先端研究「知」の創造

スマートテキスタイルがもたらす快適な未来。

VOL.2―“ 賢い布地”?!“ 知性ある繊維”?!“ 賢い高分子素材!!”―

 信州大学繊維学部が取組む次世代繊維・ファイバー工学の概要について、『次世代繊維・ファイバー工学が描く未来。』で俯瞰した。諸方面から、「現代の繊維学はこんなに進んでいたのか!」「学問分野を超える研究の広がりに驚いた!」・・・などの声を聞いた。
 その中でも、様々な機能を持った新しい繊維素材を生み出し、その編み方や組み合わせによって、想像もできなかったような機能を提供する素材や製品を創出する、「スマートテキスタイル」「インテリジェントファイバー」について、「もう少し具体的に紹介して欲しい」という意見が多く寄せられた。
 そこで、今回は、そこにズームイン。「スマートテキスタイル」「インテリジェントファイバー」とは、いったいどういうものであり、それが私たちの暮らしにどのように結びついているのかを、レポートする。
 直訳すれば〝賢い繊維製品〟〝知性ある繊維〟・・・・・・「糸がモノを考えるなんて・・・」と言うなかれ。ナノメートル(10億分の1メートル)のサイズでのものづくりが可能になった現在では、まるで生物の反射・反応と見まがうばかりの〝動き〟をする「人工物」が産み出されているのだ。

(文・毛賀澤 明宏)
・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第82号(2013.7.29発行)より
ロボットハンド

写真の「ちょき」を出しているのがロボットハンド。(左の写真の中の機械の手と内部構造は全く同じ。白いプラスチック製の外皮を人の手そっくりのシリコンゴム製に変えたもの)。 
繊維学部機械・ロボット学系の西川敦教授が開発した。しなやかな人間の手の動きを機械で再現することを目指したもので、数多くの人工筋肉を協調させることで繊細な動きが可能になった。繊維状の一次元の素材に多様な機能を持たせる発想が光る(詳しくは信州発!新しいモノサシ③参照)。

 「スマートテキスタイル」は主に高機能の繊維・布・衣類やその開発を指し、「インテリジェントファイバー」は主にその材料となる繊維材料・高分子材料ならびにその開発を指す。「スマート」と「インテリジェント」は現在ではほぼ同義で使用されている。はじめは「インテリジェント」が使用され、しだいに「スマート」と言う呼び方も使われるようになった。

スマートテキスタイルとは何か? 繊維学部 平井利博 特任教授・名誉教授に聞く

―「スマートテキスタイル」「インテリジェントファイバー」の定義は?

「スマート材料」の一つで、ファイバー状であったり、布帛などのテキスタイル状であったりする繊維や繊維材料。材料の分野では、「スマート」(賢い)や「インテリジェント」(知的な)とはセンサー機能とアクチュエータ機能を合わせ持っていることで、材料自体が、環境や状態の変化を感知して、自律的に適切な反応をすることを指します。

(1)外的な刺激を感知するセンシング、
(2)感知した情報を処理するプロセシング、
(3)それらを通じて反応するアクション

―の3つのプロセスを自律的に行う繊維材料、機能材料を総称してそう呼ぶのです。


―例えば、どのような材料がスマートテキスタイルと呼ばれるのでしょうか?

柔軟高分子のフニャフニャした断片

電圧をかけると「ものをつまむ」動きをする柔軟高分子のフニャフニャした断片

 私が研究しているのは繊維に使われる材料を電圧で動かすことですが、例えば最も身近な、ペットボトルの材料であるポリエステル樹脂フィルムは電圧を掛けると振動します。水道管等に使われているポリ塩化ビニールに可塑剤を加えた柔軟材料(ゲルと呼ぶこともできる)は電圧をかけるとアメーバのように変形し、電圧をきるともとに戻ります。これを使って、フィンガーにしてものをつかんだり、人の瞳のように変形するので焦点可変レンズにもなり、筋肉のように伸縮させることもできます。糊等に使われるポリビニールアルコールも柔らかくすると同じように駆動します。これらは、フニャフニャした高分子材料(ゲル状)ですが、これに電圧をかけると、一定の方向に反ったり、曲がったりします。特徴的なのは、電流は流れないはずの絶縁体なのに、こうした反応をするのです。これを活かすと、電圧をかけたり、かけなかったりすることで、ものをつまんだり、はなしたりする動きをさせることができます(写真参照)。さらに、これをナノのスケールで編んだり組み合わせたりすれば、人工筋肉に応用することもできるはずです。
 何の変哲もない、どこにでもあるような材料でも、こうした機能を引き出し、繊維状にすると最先端のスマートテキスタイルというデバイスになるわけです。


―スマートテキスタイルに注目が集まるようになったきっかけは何なのですか?

 繊維状の一次元の材料を、撚ったり編んだりして様々な機能を持つものに生まれ変わらせて行くというのは、もともと繊維工学が持っていた一つの特性なのです。シルクという天然素材からスタートし、繊維学部は、蚕の品種改良で素材を良くし、また撚り方・編み方・染め方などで様々な特徴ある技術を生み出しました。次にナイロンやポリエステルという人工繊維が出現し、それを多様な形で構造化することで、多くの機能を実現してきました。そうした中で、特に近年、科学技術が進歩してナノメートルの単位でものを観察したり、操作することができるようになり、スマートテキスタイルの可能性が大きく広がってきたのです。他方で、電子デバイスや情報デバイスに使われる超微細加工技術の進歩が繊維や織物の中に微小デバイスを組込めるレベルに達したことが医療分野、介護分野などへの応用可能な柔軟な電子デバイスとしてのスマートテキスタイルを具体的な商品化レベルに近づけてきたからでしょう。


―具体的にはどういうことでしょうか?

 例えば、人の体温や心拍、発汗、汗の成分などの生理的な因子を繊維がセンシングし、体の動きがテキスタイルの摩擦を引き起こして発電し、その情報を病院に送るというようなことが可能になりつつあります。特別なことをしなくても知らないうちに介護に必要な情報が分かる訳で、手遅れにならずに済むことになります。大きくて複雑なデバイスだと壊れ易いが、微小で素材の持つ「賢さ」(スマートさ)を活用すると壊れにくい実用に堪えるテキスタイル・デバイス(装置)ができるのです。材料の内部でのこうした動きがナノスケールオーダーで解析でき、かつそれを制御するモデルを同じくナノのスケールで作り出せるようになってきた。このことが様々な特性の繊維に使われる高分子材料を使って今までにない機能を引き出し、それを組み合わせ、構造化することで、スマートテキスタイルの発展につながってきているのだと思います。


―暮らしへのどのような応用が考えられるのでしょうか?

 先程述べましたように、一例は人の生理状況をリアルタイムで追尾するような介護、医療などのシステムを支えるインテリジェント・テキスタイルです。
 それ以外では、センシングの点で言えば、例えば、環境(車、家、ビル、地域、自然)の状況や、光・音・環境(有害物質)を感知したり、監視したりする機能を持った繊維製品は、人に優しい究極的な住環境を提供する基盤を築くためのテキスタイルということになります。
 プロセッシングには、感知した情報に基づいて各種の変化が材料やテキスタイルの中で誘発され、様々な現象に連結します。その結果が、リアクションとして有効な結果をもたらします。
 エネルギーや情報の生成や伝達について言えば、太陽光や圧力、温度差などに反応して発電したり音や信号を出す機能につながります。家や車が鍵なしで応答したり、風呂敷のような畳める太陽電池はもとより、人と情報交換して調光するライト、調温する壁紙など、人々の生活が一変すると思います。もちろん、外界の変化に応じて形が変わり、強度・弾力性・色などが変化するという機能のスマートテキスタイルは、障害やリハビリを支援する人工筋肉とか、人工感覚器官とか、高次元の防護服とか、命と暮らしの隅々にまで応用可能です。
 スマートテキスタイルは人類の生活を一変させるものになると思います。

信州大学 繊維学部
平井 利博 特任教授・名誉教授


研究分野:高分子材料化学
1970年信州大学繊維学部卒業、1976年大阪府立大学大学院工学研究科修了、1976年TULANE大学医学部講師、1979年信州大学繊維学部助手、1982年同助教授、1995年同教授、前繊維学部長、2013年現職。

平井利博教授

暮らし方を変える
導電性繊維が支えるアンビエント社会

新多機能衣類
新多機能衣類は、布地や繊維の素材と構造に支えられている
導電性材料
導電性材料を連続紡績機で繊維にした
新しいモノサシ1

 高分子材料が専門領域ですが、材料を研究するということは、どういう社会システムを構築するかということに直結していると思います。数年前までは、誰でも、どこでもコンピューターネットワークの恩恵にあずかることのできる「ユビキタス社会」が取りざたされていました。しかし、現在では、さらに進化して、「アンビエント社会」構築の必要性が説かれています。コンピューターとか携帯端末とか、ネットワーク機器とかを意識して持ち歩かなくても、その恩恵に預かれる社会を指します。そのような社会を目指す時、衣服とか、車のボディーとか、建物の壁面とか、まさに日常的にどこにでもあるものの中にデバイス(特定の機能を持った電子部品)が組み込まれたシステムを作り出すことが重要だと思います。
 例えば、スーツの中に、発電機能や、人間の五感を補助する機能、身体に障害のある方をサポートするパワーアシスト機能、位置情報を掌握するGPS機能などが内蔵されていて、それを支えるシステムが社会に縦横無尽に張りめぐらされている。だから、そこに暮らす人々は、そのことをそれとして意識しなくても、自然にシステムの恩恵に預かれるような社会が、近未来の社会だと思うのです。
 そのためには、導電性の高分子材料を繊維の中に撚り込んで、それをうまく織り上げて布にするというようなことがテーマになります。導電性を持つ布を、実際にデバイスとして機能する服に仕立てて行く方法なども考察の対象になるでしょうね。







木村 睦教授

木村 睦教授
信州大学繊維学部化学・材料系材料化学工学課程


1990年筑波大学第二学群農林学類卒業、1992年筑波大学大学院環境科学専攻修士課程修了、1995年信州大学大学院工学研究科博士課程修了



衣類の常識を変える
人工筋肉で、力を出す衣類を作る

PVCゲル人工筋肉
(左)PVCゲル人工筋肉の仕組み上が開放時、下が収縮時
(右)PVCゲル人工筋肉を用いた力の出るスパッツ
新しいモノサシ2

 ロボットは、生物の構造や機能に学び、それを模倣したシステムとして発展してきました。最近では、より生物に接近するために高分子ゲルや細胞培養技術を用いて、生物(バイオ)と統合した、人工筋肉等へと発展しています。
 私たちの研究室では、生物のリズム運動の仕組みに学んだウェアラブ・ロボティックスーツ(歩行補助具)、人の感情の動きを読み取って癒しを与えるコミュニケーションロボット、それに導電性のナノファイバーと高分子(PVC)ゲルを用いた人工筋肉などの研究を進めています。
 特に、PVCゲルを用いた人工筋肉は、高齢化などで運動機能が低下した方の日常生活をサポートする、「力の出る衣類(当面はスパッツ)」として実用化の道を探っています。
 電圧をかけると収縮する特性のある高分子ゲルと、導電性のあるファイバーでつくったメッシュを何層にも積み重ね、ファイバーのメッシュに電圧を加えると、積み重ねた層の縦方向に、筋肉と同じように、全体が縮みます。この力を、運動サポート力として利用することを目指しているのです。
 導電性のファイバーをメッシュに編んでいるのが一つの特徴ですが、そうすることで高分子ゲルとファイバーの間に空間ができ、収縮するときの空気の抜け道になると同時に、収縮率も高くなるという効果を生んでいます。これも繊維学部ならではの着想だと言えるでしょう。

橋本稔教授

橋本 稔教授
信州大学繊維学部機械・ロボット学系バイオエンジニアリング課程


電気通信大学助手、鹿児島大学助教授を経て、1999年より現職。研究分野はバイオロボティックス。個性あふれる学生と、わくわくどきどきの毎日です。バイオロボティックスの研究に参加してみませんか。



ロボットの動きを変える
人間と同じ動き方の医療・産業ロボット

筋肉と同じ働きをする一次元(繊維状)の部品
(左)実際の人の指の動きをセンサーで捉え、コンピューター解析する。
(右)筋肉と同じ働きをする一次元(繊維状)の部品。1グラムの“スマートテキスタイル”だ。
新しいモノサシ3

 2010年の信大着任以前から、医療用ロボットの研究をしていましたから、出発点はスマートテキスタイルとは少し違いますが、ロボットに人間の手と同じようなしなやかさ、たくみさ、やわらかさを持たせようといろいろ模索しているうちに、スマートテキスタイルの発想の重要性に気付きました。
 通常、ロボットは、例えば、腕や手首・指などの関節部分に軸があって、その軸をモーターで回転させて動きます。しかし、これは実際の人間の動き方や構造とは異なります。人間の場合には、関節を構成する骨と骨は紐の束のようなもので結ばれていて、その骨につながった筋肉がギュッと縮むことで曲がるのです。しかも、一つの関節に一つの筋肉ではなく、何本もの腱と筋肉が複雑に協調して動き、しなやかな腕や指の動きが生まれています。
 しなやかな動きをロボットにさせようと考えた時、この、人間と同様の、縮んだり緩んだりする筋肉、つまり繊維の複合的な働きを利用するという発想が生まれたわけです。
 現状では、外袋にメッシュ状の小さな繊維を使い、内袋に伸縮性のあるゴム系の風船を使っています。ゴム風船に空気を送り込み、内径が膨らむと、軸方向の長さが縮まります。丁度人間の筋肉と同じような動きをします。実際の人の指の動きをセンサーで捉え、コンピューターで解析して、その動きと同じようになるように空気の出し入れを制御しています。この方式で手術用ロボットの性能が飛躍的に上がったら良いですね。

西川敦教授

西川 敦教授
信州大学繊維学部機械・ロボット学系バイオエンジニアリング課程


大阪大学基礎工学部助手、大阪大学大学院基礎工学研究科准教授を経て、2010年より現職。筋骨格系ロボットをはじめとした生物学、医学、機械工学、ロボット工学の融合的分野に興味を持っている。



地球温暖化防止の方法を変える
CO2分離回収に繊維が働く

CO2分離回収の概念図
中空糸膜によるCO2分離回収の概念図
中空糸膜を用いた吸収装置
中空糸膜を用いた吸収装置(左)と穴の拡大写真(右)
新しいモノサシ4

 地球温暖化防止のカギを握るのがCO2の削減です。大気中に排出されるCO2の約半分は、火力発電所や大規模工場からのものですから、これらの発生源において、排出される直前にCO2を回収し、地中などに貯蔵することが効果的です。
 この方法は二酸化炭素回収貯留(CCS)方法と呼ばれ注目を集めています。しかし、現在、実際に動いているプラントは世界で8カ所しかありません。コスト面において、また、必要なエネルギーの面においてハードルが高いからです。
 その克服の決め手は、排ガスの中からCO2だけを分離回収する技術です。私たちの研究室では、「多孔質中空糸膜」を使った分離方法を研究しています。「多孔質中空糸膜(porous hollow fibermembran e)」とは中心が空洞で、内側と外側を分ける壁の部分にナノオーダーの小さな穴があいている繊維です。外側にCO2を含む排ガスを流し、内側にCO2と反応する吸収液を流すことで、CO2だけを吸収させます。直径1mm程度の細い中空糸膜を使うことで、装置をコンパクトにできます。繊維の素材や穴の大きさを変えたり、吸収液と排ガスの流れの向きや速度を変えたりしながら、最も効果的で効率的な方法を探索しています。
 この方法が確立すれば、CO2の回収貯留で最もコストがかかる回収分離の段階が大きく改善されるはずです。この他、乾燥地の植林法、森林バイオマス資源の活用法などと共に、エネルギー・環境問題を総合的に研究しています。






高橋 伸英准教授

高橋 伸英准教授
信州大学繊維学部化学・材料系材料化学工学課程


東京大学博士号を取得後、信州大学時繊維学部助教を経て、2009年より現職。専門は化学工学。研究コンセプトは「CO2+水+土+太陽+知恵+技術→幸せ」



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