
湿気の多い土地に建つ建物の外壁などは、知らない間にカビや藻が繁殖し、見た目も悪く劣化も早く進む危険性が高い。そんなところに塗れば、カビや藻の繁殖を抑え、汚れも落ちやすくなる画期的な塗料を、繊維学部の村上泰教授と化学品製造会社エヌ・ティー・エス(本社・諏訪市、宮澤伸社長)が、共同で開発した。このほど繊維学部で記者会見し、発表した。
今後は塗料として、また、その塗料を塗った外壁用材として商品化することが期待される。
村上教授の専門は、若い頃から培った触媒を使った材料化学工学。化学の最先端の研究が、身近な暮らしに役立つ典型的な事例だ。
・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第64号より
村上教授らが開発した新塗料の特徴は以下の5点だ。
第1に、基材に塗ることでカビや藻の繁殖を抑制できる。要するに、カビや藻が生えにくくなる。昨今、屋内・屋外を問わずカビの発生が暮らしの障害になっていることが多い。水分が多く乾燥しない場所では、カビどころか、藻まで生えるのだという。これを押さえ込む働きが強いという。
第2の特徴は、無害であること。カビや藻の繁殖を抑えるといっても、その働きを中心的に担うのはアルミニウム・マグネシウム・シリカ(二酸化ケイ素)・炭酸イオンなどの粒子。人体などへの害はなく、環境負荷も小さい。無害で、安全・安心の新材料なのだ。
第3は、基材と塗料の密着性が強い、つまり塗りやすくはがれづらいこと。
しかも第4に、陽差し(特に紫外線)や風雨による劣化も少ない=耐候性が高い。
そして第5に、親水性で、水に対する濡れ性が良いので、土ボコリやチリなどが付着した汚れも、簡単に水で流し落とすことができる。
このような特性からして、例えば壁紙やタタミ表の裏側などに塗布すれば長期にわたり防カビ効果などが期待できるほか、屋外でも、建築物の外壁、様々な屋外施設、交通標識などに用途が広がりそうだという。
「以前からお付き合いのあったエヌ・ティー・エスさんが、得意の微粒子技術を駆使して、カビや藻の繁殖を防ぎ、無害で、親水性の粒子を開発したのです。でも、粉のままでは使いようがない。そこで、私たちのバインダー(接合材)研究と融合させて、粒子の特性を活かしたものが作れないかを、共同研究することになったのです」。村上教授は、今回の研究の発端をこう話す。
エヌ・ティー・エスが開発した防カビ防汚の粒子は、先述したようにアルミニウム・マグネシウム・シリカ・炭酸イオンが主成分。直径10ナノ(ナノは10億分の1メートル)の微粒子だ。これを、その特性を落とさぬまま、基材にしっかりとはがれないようにくっつける材料が求められていたというわけだ。
そのために村上教授は、2種類の接合材を用意した。一つは、炭素を含む有機バインダーであるアクリルウレタン樹脂。劣化しにくく基材に良く密着し、扱いやすいという特性がある。これは主に屋内での使用を目指す。
もう一つは、自ら開発したシリカ多孔体を利用した無機バインダー。表面に無数の微細な穴があいたシリカ多孔体は、それ自体が超親水性で、基材の上で水膜のように広がり汚れを防ぐだけでなく、耐候性にも優れている。紫外線などにあたっても劣化や変形が少ないので、主に屋外での使用に向いている。
「この研究は文部科学省が進める地域イノベーションクラスタープログラムの成果の一つです。地元の意欲的な企業と信大が共同して、大学の知を地元の産業振興に活かしていくために取組んでいるものですから、今回発表した防カビ防汚塗料も、さらに色々活用して暮らしに役立つ製品を増やし、地域産業の発展に貢献できるといいですね」と、村上教授は話す。
現代の人々の暮らしの中で、カビや藻の繁殖による弊害を指摘する声は多い。それを防ぐ効果の高い新塗料は、密着性や耐候性が高い特徴を併せ持っていることから、屋内・屋外を問わず、応用範囲を広げることが可能だろう。
当面は、これを大量合成する方法や、様々な樹脂や既存の塗料などに練りこんだ新材料の開発が実践的課題となる。
「無機バインダーなど応用化学の研究は、人々の暮らしに役立ってこそはじめて意味があるのです。それを地元の企業さんと共に進めることができるのは、とても楽しいことです」と、最後を締めくくった。
【株式会社 エヌ・ティー・エス 宮澤伸社長、藤森隆志主任に聞く】
「今回の共同研究で、当社の防カビ防汚粒子の特性が今まで以上に活かされた製品が開発できました」と共同研究したエヌ・ティー・エスの宮澤社長。「特に、粒子に含まれる炭酸イオンの働きで生まれている防カビ効果が、村上先生が開発された無機バインダーの密着性や耐候性の高さとの相乗効果で、いっそう顕著になった点はうれしかったです」と同社の開発技術主任の藤森隆志さんが補足した。
同社は、20年ほど前から外壁の汚れ防止に有効な素材を開発販売するベンチャー企業。今回の共同研究で利用した防カビ防汚粒子は、実は、TVなどに使用する発光性のある別の用途の素材の開発中に、偶然生まれたものだという。「ベンチャー企業は、常に新しいものを開発し続けなければやっていけません。自社の研究が、大学と共同することで、より早く製品化に結びつけば、それは大きな前進だと思います」と宮澤社長は力を込めた。
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