類は菌類・微生物と共に生活し、多くの恩恵を受けてきました。近現代における技術の発展により、きのこ栽培から、タンパク質工学研究、創薬・抗生物質開発、醸造・発酵食品、機能性食品の開発、さらに新エネルギー・バイオ燃料開発、砂漠緑化や農業の低肥料化に至るまで、近年繰り広げられている菌類・微生物研究は、期待と魅力に満ち溢れています。こうした背景からも、菌類・微生物をキーワードとする研究領域を信州大学における特色ある分野として強化することには、大きな意義があるといえます。

研究も組織マネジメントも“創発”、さらに産学官連携の推進も

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キックオフシンポジウムの様子

 本研究センターの名称にある「ダイナミズム」とは、「内に秘める力」を意味し、「創発」とは「生物進化の過程やシステムの発展過程において、先行する条件からは予測や説明のできない新しい特性が生み出されること」として一般的に解釈されています。長野県の森林・山岳環境の生態系の主要構成要素としての菌類・微生物や、循環型社会の構築に不可欠な要素を探索し、その機能を高次・多角的に利用する技術を開発する、そんな菌類・微生物ダイナミズムの創発を目指しています。
 また、本研究センター構成員の平均年齢は42歳。若手研究者の「研究ダイナミズム」をここから掘り起こし、その潜在能力を創発させる研究環境づくりも目指します。
 特に、近年、研究成果の国際的評価基準として、発表論文の引用件数が重視されている中で、被引用数を増やすには、その前段階として、論文の絶対数が必要です。信州大学における高い実績と伝統を継承しつつ、研究成果を世界中の研究者の目に触れやすい、ハイ・インパクトジャーナルへの掲載を目指すことも、本研究センターの重要課題のひとつです。
 本研究センターには、担子菌(きのこ類)、子のう菌(かび、酵母)、乳酸菌・ビフィズス菌、大腸菌等、多種多彩な微生物を扱う研究者が、学部の枠を越えて結集しています。各研究者の横断的な連携、産業界、地域との共同研究を実現させ、バイオ産業におけるコンソーシアムを構築し、信州伊那地域における菌類・微生物研究拠点を構築したいと考えています。

きのこの未知の可能性を探索する

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山田 明義(やまだ あきよし)


1992年信州大学理学部生物学科卒業。1997年筑波大学大学院農学研究科農林学専攻修了。1997年農林水産省農業研究センター博士研究員。1997年茨城県林業技術センター流動研究員。1999年信州大学農学部助手。2000年茨城県林業技術センター客員研究員。2002年信州大学農学部助教授。2014年同学術研究院農学系准教授、同山岳科学研究所(併任)。2016年より現職。

菌類共生科学・資源利用科学部門 部門長
山田 明義 信州大学学術研究院(農学系)准教授


国内の食用きのこは約4,500億円の市場規模を有しており、そのうち長野県は約35%のシェアを占め、圧倒的な生産量を誇っています。野生きのこの資源も豊富で、市場に流通する国産マツタケの約8割は、長野県産。国内のきのこ産業を牽引しています。(※出典:農林水産省「平成26年度特用林産物生産統計調査」)
 本研究部門では、地域資源としてのきのこ類を、高度・多面的に活用するための生物学的手法の開発、ならびに20世紀後半に新たな生物学の一分野として台頭した菌根共生(※2)に関する研究に取り組んでいます。
 きのこ類の研究は、きのこ産業の国内拠点である長野県という地理的・社会的特性を重視し、国内の国立大学としては最初に教育・研究分野を整備して現在に至っています。また、菌根共生に関する研究においては、農業系・林業系双方に関係する領域を守備範囲とする、数少ない大学です。それらが、「菌類学(Mycology)」分野において、信州大学が論文の世界ランク50位に迫る現状に資する大きな要因にもなっています。


(※2:菌根菌と特定の植物は、互いに養分を供給し合う共生関係をつくる。それを菌根共生という。地上に発生するきのこ類の多くは菌根菌)

きのこ産業を牽引する発を目指す地域との連携を

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実は、きのこで量産化に至った事例は少なく、量産化は培養の容易な種に限られており、野性資源を充分に活用できているとは言い難いのが現状。山田准教授は、きのこの王様マツタケの栽培化にも挑戦しています

きのこ類は、今日でも新種発見が珍しくないほど、膨大な未知資源を持っています。これまで、きのこ類の系統分類、遺伝育種、生理生態などの研究は成果を上げていますが、これらの知見を統合的に検証・発展させるため、きのこの化合物や機能性物質の探索などの解析手法の開発の解明も求められます。そして、その成果を地場産業に導入し、関連産業の新たな方向性を提示することも重要です。
 本研究部門では、「地域資源の開拓」という観点から、出口の違う各分野を1つに束ねたアプローチを重ね、広範な研究分野での新発見・新展開を同時並行で目指していきます。
 そして、信州伊那谷におけるきのこ類のジーンバンク的機能の構築や、関連団体とのネットワーク強化も進め、地域と連携しながら新たな産業の方向性をここから見出していくことが重要だと考えています。

長寿県・信州ならではの機能性食品の開発を目指す

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片山 茂(かたやま しげる)


1999年北海道大学水産学部海洋生物資源化学科卒業。2004年同大学院水産科学研究科生命資源科学専攻修了。2004年カナダGuelph大学博士研究員。2006年北海道大学大学院博士研究員。2008年信州大学農学部助教。2015年同学術研究院農学系准教授、同バイオメディカル研究所(併任)。2016年より現職。


生体調節統合制御部門 部門長
片山 茂 信州大学学術研究院(農学系)准教授



 本部門は、循環型・健康長寿社会の実現に向けて、有用微生物が秘める生体調節機能を探索し、疾患予防または加齢に伴う老化進行を抑制する次世代機能性食品を開発することを目的としています。
 昨年度より食品機能性表示に関する新たな枠組みとして機能性表示食品制度が設けられ、有用な機能性を活かした食品製品開発のニーズが高まっています。そうした中、疾病予防や健康長寿に寄与する、次世代の機能性食品の開発が注目を集めています。
 近年、腸内細菌叢と脳機能との関係性が明らかとなってきており、脳機能低下抑制効果を有する乳酸菌の探索が注目されています。その他にも、メタボリックシンドローム発症の抑制作用を持つ乳酸菌株の取得、皮膚角化細胞を介した食品微生物のアトピー性皮膚炎抑制作用効果、乳酸菌の免疫調節機能など、有用微生物の探索・研究は大きな可能性を秘めています。

信州の「食」から微生物の可能性を探る

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長野県の郷土食・保存食の代表格、野沢菜漬け。長野県の食文化を基礎に、新しい機能性食品の開発を目指す

 また、食品廃棄物などの増加が社会問題となって久しく、それらの有効利用を進める循環型社会の構築は急務の課題です。食品廃棄物を未利用資源として捉え、有用な微生物や酵素の力によって未利用バイオマス資源から機能性素材を創出する研究も進めていきます。
 長野県は全国トップの長寿県であり、伝統食・保存食の代表とされる味噌や漬けものなど、発酵食品の宝庫でもあります。そうした長野県の食文化と大学が得意とする科学的エビデンスを結び付け、その特性を証明する試みも進めています。
 現在、地元伊那市では「食事調査」(既に市民約2,000人を対象に実施)も実施しています。
 本部門は食品をテーマとしており、現段階でも企業との接点が多く、商品化に関わる先行研究もあります。こうした文化的・栄養学的調査と科学的研究を結びつけることで、信州発の次世代機能性食品の開発や、健康長寿とは何かを見出し、産学官に資するコンソーシアムの構築へ結び付けたいと考えています。

信州発!ナノバイオテクイノベーションをおこす

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新井 亮一(あらい りょういち)


1996年東京大学工学部化学生命工学科卒業。2001年同大学院工学系研究科化学生命工学専攻修了。2001年理化学研究所ゲノム科学総合研究センターリサーチアソシエイト。2004年同研究員。2006年日本学術振興会海外特別研究員(Princeton University,USA)。2007年信州大学ファイバーナノテク国際若手研究者育成拠点特任助教。2012年同繊維学部助教。2014年同学術研究院繊維学系助教。2016年同准教授。2016年より現職

超分子複合体部門 部門長
新井 亮一 信州大学学術研究院(繊維学系)准教授



 微生物のダイナミズムを分子レベルで解明し、応用することが本部門の目標です。研究対象として、主に微生物ダイナミズムの根源として考えられている「超分子複合体」に焦点を当てています。
 超分子とは、複数の分子が様々な相互作用により、秩序だって集合した分子群のことを指します。タンパク質複合体などがその一種です。様々な生体分子の相互作用が織りなす動的な超分子複合体形成は、まさに生命ダイナミズムの源。微生物由来の超分子複合体の研究は、生命ダイナミズムの理解や応用に寄与する研究領域だといえます。

創って理解する”微生物由来の超分子複合体

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新井准教授が設計・開発した人工タンパク質ナノブロック超分子複合体の構造モデル。正四面体型のほか、樽型、三角柱型、立方体型などの構造モデルがある。これらの研究を基に、茹でても変性しにくい安定的なタンパク質ナノブロックの強化にも成功している(特許出願中)

 私が行っている研究テーマのひとつが、天然にはない構造や機能を持つ新規タンパク質ナノブロック超分子複合体を、微生物により創製し、応用するという研究です。タンパク質工学分野の究極的目標は、タンパク質の構造・機能を人工的に自由自在にデザインできるようになることです。それができれば、医薬品の開発、新規酵素の設計など、様々な応用の可能性が見えてきます。
 これまでに、新規にアミノ酸配列を設計した人工タンパク質を、ブロック遊びをするように、ナノスケールで正四面体型や三角柱型などの幾何学的構造体に組み合わせ、さらにそれらを大腸菌によって大量発現させることに成功しました。いわば、微生物による新たなナノテクものづくりです。こうした研究を積み重ねることで、人工設計タンパク質とナノ構造構築の原理的理解を深め、ナノバイオマテリアルや人工ワクチン等の開発に応用できるのではないかと考えています。
 その他、本部門では、胃液に溶けず腸まで届く、乳酸菌ゲノム由来DNAナノカプセルの開発など、微生物由来の超分子複合体に焦点を当てた様々な研究が進められています。本研究センターを軸に、独自の研究と内外の研究者との連携による共同研究を積極的に推進し、“信州発”微生物ナノバイオテクノロジーものづくりイノベーションをおこしていきたいと考えています。

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