先端研究「知」の創造

巨大化学プラントに匹敵する、ナノカーボン"吸着"機能の夢と可能性 【シリーズ ②金子 克美チーム】

巨大化学プラントに匹敵する、ナノカーボン

信州大学で動き出した地域卓越研究者戦略的結集プログラム「エキゾチック・ナノカーボンの創成と応用」プロジェクト。
世界から卓越した研究者を結集したドリームチームが、熱い研究を繰り広げている。
シリーズ1回目では、グラフェンやカーボンナノチューブの炭素原子の一部を他の原子に置き換えた、新しい素材の物性や機能性を追求するテロネス教授グループを紹介したが、今回はナノカーボンの新規機能の開発研究を続ける金子克美教授のグループにフォーカスを当てる。

 

<特別特任教授 金子克美 Profile>
1969年に横浜国立大学工学部応用化学科を卒業、1971年東京大学大学院理学研究科化学専攻を修了。以来、2010年まで千葉大学理学部。1992年から同理学部(理学研究科)教授。2010年4月から信州大学エキゾチック・ナノカーボンの創成と応用(ENC)拠点の特別特任教授。国際学術誌へ約400編の論文発表。引用総数は約8500。日本化学会学術賞、アメリカカーボン学会Charles-Petinos賞など受賞。IUPACの吸着とカーボンに関する委員。ナノ空間の分子科学に関する研究を創始。ENC拠点ではグリーンイノベーションを目指してナノカーボンの分子およびイオン機能に関する研究を推進中。

                                                    ・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第67号(2011.1.25発行)より

 

ナノカーボンの吸着機能をベースに新規応用を目指す

ヨウ化カリウム結晶の透過電子顕微鏡による格子構造
単層カーボンナノホーンのナノ空間中に成長しているヨウ化カリウム結晶の透過電子顕微鏡による格子構造。
この格子像はこのナノ空間が外側は1気圧以下であるのにカーボンのナノ空間中では2万気圧近くの高圧がかかっているような状態にあることを示している。

エキゾチック・ナノカーボン(ENCs)とは、炭素を母体とするナノサイズのカーボンに異種の原子を入れ、これまでにない物性や機能性をもたせた新規物質のこと。ドリームチームでは、このENCsの創成と構造解析、機能性の検証などを4つのグループが共同して行っている。

このうち金子教授率いるグループでは、ENCsの物性・構造解析と吸着機能をベースにした新規応用を目指している。現在はカーボンナノチューブやグラフェンシートによる分子の貯蔵・転換および分離を調べている。次第にENCsも取り入れた研究を行う予定。

グラフェンは、六角網平面を形成する炭素原子が1層のシート状に結合しているが、そこに所定の原子を柱のように挟み込み、もう1枚のグラフェンを重ねると隙間(細孔)ができる。こうしてできた細孔は、気体などの分子を捕らえる空間となる。カーボンナノチューブはグラフェンを丸めて筒にした構造なので、筒の中に分子サイズの空間がある。

通常、気体分子は、熱エネルギーを持ち空間を動き回るが、この状態はエネルギーが高く不安定である。一般に物質は、不安定な状態から安定した状態に移る。グラフェンの壁で囲まれた空間は、炭素原子が分子を吸着する力が強いため、分子はその空間に入って安定化する。

分子を吸着するのは、炭素原子との間に働くファンデルワールス力だ。ファンデルワールス力は、グラフェンの炭素原子と分子との間にも働く。その力は、化学結合の数十分の1程度だが、六角網目構造で並ぶ個々の炭素原子の力を積算するとかなりになる。こうして次々とカーボンの細孔に捉えられた分子は、空間内に強く押し付けられた状態となり、最近になって、そこには2万気圧もの圧力がかかっていることが判明している。

このカーボンの細孔による分子吸着理論を応用して金子教授のグループでは、新しい化学的研究を進めている。その一つが、水素と重水素の分離だ。水素と重水素は、互いに同位体と呼ばれ、同じ原子番号をもちながら中性子の数(原子の質量数)が異なる。重水素は核融合を行う際の燃料となるが、これを濃縮する場合には、水の電気分解の速度差を利用するなど大量の電力を必要とする。そのため簡単に分離できれば、将来のエネルギー資源枯渇への有効な解決策となる。金子教授らは、ナノカーボンの吸着機能を利用して、これを具現化しようとしている。

重水素の分子量は4で、水素は2といずれも軽い。こうした軽い分子は、常に揺らいでいるが、重い重水素分子の方が、軽い水素分子に比べると揺らぎの度合いが小さい。そのためカーボンの細孔サイズによっては、重水素は細孔に入れるが、水素は大きく揺らいでいるために入ることができなくなる。この選択的な量子分子篩作用を利用すれば、両者を効率的に分けることが可能となる。

また同様な手法で炭素の同位体分離の実験も行っている。炭素には、質量数が12~14の同位体が存在するが、炭素14は放射線を出す。炭素14は、欧米で多く稼働する黒鉛型原子炉で生成する。半減期は6,400年と長いことから、一基当たり2,000トンに及ぶ放射性グラファイトの処理が問題となっている。そこで黒鉛型原子炉から廃棄されるグラファイトの中から、安全な炭素12と放射線を発する14を分離できれば、放射化グラファイト量を著しく削減できる。

分離方法は、まず炭素を燃やして二酸化炭素を発生させ、そこからメタンを生成する。炭素12由来のメタンの質量は16で、炭素14由来のメタンの質量は18となるため、分子の揺らぎに違いが生じ、前述した量子分子篩効果で分離できる。既に良好な結果が出ているため、今後は高感度試験装置を用いて実験をさらに進める予定だ。

こうした分子の選択的分離には、ナノカーボンの空間が最適である。それは炭素の原子番号が12と比較的小さく、軽量な材料のためである。また、ナノカーボンの構造は六角網目構造をとっているため、面積当たりの原子数が多く、積算したファンデルワールス力が強い。つまり軽くて強い分子場を作れることになり、将来的に小型・軽量の効率的な装置の開発が可能となる。

エネルギー問題の切り札 ─メタンハイドレートの有効活用に道を─

グラフェンシート
試作したグラフェンシート。
強酸性の液体の中でグラファイトをバラバラにほぐした後、炭素原子をシート状に再結合させて作る。
ノーベル賞を受賞したグラファイトを1枚ずつ剥がしていくグラフェン製造法に比べて、大量生産が可能になる。

金子教授は、ナノカーボンの吸着機能を利用した壮大な構想をいくつももつが、その一つがメタンハイドレートの安定濃縮材料の開発だ。

メタンは、天然ガスの主成分で比較的クリーンなエネルギーである。日本列島周辺の大陸棚にはメタンが、水分子で構成される立体網状構造の中に、水和物として安定な固体結晶(メタンハイドレート)の状態で埋蔵されている。その量は、国内のエネルギー消費量の百年分以上に相当すると言われている。ただしメタンハイドレートは、深海底の地下に氷のような結晶で存在して流動性がなく、石油やガスのように穴を掘って汲み上げられず、石炭のように掘り出そうとしてもガスの含有量が少なく、費用対効果の点で現実的ではない。またハイドレートを含む地層を暖めれば、温度の上昇や圧力の低下でガスとなって出るが、周囲の環境がハイドレート生成に適する氷を含む温度や圧力だと、再び水和物を形成してしまう。そのため低コストで大量に採取することは、技術的に難しいとされている。

金子教授は、ナノカーボンの吸着特性を利用すれば、普通の環境下でもメタンハイドレートを安定的に貯め込むことが可能とみている。
「メタンハイドレートとして安定化したままでナノ空間に閉じこめて、それを利用することができれば、エネルギー問題の根本的な解決に役立ちます」(金子教授)。

様々な「夢」を実現させる可能性を秘めるナノカーボン

ドリームチーム

ナノカーボンは、分子を濃縮したり分離する以外に、従来のエネルギー産業、環境技術、医療・食品分野などで革新的な素材あるいは装置を生み出す可能性を秘めている。
「たとえばナノカーボンが作る空間にナノサイズの触媒を入れておくことで、普通の条件では起こらない反応を起こすことも可能です」(金子教授)。

ナノチューブやグラフェンは、細孔の大きさを変えることで、場の圧力をコントロールでき、電気もよく流すことから温度や圧力を変えた反応場が自在に作れる。これと最適な触媒を組み合わせることで、二酸化炭素をメタンに変えたり、圧力をかけずにアンモニアを作るなど、これまで巨大な化学プラントで合成していたものが、小さい反応場を積み重ねるだけで簡単に作れるかもしれない。

現在、空気中の窒素と酸素の分離には、ゼオライト等を利用して工業的に行っているが、ナノカーボンを利用すればさらに効率的な分離が可能となる。
これによって医療現場や家庭で、小さなパッケージから酸素を手軽に取り出せたり、あるいは燃焼装置と結び付けることで燃焼効率を上げ、省エネと二酸化炭素排出量の減少が同時に期待できる。さらに人間の呼気には、二酸化炭素以外に一酸化窒素やメタン、アセトンなども含まれるが、それらの濃度を簡単に測定できるセンサとしてナノカーボンを応用すれば、健康管理などにも利用できる。

「有機化学反応は、非常に発達しています。ナノカーボンの構造修飾には、これまで培ってきた様々な反応を利用できます。そのため自由自在に必要に応じた形態のナノカーボンが作れる日もやがて来るでしょう」(金子教授)。
そのためにやるべき事は、数多くあると金子教授は力説する。

新しい領域の研究に専念するためにドリームチームに参加

金子教授は、25年ほど前に活性炭と酸化鉄を組み合わせて、自重の30%に及ぶ量の一酸化窒素を吸着する素材を開発するなど、カーボンの吸着研究におけるスペシャリストだ。その後、1998年頃にカーボンナノチューブと出会い、カーボンの構造と機能に関する研究を千葉大学で続けてきた。

千葉大学では、学部長や大学院研究科長を勤めたが、落ち着いた雰囲気で研究に従事したいとの思いと革新的な国際チームで面白い結果が出せるのではとの思いから、昨年4月より信州大学の特別特任教授としてドリームチームに加わっている。

この金子教授の研究テーマを推進・具現化するのが、グループ内の若い5人の研究者である。その中の一人、伊藤努武助教は、千葉大学から金子教授に呼ばれて来た。ナノカーボンの反応場を利用して、二酸化炭素からメタンの生成を目指す。実質的な研究はこれからだが、これまでに実験室の装置開発など、環境整備を中心的に行ってきた。また同じく千葉大学から赴任した藤森利彦助教の研究テーマは、カーボンナノチューブの欠陥構造の解析だ。ラマン分光という方法で、六角網目構造のナノカーボンの中に混在する五角形や七角形構造の部位を特定する。これらは六角網目構造に比べて化学的に不安定であるため、分子が吸着した時に特別な反応が起こる可能性があり、それをうまく制御すれば新しい反応場が形成できるという。

さらに新村素晴研究員は、黒鉛中からの炭素12と炭素14の分離や水素と重水素の分離に向けた試験的実験を行い、坂本裕俊研究員は、メタンハイドレートをナノカーボンの中に取り込む機構解析の前段階として、様々なサイズの細孔をもつ活性炭を用いてメタンや水の導入機構を解析している。そして淺井道博研究員は、黒鉛から大量のグラフェンを作り新規なナノカーボンを創る試みをしている。

こうした若い研究者たちが、金子教授の考えるテーマに沿って意欲的に、そして自発的に活発な研究を続けている。

「カーボンは、未来を語る上でキーとなる物質です。CO2変換やエネルギー貯蔵の問題など、活用される分野は多岐に渡ります。
若い研究者と一緒にドリームチームに参加して、その最先端の研究ができる。非常にエキサイティングなことです」(金子教授)。

将来を見据えた研究を目指す金子教授の視線の先には、カーボンが築く新しい世界が、はっきり見えているようだ。そしてそこに現れている姿こそが、ドリームチームが目指す究極の目標なのかもしれない。

金子チーム メンバー

①伊藤努武 助教
専門は、コロイド化学。
「吸着や触媒、電気化学分野の研究経験とナノカーボンを融合させた研究を目指します」。

②藤森利彦 助教
カーボンナノチューブの構造解析が研究テーマ。
「これまでは電子顕微鏡で捉えていた原子の世界を振動の様子から捉えたいと思っています」。

③新村素晴 研究員
専門は、量子化学。
「黒鉛を燃焼させてガス化したものを量子力学的な効果による吸着で分離する方法を確立します」。

④坂本裕俊 研究員
専門は、多孔体の吸着機構。
「もともと多孔体の吸着に興味があり、活性炭の細孔を利用してメタンの吸着機構の解明を目指しています」。

⑤淺井道博 研究員
「一度企業に就職しましたが、再び大学に戻っています。グラフェンを大量に生産できる手法の確立を目指します」。

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