【厚生労働省2024年発達障害啓発週間スペシャル対談】医学部 本田秀夫 教授×阿部守一 長野県知事特別レポート
発達障がいの支援拠点が信州大学に設立されて1年…
発達障がいを“個性”と捉えるニューロダイバーシティの社会へ
自閉症などの発達障がい者は増加傾向にあり、近年は子どもだけでなく“大人の発達障がい”についても関心が寄せられています。
私たちにとって発達障がいがより身近になり、その理解と支援がますます重要になるなかで、長野県は情報提供体制のさらなる充実などを目的に、2023年4月に発達障がい児・者への支援拠点として信州大学医学部附属病院に「長野県発達障がい情報・支援センター」を開設しました。そして今回、開設から1年が経ったことなどを機に、長野県の阿部守一知事と信州大学医学部附属病院「子どものこころ診療部」部長で「長野県発達障がい情報・支援センター」の本田秀夫センター長のスペシャル対談を実施。同センターの実績や今後の展望、発達障がい者が暮らしやすいこれからの社会のあり方などについて活発な意見が交わされました。(信州大学広報室)
※「障害」「障がい」の表記には議論がありますが、長野県では「障がい」の表記を採用しているため、ここでは一部そのような表記としました。
・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第146号(2024.7.31発行)より
「長野県発達障がい情報・支援センター」発足の経緯・実績について
発達障がい支援拠点としての役割がこの1年で、飛躍的に充実・強化された。(阿部)
長谷川萌アナウンサー(以下、長谷川アナ):毎年4月2日は2007年に国連が制定した世界自閉症啓発デーです。また、この日から8日までを発達障害啓発週間と位置づけ、自閉症をはじめとする発達障がいへの理解を促すため集中して啓発を行っています。
この世界自閉症啓発デー、そして発達障害啓発週間のスペシャル対談として、長野県の阿部守一知事と信州大学医学部附属病院「子どものこころ診療部」部長で「長野県発達障がい情報・支援センター」の本田秀夫センター長にお話を伺ってまいります。さて、同センターは去年2023年4月に開所してこの4月でちょうど1年となります。まず始めに本田センター長、センターの果たす役割や、この1年の実績などについてお話しいただけますか。
この1年で相談支援は200件、研修受講者は延べ3,300人、講師派遣は70回、ホームページユーザーは15,000人に。(本田)
本田秀夫センター長(以下、本田センター長):長野県発達障がい情報・支援センターは、長野県から信州大学医学部附属病院に運営を委託されるかたちで昨年の4月からスタートしております。元々は国で設置することが決められている「発達障がい者支援センター」が、県の精神保健福祉センターの中の1部門としてありました。これは発達障がいに関する相談支援や研修、啓発などを行うセンターですが、信州大学には発達障がいの専門家がいるという強みを生かし、様々な情報発信をしていこうという趣旨で、あえて“情報”という名称をつけて、昨年4月から長野県発達障がい情報・支援センターという形でスタートしました。
医師、教育学部の先生、それと教育経験者の方にスタッフとして加わっていただいて、県からの事業を引き継ぐという形で行っていますが、加えて様々な情報発信や研修を充実させようということで1年間取り組んできました。いわゆる相談支援は、電話相談が中心ですがこの1年間で200件ほど受けました。
それ以外に様々な研修を企画しており、既に4回研修を行って延べ3,300人の方に受講していただきました。また様々な県内の機関から講師派遣の依頼もあり、この1年間で延べ70回、合計で4,000人ほどを対象に研修も行っています。ホームページも6月に新たに作り、現在1万5,000人にユーザーとして視聴していただいているという状況です。
長谷川アナ:阿部知事は今のお話を伺っていかがですか。
阿部守一知事(以下、阿部知事):我々としては、飛躍的にこのセンターの役割が充実・強化をされていると思って大変感謝しています。本田先生はまさに発達障がいの第一人者ですし、またセンターは本田先生をはじめとして医療関係のスタッフの皆さんに大勢関わっていただいていますので、我々長野県ではできなかったことも含めて大変充実してきていると思っています。引き続きしっかり応援をさせていただきますので、センターがもっともっと充実をして不安や悩み、課題を抱えている多くの皆様に対する強力な支援になるようにご尽力いただければと思いますし、我々も一緒に取り組んでいきたいと思います。
発達障がいを持つ方と暮らすこれからの社会の在り方について
思い切って学校の在り方を変えていきたい。 子どもたちが多様な個性や能力、関心、特性にあった学びを得られるように。(阿部)
長谷川アナ:発達障がいの方が生きていく社会のあり方について、センター長はどう思われますか。
本田センター長:課題があるとすると、一般の社会の中で発達障がいの人が当たり前に生きていくということが、まだちょっとハードルが高いかなという気がしています。文部科学省の調査で通常学級の中の8.8%のお子さんに何らかの発達の心配があるというデータがあります。もし実際にそうだとすると、発達障がいのお子さんはいわゆる特別な教育ではなくて通常のクラスの通常の教育の中でこそ支援していかなくてはいけないということになります。また、そういう方々が一般の社会の中で一般の会社などに勤めていただかなくてはいけないですね。ですから、多くの一般の方々が発達障がいの人の特徴を理解したうえで、対応していければいいのですけど、まだそこまでは辿り着いていないという印象があります。
阿部知事:長野県では「障がい者共生条例」を2022年に施行していますが、この条例を作ったときに障がいとは何なのかということを改めて考えました。そこで思ったことは、身体的ハンディキャップで障がいになっている部分だけでなく、社会的な障壁が障がいになっている部分があるということです。社会のシステムがマジョリティに合わせたものになっていることから、マイノリティにとって大変生きづらく暮らしづらい状況になっている。この社会的な障壁の部分を変えていくことが、これから障がい者の方たちが生きやすく働きやすい社会を作っていく上で重要だと思っています。
こうしたことから、教育についても教育委員会と一緒に思い切って学校の在り方を変えていきたいと思っています。具体的には、子どもたちが多様な個性や能力、関心、特性にあった学びを得られるような学校を作っていきたいと考えています。
また、こうした中で、発達障がいがある子どもたちだけでなく不登校の子も多くなっています。これは、様々な要因があるとは思いますが、いずれにしても学校の現在のシステムに対して“NO”を突きつけているのではないでしょうか。ですから、私は学校側を変えていきたいと思っています。
これは社会についても同じことが言えます。日本では効率性を追求してきたことから画一的な教育を受けて画一的な行動をするというのが良いモデルとされていますが、これからは効率性を追求するというよりは、新しい価値を生み出していこうとする時代です。その中で、一人一人の持っている個性をうまく組み合わせていかないと、おそらく企業の生産性も上がらなければ社会も発展していかない。ですから、多様性が尊重される社会になっていかなければいけないわけですが、障がいも個性と捉えて社会の中で一緒になって色々な取り組みをしていくことができるような仕組みを作っていかなければと思っています。
本田センター長:全く同感です。私がお伝えしたかったことを全部お話しいただきました。発達障がいの領域では、「ニューロダイバーシティ(神経学的多様性)」という言葉が最近のトレンドのひとつとしてあります。これは、発達障がいを治療しなくてはいけない病気と捉えるのではなく、神経学的な“個性”と捉え、その個性に合わせて発達障がい者の社会参加のあり方を考えようということです。まさに今知事がおっしゃったことと同じようなことを我々発達障がいの研究者も考えています。
特に発達障がいの方は、好きなことや得意なことで才能を発揮する方がおられますが、現代の画一的な社会ですと、全てを満遍なく中くらいにできる人が最も得をするようになっています。こうした中で、発達障がいの方たちはそこでハンディを感じることがあるものですから、そうではなくて適材適所というキーワードをうまく使っていけるといいなと思っているところです。
阿部知事:発達障がいに限らず、社会側の価値観が変わらざるを得ない、あるいは変わらないと社会自体が分断されるような状況になってきているので、社会側を変えられるように我々も努力していきたいと思います。
発達障がい者への支援の在り方について
発達障がいを病気と捉えるのではなく、神経学的な“個性”と捉えることが重要。(本田)
長谷川アナ:発達障がいについては、子どもの時と大人の時でそれぞれに生活上で困難なことがあったり悩まれたりされると思います。一方、関わる方の中にも接し方などで戸惑われる方もいらっしゃるかと思います。発達障がいに対する支援についてどのような取り組みをされているのか、お二方からお話をいただきたいと思いますが、まずは阿部知事、県としてはどのようにお考えでしょうか。
阿部知事:県としては様々なサポート体制を充実させなければいけないと思っています。そのような意味では、この発達障がい情報・支援センターや「発達障がいサポート・マネージャー」※などの重層的な支援体制をこれまで作ってきています。
発達障がいを持っている方たちが置かれている状況や環境は様々ですので、多くの皆さんに発達障がいについて知ってもらうことは重要だと思います。そしてそれと同時に教育や福祉といった分野で発達障がい者へのサポートに携われている方たちの専門性や知識を引き上げていく必要があります。これまでも取り組んできていますが、一層充実させていきたいと思っています。センター長をはじめとして、センターの皆さんと一緒に取り組んでいきたいと思いますのでよろしくお願いいたします。
※発達障がいサポート・マネージャー(サポマネ):全年代、全分野における発達障がい者支援の知識及び経験を有し、各圏域の実情に応じ、発達障がい者に直接関わっている支援者に対して総合的な助言及び必要な支援への橋渡し等を行う者。(「長野県発達障がいサポート・マネージャー整備事業実施要綱」から抜粋)
長谷川アナ:こうしたお話を伺いますと、発達障がい情報・支援センターの役割がますます重要になってくるかと思うのですが、本田センター長は、知事のお話を受けて改めていかがでしょうか。
本田センター長:そうですね、県の役割として、発達障がい者当事者のご家族など、発達障がい者を支援する方へのサポートの役割がとても大きくなってくると思っています。現状では、発達障がいの支援者へのサポートは主に市町村の役割になっていると思うのですが、県としても支援者の育成や教育により力を入れていく必要があるかなと思っています。現在、センターで考えているのは、発達障がいに関する心理検査ができる人をもっと増やし、より身近なところでしっかりと発達障がいの評価が受けられるようにしていきたいと思っているところです。また研修も、依頼をいただければ可能な限り伺うようにしたいと思っていますので、お声掛けいただければと思っております。
長谷川アナ:それでは最後に、お二人からそれぞれ一言ずつお願いしたいと思います。まずは本田センター長からお願いできますか。
本田センター長:ちょっと希望を言ってもいいですか。サポート・マネージャーについては充実してきているのですが、残念ながら地域格差が生じています。現状は、県内の圏域ごとに1人ずつ配置するかたちになっていますが、圏域によって人口が少ないところと多いところがありますので、特に長野圏や松本圏といった人口の多いところは、サポート・マネージャーの支援が足りていないというのが実情です。できれば、その数をもう少し充実させていただけるとありがたいと思っています。
阿部知事:本田センター長からのご要請については、しっかりと対応するようにしていきたいと思います。私としては、全ての県民の皆さんが希望を持って安心して暮らせる社会を作っていきたいと思っています。そのためには、今までの社会システムのあり方や今まで当たり前となっていたものを変革していかなくてはいけないと思います。教育のあり方も大きく変革をさせていきたいと思いますし、働き方も非常に画一的でありますので、発達障がいの皆さんも含めて様々な能力や個性を持っている人たちがもっと自分の能力を発揮しやすい働き方を経済界の皆さんと一緒に作っていきたいと思っています。様々な技術的・専門的な部分はこれからも本田先生をはじめとしたセンターの皆さんにご支援いただきながら取り組んでいきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します。
本田センター長:どうぞよろしくお願い致します。
長谷川アナ:阿部知事、本田センター長、本日はどうもありがとうございました。
対談は映像でもご覧いただけます
長野県発達障がい情報・支援センター