先端研究「知」の創造

信州から紡ぎ、織りなす繊維・ファイバー工学のグローバルネットワーク

VOL.3 ― 国内へ、海外へ、そして未来へ ―

 〝繊維〟の名を冠した学部としては日本でオンリーワンの信州大学繊維学部。そこで進められている次世代繊維・ファイバー工学の教育研究を、前々号(81号)から連続で特集している。
 3回目の本号では、国内外に広がる教育研究のネットワーク、大学間連携の現状に焦点を当てた。
 日本で〝オンリーワン〟の繊維学部を持つ信州大学は、まさに〝オンリーワン〟の学部を持っているがゆえに、国内的にも、国外的にも、教育・研究上の、またその大学間連携上の、大きな責務を担っている。信州大学が中心となり、日本の繊維科学研究を牽引し、国際的な水準に引き上げる努力を進めなければ、日本の次世代繊維・ファイバー工学は、完全に停滞し、国際的競争から立ち遅れてしまうのだ。
  いま、着々と構築されつつある次世代繊維・ファイバー工学の国内的・国際的な大学連携の体制づくりは、文字通り、未来へ向けた架け橋なのである。

(文・毛賀澤 明宏)
・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第83号(2013.9.30発行)より


留学生とサポートスタッフ

留学体験を語り合う留学生とサポートスタッフ
左から、国際交流課グローバルデスクの北澤ふくみさん、信州大学大学院理工学系研究科の冨田孝行さん、仏国の国立繊維工芸工業高等学院(ENSAIT)先端繊維素材コースのイマン・アフィーさん、国際交流支援・フランス語講師の坂本聖子さん

国内繊維系大学連合で人材育成

信州大学・福井大学・京都工芸繊維大学
国内繊維系大学連合で人材育成

国内的には、2012年9月にスタートした信州大学・福井大学・京都工芸繊維大学の3大学による、繊維系大学連合構築の取組みがある。次世代を担う専門家や、繊維に関する知識を網羅的に教育できる技術者・研究者を育成するための、「一段上」の連携をめざすものだ。(★モノサシ③参照)

世界に広がる連携ネット

世界に広がる連携ネット
海外53大学・機関と結ぶ学術交流協定

国際的には、世界の53の大学・研究機関と学術交流協定を締結。教育・人材育成、研究、産学連携の3つの分野で連携を強化している。英国のマンチェスター大学、米国のノースカロライナ州立大学、中国の香港理工大学との包括協定(ブランチオフィスも設置)、欧州繊維系大学連合(AUTEX)や仏国の国立繊維工芸工業高等学院(ENSAIT)との連携も進めている。(★モノサシ④参照)

「繊維の明日を拓くのは私たちだ!」
繊維・ファイバー工学コース合同研修

3大学の院生
軽井沢アウトレットで衣服の素材やデザイン、機能性について調査する3大学の院生たち
合同研修の集合写真
合同研修の集合写真

 大型台風が日本列島を縦断した翌日の9月17日、軽井沢のアウトレットに信州大学・福井大学・京都工芸繊維大学の大学院生16人が集合した。国内繊維系大学連合による繊維・ファイバー工学コースで学ぶ院生たちで、この日から始まる3泊4日の合同研修に集まったのだ。
 初日の研修を担当する信州大学の森島美佳助教によれば、「アウトレットでは衣服のデザインや機能性を調査し、会場を移して、調査をもとに衣服の快適性を調べるソフトウェアの講習を行う」とのこと。
 アウトレットの視察で女性用の水着とフィットネスウエアを注意深く観察していた福井大学の向當綾子さんと京都工芸繊維大学の橋塚茉冬さんは、それぞれ「デザインは水着の方が派手で目立つ。購入者が、自分の水着姿を見る人を意識して買うからではないかと考えた」(向當さん)、「素材が、水着は撥水性が強く、フィットネスウエアは吸水性・親水性が高いように感じた」と、専門家の卵らしい一言。ゴルフウエアに注目した京都工芸繊維大学の那須新さんは、「ゴルフは一日中、野外にいるスポーツなので、UVカットと通気性向上に力を入れているのが良く分かった」と話した。
 2日目以降は、繊維・ファイバー製品・産業・応用に関するテーマについてグループワークを実施。合同研修に参加した信州大学の杉山聖貴さんは「いつもは情報系を研究しているので、この合同研修で繊維により近いことに触れられれば良いと思い参加した。プレゼンテーションの場に立つことにも興味があった」と参加の動機を話した。

海外の特色ある研究に触れて―
仏・日 相互の留学生は語る

冨田孝行さん
信州大学から仏国のオートアルザス大学高等理工学院(ENSISA)に留学した冨田孝行さん
イマン・アフィーさん
仏国の国立繊維工芸工業高等学院(ENSAIT)から信大に留学したイマン・アフィーさん

(インタビュアー・毛賀澤 明宏)

 残暑の厳しい9月11日、信州大学繊維学部国際交流室に、フランスの国立繊維工芸工業高等学院(ENSAIT)の先端繊維素材コースのイマン・アフィーさんと、信州大学大学院理工学系研究科の冨田孝行さんに集まってもらった。イマンさんは、平成25年4月~9月まで信州大学大学院で、冨田さんは同じく3月~8月末までフランスのオートアルザス大学高等理工学院(ENSISA)で、留学生として学んだ経験を持つ。二人に、実際の体験に基づいて感じる次世代繊維・ファイバー工学研究の国際連携の意義について聞いた。

■ 留学先で研究したテーマは?
イマン:テーマは「ポリ乳酸ナノファイバー不織布の分散染色における熱処理の効果」です。ポリ乳酸は、食品や医療の分野で大きな発展可能性を持つ素材で、ナノファイバー技術を駆使することで新しい機能を持った繊維を作り出す、最先端の研究です。
冨田:布地のさわり心地について、人の五感による評価と機械による測定値との相関関係を調べる研究をしてきました。日本では化粧品のビンの形状の違いによる印象の変化を研究していましたが、それを一歩発展させて、人間の五感を数値化する標準づくりを考えてみたのです。

■ 留学先と母国との研究方法の違いは?
イマン:日本の研究プロジェクトは、スタート直後から皆で協力して実験に取り掛かるところが魅力的でした。フランスでは実験の前にその目的や方法についての講義が何度もあるのですが、日本では、学生が自分たちで方法を考え見つけ出して実行してみるというスタイルで、自主性が重んじられているように感じました。
冨田:僕は、逆に、フランスでは実験に着手する前に、その目的や方法についてじっくり考察する時間を取っていることが新鮮でした。例えば、布のさわり心地について人の感触で調べる官能検査というのがあるのですが、日本では、その検査に誰に参加してもらっても、一人は一人、人数分の検査結果にしかなりませんが、フランスでは、経験者とか専門家と、一般の人とでは、データの〝重み〟に違いが持たされています。その〝重み〟の違いやその根拠を、実験の前に、深く考察するのです。日仏の価値観の違いかもしれませんが、こういうことを実際に肌で感じられたことが大きな利点でした。

国内繊維系大学教育研究連携がめざすもの
繊維学部 塚田 益裕 特任教授に聞く

繊維系大学連合による次世代繊維・ファイバー工学分野の人材育成
平成24年度文部科学省「大学間連携共同教育推進事業」採択
「繊維系大学連合による次世代繊維・ファイバー工学分野の人材育成」

信州大学 繊維学部 塚田 益裕 特任教授
工学博士
1970年信州大学繊維学部繊維工学科卒業、1972年信州大学大学院繊維学研究科修了。1980年フランス国リヨン第1大学に留学。2007年蚕糸功労賞、1992年第51回注目発見、1985年上田繊維科学振興会賞、1985年繊維学会論文賞・厚木賞など受賞

国内繊維系大学連合の共同教育推進はどのような形で進んでいますか?

 採択から平成25年3月までは、学生の受け入れ準備を行ってきました。平成25年4月には、相互に連携し教育の充実を図ることを目的として3大学で単位互換協定を締結し、コース生17名を受け入れました。繊維・ファイバー工学コース独自の共通講義を設定するだけでなく、各大学で開講している講義を相互に受講できるようになりました。

具体的に「これは紹介しておきたい」と思う直近の取組みはありますか?

 前期に、細胞レベルの診断・医療への活用を図る国立シンガポール大学のLim Chwee Teck教授とスマートファイバーを電子工学に活用する方法を研究される香港理工大学のTao Xiaoming教授のお二人を講師に招き、3大学で講義・講演をしていただきました。世界で最先端の研究に触れるだけでなく、英語力の強化にもつながります。後期にも仏国ボルドー大学と米国ノースカロライナ州立大学から講師を招く予定です。
 また、この夏休みの間にアカデミックインターンシップを行い、自分が所属する大学以外でそれぞれが希望する連携大学の先生のもとで2週間研究に励みました。他大学の研究室で同年代の仲間と接する中で、様々な刺激を受け、日々の生活では味わうことのない新しいことへの興味の大切さを学ぶことができたようです。また、9月17日から3泊4日で、3大学の学生が軽井沢に集まり、合同研修を行いました。普段は距離が離れているため、お互いに顔を合わせる貴重な機会です。この研修は、プレゼンテーションとディスカッションの時間を十分に設けて、理系技術者に必要とされる情報発信とコミュニケーション能力を養成することをめざすものです。教員だけでなく、帝人、花王、東レ、ユニチカなど繊維素材大手の現場の方(現役・元職含む)も講師に招き、研究と実践の融合を図ろうと考えました。とても忙しいスケジュールでしたが、学生やアドバイザーの先生方がよく話し合ってグループワークを行い、結果をまとめて、きちんとプレゼンテーションすることが出来ました。アカデミックインターンシップや合同研修を通じて培われた人脈は、今後の繊維分野を支えていくものだと期待しています。

3大学連携がめざすもの、その特色は何でしょうか?

 次世代繊維・ファイバー工学分野の人材育成ということに集約されます。次世代繊維・ファイバー工学の分野は、衣料だけでなく、素材として建築土木、航空宇宙、電気電子、医療福祉などの広範囲な産業分野に守備範囲が広がっています。それにともなって、ナノファイバー化や複合材料化など学問研究の範囲も拡大し、さらに、繊維製品にコンピュータ―機能やセンサー機能を持たせるスマートテキスタイル(インテリジェントファイバー)は、新たな社会の扉を開くとも言われています。
 こうした大きな可能性がある分野なのですが、日本では、旧来からの繊維・衣料産業の海外移転などの影響もあり、研究者・専門家が激減しています。これを克服し、この分野に関する十分な知識と活用能力の備わった人材を育成することが急務なのです。特に、後進の教育・指導を行うことができる人材を育成し、継続的な人材供給が可能なシステムを構築することが産業界からの強い要請であり、広範な協力の下に、それに応えることをポイントに挙げていることも、大きな特徴だと言えるでしょう。

繊維・ファイバー工学の国際学術連携の現状
繊維学部 下坂 誠 教授に聞く

学術交流協定を締結した大学・機関数
世界との連携はますます強力に。学術交流協定を締結した大学・機関数
下坂 誠 教授

信州大学 繊維学部
下坂 誠 教授

応用生物科学系 生物機能科学課程 農学博士
1979年京都大学農学部卒業、1984年京都大学大学院農学研究科(博士)終了。1986年信州大学繊維学部助手。1993年同助教授、2004年同教授。米国ノートルダム大学、同コーネル大学などに留学歴有り。

繊維学部を先頭にして信州大学が進める、海外の教育研究機関との国際連携はどうように進んでいますか?

 基本的にファイバー工学を基礎に据えて、教育と研究の両面で、現在、海外の53の大学・研究機関と連携を図っています。
 その中でも、英国のマンチェスター大学、米国のノースカロライナ州立大学、中国の香港理工大学との連携を強化し、信州大学を加えた繊維系4大学間の教育研究協力体制が一つの核です。マンチェスターは羊毛、ノースカロライナは綿花、香港はファッション・アパレル、それに上田は蚕糸という、それぞれ深く繊維に関わった歴史をもつ地域の大学ですから、それぞれの個性・特性を活かして、次世代繊維・ファイバー工学の発展のために相互に支え合い協力しています。この4拠点には連携大学から招かれた教員が使用するブランチオフィスも設置されています。

AUTEXについても教えて下さい。

 国際連携のもう一つの核が、AUTEXとの連携です。ヨーロッパには、旧来の繊維工学の伝統を引き継ぎながら次世代繊維・ファイバー工学の教育研究を進める欧州繊維系大学連合(AUTEX=Association of Universities for Textiles)という組織があります。信州大学は平成24年度に、アジアに位置しながらも、このAUTEXに準加盟しました。次世代繊維・素材・ファイバー工学の世界的水準の教育研究に関わるためです。AUTEXでは、修士課程コースを共同で運営する取組みが進んでおり、一週間完結のコースワークが加盟校を持ち回りして行われています。内容上もスケジュール上もハードなもので、院生は、ここでの学びをもとに、それぞれの大学院で修士論文を仕上げたりしています。

フランスの大学・研究機関との関係も深いのですよね?

 いま述べたAUTEXの中核大学の一つがフランスの国立繊維工芸工業高等学院(ENSAIT)です。主に繊維・ファイバー工学分野の先端的エンジニアを養成する教育機関ですが、それだけに極めて実践的な教育が行われています。繊維学部では、このENSAITと平成20年から修士課程のダブルディグリープログラムを推進してきています。ダブルディグリープログラムとは、簡単に言えば、二つの機関の教育プログラムを特定の期間学べば、二つの学位を取得できるシステムですが、教育研究内容の水準の高さや語学力の問題などがあり、大変、高いハードルがあるものです。しかし、その分、意欲と実力のある国際性を兼ね備えた若手研究者・技術者を育てることができるので、大変、効果が大きいのです。

ここまで来るには、長い積み重ねがあったのでしょうね?

 平成19年から23年まで続いたグローバルCOEプロジェクトが国際化に大きな役割を果たしました。大学院博士課程のグローバル化、博士課程学生への各種支援、学生や教員の海外派遣、海外講師の招聘など、この時期にノウハウを獲得しました。さらに、繊維学部では学部1・2年次にTOEICの年2回受験を義務付けていますが、これに代表される英語教育を重視するようになったのも、国際連携が進む中でのことです。現在はフランス語学習の機会も用意しています。世界的レベルの教育研究を推進し、次代を担う人材を育成するためには、なによりもそういう地道な努力が必要だと思います。

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