信大発、"信州版"アニマルウェルフェアが目指すもの。信大的人物

 鶏舎内で隙間なくニワトリが密集飼育されている映像をご記憶されている方も多いはず…。世界では家畜を含め、動物が健康で快適に飼育されるように環境を改善し、ストレス軽減を図る「アニマルウェルフェア(以下AW)」が叫ばれるようになりました。SDGs12番目の目標「つくる責任・つかう責任」にも該当し、倫理的な生産・消費が求められる時代の取り組みのひとつとして位置付けられます。しかし、日本でのAWの実現はまだまだ長い道のりがあるようです。生産者、流通・加工業者、消費者それぞれで抱える不安と課題があり、それらの解消に取り組むことが求められています。最前線で奮闘する信州大学学術研究院(農学系)竹田謙一准教授に話を伺ってきました。(文・佐々木 政史)

・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第142号(2023.11.30発行)より

pic4_2.jpg

なんと研究室に等身大の牛の模型が!…展示会などで使用すると いうことで購入したらしい。(持ち込むのも大変そうだが…)それにしてもインパクトがすごい。

欧米とは意識が違う?日本でのアニマルウェルフェアの現在

b209f28a41d603d46f39c95621a501e6.jpg

信州大学学術研究院(農学系)
農学部 農学生命科学科 動物資源生命科学コース
竹田 謙一(たけだ けんいち)准教授

 動物が生まれてから死ぬまでの身体的・精神的な状態を「アニマルウェルフェア(AW)」と言います。鶏や豚、牛といった家畜は、人間の都合で身体的・精神的苦痛を強いられる環境で飼育されるケースが多く、AWに配慮した動物飼育の必要性が議論されています。「動物愛護」と混同されがちですが、動物愛護は人間が動物を可愛がり保護するという“人間主体”のものであるのに対し、AWは動物の苦痛の排除という“動物主体”のものである点が異なります。
 欧米発の概念で、1960年代から議論されてきましたが、SDGsを重視する世界的な潮流のなかで、エシカル(倫理的)消費との関連で、今改めて注目されています。畜産分野については取り組みが遅れていましたが、食品企業への投資指標としてAWが注目されていたり、欧州委員会がケージ飼育の禁止に向けて動き出すなど、ここにきて関心が高まっています。
 こうした流れのなかで、徐々に日本でもAWに配慮した畜産に目が向けられ始めてきました。ただ、欧米に比べると日本はまだ取り組みが遅れているのが実態で、AWへの配慮に関する投資指標では日本企業は最低ランク。その大きな理由に、日本ではAWに配慮した畜産に対して、生産者、流通・加工業者、小売事業者、消費者が、それぞれに不安と課題を抱えているということがあります。例えば、生産者については、多くの人が必要だと考えながらも、実際に取り組むことに高いハードルを感じています。AWに配慮した家畜の飼育は手間とコストが掛かりますが、その手間とコストを商品の販売価格に上乗せしても、生産者が十分な収益を上げられるほどには市場が成熟していないのです。
 また、消費者については、認知や理解の不足が課題となっています。NPO法人アニマルライツセンターが2023年に行った調査(有効回答数2,889人)によると、「AWという言葉を知っていますか」という質問に、「知っている」と答えたのはわずか9.2%でした。

アニマルウェルフェアへの取り組みは生産者だけでは解決しない。当事者によって見解や意識が異なり課題が残る。その違いを示した図。

DXなどで課題を解決する新しい飼育システムを研究中!

cow.JPG_1.jpg

鳴き声で牛の健康状態やストレスを把握する長野高専との共同研究で使用した機材。首につけて計測する。

 こうした課題を解消し社会へAWの浸透を図るため、信州大学学術研究院農学系の竹田謙一准教授は多様なプレイヤーと連携し様々な活動に熱意を持って取り組んでいます。中でも力を入れているのが生産面の取り組み。例えば、「フリーアクセスストールシステム(FAS)」というAW対応した新たな飼育管理システムの実用化に向けて、長野県畜産試験場やNEC通信システムなどと連携して、DX技術の導入を研究中です。FASは豚が自由に出入りできるストール(策で囲われた飼育環境)と、自由に歩き回ることができるフリースペースを配置したもので、豚は群れで行動したい時と摂食などの単独で行動したい時を選ぶことができます。また、カメラや3Dセンサにより、飼育者は現場に行かなくても遠隔から個々の豚の位置や、接触量、休憩時間などを把握でき、精密な個体管理を手間なく行えます。
 この他、畜産機械メーカーの中嶋製作所と産学連携で農学部敷地内に「ナカマチック養鶏研究棟」を設置し、止まり木や照明環境などでAWの国際基準を取り入れた養鶏環境を研究中。高等教育機関との連携も進めており、長野工業高等専門学校とは鳴き声の分析を通じ、長野県南信工科短期大学校とは飼育データの分析を通じ、家畜がストレスなく過ごせる飼育方法を研究しています。また、信州大学内での連携も進めており、理学部の松本卓也助教とミリ波レーダー技術を用いた非接触での家畜のストレス評価を研究中。農学部の米倉真一教授とは産学官連携でAWに配慮した家畜飼育環境の構築を目指す「次世代型家畜生産技術の研究プラットフォーム」の構築を目指しています。
 一方、竹田准教授は生産者・消費者などへAWの認知と理解を促す普及啓発活動にも力を入れています。この一環として、2021年に全3回のプログラムでシンポジウムやワークショップを実施。ゲストを招き、生産者、消費者、企業それぞれの立場からの講演や、対話形式で考えを深める場づくりに取り組んでいます。「生産面の取り組みだけでは片手落ち。同時に普及啓発活動に取り組むことが重要」と竹田准教授は話します。

実は長野県はAW先駆地 環境にもやさしい“信州版”AWを

 今後、竹田准教授は、長野県ならではのAWの取り組みを構想しています。というのも、実は2007年に松本家畜保健衛生所が日本で初めてアニマルウェルフェアについてのガイドラインを策定するなど、AWの先駆けと言える地だからです。ただ、当時、こうした取り組みは長野県全域を巻き込むというところまで発展しませんでした。
 しかしここにきてAWへの社会的関心が高まってきたことから、竹田准教授は「改めて長野県全域を巻き込んだ“信州版”のAWを構築していきたい」と意気込みます。特徴とするのは、“家畜だけでなく環境にもやさしい”ということ。農学部の施設がある伊那、野辺山地域では家畜の餌となる牧草の自給率が9割以上と比較的高いことなど、環境に配慮した循環型の畜産が可能な地域であるメリットを活かしたい考えです。
 昨今の地球温暖化への対応策として環境配慮への取り組みが一層求められているだけに、“信州版”AWは従来のAWの枠組みに留まらない独自の広がりを持ったものとして、社会から注目を浴びそうです。

ページトップに戻る

MENU