先端研究「知」の創造

動物におけるバイオテクノロジーの現在を国際的視点から俯瞰する

動物におけるバイオテクノロジーの現在(いま)を国際的視点から俯瞰する
<h4>鏡味 裕(実行委員長)</h4> <h4>平松 浩二</h4> <h4>米倉 真一</h4> <h4>濱野 光市</h4> <h4>潘 建治</h4> <h4>吉田 松生</h4> <h4>林 克彦</h4> <h4>Robert Kneller</h4> <h4>田上 貴寛</h4> <h4>Tamas Somfai</h4> <h4>中村 隼明</h4> <h4>セーラ・マリ・カミングス</h4>

動物バイオテクノロジーの発展は、安心安全で高品質な畜産物を効率的に生産する上で必要不可欠である。その動物バイオテクノロジーの現状を認識し、将来の方向性を見定めると同時に、この分野における産学交流の促進を目的として、平成24年1月31日に国際動物バイオテクノロジー会議が信州大学農学部(南箕輪村)で開催された。

同会議では、世界の第一線で活躍する生命基礎科学や家畜生産学の研究者ら総勢11名による招待講演が行われた。基礎技術の分野だけでなく、大学の基礎研究の企業への技術移転に関する利点・難点について生命法・生命政策の世界的権威である東京大学のRobert Kneller教授に俯瞰して頂いた。最後には、㈱桝一市村酒造場のセーラ・マリ・カミングス代表取締役が、バイオテクノロジーを基盤とした産業の一つである日本酒造りを通した地域振興について、国際的な視点から特別講演を行った。

学生や一般の聴講者をはじめ、7カ国から150人以上が参加し、生命とバイオテクノロジーについての議論を深めた。同会議を通して見えてくる、動物バイオテクノロジーの現状と展望について、実行委員長である鏡味裕教授の解説を踏まえてレポートする。(文・奥田 悠史)


信州大学広報誌「信大NOW」第74号(2012.3.30発行)より

安心安全な畜産物の生産に欠かせないもの

農学部長 中村 宗一郎
中村 宗一郎 農学部長の挨拶

2011年、世界の人口が70億人を超えた。現在も人口が増え続ける中で、食料不足は世界共通の問題。不安も広がっている。特に現在求められていることは、食の安全の確保であり、それは、栄養価が高い畜産物を効率的に生産するに集約されると言っても過言ではない。この課題を実現するのが、動物バイオテクノロジーである。同会議では、畜産草地研究所の田上貴寛主任研究官がこの点について、鳥インフルエンザに触れて講演した。鳥インフルエンザはウィルス感染によって発生する。一度発生すると、その養鶏場のみならず、周囲の養鶏場も壊滅的な被害を受ける。こうした被害から家禽をいかに守るかが問題となっている。

その一つカギとなるのが生殖方法。現状では、家禽の雌雄を飼育し、卵を孵化させる方法が一般的だが、この方法はウィルス感染の危険性も高いという。そこで、田上研究官は、精子や卵子といった生殖細胞を細胞レベルで保存し、そこから雛を生み出す技術を確立しようとしている。その方法が実現出来れば、ウィルス感染のリスクが減少する。更に、親鳥を飼育し、維持する費用や労働力が少ないというメリットもあるという。

また、田上氏は、海外では豚や牛にステロイドホルモンを餌に入れている割合が高いことについても触れた。ステロイドとは、短期間で効率よく家畜を太らせることが出来るホルモン剤である。しかし、牛肉や豚肉に残留するという報告もあり、人体への影響が懸念されている。そのため、ステロイドを付加しなくても、成長性が高く、安心安全な畜産物が生産できることが求められている。このような経済効率と畜産物の安全性という背反するテーマを両立させることができるのが、動物バイオテクノロジーを駆使した遺伝子改変であり、その発展は必要不可欠である―と話した。

産学交流で目指す基礎研究の応用

会場の様子
信大を中心に世界7カ国から先進研究者など150人が参加し、生命とバイオテクノロジーについて議論を交わした

同会議では、生命の循環という生命科学の深い基礎の部分をしっかりと理解し、それを応用に活かすことの必要性も強調された。

基礎生物研究所の吉田松生教授は、マウスの精子がどのように生産されているかという、命の根源的な問題に関わる基礎研究の成果を紹介した。その上で、実際に、今いる家畜にそうした研究成果をどのように応用していくのか―を見定める必要があるとした。つまり、命のメカニズムに関わる基礎の部分と、それを家畜生産に活かす応用の部分の双方を積み上げていくことで、大学や研究所の研究を産業化に結びつけることができるというわけだ。

これを受けて、東京大学の Robert Kneller教授は、大学の基礎研究を産業化に結びつけるプロセスについて、日本とアメリカのあり方を比較して分析する講演を行った。

アメリカでは、大学と企業が合同で特許を取得しているケースが多く、更に大学側の特許の持分が多い。そのため、基礎研究の産業化へのモチベーションが高い。これに対して日本では、企業が大学に出資し、特許は企業が単独で取得する割合が高い。そのため、基礎研究の技術移転・産業化についての大学側の動きが鈍いのだという。動物バイオテクノロジーの分野に限らないのかもしれないが、新しい技術の応用やそのための人材育成に関しては、日本はまだまだ課題も多いと言えそうだ。

基礎から応用へ、そして地域から世界へ

演者による講義
演者による熱のこもった講演が続く

鏡味教授は同会議を総評して、「命とはなにか?それがどのように生まれ、どのように死んでいくのか、というメカニズムは解かっているようで、本当は解かっ ていないことが多いんですよ。今回の国際会議を通じて、そのメカニズムの解明が、少しずつではあれ、着実に進んでいることを実感しました。こうした基礎研究の成果を、産学の力で応用に活かしていくことが今、求められている。そのことが鮮明になったと思います」と解説する。

命のメカニズムが見え始めているということは、動物が生まれ、育っていく過程を人為的に制御出来る可能性が広がっていることを意味する。それだけでなく、家畜をより有用的に改良していく、その方法も明らかになりつつあるということだ。
だが、このことは、生命基礎科学の研究者が、畜産生産学への応用の場に立つことによって可能となる。あるいは逆に、畜産生産学の研究者・実践者が、生命基礎科学の研究成果を共有する必要があると言ってもよい。要するにそれぞれの立場の研究者らが手を携え、国内だけではなく、世界的にも協力して、世界のバイオテクノロジーを育成していくことが重要だ。

「世界の第一線で活躍する研究者等の講演を実際に目にすることで、学生や若手の人たちの知的好奇心が触発されて、発展していくことを期待したい。研究成果、ネットワーク、学生への教育、国際性をとっても、相当意義の高い会議になった」と鏡味教授は、力を込めた。

技術論に終始せず、産業への技術移転や地域振興というように、グローバルな潮流とローカルの考え方が一体となり、動物バイオテクノロジーが今後目指す方向性が示される会議となった。講演者らと聴講者が繋がり合い、国際会議は大成功の内に終わった。

当日のプログラム (Program)

○開会挨拶
信州大学農学部長 中村 宗一郎 教授
○招待講演
信州大学農学部 鏡味 裕 教授 動物バイオテクノロジーの展望
信州大学農学部 平松 浩二 教授 家畜生産における神経内分泌制御
信州大学農学部 米倉 真一 助教 神経結合の分子メカニズム
信州大学農学部 濱野 光市 教授 ウシにおける雌雄産み分け
中国浙江省農業科学院 潘 建治 教授 中国における動物バイオテクノロジー
基礎生物学研究所 吉田 松生 教授 マウス精巣内での生殖幹細胞の動態
京都大学大学院医学研究科 林 克彦 講師 マウス多能性幹細胞を用いた生殖系列細胞の分化制御
東京大学先端科学技術研究センター Robert Kneller( ロバート ケネラー)教授 大学研究成果の産業化に関する日米の比較
畜産草地研究所 田上 貴寛 主任研究官 鳥類生殖キメラ作出率向上の試み
畜産草地研究所 Tamas Somfa(i タマス ソムファイ)研究員 豚卵子及び接合子の凍結保存 基礎生物学研究所
中村 隼明 研究員 鶏遺伝資源の細胞保存
○特別講演
(株)桝一市村酒造場 Sarah Marie Cummings代表取締役
○閉会挨拶
信州大学農学部 鏡味 裕教授
○一般講演(ポスター発表)
○懇親会
○当日のプログラム[See the Program](PDF:2.06MB)
○抄録集[2012 INTERNATIONAL SYMPOSIUM ON ANIMAL BIOTECHNOLOGY, SHINSHU UNIVERSITY](1.14 MB)

all


特別講演 「ダメがタメになる」伝統的な酒文化の復活で地域振興
sarah
【講演要旨】
「ダメ」を見て、濁点が両手を上げて、お手上げ状態の人と重なりました。しかし、受け止め方次第で手上げをせずに、ダメを受け入れると、ダメはタメになると思います。×(バツ)というのも、程よい頑張りでは×のままですが、全身全霊を掛けて前向きに傾けると、+(プラス)に変わります。伝統的であればあるほど、ダメという言葉が出てきますが、その困難に立ち向かうことが大切です。

木桶仕込みの酒もその一つです。様々な理由と、効率性や衛生を重んじる価値観の中で、酒屋は木桶仕込みを捨てていきました。しかし、木桶は唯一、空気を通す器です。微生物もホーロータンクには棲みつきませんが、木桶には棲みつきます。だからこそ、木桶では醸造がうまくゆき、味噌や醤油が美味しく出来る、という話しを聞きます。ならばお酒にも「桶ならではの良さ」を活かせる道があるはずです。

桝一は2000年、木桶仕込みの酒を50年振りに復活させました。これを一時の復活に終わらせないためにはどうすれば良いかを考えました。桶職人さんは、今では片手で数えられる人数しかいません。しかし、桝一酒造の力だけでは、桶職人さんを支えることが出来ません。そこで全国の酒蔵に「是非、木桶仕込みの酒を復活させて下さい」と声をかけました。そして、今では85社程が木桶復活の道をつないでいます。それが漬け物や味噌、醤油などの発酵文化を生かす活動に広がっている。ささいなことでも皆がすれば、大きく変わります。

消えそうな伝統文化は展示しておくものではなく、生かしていくべきです。生きている文化が面白い。今後、もっと桶がオッケーになることを願っています。木桶での発酵について大学などで研究して頂きたいです。伝統文化をバイオテクノロジーの観点から解明し、伝統的な手法が持つ、味わいなどが見直されていくことに期待しています。
セーラ・マリ・カミングス (株)桝一市村酒造場 代表取締役 1993年ペンシルベニア州立大学卒業。1996年利酒師認定(欧米人初)。1997 年(株)桝一市村酒造場の再構築に取り組む。1998年小布施堂および桝一市村 酒造場の取締役就任。国際北斎会議誘致。1999年日本酒造組合中央会日本酒 青年協議会会員(日本人以外初)。2001年SMC(ストラティジック・マネージメント・コンサルティング)(株)設立。 2004年(株)文化事業部設立、代表取締役。日本酒 造組合中央会代表幹事(女性初)。2006年(株)桝一市村酒造場代表取締役就 任。国土交通省懇談会委員。2008年NPO法人桶仕込み保存会設立代表就任。

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